恋とは


 ちょっと気まずかったけど、外に出てギルさんに声をかける。反応はいつも通りで、もう顔色も戻ってるみたいだ。私もだいぶ落ち着いたし、ギルさんならもっとはやく落ち着いててもおかしくないよね。うん。


「では、行くぞ」

「う、うん」


 でも心なしか余所余所しい気はする。いつもより数ミリほど距離が開いてるし、なんとなく壁を感じるのだ。それを作り出しているのはギルさんなのか私なのかはわからないけど……これが、成長ってやつなのかと思うとやっぱりため息が出てしまう。子どもの無邪気さって、とても心地の良いものだったんだなぁ。ふぅ。


「メグ! ギル! おはよー」

「アスカ、おはよう」


 食卓までやってくると、たくさんのご飯と唐揚げに囲まれたアスカを見て癒される。本当に気持ちがいいほど食べるから見ているだけで楽しくなっちゃう。私は朝から揚げ物はちょっとキツいけど、見てると一個くらいはいけるかも、って思える不思議。


「……本当によく食べるな」

「んー、いくら食べてもお腹いっぱいにならないんだよね」


 呆れたように呟いたギルさんの言葉にアスカはなんでもないというように答えた。アスカの胃はブラックホール……今は小柄だけど、これからどんどん大きくなっていくのかもしれないな。筋トレにもハマってるみたいだし、麗しい顔のゴツいエルフが爆誕するかもしれない。


「ところでさ、メグ」


 私も自分用の朝食を取りに行き、アスカの隣に座った時、思い出したように呼びかけられて振り向く。


「メグとギルは同じテントだけど、『あやまち』は起きないの?」

「ぐっ、ゴホッ、ゴホッ……!」


 思わず絶句した私の後ろで、なぜかギルさんが咽せた。おおぅ、爆弾発言きたこれ。というか、アスカは意味がわかってて言っているのだろうか。……わかってそうだよね。オーウェンさんに恋愛指導してたくらいだもん。一体、どこでそんな知識を仕入れてくるのだろう。可愛くて純粋なアスカはどこいった!?


「あ、あやまちが何かわからない? えっとね、男女が……」

「そこまでだ」

「むぐっ、むーっ! むーうっ!」


 何やら詳しく説明してくれようとしたところを、ギルさんによって止められるアスカ。不服そうに文句を言っているようだが、口を塞がれていて何を言ってるのかはわからない。あ、あはは……。


「お前たちには、まだ早い」

「むー? むぅ、むむーっ!」


 攻防はまだ続いている。でも、相手はギルさんだもん。アスカに勝ち目はない。

 でも、お前たちにはまだ早い、か。外見年齢ならそうだよねぇ。でも、知識として私はすでに知っている。あれかな、そんな話題で盛り上がるのは早いってことかな。それならわからなくもない。


 というかね、自分のことながら不思議に思うんだけど、私ってばそっち方面の話に興味がなさすぎではなかろうか。今、アスカによってその話題に触れられた時でさえ、アスカの口から!? という驚きはあったけど動揺もしなかったし興味もなかった。ただ、ギルさんの前だから気まずいとは思ったけど、そのくらいだ。

 前世の時からちょっとあっさりしていた部分はあるんだよね。恋人がいたことがないわけじゃないんだけど、友達感覚というか。なんでこんなに興味がないんだろう。恋、恋かぁ。


「してみたいなぁ、恋……」


 おっと、口に出てたみたいだ。まぁいいや、朝食の続きを、と思ってスプーンを手に取ったところで、目を丸くして動きを止めているギルさんとアスカの視線に気付く。な、何?


「メグ、こ、恋したい相手が、いるのっ……!?」

「え? いないよ? ただ、どんな気持ちかなーって。ちょっと興味が湧いただけ」


 いつかわかる日が来るでしょ! なーんて気楽に思ってるんだけど、そういえば環の時もそう思って結局そのまま大人になった、という前科がある。大人になればなんでもわかるようになるはず、という謎理論があったんだよね。となると、また同じことを繰り返すということも……。

 今も私ってヤツは変わってないんだなぁ。人の相談は聞いたりするし察せることもあるけど、自分の恋愛方面に関してはほんと、進歩ないよねー私。その他での進歩はあると思いたい。


「じゃあぼくと恋しようよー! 教えてあげるよー!」

「あははっ、ありがとー!」

「……絶対本気にしてないでしょ、それ」


 だって、アスカは弟みたいなんだもん。そりゃあ小っ恥ずかしいことを言ったり、してきたりはするけど。免疫もないからすぐに赤面もするけど。ダメダメじゃん、私。エルフの子ども約70歳……。

 そんなやり取りをしていると、ポンと頭の上に手を置かれた。私だけではなく、アスカにも。


「焦ることではない。必要であればいずれわかることだろう」

「ギルさん……必要であれば、か。うん、そうだね!」


 そうだよ、今までの私には必要のないことだったんだよ! だからわからなかったし、知ろうとも思わなかっただけ。それだけなのだ。

 いい歳して恋人の一人もいないの? 結婚はまだ? なんて聞いてくる空気の読めない近所のおば様方は、自分が知っているから教えたいだけだったんだよ、きっとそう! たぶん。


「ふぅん。じゃあ、ギルはわかるの? 誰かに恋したこと、あるの?」


 続くアスカのストレートな質問に、なぜか私の方がドキリとした。え、でも気になる……ギルさんの恋愛事情!


「あっ、でもあるなら番が側にいるかー。ギルがフラれるなんてことなさそうだもんね」

「…………」


 けど、ギルさんが答える前にアスカが結論を出してしまった。あ、そうか。亜人は誰かに恋をするイコールその相手は番認定になるんだっけ。一方的な片想いでも、その想いが変わることは余程のことがない限りないんだよね、たしか。それは魔物としての本能で、一定以上の知恵を持って魔物から進化したといわれる亜人には、その部分が残っているという話だ。


 ただそれも個人差はある。ちょっといいな、と思っただけでお付き合いするメアリーラさんみたいな人もいるし、いわゆる身体の関係だけを求め合うミコさんみたいな人もいる。でも、本気になれば本能でわかるんだって。この人じゃないとダメだー、みたいなのが。

 でも、それでもしフラれてしまったら、きっと辛いだろうな。自分はどうしようもなく好きなのに、相手にはすでに決めた人がいる、なんてさ。この性質がある限り、振り向いてもらえる可能性はほぼないわけだし。両想いなら万々歳だろうけど。


「そう考えると亜人って大変だよね。フラれても次の恋に進めないんだもん」


 ん? アスカのその言い方って……もしかして、エルフやドワーフ、小人族といった、亜人とはまた違う人型種族には、そういうのがないってこと? でも言われてみればそうか。魔物の本能なんだもんね。いわゆる遺伝子レベルで引き継がれた性質みたいなものなのだ。魔物と繋がりのない種族としては、それも当然である……のかなぁ?


「種族によるだろう。人型種族は元から人型の魔物だった、と言われているんだからな。そういう性質を持った種族なら、亜人とさして差はない」

「えっそうなの? じゃあ失恋したらやっぱりめちゃくちゃ引きずるってこと?」

「エルフのことはわからない。シュリエに聞くといい」


 あ、そうなんだ。大昔は人型の魔物ってことか。というか、ここに住む人は人間以外はみーんな、大昔は魔物だったってことだよね。なんだか不思議な感覚である。暴れたり人に迷惑をかける魔物を討伐することもあるから余計に。進化の神秘……。


「そんなことより、食事を終えたならもう行くぞ。明日が本番なんだ。午後にはトーナメントも発表される。午前中にしっかり訓練するぞ」

「そうだった! メグ、食器持っていってあげる!」

「わ、ありがとう!」


 話に夢中になっていたらつい手が止まってしまっていた。私は慌てて飲みかけだったミルクを飲み干して立ち上がる。そのままコップを下げに行こうとした時、ギルさんに手首を掴まれ、引き止められた。それだけのことなのにドキリとする。な、なんだろう?


「メグ。お前の心は……お前だけのものだ。この先、色々と思うところはあるかもしれないが、それは忘れないようにしてくれ」

「? うん……」


 私の心は私だけのもの、か。どういうことだろう? 今、ギルさんがそう言った理由も意味もよくわからないけど、きっと大切なことなんだろう。わからないなりに返事をすると、それでいいとギルさんはフッと笑った。なんだか妙に心に残る微笑みだった。




 ギルさんの訓練は意外とスパルタだ。今日はしっかり基礎の練習をしてからずっと、アスカと模擬戦スタイルでの訓練を続けている。その間、隙のできた部分には影鳥ちゃんがすかさず嘴でチョンチョン突いてくるものだからその度に「わひゃぁう!」という変な声が出てしまう。隙を作るのが悪いのはわかってるけど、運動能力低めの私はアスカの倍以上は叫ぶハメになっている。ひーん!


「でも、勝てないって、どういう、ことぉ?」


 ぜぇぜぇと息を上げながらアスカが仰向けになって倒れている。そうなのだ、実は今日は一度も負けていないのである! えっへん! 隙を突かれまくっているのに、だ。


「メグに出来た隙を見つけられていないからだ。そこを突けば一瞬で勝負は着く。アスカは少々、無駄な動きが多い」

「そ、それぇ、色んな人に言われるぅ……」


 ギルさんの指摘にアスカは酷く落ち込んだように腕で顔を覆う。ちょっといつもとは違う悔しさの表現だ。アスカは悔しければ悔しいと大きな声で叫ぶのに。これは本当に凹んでいるのかもしれない。


「つまりそれは、まだまだ強くなれるということだ。嘆く暇があったら精進しろ」

「わ、わかってるよっ!」


 伸び代があるってことだもんね。ギルさん、訓練になると容赦ない。でもメリハリがつけられて助かるよ。


「メグは単純に反射神経を鍛えないとな……一朝一夕で身につくものではない。大会が終わった後も毎日訓練することだ」

「うっ、はい……!」


 もちろん、私にも容赦ない。指摘はごもっともなのでちゃんと心に刻みますとも!


「うー、明日は絶対負けない……!」

「いよいよ本番だもんね。……でも、誰と戦うかはまだわからないよ?」


 そうなのだ、午後になったらトーナメントが発表されるって言ってたけど、もうすぐかな? すると、ギルさんがフッと笑って教えてくれた。


「すでに発表されたようだ。すぐに拠点に戻って確認するか?」

「「! するぅ!!」」


 私とアスカは声を揃えて返事をした。だってずっと気になってたんだもん! 訓練もちょうど終わったところだったし、私とアスカはギルさんの手を片手ずつ引いて、早く早く、と急かすように拠点へ向かった。そわそわっ!!


 拠点に戻ると、そこそこのメンバーが戻ってきており、テーブルの周りを囲むように集まっていた。たぶん、トーナメント表を見ているのだろう。私とアスカも駆け寄って声をかける。


「ああ、来た来た。ほら、発表されてるわよ!」


 サウラさんが手招きをすると、私たちが見えるようにと立っていた人たちが避けてくれる。ありがとう、ありがとう。それからアスカと頭を突き合わせて表を覗き込む。ドキドキ。


「わ! ぼく、一回戦からじゃーん! 相手は……マイケ? 知らないなぁ」

「んー、マイケはたしかステルラから出場する男の子だったと思うよ」


 首を傾げるアスカに答えてくれたのはケイさん。未成年部門に出場するのは全部で7人。トーナメントだから1人はシードになるんだけど……その位置に私がいた。それをサウラさんに言うと、公平にクジで決めた結果なのだそうだ。


「えー、じゃあメグと戦うのは決勝かぁ」

「ふふっ、勝ち上がる気でいるね、リュアスカティウス。いいね、その姿勢はとても好ましいよ」


 そう。もしアスカと戦うとすれば、お互いに勝ち上がった最後の決勝戦となる。う、そこまでいけるだろうか。


「メグちゃんの相手は、3回戦で勝った方だから、シュトルのハイデマリーかアニュラスのルーンね!」

「そっか、まだ相手がわからないんだ。うー、ドキドキするっ」


 そのまま食卓では、この相手はこういう魔術が得意だとか対策だとかの話し合いの場になった。緊張感が高まっていく……!


 いよいよ、闘技大会開幕である!

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