バス


「あー、メグ? 気持ちはわかるんだけどさ、駆け寄る相手、間違えてねぇ?」


 ウルバノの両手を握りしめてブンブン上下に振りつつ再会を喜んでいる私の耳に、気まずげなリヒトの声が入ってくる。駆け寄る相手? そう思って首を傾げつつ振り返ってみると……超絶美形な魔王が膝を抱えて蹲っていた。しまった……!

 ウルバノも焦ったようにあわあわと狼狽えている。ごめんね、とウルバノに声をかけるといいから行ってあげてという空気の読めるお返事。父さま、ウルバノにまで気を遣わせてぇっ!


 とはいえ、これは私が招いた事態である。判断を誤った私のミスだ。でも、だって、名前を気軽に呼び合えたのが嬉しかったんだもん! あのウルバノとだよ? テンション上がるじゃないか。

 しかし今はこっちだ。恐る恐る父さまに近づいてみると、どうせ父より友なのだ、仕方あるまい、だがそれはいくらなんでも酷くはないか? 我だってずっと会いたくて我慢に我慢を重ねてきたのに……などまだまだ続くがそんなことをお経のように呟いているのが聞こえてきて思わず引いた。いや引くな私、耐えろ私。


 仕方ない……ここは精神を削ることもやむなしだ。人前だから出来ればやりたくなかったんだけど、スキンシップを図ろう。ちょっと恥ずかしいけど。意を決してえいやっと父さまの背中に飛び乗った。


「わ、え、メグ?」

「父さま、会うのは久しぶりだね! ちゃんと寝るようにしてる? 体調崩してない?」


 ぎゅぎゅーっと父さまの背中に抱き付きながら、気になっていたことを尋ねる。あれから嫌な夢は見てないかな、とか仕事が忙しくて疲れてないかな、とか。大会もあるんだもん、忙しいに決まっているけど、やっぱり無理はしてほしくないもんね。


「め、メグぅ……!」

「わっ、ひゃっ……!?」


 すると、感激してくれたのか、父さまが急に立ち上がり、私をひょーいと抱き上げたものだからおかしな声が出た。いわゆる高い高―いである。さすがに恥ずかしいからやめてぇ!


「我は無理などしておらぬぞ。今もほら、おかげで元気が出た。感謝するぞメグ!」

「わ、わ、わかったからもう下ろしてーっ! みんなが見てるよっ」


 あはは、うふふ、と言いそうな勢いでご機嫌にその場をくるくる回る父さまにさすがに抗議の声を上げた。高い高いされたままそれはやめてほしい。ただでさえ目立つんだから! みんなも生温い眼差しで見てないで止めてっ!

 私の顔が真っ赤になっていることに気付いたのか、父さまはようやくその場に下ろしてくれた。メグは恥ずかしがり屋なのだな、ってこの状況だったら私じゃなくても恥ずかしがるからね!? もうっ。


「父さまたちも、今は大会会場に向かうところ? 偶然?」


 顔の火照りが落ち着いたところで気になっていたことを聞くと、会場に向かっているのは合っているとのお返事。じゃあ偶然ではないってことだね?


「ギルが教えてくれたのだ。大体このくらいにこの町に着くだろう、とな」

「ギルさんが?」


 思わぬところで出てきた名前に、ギルさんを見上げると、軽く頷きながら答えてくれた。


「ああ。魔王たちも一度この町に寄ることは知っていたからな。久しぶりの再会は……この場所で正解だっただろう?」


 会場付近は人がいっぱいだよね。そこで久しぶりの再会、か。人混みで……さっきの、高い高ぁい……ここで良かった!! ギルさん英断!!


「じゃあ一緒に会場まで行けるの?」

「そうしたいのは山々なのだが、別行動になる……ユージンのルートを通ってきたのだろう? 我だけならともかく、他にもいるからな」


 少し期待を込めてそう聞いてみれば、とても、それはとても心苦しそうに父さまはそう答えた。後半のヒソヒソ声で納得。一応、秘密のルートだもんね。父さまたちは大会に出場する人たちもいるから、使うわけにいかないのは確かだ。父さまだけ別行動も論外だし。


「俺たちはオルトゥスが開発した大人数用の獣車で行くんだ。あそこに停まってるだろ?……バスって言うんだぜ」

「バス」


 ポン、と私の肩に手を置いて、リヒトがひひっと笑いながら教えてくれた。誰のネーミングかは聞かなくてもわかったよ。当然、お父さんである。変に名前が違うより覚えやすくていいけどね!


「大会を観戦する人たちもこのバスで一緒に行く予定なんだ。つまり、あのバスはここから大会会場の往復専用ってことだな」

「なるほどー。だから魔王城のシンボルがついてるんだね」


 リヒトの説明に頷きながら少し離れた位置にあるバスを見つめる。目立つ位置にシンボルがあるから、魔王城の所有車なのかと思った。ある意味そうなのかもしれないけど。

 でも、そのおかげで乗る獣車を間違えなくて済むだろうから、とてもいいと思う。日本にいた頃は、私もたまに乗るバスを間違えたなぁ……だって、どれもこれも似たようなデザインだったんだもん。ぐすっ。


「さ、そろそろ行きますよ、ザハリアーシュ様。往来の道では邪魔になります」


 しばらく父さまやリヒトと話し込んでいると、頃合いを見計らってクロンさんがそう切り出した。なんでも、魔王国の皆さんは今からバスにのって会場まで向かうのだそう。なにも夜に移動しなくても、なんて思ったけど、その方が普段から道を使う人の邪魔にならないから都合がいいんだって。

 なるほどー、その辺りはオルトゥスと同じ考えだね。大会があるからってみんなで大移動しちゃうと、普段、道や獣車を利用している人たちが困るって言ってたっけ。父さまたちも考えていたんだね。


「それに、ザハリアーシュ様がいるだけで魔物は邪魔してきませんから。バスに乗るだけの簡単なお仕事ですよ。良かったですね?」

「どこか言い方にトゲがある気がするぞ、クロン……」


 夜は魔物が活発に活動する時間、という問題もそれによってクリアしてるってことだね。うん、確かにクロンさんは言葉の端々にトゲを感じる。きっと、忙しい上に父さまのサボり癖もあってピリピリしてるんだろうなぁ……いつも父がすみません。


「そっか、もう行っちゃうんだね」


 せっかく会えたと思ったのに、もうお別れと聞いてちょっと寂しい。ずっとハイエルフの郷にいたから、いつも以上にみんなが恋しくなってるだけである。そう、それだけなのだ。


「うっ、何かに……! 見えない何かに後ろ髪を引かれて……」

「ザハリアーシュ様、さっさとバスに乗ってください」


 私の呟きが聞こえてしまったようだ。父さまは胸を押さえてこちらにフルフルと手を伸ばしてきた。クロンさんにぺシーンと叩き落とされていたけど。よ、容赦ないな?


「大丈夫ですよ、メグ様。会場でまた会えます。観客席はオルトゥスの皆さんの席にお邪魔させていただく予定ですから」

「本当っ!?」


 そして私にはフォローを忘れないクロンさん。無表情ながらも声が優しいからこちらを気遣ってくれてるのがよくわかる。でもそうか、父さまたちと一緒に応援とか出来ちゃうのか。空いてる時間に屋台巡りとかもしたいなぁ……きっと色んなお店がここぞとばかりに出店してるだろうし。ふふ、楽しみ! 私の中で勝手に決めた予定だけど!


「おー、だからまた近いうちにな。メグの試合も楽しみにしてるぞ」

「うっ、リヒト、それは言わないで……」


 忘れかけていたことを言われてしまった。胃が痛い……!


「オレも……楽しみにしてるね? メグの試合」

「う、ウルバノまでぇ」


 ジッと長い前髪の奥から見つめられたら余計にプレッシャーが! むむ、これは情けない試合は出来ないぞ。頑張らなきゃ!


「ウルバノ、それとリヒト、様も。早くバスに乗ってください」


 クロンさんとリヒトはまだギクシャクしてるのかぁ。二人は目を合わせないし、そんな気はしてたんだけど……リヒト? まだ進展してないの? そう思って視線を送れば、気付いて苦笑を浮かべるリヒト。


「これでも、頑張ってんだよ」

「ふぅん」


 ま、人の感情に関することだからね、難しいのはわかる。でも、リヒトにはぜひ頑張っていただきたい。じゃあな、と言って去っていくリヒトに軽く手を振っていると、ウルバノがまだこちらを見ているのに気が付いた。


「ウルバノ、行かなくていいの?」

「う、えっと……」


 声をかけるともじもじと、俯いてしまった。でもその場を動く気はなさそう。どうしたんだろう? と顔を覗き込もうとしたその時、バッとウルバノが顔を上げたので至近距離で目が合った。


「メグに会えて嬉しい、って、え、わ、わわっ」

「わっ、ビックリした!」


 ウルバノは顔を上げると同時に叫んだし、目の前に顔があるしで私もビックリ。でも私以上にウルバノが驚いているのはなぜ! いや、知らない間に近付いてたら驚くか。ごめんよ。あわあわと顔を真っ赤にして後ろに下がり始めてしまったウルバノの手をそっと取って引き止める。


「私もウルバノに会えて嬉しいよ! また会場で会おうね。一緒に屋台巡りしよう!」

「え、あ、う、うん……!」


 やったー! 私の勝手な計画にウルバノを巻き込むことに成功した! ニコニコしていると遅いと心配になったのかリヒトが戻ってきてウルバノの腕を引っ張った。


「ほら、もう行くぞ。ったく。まぁ、ウルバノはメグのファンだから仕方ないな」

「ファン?」

「おー。憧れてるみたいだぞ? この人誑しめ」

「人誑しって……」


 どういうこと? と言おうとしたところで、リヒトはウルバノを引きずるようにしてバスの方まで行ってしまった。ウルバノは顔を赤くしたまま硬直している……転ばないか心配だ。

 ファン、かぁ。なんだか恥ずかしいな。大したことしてないのに。魔王の血に影響されてるのかな。もう少し慣れれば、気軽な友達付き合いも出来るだろうか。先は長くてもそうなれたらいいなー。大会の間に距離を縮めるのを目標にしよう。


 スッと、隣にギルさんが立った気配を感じた。私が話している間、少し後ろに下がって見ていてくれたようだ。会話に参加してくれても良かったんだよ? と思わなくもないけど、ギルさんはあんまり人と雑談しないもんね。というか、苦手なんだと思う。無理強いはしませんとも。

 二人でみんながバスに乗り込むまでその場で見守っていると、乗り込む寸前にリヒトがチラッと一瞬こちらを振り返ったような気がした。でも、そのままバスに乗り込んだし……何だろう? こっちを見てたわけじゃなかったのかな?


「あいつ……」

「ギルさん?」


 でも、ギルさんは何か感じ取ったようだ。どうかしたのかな? 首を傾げている私の頭に、ポンと手を置きながらなんでもない、とギルさんは言う。


「もう暗くなる。宿に向かうぞ」

「……うん。わかった」


 たぶん、話す気はないんだろうな。必要だったら言ってくれるはずだし。気にはなるけど、無理に聞いたって仕方ないもんね。誤魔化されてあげることにしよう。


「夜ご飯なにかなーっ」

「メグはあまり食べないくせに食いしん坊だな」


 否定はしない! だって美味しいものは人を動かすんだから! 食べること、それは生きることーっ!

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