闘技大会開幕

再会


「本当に、お世話になりました!」

「寂しくなるなぁ。また来てくれよ?」

「もちろんです」


 ついに、ハイエルフの郷から旅立つ日がやってきた。闘技大会の日程が決まってから約半年、ここではいろんな物事を吸収出来たように思う。


 まず、書庫での勉強。毎日、時間を決めて本を読み耽る日々がしばらく続いた。時間を決めたのは初めて書庫に行った翌日から。私がついつい読書に没頭してしまうからってギルさんが時間を決めてくれたのだ。

 それは正しかった……そうじゃなきゃ一日中だって書庫に籠もっていた自信がある。だって興味深いことばかり書いてあってで面白かったんだもん……!


 本を読んだ後は運動。大会に出るために訓練はかかせなかったからね! 体力は……多少は前よりついたんじゃないかな? 正直、運動能力に関する成長はお察しである。

 でも、魔術の扱いはかなり成長したと自負している! 自分の魔力で色んな物事を探る練習も毎日させてもらったからね! でもまだ膨大すぎる魔力のせいで不安定だから、誰かが見ていてくれないとやっちゃダメって言われてるけど。はぁ、本当に困ったものだ。こればかりは生まれつきの体質だと思って受け入れるしかないんだけどさ。この世界に初めて来た時のことが懐かしい。あの頃は精霊たちに借魔力してたというのに。成長したものだ。しすぎだよ……。


 それから、夢渡りについて。書庫で調べてみると、始まりのハイエルフがどーたらこーたらって話が出てきたんだよね。それを最初に知った時はその規模の大きさに現実逃避した。だからといって避けては通れないのであらゆる本を読み漁ったよ! そのおかげで色んなことが知れて、だいぶ私の脳内と心も落ち着いた。

 こうして得た知識により、私がすべきこともいくつか判明した。一言では語りつくせないから結論だけ言うと。


 夢渡りは、意志の力で夢を視ないという選択が出来る、ということである。


 なにそれ? と思うことなかれ。これは私にとっては最重要事項なのだ。視たくもない夢を視なくてすむんだよ? こういうのだよ求めていたのは!

 そりゃあこれまで、予知夢には助けられてきたよ。でも、割とどうでもいいことばかり視たりもしてたし、重要な夢はそれはそれで気にし過ぎて精神がガリゴリ削られるんだもん。


 だから今も、私はその意志の力で夢を視ないように訓練中である。あれから視ることはないんだけど、それがたまたまなのか訓練の賜物なのかはわからない。油断してると視ちゃうやつだ、と思ってるんだけどね……。だから同時進行で夢渡りの対処法も頭に叩き込んだ。出来る出来ないは置いておいて、知ることは大切だからね!


 それから、10日に一度、シェルさんが私の魔力を放出させるのを手伝ってくれた。毎回、ほぼ無言だったけどね。朝起きた時に、ウィズさんかピピィさんが伝言を届けに来てくれて、その日の朝食後にすぐ最初に魔力を放出した場所へと行き、同じように魔力を解き放つ。

 その際、シェルさんが言った言葉と言えば、「やれ」と「10日後」の2種類くらいじゃなかろうか。わかるけどさぁ、もう少し、もう少しだけ歩み寄りたかったよ。せっかくの滞在だったんだもん。


 でも最後まで、距離感を詰めることは出来なかったな。物理的にも心の距離も。まぁ、仕方ないのかなぁ。いつか、もっと会話が出来るようになればいいな。ちなみに、私は毎回、笑顔で挨拶とお礼を心がけたよ! 無反応で悲しかったけどね! めげない心―っ!


 と、いうわけで! あれこれと修行と準備、勉強をこなした今のメグさんは今までのメグさんとは一味も二味も違うのだ! パワーアップメグである。調子に乗っているのは認める。うわーん、だって気持ちだけでも意識的に大きくしてないと、闘技大会に参加という緊張で全身震えそうなんだもん! こ、こんなに本番に弱かったっけ、私?


「俺たちはこのまま会場へ向かう。ギルドに戻るのは遠回りになるからな」


 ハイエルフの郷を出たところで、ギルさんに言われ、頷く。オルトゥスが恋しい気持ちはあるけど、ここからオルトゥスのあるリルトーレイ国は東にあり、これから向かう大会会場のセインスレイは西なので一度戻ることになってしまう。それはさすがに時間の無駄だ。それに、ギルドに戻れないだけで、大会に参加する人たちはみんな会場にいる。みんなに早く会うためにも真っ直ぐ向かうのは当然なのだ。


「ギルさん、疲れない?」


 移動方法はもちろん、ギルさんの影鷲便である。私は相変わらずどんな獣だったとしても騎乗出来ない運動音痴なので、籠に乗るだけ。悔しい。もちろん、魔力が有り余ってるから会場までフウちゃんの力を借りた自然魔術で飛ぶことは出来る。でも、スピードが出ないんだよね。なんでって? 怖いからである。


「オルトゥスから真っ直ぐ向かうよりずっと近いからな。問題ない」


 確かにここは中間地点に位置するから、当初の予定よりずっと楽ではあると思う。でも自分だけ楽すると思うとどうしても、ね。


「それに、頭領の裏道を通っていいと言われている。明日の夕方には着くだろう」


 なるほど、反則ルートか。それならかなりギルさんの負担も減るね。お父さんに心の中で感謝を述べた。会えたら直接言うよ!


「じゃあ、行くか」

「うん! よろしくお願いします、ギルナンディオさん!」


 しっかりと名前を呼んでお願いすると、ギルさんはフッと目元を和らげ、それから影鷲の姿へと変化する。いつ見てもカッコいいなぁ。亜人のこういうところに憧れる。私も変化とかしてみたかった。ないものねだりだけど。

 おっと、見惚れている場合ではない。準備された籠にピョンと乗り込み、自分でギュッと布を結ぶ。それから教えてもらった固定の魔術をかけて、ギルさんに視線を送った。影鷲の鋭い瞳が私のかけた魔術をチェック。問題なく出来ていたようで、影鷲ギルさんは一つコクリと頷いた。その姿で頷く様子はどこか可愛らしくて思わず頰が緩む。かけた魔術に、ギルさんの合格が貰えたこともすごく嬉しい。修行の成果がさっそく出ているようだ。ふふん。


 ちょっぴり鼻が高くなったところでフワッと身体が浮くのを感じた。上を見るとギルさんが大きな翼を広げている。それからグングンと高度が上昇していき、あっという間に大空へ。ハイエルフの郷があった付近がすでにどこかわからないくらい高い。いつもより速くない?


『飛ばすぞ』

「え? わ、あ!」


 ギルさんの念話が聞こえた、と思ったらグンッと身体だけがその場に取り残されそうになる感覚。慌てて籠の縁をガシッと握りしめた。わ、わ、速いぃ! こんなに速く飛べたの!? ギルさんってば!

 速さに慣れたところでチラッと上を見ると、ギルさんからどこか楽しそうな雰囲気を感じた。か、からかったなぁー!? ムッとしてギルさんを睨み上げる。


『ああ、悪い。反応が面白くてな』

「もー! 私はオモチャじゃないんだよっ。お父さんみたいなことしてっ」


 最近はギルさんもこうして私をからかうことが増えた。といっても他の人に比べて頻度も少ないし、大したことはしないし、すぐに謝ってくれるんだけど。なかなか困り物ではあるけど、ちょっぴり嬉しくもある。ギルさんも、こういうことするんだなぁってわかったっていうか、心を開いてくれてるような気もして。保護対象から、対等な立場になりつつあるというか。自惚れかもしれないけど。


『メグなら、これくらいは大丈夫だろうと思ったからな。昔だったらとてもじゃないが出来なかった』

「うっ、ズルい。そんな風に言われたら怒れない……」


 要は、私の成長を認めて、その上で確認も兼ねての行動ってことでしょ? 怒れない、むしろ嬉しい。確かにここへ来たばかりの私だったら余裕で吹き飛んでる自信がある。そう考えれば、本当に私は強くなったんじゃなかろうか。


『この速さに慣れれば、自分でついて来られる日も近くなるだろう?』

「あ……そっか。そうかも」


 でも、自分でこのスピードを出すのと乗せてもらってこのスピードなのとはやはり勝手が違う気がする。速さは出せても障害物とかに対応出来る自信がないからね。普通にぶつかるし、落ちそう。鈍臭いことは自覚してるからね! くすん。まだまだ精進しないと。


「やっぱり当分は乗せてもらうのがいいや」

 

 結論、まだまだ頼りますってことで! ギルさんから呆れたようなどことなく嬉しそうな様子が伝わってきた。頼られるの好きだもんね、ギルさんも。だからって甘えまくる私もどうなんだとは思うけど、成長は止まらないんだから今のうち、今のうち。

 空のお散歩は一緒にしたいなと言ってみれば、その発想はなかったとギルさん。まぁ、空なんて散歩しても何かがあるわけじゃないもんね。でも、街並みや森の景色を空から楽しむ散歩は、それはそれで楽しそうだなって。それに、ギルさんがいればどんな場所も楽しい!


『そう、か……それもいいな』


 正直に思ったことを告げたら、ギルさんが照れた。確かに口説き文句っぽかったかも。でも本心だからいいのである! からかわれた仕返しが出来て私は満足だ。ふふん。




 ギルさんと軽口を叩き合っていたからか、空の旅は楽しく過ごすことが出来た。ギルさんはかなり飛ばしていたらしく、予定していたよりもずっと早くに魔王国最南端に位置する町へと到着してしまった。あれ? まだ夕方前だぞ? 本当ならここには今日の夜に着くはずだったのに。でも遅れるよりずっといい。今日はこの町で一泊することが最初から決まっていたから、早めに着きましたって宿の人には言わなきゃいけないけど。


 そう思いながら人型に戻ったギルさんと町に入ると、そこにはすでに先客が待ち構えておりました。


「メグーっ!! 会いたかったぞ!」

「父さま!?」


 魔王である。町の人たちに圧を与えないようにとの配慮か、気配を消していたみたいだから、全く気付かなかったよ! 驚いた! でも……一度見つけてしまえばその存在感と美形っぷりだけで目立ちまくってるのがわかる。こればかりは仕方ない。うん。


「よ、メグ。元気そうだな」

「リヒト! それにクロンさんも! 他にも一緒の人たちは……大会に出場する人たち?」


 現れた見知った顔に笑みが溢れる。見覚えのある人たちが何人か近くにいるから、確認の意味も込めてそう聞けば、リヒトは首を縦に振った。


「そ。あとは、ほら。あそこ」


 親指でクイっとリヒトが指し示した場所に目を向けると、建物の影からこっそりとこちらの様子を覗いている深い青色の影を発見。あ、あれは……! 私は嬉しくなって、名前を呼びながら駆け寄った。


「ウルバノ!」

「あ、う、……め、メグ……」


 おっと、少し声が大きかったせいか、ウルバノが大きく身体を震わせてしまった。失敗失敗。でも、目を逸らさずに私の名前を呼び返してくれたから、顔が綻ぶのを止めることは出来なかった。う、嬉しい!

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