懐かしい顔ぶれ


 魔王国の町の宿で1泊した私たちは、朝早く起きてすぐに旅立つ準備をしていた。昨日のペースで行けば、そんなに急がなくても予定通りつけるってギルさんに言われてはいたんだけど……た、楽しみすぎて目が覚めてしまったのだ。だってだって、オルトゥスの仲間に会えるんだもん! 久しぶりなんだもん!


「オルトゥスで参加する者たちは、個別に向かったようだがすでに皆、会場には到着しているようだな」

「えっ、そうなの?」


 町の外に出て自分が乗る籠に布をセットしていると、影鳥で連絡をとっていたらしいギルさんがそう教えてくれた。それを聞いたら余計にワクワクが止まらないっ! クスッと背後でギルさんに笑われた。


「急いでやろうか?」

「お、お願いしますぅ……」


 意地悪く笑うギルさんは、最近S気質があるな、なんて思っているのは内緒である。お父さんなんかはドSだと思うんだけど、お前がからかい甲斐あるからだーなんて言われるんだよね。からかう方が悪いに決まってるでしょっ。


「昨日よりスピードを上げてみるか……くれぐれも振り落とされないようにな。落とされても絶対に受け止めるが」

「が、頑張る」


 振り落とされるなんて嫌だ。あのスピードで籠からポーンと飛んでいくなんて怖すぎる。でもギルさんセキュリティがあるので怪我をすることはないっていう安心感はある……いやいや、でも怖いものは怖いからしっかり籠に捕まってよう。籠から頭も出さなければきっと、きっと大丈夫だよね!


 ……そう思っていた私が甘かった。


「うひゃぁぁぁぁぁ……」


 現在、落下中! 心構えまで万全だったのになんてこった! しっかり籠のフチにしがみついて、頭も隠して完璧だったはずなのに! この身体が軽すぎてポーンと飛んでしまったのである。あともう少し、握力があれば飛ばなかったかもしれないけどぉぉぉ!


「っ、フウちゃぁぁん!」

『任せてっ、主様』


 しかし、私だってただ落下するだけではない。なす術もなくあーれーってなるのはとっくに卒業してるのだ! フウちゃんを呼べばそれだけでショーちゃんがすぐさま通訳、そしてフウちゃんに伝わる。今回はあらかじめ落ちたらお願いねってしてたからタイムロスもほとんどない。すぐさまやさしい風に包まれた私は、フワリと空を漂った。風のシャボン玉の中にいるような感覚である。


『大丈夫か、メグ』


 そこへ、私の少し上に影鷲姿のギルさんがやってきた。声はとても冷静だ。なぜかって? そんなの決まってる! 私は頰をプクッと膨らませた。


「ギルさん、私がすっ飛んでいくの、わかってたでしょー」


 わかってて、あえてそのスピードを出したのだ。それもこれも……訓練のため。知ってる、知ってるけどさ、やっぱり籠から落ちるのは怖かったよ! たぶん、ギルさんに悪気はない。予告なしの避難訓練みたいなアレだと思うのだ。アレ、怖かったな……小学生の頃の苦手なイベントベスト3に入るやつ。


『すまない。だが、このくらいはもう平気だろう。それに俺が近くにいて怪我をさせるようなことはしない』

「わかってるけど! わかってるけど!」


 頰を膨らませながらそのままフワリと籠の中に戻る私。今は影鷲の姿だから実際に笑っているわけではないけど、苦笑を浮かべているギルさんの様子が伝わってきた気がする。むむむ。


『ちゃんと対応が出来ることも確認できたし、もうしない。機嫌を直してくれないか』


 ギルさんは嘘はつかない。そんな人がそう言うのならもうしないのはわかるけど、ご機嫌はなー、どうしようかなー。そんなことを思いながら膨れたままでいたら、甘美な提案をされてしまった。


『……会場について時間が作れたら、どこにでも好きな場所に連れて行ってやるから』

「ほんと!?」


 単純なのは自覚している。だから内心で笑うのはやめてっ。伝わってるからね? でも、好きな場所に連れて行ってくれるというのは魅力的だ。セインスレイ国はだいぶマシになったとはいえ治安が良くないから、あまり出歩くなって言われてたからね。これでみんなと屋台巡りが出来るもん! グートとも手紙で約束してたもんね。ふふっ、楽しみだー!


 それからの空の旅は、そのことについて語ったり、大会についてあれこれ予測してみたりと会話も弾みながら楽しく過ごすことが出来た。ギルさんは聞き上手だからついつい色々話しちゃうよ。すでにさっきのことは忘れてご機嫌な私である。あれ? なんか私ってギルさんの手の上で転がされてない? ま、いっか。




 大会会場のある街の入り口付近に到着したのは、ちょうどお昼時。あれから私が飛ばされるスピードを把握したギルさんは、飛ばされる2、3歩手前の速さをキープして移動を続けてくれたから、予想通り早くに着いてしまったのである。私がすっ飛ばされたのは、ギリギリのラインを見極めるためでもあったっぽい。本当のギリギリまで飛ばさないでくれたからお喋りする余裕もあったし、やっぱりちゃんと配慮してくれてるんだなって思った。まぁ、ギルさんだもんね。


「確か、オルトゥスメンバーは広場の一部にまとまってキャンプするんだよね?」


 人型に戻り、しっかりいつものフードとマスクを装着したギルさんに確認の意味も込めて聞いてみる。ついさっき話していたことである。


「ああ。街の宿は大会に合わせて臨時のものもかなり増やして増設されたが、一般客で埋まるという話だからな」


 大会の運営に関わる特級ギルドは出来るだけ自分たちでどうにかしよう、っていうのは、運営に関する相談で満場一致の意見だったそう。その辺、皆さん協力的だよね。そもそも、大会を開くのは町興しが目的なんだから、当たり前っちゃ当たり前か。


「それにしても、人が多いね。ギルさんみたいに魔物型でここに来る人もちらほらいるし」

「大会の開幕も近付いてきたからな。これからもっと増えるだろう」


 それもそうか。私たちのような出場者は事前の下調べや会場の雰囲気に慣れるために早めに着くようにしているけど、観戦だけの人はそんなに早く着く必要はないもんね。


 ギルさんに手を引かれているのをいいことに、私は周囲をキョロキョロ見回す。本当に色んな亜人がいるんだなぁって実感するよ。モフモフの耳とか尻尾とかの半魔型は普段からよく見ていたけど、移動のためにみんなが魔物型になっているこの光景は初めてだから。

 でも、セインスレイの砂漠地帯、毛皮のある亜人さんはみんな大変そうだ。毛の間に砂が混じるのか、気持ち悪そうに身体をブルブルさせたり、後ろ足で掻いたりしてるのが色んなところで目に入る。オルトゥスでいうならニカさんやレキが大変な思いをしそうだ。


「あ、あれ? 街はあっちじゃないの?」


 そんなことを考えていたから、ギルさんが街とは別の方向に進んでいることに気付いたよ。どんどん左に逸れていく。そっちに何かあるのかな? と思って聞いてみると、野営する用の大きな広場がこっちの方に用意されてるんだって。街の中に作る方が安全ではあるけど、場所の広さを優先したみたい。大会出場者や腕に自信のある者が利用するから、身の安全は個々で出来るだろう、という判断なのだとか。魔大陸ならではの決定だなぁ。人間だったらそうはいかないもんね。


「ここでのオルトゥスの拠点もそこにある。すでに場所は確保してあるそうだ」


 そこでみんなが待ってるぞ、というギルさんの言葉にワクワクが増した。街を散策したい気持ちはあるけど、みんなに会いたいの方が大きいもんね! 私は軽くスキップで道を進んだ。道行く人たちにクスクス笑われた。は、恥ずかしい……!


 ほんの数分後、砂ばかりの街道が一転して、芝生の広場が突如として現れた。そこからが野営用広場だって一目見てわかる。歩きにくかった道が突然フカフカになって気分も上がる。周囲を見てみると、みんな一様に嬉しそうな顔を見せていたから、きっと同じ気持ちだったんだと思う。

 顔を上げて今度は広場をキョロキョロ。簡易ロープで簡単に区分けされているみたいだ。少人数用スペース、大人数用、などが大まかに分かれているっぽい。オルトゥスは大人数用だろうから奥の方かな、と目を向けてみると、そこに見知った人たちが立っているのが見えた。その中の1人と目が合う。私は思わず駆け出した。


「お父さんっ」

「お、メグ!」


 そのままの勢いでダーイブ! お父さんはそれを難なく受けとめて、そのまま抱き上げてくれた。わーい! 久しぶりのお父さんだ! 相変わらず私が贈った水色のネクタイを着けている。へへへ。


「元気そうだな。それに、強くなった」

「わかるの?」

「なんとなくな。頑張ったんだな。お疲れさん」


 私を抱き上げたお父さんは、私を観察しながらそんなことを言ってくれた。わかるもんなんだ。それもすごいなぁ。お疲れ、と頭を撫でてくれるこの手の感覚も久しぶりで嬉しくなっちゃう。


「ギルもお疲れ。問題なさそうだな」

「ああ。問題ない」


 続いて、後ろから付いてきていたギルさんにも労いの言葉をかけるお父さん。上司って感じ! なんだかくすぐったさを感じる。


「メーグー! もうっ、ぼくのこと忘れてなぁい?」

「アスカ! 忘れてるわけないよ!」


 下の方から声が聞こえたので見てみると、こちらを見上げて頰を膨らます美少年が。やっぱり可愛いなぁアスカは。金髪サラサラな髪が一際輝いて見えるよ。

 お父さんに下ろしてもらってアスカとも再会の挨拶。それから順々に、オルトゥスメンバーに挨拶していく。ふむふむ、大会に来た人たちがここで初めて判明したよ!


「メグちゃん、久しぶりね! 予定より早く会えて嬉しいわ!」

「メグ、元気そうで、安心した」


 そう言って抱きしめてくれたサウラさんに、微笑みながら声をかけてくれるロニー。


「メグちゃんお疲れ様。今日はここでゆっくりするといいよ」

「浮いた分の時間は休息に当てましょう。お腹は空いてないですか? メグ」


 その様子をクスクス笑いながら声をかけてくれたケイさんに、ふわりと微笑むシュリエさん。


「おーメグ! こっちにうまいもんあるぞー」

「おい、鬼っ、一人で食べ過ぎだぞ!?」

「やべぇ、なくなる前に食わなきゃ!」

「ワイアットも! お前ら食い意地張りすぎ!」


 少し離れた位置でお肉の塊を頬張るジュマくんと、慌てて死守するワイアットさん。そしてそれを咎めるレキ。ふふっ、みんな相変わらずみたいで嬉しいな。

 なんだか結構な戦力が集まってない? リルトーレイのオルトゥス本拠地の方は大丈夫なのかな?

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