熱い「何か」


 ドアを開けただけでフワッと何とも言えない空気を感じて鳥肌が立った。嫌な感覚ではない、なんというか、神聖なものに触れたような、そんな不思議な感覚である。


「じゃあ、俺はここで待っている」

「え? ギルさんは一緒に中に入らないの?」


 ドアの前でギルさんがそう言い出したので首を傾げていると、ギルさんはフッと目元を和らげた。


「魔力で探ってみろ。メグなら、出来るだろう」

「探る?」


 曰く、この書庫から感じる魔力を、自身の魔力で調べてみろ、ということらしい。出来るかな?


「それだけの保有魔力があるんだ。それに、お前は賢い。色々と感じられるだろう」


 か、賢いですって! なんだか照れちゃう。デレッと締まりのない顔になりそうなところをグッと堪えて、言われた通りにやってみることにした。何ごともチャレンジである。それに、魔力を使うことで暴走も抑えられるっていうしね。微々たるものだけど、やらないよりはいい。

 スッと目を閉じて書庫に集中する。魔力を全身に纏わせて、ゆっくりと書庫の方へと流し込む。と同時に、書庫からの魔力も自分に取り込んでいくようなイメージ。書庫の魔力と自分の魔力を少し、融合させる感じだ。なんでやり方がわかるのかは、自分でも不思議なんだけど……たぶん、身近でこういった魔術を使うギルさんたちを見ていたからかも。


 すると、情報を感じ始めた。脳内に流れ込んでくるのとも違う、感じるのだ。これは不思議な感覚である。言葉として感じるわけじゃないので、自分で言語化する必要がありそうだ。えーっと、なになに? 排除、人を、魔術、一人……あ、つまりこの書庫は!


「一人しか、入れない? あと、魔術も使えない?」

「正解だ」


 私がそう口にすると、ギルさんが頭を撫でてくれた。やったー! そしてさらに細かいことも教えてくれる。中には精霊も入れないこと、ただし特定の精霊だけは住んでいて、その子たちがここを守ってくれていること、それからさっき説明してくれたような仕組みについて。その他にも色々あるけど、重要なのはそのくらいだ、とギルさんは言う。す、すごい。そんなに読み取れるものなんだ。


「これは慣れだからな。気になることや、違和感を覚えたら今みたいにやってみるといい。次第に色んなことを読み取れるようになる」

「ふおぉ、わかった!」


 出来ることが増えたのがなんだか嬉しい! 魔力を使って情報を読み取るのは、みんなが当たり前のようにやっているのを見てきてはいたけど、自分でやるのは初めてだったんだよね。だって、調べる前に色々教えてくれるからさ。……あれ、じゃあなんで今になって教えてくれたんだろう?


「ただ、やるのは誰かがいる時にしてくれ。物によっては情報過多になって頭痛を引き起こしかねない。メグは魔力も多いから制御がしっかり出来ないとその全ての情報が流れ込んでくる」


 ひえっ、そんな危険性があったのね! そっか、だから今まで使わせなかったんだ。でも、今だってまだ不安定だよ? そう聞くと、今はギルさんが補助してくれていたらしい。き、気付かなかった。さすがである。

 でもそうか、それなら勝手に一人でやらないようにしないとね。それでも教えてくれたってことは、私が約束を守るって信用してくれたってことだもんね。その信用に応えるためにも!


「俺はこの近くで仕事を進めている。終わったら呼んでくれ」


 名前を呼ばれたらわかるのだそう。万能過ぎる。まぁ今に始まったことじゃないけれど。というわけで、ドアの前でギルさんの背を見送った私は、いよいよ書庫へと足を踏み入れた。


 部屋の中に入ると自動的にドアが閉まった。やめて、そんなホラーな演出。でも、中には紫に光る精霊たちがフワフワと漂っていたし、歓迎の意思を感じたから怖くはない。文字とか本とか、そういう精霊かな? オルトゥスにいる司書、モニカさんの契約精霊がこんな感じの色で文字の精霊だったからたぶん合ってる。


 精霊たちと話してみたい気持ちはあったけど、目的を忘れちゃダメだよね。よし、調べないと。

 まず、書庫の内部をザッと見回してみた。部屋の中は木製の本棚でいっぱいになっていて、その一つ一つに本がびっしりと詰まっている。本、とはいっても紙の束を簡単にまとめたような作りで統一されていた。背表紙がないのでそれがどんな内容なのかもわからない。試しにと一冊取り出してみようとするも……取り出せない。これが今の私にとって必要な本ではないからだろう。なるほど。


 あれ、これどうやって探せばいいの? どこを見ても同じような本だらけ。……いやいや、焦るな。確か、求めている情報を頭でしっかり考えてないといけないんだよね。軽く深呼吸をした私は再び目を閉じて頭の中で必要な情報を強く念じた。


 私の特殊体質に関する情報が欲しい。夢渡りの扱い方や、これまで同じ能力を持っていた人など、どんな細かい情報でもいいから知りたい……!


 よし、と思って再び目を開けると、予想外の光景が目に飛び込んできた。


「ひょえっ……」


 思わず変な声も漏れる。だって、私の周りに何十冊もの本が浮遊していたんだもん。私を取り囲むようにふわふわと漂っているそれらの本。ポルターガイスト? とか思ったけど、なんのことはない。精霊たちが運んできてくれていただけだった。ホッ。でもホラーな演出はやめてほしい。わざとじゃないとは思うけど!


「どうもありがとう。でも、一気には読めないかも……」


 手伝ってくれた精霊たちにお礼を言いつつも、こんなにたくさんは一度に読めないし、たぶん持てない。魔術が使えない私は力もそんなにないのだ。非力ですみません。

 すると、それを察してくれたのか、他の精霊たちが一箇所に集まり始めた。その方向を見ると……机を発見。なるほど、あそこで読めばいいんだね? というかさっきはなかったよね? 不思議現象だけど、まぁそういう魔術なんだろう。さっきギルさんが調べたその他諸々の魔術の1つだと思われる。


 そんなことを考えていると、なんと、浮遊していた本が一斉に机に向かって飛び、机の上に綺麗に重なっていく。精霊たちが運んでくれたのだ。優しい!

 せっかくなのであそこで少し読ませてもらおう。精霊たちに再びお礼を言って、私は机の前に座って本を読み始めた。




 コンコンコン、という音でハッと顔を上げる。しまった、読書に没頭し過ぎてしまったらしい。慌てて今読んでいた本を閉じて音のする方に顔を向けると、続いて声が聞こえてきた。


「メグ、そろそろ戻る時間だ」


 ギルさんの声だ。あれ、そんなに時間が経ってたのかな。でもまだ2冊めの途中までしか読めてない。本を読むのに時間がかかるんだよね、私。

 でもいいか、一気に読めるとは思ってなかったし、また明日も来よう。そう決めて、はーいと返事をしながらドアに向かう。


「えっと、この本はどうやって片付けたらいいのかな」


 さすがにこのままにするわけにはいかない。そう思って呟くと、机に置かれていた本がフワリと浮かび、それからあちらこちらへ飛び回りながら本棚へと収納されていった。おぉ、すごい。ここの精霊ちゃんたちも優秀である。


「ありがとう。また明日来るね」


 働き者な精霊たちにそう挨拶をし、ドアに手をかけると、返事をするかのように淡く明滅する紫の光。なんだか可愛い。名前を当てる儀式くらいはしてもいいかな? この子たちの姿が見たい。あとでウィズさんに聞いてみよう、と決めて、私は書庫を後にした。


「随分、集中していたみたいだな」


 帰り道、手を繋ぎながら歩いていると、ギルさんがそんな風に声をかけてきた。ウィズさんの仕事が終わってもまだ出てこないから、ウィズさんには先に帰ってもらったのだそう。確かに、待たせるわけにもいかないもんね。


「ギルさんも、待たせてごめんなさい……」

「気にするな。こちらも仕事を進められたからな」


 謝罪を口にすると、そんなことで謝るなと言われてしまった。なので、ありがとうと言い直すとそれでいい、と目を細めてくれる。えへへ。


「そうだ、闘技大会の日程が決まったと連絡が来たぞ」

「えっ、本当!?」


 それは嬉しい情報だ。これまでは、大体このくらいの時期、としか決まってなかったもんね。聞くと、今から月が6度巡った満月の日、だそう。大体、半年後かな。意外と早い。仕事を進める人たちが優秀すぎるのがよくわかるね!

 よぉし、それなら私もこの半年間でしっかりと修行をしないとね。出場するからには、情けない姿を見せられないもん。アスカやルーンにグート、それに応援に来てくれるウルバノにも、かっこいいところを見せたい! こんな姿でも、実はすごいんだぞって。……わかってるの、見た目が頼りないことは。だからこそである。


 魔力の制御方法や、特殊体質の夢渡りの勉強もあるから、なかなか忙しくなりそうだ。でもやることがあるからこそ、目標があるからこそより頑張れるってものだ。

 ここに来る前は不安でいっぱいだったけど、一つ一つ進んでいけている実感がある。大丈夫、乗り越えていけるよね。握った手にギュッと力を込めると、気付いたギルさんが顔をこちらに向けてくれる。


「私、頑張るね。だから、無理しすぎてたら、教えてほしいな」


 私は夢中になると周囲が目に入らなくなるところがあるから……というかもう少しくらいいけるだろう、って思っちゃうんだよね。そのせいで環の時に痛い目をみてる癖に。でもね、これはそういう性質なのだ、って開き直っている。だからこうしてお願いをしてるのだ! それだけで十分な進歩でしょ?


「ああ、任せろ。もし、無理をしすぎていたら全力で甘やかそう」

「うっ、罰が罰になってない……!?」


 全力で甘やかすとはこれいかに。気になるしされてみたい気持ちはあるけど、あれだ、人をダメにするやつだ、知ってる。それはなんとも恐ろしい。ある意味、私にとっては正しい罰なのかもしれない。でもそんなチョイスをするのが、ギルさんっぽいなって思ってつい吹き出してしまった。ギルさんも、一緒になって笑っている。


 ……ああ。なんだか、幸せだな。この幸せをずーっと守っていきたい。


 この時、初めて胸の奥で感じた、湧き上がってくるような熱い「何か」。私がその正体に気付くのは、ずっとずっとずーっと先のことである。


─────────────────


更新が遅れてすみません!

これにて今章はおしまいです。

また来週月曜日から新章スタート予定になります。


【お知らせ】

特級ギルドへようこそ!

現在、3巻まで発売されておりますが……4巻も出ます!!ありがとうございます!


4巻は第2部がスタートとなります。(3巻の終わりですでに触れていますが)

かーなーりー加筆したので、Web版を既読の方にも楽しめる内容となっております。面白くなってるよ!(当社比)


また詳しい情報は決まり次第、近況ノートでお知らせいたします。よろしくお願いします!


いつもお読みいただきありがとうございます!

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