書庫


 夢に入って干渉出来るという私のこの力は、恐ろしいものだって思ってた。悪意がなくても人を精神的に攻撃出来るってことだから。でも、父さまは私に肩を触れられて、救われたって言ってくれた。そっか、救うことも出来るんだ。それが知れて胸がいっぱいになったのだ。


「っ、よかった……父さまに、何もなくて……!」


 何より、父さまが無事だったことに心底ホッとした。平気だってわかってたよ? 何かあったとしても父さまなら大丈夫だって。でも、やっぱり父親だもん。娘の私が無意識にしろなんにしろ攻撃してしまうなんて罪悪感で押し潰されそうだ。強いのは重々承知してるんだけどっ! 気持ち的な問題なのだ。


『メグ、心配してくれたのだな。くっ、娘が愛おしいぞ……! 今すぐ抱き上げたいっ』


 そこへきて通常モードなその声を聞いて思わずクスッと笑ってしまう。ああ、良かった。本当に良かった。


『それにしても夢の中にメグが現れてくれるとは、幸せ過ぎる能力だな! 我は滅多に眠らぬ上に夢もほとんど見ないが、たまに見る夢にメグがいるなら眠るのも良いな』


 しかも幸せとか。でも、この人はこういう人だよね。また父さまの夢に入っちゃったらどうしようって思ったけど、この調子なら大丈夫そうって安心したよ。もしかして、そう思わせるために言ってくれてるのかもしれないけど、父さまの場合は本気が9割だろうからなんとも言えない。


「もー、それじゃあ、寝る時間が取れるくらい余裕のある生活してね?」

『む、それもそうだな。素早く仕事を終わらせて休む時間も作るとしよう』


 なにはともあれ、私が今、一番伝えたい言葉はこれだ。


「……ありがとう。父さま」


 父親なんだなぁって実感したんだよね。ちゃんと考えてくれてるって、確かな愛情を感じたのだ。父さまはほら、残念さが際立っているからつい大きな弟みたいな感覚で見ちゃうところがあるんだけど、でもこういうところで頼りになる一面を見せてくれるんだよね。


『お礼を言うのは我の方であるぞ!? なぜ今メグからお礼を言われたのだ!?』


 まぁこんな調子だから自覚はなさそうだけどね! でも、無意識だからこそ嬉しい反応だったんだよ。本当にありがとう。父さまが私の父さまで良かった!


 他にも色々と説明をしたかったんだけど、あまり父さまの時間を取るわけにはいかない、ってことで影鳥ちゃんでの通信を終えることとなった。詳しい話は手紙に書いて送るねと約束してどうにか切った感じである。会話引き伸ばそうとしているのに気付いてはいたけど、ここは心を鬼にしないとクロンさんたちに悪いからね! ギルさんが容赦なく「時間だ」ってぶった切ってくれなかったら日が暮れるまで話していたかもしれない。グッジョブだったけどその無慈悲っぷりに顔が引きつってしまったのは仕方ないことだと思う。


「良かったな」


 苦笑を浮かべて消えていく影鳥ちゃんを眺めていたら、ギルさんがそう言って頭を撫でてくれた。今のやり取りで私が安心したのがわかったのだろう。


「うん。父さまと話させてくれてありがとう、ギルさん」

「それくらいは構わない」


 だが、と続けてギルさんは口を開く。そのまま私の座っていたテーブルの対面の椅子に座ると、何でもお見通しだとでも言わんばかりに頬杖をついた。


「安心した、それだけではないんだろう? 何を思ったんだ」

「ギルさんすごぉい……シェルさんみたいに考えが読めるのかな?」


 素直に感動した。ギルさんは最近、私の思考を読んでいるのでは? ってくらいあれこれ察してくれるのが不思議だ。昔から気遣いの人ではあったけど、ここのところ特に私のことを色々と理解してくれてるなぁってことが増えた気がする。


「考えまでは読めないが……なんとなくわかるだけだ。メグが俺の……」


 そこまで言ってギルさんは言葉を止めた。そのまま何かを考えるように視線を斜め下に向けている。なんだろう?


「私が、ギルさんの……?」

「ああ、いや。メグは、わかりやすいからな。すぐに顔に出る」


 えっ、そんなにかな!? 顔に出やすいのは自覚してるけど、成長と共にそれもわかりにくくなってきてると思ってたんだけど! でも、大人になってもわかりやすい人はわかりやすいものだし、私もこれは一生直らないのかもしれないなぁ。うっ、それはそれで恥ずかしい。私はバッと両手で頰を押さえた。


「ほら、わかりやすい」


 余計に笑われた。あっ、こういうところも含めてわかりやすいのね! 私はどうしたらいいんだ。諦めるしかないのかな。くすん。ギルさんが声を出して笑うのは未だに貴重なのでそれを聞けるのは得した気分だけどさ。笑われているのは私だぞ、メグ。表情筋、もう少し頑張れ。

 しかし今はそんなことはいい。せっかくギルさんが聞いてくれる体勢をとってくれたのだから話してしまおう。私は恥ずかしさで熱くなった顔を手でパタパタと仰ぎつつ、話し始めた。


「父さまの話を聞いて、夢渡りが人に危害を加えるだけじゃないって知って……安心したのは本当なの。けど、人の夢に入り込むのが危険なことだっていうのは変わらないなって」


 根本的な解決になってないんだよね。今回はたまたまだ。運が良かっただけって思わなきゃいけないと思った。これなら安心して人の夢にも入れるね、だなんて楽観視は出来ないもん。危険性を理解しておかないと、私は今後、色んな人を無差別に傷付けてしまいかねない。

 だから、この能力についてもっと詳しく調べたいのだ。そんな話をギルさんに伝えると、それなら今から調べに行こうと提案してくれた。


「フィルジュピピィに、去り際に言われたんだ。書物を調べるなら自由にしていいと。シェルメルホルンからの許可も出ているそうだ」

「……そうするだろうって、わかってたってことかな。ふわぁ、さすがシェルさん。直接言ってくれればいいのに」


 わざわざピピィさんを通して言うところがシェルさんだなぁって思ったよ。でも、協力的なのはわかったし、今はそれで十分かな。というか一生その性質は変わらなそうだけど。それでこそシェルさんである。

 思うところはあるけれど、それならお言葉に甘えて、ということで私はギルさんと書庫へと向かうべく小屋を出た。とはいえ、どこに行けばいいのかわからないのでまずはウィズさんを探すことにした。何かあったら言ってね、と言われているからね。


 小屋が並ぶ方へと向かっていると、あっさりとウィズさんは見つかった。午前中に採取してきた薬草や木の実などの分別をしに行くところだったのだそう。呼び止めちゃって悪かったかな?


「書庫ね、いいよ。族長の許可も得てるんでしょ? 行きたい方向も同じだし、一緒に行くよ」


 だから気にしなくていいよ、とウィズさんは私に微笑みかけてくれた。あれ、また申し訳ないって気持ちが顔に出てたのかな? 表情筋は仕事をしてくれないようなので両頰をみょん、と軽く自分でつねってやった。恥ずかしい……!


 そのままウィズさんについて行くこと数分ほど。墓地や泉のある場所から右にズレた方向に進むと、暫くしていくつかの小屋が並んで建っているのが見えてきた。こんなところに小屋なんてあったんだ、っていうくらい周囲の木々に馴染んだ外観をしている。居住用の小屋より、もっと木々と一体化してるというか。ツリーハウスに近いかな? でも小屋の形は残ってる、なんとも不思議な外観だ。


「一番右端が書庫だよ。好きに見るといい」

「えっ、でも見たらダメなものとか、触っちゃいけないものとか、ないんですか?」


 自由にしていい、と言われて戸惑うのは普通だよね? だってハイエルフの持つ蔵書だよ? 色んな知識が書物に詰め込まれてるってことだもん。むしろ勝手に見て回るのなんか怖くてしかたないよ。そう思って聞いたんだけど、ウィズさんはキョトンとした顔をしている。え? おかしなこと言ったかな?


「今、自分が求めている情報しか見られないようになってるんだから何も問題ないよ。あ、もしかして、他の書庫は違うのかな?」


 え、何その不思議管理。それはつまり、欲しい情報を持った書物だけが閲覧可能になるってこと? そう思っていると、目を細めながら書庫を見ていたギルさんが解説してくれた。


「複雑な術がかけられているな。求めている情報ならいくらでも調べられるが、それ以外は探そうとすることさえ出来ない、か。認識阻害系の魔術もかけられている」

「そうだよ。だって求めてない情報なんて最初から必要ないから。他に目が行っちゃうと調べ物にならないでしょ? ちゃんと集中出来るような仕組みになってるんだよ」


 それって、逆に言えば何について調べたいかをしっかり頭の中に入れておかないと、書庫に入っても欲しい書物が手に入らないってことかな。なにそれ、すっごい複雑な魔術じゃないか。でもそれがただ効率的だからって理由で設置されてるところにハイエルフの魔術レベルの高さがわかる。

 ちなみに、調べ物途中で気になったことがあった場合はその分野の書物も見られるようになったりするんだって。親切設計である。けど余所見して興味ありそうな本を探すのは図書館の醍醐味な気もするんだけどなぁ。効率重視なんだろうな。


 でも、欲しい情報なら誰でも手に入れられるっていうのはある意味危険でもあるよね。悪いこと考えてる人が入ったら、その情報を何に使われるかわかんないもん。


「君たちのことは信用してるってことさ。許可をくれた族長からも、ね」


 そんな考えも見透かされたのか、ウィズさんはそう言って笑った。そっか、信用してもらえてるんだ。それを知って、心が温かくなる。


「じゃあ私は左から2番目の小屋で作業をしているから。何かあったら言ってね。戻る時も一声かけてくれると助かる」

「わかりました! ウィズさん、ありがとう!」


 軽く手を振って背を向けたウィズさんにお礼を言ってから、ギルさんに顔を向ける。目が合ったギルさんが軽く頷いてくれたので、私たちも書庫に向かって歩を進めた。

 頭の中で、特殊体質の夢渡りについて、と何度も繰り返しておく。過去に同じ能力を持っていた人なんかの記録があったら助かるなぁ。なくても、この能力とうまく付き合っていくために少しでも情報が欲しい。そう願いつつ小屋の前で立ち止まる。それから軽く息を吸って吐き、ドキドキしながら書庫のドアを開けた。

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