手の持ち主


 読書に勤しんでいると時間はあっという間に過ぎていく。ぐぅ、というお腹の虫の音でハッと顔を上げた。おぉ、正確な腹時計ですね……! 夢中になってたから気付けたけどっ。ギルさんは……まだ帰ってくる気配がない。よし、それなら戻ってくる前にご飯の準備をしちゃおう。


「サンドイッチ、作ろうかな」


 ギルさんは、毎食食べる必要がない亜人さんだ。一週間くらいは寝なくても平気だったりね。でも、私に合わせて生活をしてくれているから今日のお昼も一緒に食べるのである。元々オルトゥスのルールで、出来るだけ食べる、3日に1回は寝る、みたいなのは決まってるんだけどね。え? 私は当たり前のように1日3食で毎晩寝てるよ? 身に染み付いたこの習慣は変えられないよね、なかなか。お子様だからってだけじゃないのだ。決して。


 というわけで、私とギルさんの2人分作りまーす! おにぎりとかサンドイッチくらいの簡単なものなら私でも作れるからね! 早速、収納ブレスレットのウインドウを開いて材料の確認だ。その中からいくつか選び、キッチンに立ってサンドイッチを作り始める。

 基本的に中身は出来ているものを使います。チオ姉や他の調理担当の人が作ってくれたものを、ハイエルフの郷に来る前にたくさん持たせてくれたのだ。サンドイッチの完成品を持たせないあたり、私の気持ちをよく理解してくれている。だってだって、自分でも出来ることを増やしたいんだもーん。お子様か。お子様だ。


 フンフンと鼻唄を歌いながらどんどんパンに挟んでいく。パンも3種類あるから選ぶのも楽しい! クロワッサンのようなパンにはハム、チーズ、レタスのサンドと卵サラダのサンド。食パンではカツサンド。ふわふわで真っ白なパンにはシュベリーのジャムサンドと生クリームとナババのサンド。どのパンにはどの具が合う、とか詳しいことはわからないけど、個人的な好みで挟んでみた。見た目も綺麗だしなかなかの出来栄えではなかろうか。


「でも……作り過ぎた」


 つい楽しくなっちゃったの。調子に乗りました。だってどれもこれも食べたかったんだもん! でも、私が食べられるのは精々3つである。胃の小ささが恨めしい。ま、余ったらまた収納しておけばいいんだもんね。時間の経過を気にしなくてもいい収納、本当に便利すぎる。いつもこれに助けられてるんだよね。贈ってくれたギルさんや、作ってくれたミコラーシュさんとマイユさんには頭が上がりません!


「すまない。遅くなった」

「ギルさん! おかえりなさーい!」


 そこへ、タイミング良くギルさんが帰ってきた。ちょっと焦ったような様子だ。遅くなったのを気にしているらしい。しかしノープロブレムである! すぐに顔を向けると、ギルさんは驚いたような顔でこちらを見ていた。ふふーん、美味しそうでしょ。両手を腰に当てて胸を張ってみる。


「すごくいいタイミングだったよ! 上手に出来たでしょ?」

「ああ、美味そうだ。メグが用意してくれたのか」


 ギルさんはそう言いながらマスクを下げ、優しげに微笑みながら頭を撫でてくれた。えへへ。用意した甲斐がありました!

 すぐにサンドイッチをお皿に乗せてテーブルに運ぶ。ギルさんもそこは手伝ってくれた。


「今度は、私がお茶を淹れるね!」

「いいのか」

「さっきは淹れてもらったもん。美味しく淹れられるようになりたいし、そのためには練習だってチオ姉も言ってたから。その、練習台にしてるみたいで申し訳ないんだけど……」


 要は初心者の淹れる、特別美味しいわけでもないお茶を飲ませるってことだ。なのでつい尻すぼみになってしまう。いや、そんなに不味くはならないはず! たぶん。だというのにギルさんの返事はこうだ。


「メグが用意してくれたものなら、喜んでいただこう」


 イッケメーン!! なんか最近、ケイさんみたいなこと言うようになってない!? 破壊力がすごいんですけど! ケイさんは息をするようにサラッとイケメン発言をするけど、ギルさんは元々、口数が少ないこともあってその効果は抜群だ。乙女なハートを撃ち抜かれたよ。これにときめかない人はいないと思うんだ。

 おかげでポットにお湯を入れる手が震えるじゃないか。い、いつもはもっと上手に出来るんだよ? だから頬杖ついて凝視しないで。そこのイケメンさんや。


 どうにかこうにかお茶も淹れ終えたところでようやくランチタイム! サンドイッチもお茶も美味しいと言いながら食べてくれたギルさんは優しさの権化かと思ったよ。将来、いい旦那さんになるのではなかろうか。お嫁さんは生涯幸せなことだろう。間違いない。

 作り過ぎたかな、という心配はなんのその。ほとんどギルさんが食べてくれた。いっぱい食べるよねぇ。羨ましいことである。私はやっぱり食べきれなかったので、卵サラダサンドとジャムサンドだけはキープしておいた。全種類味わいたいじゃない? 少食のくせに食いしん坊だなって思うかもしれないけどそれだけじゃないんだよ。食べたかったのだろう? ってギルさんが言ってくれたから、そう、お言葉に甘えただけ……うふふ。いつかの楽しみにしておこうっと。こうして溜まっていく食料ストック……食べたいものがこの世界に溢れているのが悪い。


「魔王に連絡するか?」


 食休みを挟んだところで、ギルさんが切り出してくれた。私はすかさずお願いしますと頭を下げる。お仕事とは別で連絡してくれるわけだし、こういうところではきちんとお礼をしないとね。毎回のこととはいえ律儀だな、と苦笑を浮かべられてもこれだけはやめないからね!

 早速ギルさんは影鳥ちゃんを出して魔王城にいる父さまの元まで飛ばしてくれた。仕事もあるだろうし、もしかするとすぐには話せないかもしれないなー、本の続きでも読んで待ってようかなー、などと思ってたんだけど杞憂でした。ものの数十秒後に父さまからの応答があったのである。


『メグが! 我と! 話したいだと!? 我も話したいぞ! メグ!』


 ……これ、仕事放り出してきてたりしないよね? あり得る。そうだったらクロンさん、ごめんなさい。宰相さんや父様の下で働く皆様もほんっとすみません。居た堪れない気持ちになりつつも、すぐに伝えられそうで良かったな、とも思うので開き直ることにする。


「父さま、こんにちは! 今、お話しても平気?」

『ああ、メグよ。もちろんだとも。メグとの話は何よりも優先すべき事項だ。案ずることはない』


 案ずるよ。その一言でめちゃくちゃ案じたからね? まぁいい。この人はいつもこうだし、ちょっと予想は出来てた。それなら私のすべきことはひとつ。さっさと用件を話してしまおう! それで、ちゃんとお仕事に戻ってあげてね……!


「あのね、変なことを聞くかもしれないんだけど……」

『変なことでもどんなことでも聞くぞ!』


 食い気味だ。ギルさんも額に手を当てている。父さまの気持ちはわかるけど先に進めるからね! 結構、真剣な話なんだから。


「父さま最近、夢を見なかった? えっと、その、昔の夢を。魔力が暴走してしまっていた頃の……」

『っ!?』


 影鳥越しに、父さまが息を呑んだのがわかった。図星、かな? これだけを聞かされても不審にしか思わないだろうと思って、私はそのまま簡単に説明をした。私の特殊体質が夢渡りというものだったこと、少し前にその夢の中に私も入ってしまったことなどだ。


「私、人の夢に入り込んでたなんて知らなくて……えっと、夢の中で父さまの肩に手を置いちゃったの。それって夢を弄ったことになったのかなって。それで……」


 相変わらずあんまりうまく説明出来ないな、私ってやつは! それでもちゃんと話は伝わったようで、影鳥の向こうから父さまが優しい声で私の名前を呼んでくれた。


『メグ。メグ、大丈夫だ。そうか、あの手はメグのものだったのだな……』


 あの手は、か。ってことはやっぱり……!


「ご、ごめんなさいっ! やっぱり私、父さまの夢に勝手に……っ」

『ああ、落ち着くのだメグ。最初に言ったであろう? 大丈夫だと』


 取り乱しそうになる私を、父さまの声とギルさんの背を撫でる手が落ち着かせてくれた。そ、そうだ、大丈夫って言ってくれてた。深呼吸だ。慌てちゃダメ。こうして心が乱されるのも、魔力が不安定なせいなんだ。そのせいにすると随分と気が楽になる。原因がわかるっていうのは安心材料になるよね。ふぅ。


『確かにメグの言うように、我は少し前に過去の夢を見た。そして、肩に手を置かれたのも覚えている』

「そっか……やっぱり、私は夢に干渉出来るんだね……これからはもっと気をつけなきゃ」


 今はもう危険性なんかも理解してるから、気を付けられる。大事なのはこれからどうするかなのだ。そう、これから注意していけばいい。この程度で済んで良かったって思わないとね。父さまには悪かったけど……。


『実はな、その夢はこれまでにも何度も見たことのある夢であった。だが、肩に手を置かれたのは初めてだったのだ。だからこそ、特に印象に残っておる。だが、勘違いをしてはならぬぞ?』

「勘違い?」


 あの夢を、何度も見てるんだっていうのも衝撃だったし、初めてその夢を変化させてしまったという事実にヒヤッともした。だって、あれは父さまにとっては悪夢のはず。夢ではあるけど実際に起きた、過去の苦しくて仕方なかった時の記憶だもん。そんな父さまにとっては重要な夢に関わってしまったというのは、やっぱり大事なのでは!? と思うのは仕方ないよね。けど、それが勘違いだって言いたいのだということが、続く言葉でより理解出来た。


『救われたのだぞ、我は。これまでは、あの悪夢を見た後、暫くは心が落ち着かなかったのだ。だが、手を置かれた日の朝はな……とても心が温かかったのだ。恐怖も、苦しみも、あの手の温もりが全て消し去ってくれた』


 救われた……? 私の、軽率な行動で?


『だからな、メグ。我はその手の持ち主に感謝していた。それが、今その手の持ち主を知ることが出来たのだぞ? それも、最愛の娘であったと。これほど嬉しいことはない』


 ありがとう、という父さまの声。直接お礼が言えるとは思わなかったと朗らかに笑っている。それを聞いて私は……思わず、一粒の涙を溢してしまった。

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