sideフィルジュピピィ
ゆっくりと部屋へと戻っていくメグとギルの背中を見送り、私はふぅと胸を撫で下ろす。ほら、私の能力なんかなくても大丈夫だったでしょ? と小さく呟いたけれど、ま、聞こえてないわよねー。わざわざ伝えるべきことでもないし。
さ、私は私の愛する番の元へと行きましょうかねー。とんでもなく不器用な、あの人の元へ。
「シェル」
彼の部屋へやってきて、軽く3回ノック。それからドアを開けて彼の名を呼びながら中へ入る。これがいつもの行動パターン。シェルはお決まりのパターンというものを変えるのを極端に嫌がる。本当は部屋に入る前から私だって気付いていたとしても、これをやることで落ち着くみたいなのよね。私も無駄に彼の気を荒立たせたいわけではないし、この程度で落ち着いてくれるのならって喜んでやるけどねー!
「返事くらい、してくれてもいいと思うんだけどー!」
そうよ、ここまでしてるんだからそのくらいしたらどうなのよ。思わず頰を膨らませてしまうわ。だというのに素っ気なくお気に入りの革製のソファに座ってるものだから、私は後ろから彼の背にのし掛かった。
「重い」
「そんなこと微塵も思っていないくせにー」
知ってるんだから。その一言が照れ隠しだって。もう、番同士なんだから、変な意地張ったって意味ないわよーっだ。貴方が私の考えを読めるように、私にだって貴方の気持ちがなんとなく伝わってくるんだもの。番なんだから当然のこと。
「聞かせてくれるわね? メグのこと」
そのままスルリとシェルの膝の上に横座りになると、シェルはいつも以上に眉間にシワを寄せた。あらあら、うふふ。照れちゃってかぁわいい。あ、ごめんなさいってば。真面目に聞くから本気の魔力を練るのはやめてっ。
「始まりのハイエルフと一緒よね? ……夢渡りは」
「……それがどうした」
シェルの膝の上で、彼のやたらサラサラな銀髪を手にとり、三つ編みにしながら私は言葉を続ける。ついついやっちゃうのよね、これ。
「強力すぎて、その力をほとんど使うことなく生涯を終えた始まりのハイエルフ。彼は神という地位から落とされた最初の人物よねー? それはつまり、元神ってことでしょ?」
「だからそれがなんだというのだ」
そんな大昔のこと、今となってはどうでもいいといえばどうでもいいことだけど。何が言いたいかはわかってるくせに。素直じゃないんだから。
「神に、戻る可能性があるじゃない。メグなら」
気付いているんでしょ? 貴方よりも魔力が多くなるだろう未来がくることに。人々から好かれ、力もあって、魔物も統べることが出来る存在。まだ子どもだというのにあれだけの可能性と力を持っているのだから、考えたことがないはずがない。一度はそれを狙って、あの子を手に入れようとしていたんだから。
「ふん……すでに興味はない」
「それは知ってる。でも考えはしたんでしょー?」
正直なところ、あり得ない話ではないと私は思ってる。メグは、いつか神にさえなれるって。それはこの人の長年の夢でもあった。けど、本人も言うように、今はそんなことカケラも思ってないみたいだけど。
「その始まりのハイエルフは、人として生きることを選択した愚か者の方だ」
「あ、そっかー。神に戻ろうと足掻いた方ではなかったわねー、そういえば」
だから、メグも神になることはないだろうってそう言いたいのね。でも、神に戻ろうと足掻いた始まりのハイエルフと、夢渡りの能力を持つ始まりのハイエルフ。どちらがより神としての力を持っていたかっていうと……後者なのよねー。いくら力があっても、最後はその意思が物を言う。
だからこそ、足掻いた方のハイエルフはもう片方を激しく嫌悪したのよね。言い伝えとして聞いたことがある。足掻いた方がもう片方を気に入らない気持ち、わからないでもないわ。
それにしてもこの関係ってまるで、シェルとメグの関係のよう。祖父と孫という立場といい、能力といい、まるで一緒。性別まではわからないけれど。
これって……偶然?
「でも、貴方はメグに対して嫌悪感は持っていないでしょ?」
「役立たずだと思っていた子どもが力を開花させつつある、ただそれだけの話に嫌悪も好感も何もない」
「そういうことにしといてあげる」
始まりのハイエルフたちは、意見が正反対すぎて対立し合った。互いに互いを大切な存在だと思っていたからこそ、裏切られたという気持ちが強かったんじゃないかなって私は思ってる。どうしてわかってくれないのかって意見を主張し合って……人間臭いったらないわねー。この昔話を聞く度にそう思ったっけ。
一歩間違っていれば、シェルとメグも対立してたかもしれない。でもそうはならなかったのはたぶん、メグの存在のおかげよね。シェルは始まりのハイエルフと同様にメグに固執して意見を押し付けようとしていたけれど……メグはそれに反発こそしたものの、シェルを攻撃しようとか、意見を押し付けてくることはしなかった。主張はしていたけどね。
でもその違いは大きい。おかげで2人の関係は良好とはいかないまでも、険悪になることがなかったもの。安心だってした。……それなのに。
「シェル。私ね、結局は辿る結末が同じになるっていうのが、不気味だって思うの……」
始まりのハイエルフ。彼らが仲違いしたことで当時、世界を巻き込む戦が起きた。それは200年ほどにも及び、そして終結した。その結果、生まれた者がいる。今もなお引き継がれていて、この世界には常にその存在が魔大陸の実質トップとして君臨してる。
────それが、魔王。
「メグは次期魔王でしょ……? 運命ってものが本当にあるのかなって思っちゃう。だから、時期に何か大きなことが起こるような気がして、怖いの」
初代魔王が、夢渡りの特殊体質を持つ始まりのハイエルフだったなんて、私たちハイエルフ以外に知るものはいないでしょうけど。
「起きた時に考えれば良い」
未来に怯える私に、シェルはスルッとわたしの頰を一撫でしてから私を膝から下ろし、立ち上がった。
「未来など、今の積み重ねでしかない。予知出来ようが、結果として変わらぬのはその点のみ」
「今を積み重ねていけば、良い方向へと導ける?」
「ふん。醜く、足掻くまで」
ずっと足掻き続けてきた彼だからこそ、言える言葉だと思った。彼は、ただ先祖の思いを証明したかったのよね。神へと戻れば、始まりのハイエルフがどうして戻りたかったのかを示せるんじゃないかって。
理想だけを押し付け合うから意見が分かれたんだって。ならば結果を見せれば、何か変わるんじゃないかって。
ただ、家族の和解を望んでたのよ。でもその家族はもうこの世にはいない。がむしゃらに突っ走る貴方を見ているのは正直、辛かった。私はそんな貴方を救いたかった。
私が家族になれば、イェンナが生まれれば、本当の家族の絆に気付いてくれるんじゃないかって思ってたけれど、上手くいかなくて歯痒い思いをずっとしてきたのよ。でもそれは上手くいかなくて……そして、諦めた。それは私にも迷いがあったからだって今ならわかる。これでいいの? 自分のしていることは合ってるのかって。
だから、メグが迷いのない真っ直ぐな目で彼を見てくれたことに、深く深く感謝しているの。愛情をたっぷり受けて育った、愛に溢れたあの子だからこそ、成し得たんじゃないかな? シェルに、今目の前にある家族の大切さを気付かせることを。
「私も足掻くわ! 私たちの大切な孫だものー。あの子には誰よりも幸せな道を歩んでほしいし! ね、シェルもそう思うから助けたのでしょ? 足掻こうと思ってくれているのでしょー?」
シェルは私の言葉に返事をしない。ふふっ、わかってたけどねー。ここまで直球の言葉を投げ掛けられると戸惑って声が出なくなること。そのまま寝室にいってバタンとドアを閉めたことからも、否定の気持ちはないんだってことがわかる。
はーあ、メグやギルには特に彼の真意は伝わらないでしょうねー。私が伝えてもいいけど、それは何か違う気がするし。一番は気付いてもらうことだけど……うん、メグなら気付くかもしれない。人の気持ちの変化に敏感だから。期待しましょっと!
さて、と。シェルの意思確認が済んだところで、今後の対策について頭を悩ませてみようかしらねー。最終的には本人に頑張ってもらうしかないのが歯痒いのだけど! それに、魔王やオルトゥスの頭領も対策をすでに打っているみたいだから、せいぜいメグの魔力暴走の被害を最小限に抑えるってくらいしか役目はなさそう。
「舞台はやっぱり……闘技大会になるかしら。うーん、せめて大会中じゃないといいんだけどー」
人の多い場所は色んな意味で危険だもの。物理的にも危険だけれど、どんな噂が飛び交うかわからない。メグがどれだけいい子でも、どれだけ周囲で守ろうという人がいたとしても、噂話だけは広がったらどうしようもないし、不名誉な話が万が一にもついたら生涯付き纏うもの。その生涯がどれだけ長いと思ってんのよ。絶対阻止しなきゃ!
「マーラにも相談しないといけないわねー。今は忙しいでしょうけど大会よりなによりメグの方が大事よっ」
あら? これが孫を思うおばあちゃんの気持ちってやつかしら。なんでもしてあげたくなっちゃう。……顔も見たくなってきたわねー。今夜、お風呂にでも誘っちゃおうかな。せっかく私がおばあちゃんだって知ってもらったんだもの。触れ合ってもいいわよね! うふっ、楽しみねー!!
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