メグの特殊体質


 それから私たちは、さっそくシェルさんの部屋へと向かった。ピピィさんの後について行く間、私の心臓はバクバクと鳴りっぱなしである。そりゃあ緊張するよ! 話を聞いてある程度の誤解は払拭されたけど、でもやっぱりあのイメージしかないんだもん。

 顔なんかみたくない、とか言われたらどうしよう。言われそう……! それだけならまだいいとして、ハイエルフの郷から追い出されたりとかしないだろうか。そ、それは困る。


 そんな私の不安をよそに、ピピィさんは大丈夫よとコロコロ笑いながら迷いのない足取りで進む。ああああ、待ってぇ! でも、むしろ有無を言わさず連れられた方が私にとってはいいのかもしれないけど。ウジウジして時間が過ぎるよりよっぽどいいよね。


「さ、着いたわ。……あら? 今はいないみたいね」


 郷の集落からは少し離れた森の入り口付近に、シェルさんの部屋、というか小屋は建っていた。ピピィさんが遠慮もなくドアを開けてズンズン入っていったけど、当のシェルさんは留守のようだ。なんとなくホッ。


「さては、来るのを察知して森の方に行ったわね。間違いない! 追うわよー!」

「えっ、あ、待ってー!」


 拳を突き上げて森へと向かったピピィさんを慌てて追う。というか来るのを察知して逃げたとか、やっぱり避けられてるぅ!? 軽くショックを受けているとポンと頭に手を乗せられる。ギルさんの手だ。


「大丈夫だ。まだ会えないと決まったわけではない」


 そ、そうだよね。ネガティブになったらダメだ。それに、これくらいで諦めてちゃダメだよね。私、めげないっ! 決意新たにしっかり顔を上げて小走りでピピィさんを追いかける。ギルさん? 歩いてますよ? うるさいやい、足が短いから走るしかないのっ。子どもだからだもん、普通より短いわけじゃないもん。だからちょっと抱き上げてやろうかな? みたいな目でこっち見なくていいの! ギルさんっ!


 こうしてせっせと小走ること数分ほど。私もまだ来たことのないその場所は、やたら大きな木が多い印象を受けた。その中でも一際立派な木に自然と目がいく。その雄大さに思わず息を呑む。大人が10人以上で手を繋いでようやく囲めるくらいの幹の太さだ。空気が一際澄んでいて、ここも泉と同じくらい清浄な地なんだと感じる。

 目的の人物は、その大樹の下に静かに立っていた。背中に流れる長い銀髪は少しの乱れもなくて、相変わらず隙のない佇まいだ。私たちが来たこと、絶対に気付いているだろうに、そんな素振りを一切見せない。こちらに背を向けたまま真っ直ぐ大樹を見つめているみたいだった。


「シェル」


 ピピィさんが名を呼ぶ。心を読めるというから、それだけでここへ来た目的なんかも全てお見通しなんだろうと思う。声に反応してシェルさんがゆっくりとこちらに向き直った。


「あ、あの……!」


 お見通しとはいえ、これは私の問題。きちんと自分の口からお願いするべきだと思って声を出したんだけど、スッと出された手でそれを制されてしまった。


「来い」


 そしてただ短く、それだけを告げられる。ほ、本当に言葉が足りない人だなぁ。戸惑ってギルさんやピピィさんの顔を交互に見てしまう。ギルさんは警戒心を隠そうともせずにシェルさんを睨み付けているし、ピピィさんは困った人ねぇと頰を膨らませているしで……えーっと、どうしよう?


「シェル……少しは気を遣ったらどう?」

「ふん。用があるのはそっちだろう。なぜ私がそんな者どもに気を配らねばならない」

「もうっ、そういうとこよ!?」


 ピピィさんがキャンキャンと抗議をしているけれど、シェルさんの態度は変わらない。まぁ、この程度で変わるなら昔、苦労してないよね。よし、決めた。


「メグっ!?」


 一歩踏み出した私を、ギルさんが慌てて呼ぶ。そんなギルさんに笑顔を向けながら私は一度振り返った。


「大丈夫だよ、ギルさん。信じてるから、信じて?」

「!」


  何かあれば助けてくれるって信じてるし、私だってあの頃とは違うんだから。それに、たぶん……本当に大丈夫だって、そんな気がするからね。そんな気持ちが伝わったのか、ギルさんは出そうとしていた手を引っ込め、軽く頷いてくれた。あの過保護なギルさんが! 少し感動である。

 とまぁ、それは置いておいて。私はすぐにくるっと前を向き、真っ直ぐシェルさんの前まで足を進めた。背後では、ピピィさんがいざという時は私の能力もあるから大丈夫ってギルさんに言ってくれてる。ナイスフォローである。


「……お久しぶりです。シェルさん」


 手が届くか届かないかの距離で立ち止まり、まずはご挨拶。きちんと目を見てそう言うと、シェルさんは眉間にシワを寄せた。そんなに嫌がらなくてもーっ! いやいや、めげるな私。きちんとお願いしなきゃ。


「どうか、私の特殊体質を調べてくれませんか?」


 多くを説明する必要がない、というのは正直なところ助かる。こうして単刀直入に頼めるからね。

 しばらく見つめ合う私たち。ドキドキ。


「……目を閉じろ」

「ふえ? あ、はい」


 言葉少なにそう言われて変な声が出たものの、素直に言うことを聞く。初めて精霊が見えるようになった時、シュリエさんに魔術をかけてもらった時も確か目を閉じて気を楽にしなさい、みたいなことを言われた覚えがあるからだ。たぶんそれと同じようなものだろう。


「……少しも疑わぬとは。馬鹿な子どもよ」


 単純馬鹿と言いましたね? くっ、事実だから言い返せない! でも、きっとジュマ兄ほどじゃないと思うんだけどなー。あ、それは今どうでもいいか。おそらくこの思考も読んだのだろう、シェルさんがため息を吐いた。なんかすみません。

 直後、ブワッと私を風が包み込んだ。シェルさんの自然魔術だ。シュリエさんの時はふんわりとした優しい風だったけど、この風はなんというか、不慣れなのかな、という印象を受けた。そう、加減の仕方に慣れてないだけなのだ。乱暴な気配は感じないから。それが伝わってなんだかほっこり癒される。あっ、舌打ちしないでシェルさんっ。余計なことを考えててごめんなさいってば。


 そうこうしている間に、風がスッと収まる。どうやら特殊体質は調べ終えたらしい。恐る恐る目を開けると、そこには軽く目を瞠るシェルさんの顔。え、え、何?


「……夢渡りだ」

「夢、渡り……?」


 そしてやっぱり簡潔にそれだけを告げる。ピピィさんがまさか、と小さな声を漏らした。


「あ、あの。夢渡りって、どんな能力なんですか?」


 聞くのが怖い気もするけど、教えてもらうなら今しかない。もちろんあとで自分でも調べてみるけど、情報は多い方がいいからね。ジッと見つめて待っていると、シェルさんは眉間のシワを深めてからまたため息を吐いた。よ、読まれている……!


「そのままだ。夢を通じてあらゆる物事を視ることが出来る。過去も未来も、人の夢をも渡り、視て、干渉出来る。予知夢、過去夢などの上位能力だ」

「上位……?」

「未来しか視られぬ予知夢より優れた能力ということだ。そんなこともわからぬのか」


 い、いちいちトゲが刺さるぅ。しかも軽くイェンナさんの予知夢能力をディスっている。それも十分すごい能力だからね? でも、夢渡りか。それにしては……。


「眠っていない時も、その、視るんですけど……」


 そうなのだ。普通に生活している中で、突然視えてくることも多いのである。夢って寝ている時に見るものだよね? そう思ったから聞いたんだけど、ものすごく大きくて長いため息を吐かれてしまった。ため息、吐きすぎだよぅ。


「夢を渡る能力なのだから、術者が眠っている必要はないであろう。いつでもどんな時でも渡れるから夢渡りだ。眠っている間の方が視やすくはあるだろうがな」


 あ、そういうこと? なんでも、予知夢や過去夢でさえ、起きている時に視ることはあるのだそうだ。言われてみればこれまでもそうだったじゃないか。そりゃ長いため息も吐くよね。すみません。


「これは、予想以上にすごい特殊体質を持っていたわね……メグちゃん」

「え? でも、結局はこれまでとそこまで変わらないですよね? 視られるものが増えただけで……」


 むしろ増えたおかげでどれがなんの夢なのか判断に困るんだけど。未来なら未来だってわかってた方が私としては楽だなーなんて思う。しかし、それがあまりにも呑気すぎる考えだということは続く説明ですぐに思い知らされた。


「同じなものですか! いい? 視るだけではなくて、干渉出来るのよ? それはつまり、過去や未来、人の精神にまで影響を及ぼしかねないということなの」

「え……」


 えっと、だから、どういうことかっていうと。

 過去も、未来も、私の行動一つで変えてしまえる、ということ? それって、人の生き死ににも影響がある、よね……? それから精神? 夢、だもんね。一歩間違えれば精神を病ませてしまったり、壊してしまうことも出来てしまうって、そういう、こと……?

 な、何それ。怖い。能力の恐ろしさに気付いた私は、同時にあることを思い出してサァッと血の気が引くのを感じた。

 

「あ、わ、私……この前、夢で、人の肩に手を触れて……」


 そうだよ。父様の夢だったんだ、あれは。父様の過去の夢。何の気なしに触ってしまった父様の肩。ただ、心配で、励ましたかっただけだったけど、もしそのちょっとの行動が今の父様に影響を与えていたとしたら? それが良い方向ならまだいいとして、今もなお苦しみ続ける結果になっていたとしたら?


 何が何にどう作用するのかわからないんだから。


「あ……どう、しよう」


 手が震える。違う、全身が震えているんだ。ただでさえ多すぎる、そして今もどんどん増え続ける魔力。それに加えてこんな特殊体質まで持っている。

 何それ。私、その気になったら……人を、世界さえも、グチャグチャにしてしまえるじゃないか。


 ────自分が、怖い。


「メグっ!!」


 ギルさんの焦ったような叫び声が聞こえた。




────────────────


これにて年内の更新はおしまいになります。

今年もお付き合いいただきありがとうございました!

皆さま良いお年をお迎えくださいませ。


また、近々コミカライズの情報もお知らせ出来ると思いますので、その際は近況ノートに上げさせていただきますね!


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