【3巻発売記念小話】ワクワク!家族旅行!


特級ギルド3巻発売記念の小話です。

本日よりニコニコ静画にてコミカライズもスタートいたしました。詳しくは近況ノートにて!


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 タタッとギルドから外に飛び出す。空を仰いでぐぐっと背伸び。うーん、とってもいい天気! 今日は待ちに待った家族旅行の日。ずっと楽しみにしてたからじっとしていられなくて思わず先に外に出てきてしまった、というわけ。子どもか。子どもです。


「おーおー、はしゃいでんなーメグ」

「いーでちょ! だって、楽ちみだったもーん」


 からかうような口調のお父さんに、口を尖らせて抗議する。噛み具合も絶好調である。そんなの好調じゃなくていいのに!


「ねー、エルフの郷って、どんなとこ?」

「まぁたその質問かよ」


 それからお父さんの服の裾を引っ張って声をかければ、くっくっと笑ってお父さんが言う。だ、だってつい何度も聞いちゃうんだよ。

 しかも行き先はエルフの郷だよ? エルフの郷! ハイエルフの郷には行ったけど、どんな風に違うのかとか、やっぱり気になるじゃないか。私の中ではファンタジーといえば? なスポットナンバー1の場所なのだ。観光スポットらしい、という話を聞いたら余計に気になるんだよ!


「お前のイメージするようなエルフの郷とは違うだろうなぁ」

「もー、おとーしゃん、しょればっかり」


 私が何度も聞いてしまうのはこれが原因でもある。お父さんの答えはいつもこうだから。そうじゃなくてー、もっと具体的に! っていつも言うんだけれど。


「今から行くんだからいーじゃねぇか。お前の目で確かめろ」


 とまぁ、こんな具合にいつもはぐらかされてしまうのだ。くそぅ。こんなやり取りを見ているからか、他の誰に聞いたとしても似たような答えが返ってきてしまう。


「ふふ、メグは本当に可愛らしいですね。そんなに楽しみですか?」


 一緒に同行するシュリエさんがクスクス笑いなが聞いてくる。うっ、笑い者じゃないか私ったら。だって、だってぇ。


「あい。だって、エルフがいっぱいいるんでしょ? 子どものエルフもいるって」


 そう、そうなのだ。なんと、私以外にも子どものエルフがいるというのだ! 絶対可愛いに決まってる。会いたい、愛でたい。


「ええ、いるにはいますが……」


 なんでも、私よりちょっと年下の男の子なのだそう。ちょうど、私がこの世界に来る20年前くらいに生まれたんだって。だから私との年の差は数年ほど。エルフにしてみればこの年の差はあってないようなものだから、私と同年代のエルフってことになる。それだけですごく嬉しい。

 ちなみに、その子の誕生をシュリエさんが知ったのは実はほんの数日前。友人と連絡を取った時に知ったのだという。こんな大ニュースをなぜ黙っていたのか、と頭を抱えていたっけ。ちなみに、仲間のエルフさんたちに悪気はなく、あれだけ大騒ぎしたからこそ、誰かがすでに伝えていただろうとみんなが思っていたのだそうな。ああ、うん、わからなくもないよ、その現象。


 それにしても大騒ぎかぁ。エルフの子どもってだけでかなり貴重だから、きっとものすごく祝福されただろうなぁ。3才くらいのエルフの男の子でしょ? ……やっぱり絶対可愛い! エルフだし間違いなく美幼児!


「まだ幼いですし、仕方ないといえば仕方ないのですけどね……」

「ん? その子ども、なんか問題があるのか?」


 だというのに、シュリエさんはどこか困ったような表情。お父さんが聞くと、苦笑を浮かべて答えてくれた。


「いえ、ただ……少々ワガママに育ちすぎた気がしなくもないのです。まだ話に聞いただけなのですが」

「メグより少し小さいくらいだろ? ワガママなくらいが普通じゃねぇか?」

「やはりそうですか? いけませんね、メグを基準に考えるとどうしても……」


 あれ? それだけの理由? いやぁ、なんだかごめんなさいね、ただの幼女じゃなくて。私の中身は大人だから、本当の幼児みたいにワガママ放題とはさすがにいかない。私だって魂が環じゃなかったら、もっと手がかかったはずだと思うし。


「あとは個体差だろうな。メグは環の時も、小さい頃から手があんまりかからなかったし」

「え? しょーなの?」

「おー。根がのほほんとしてんだろ」


 暗にぼけっとしてると言われた気がした。むぅ。


「メグは穏やかで優しい、ということではないですか。メグの長所だと思いますよ」


 しかし、そこで優しく微笑んでフォローしてくれるのがこの人である。さすがシュリエさん、我が師匠―! キッとお父さんをひと睨みしてから、シュリエさんにはにへっと笑顔を向けた。


「じゃあその子も、元気いっぱいで好奇心おーせーないい子でしゅね!」


 長所は短所、短所は長所って言うしね! 私が元気に宣言すると、シュリエさんは一瞬軽く目を瞠り、それから嬉しそうに微笑んだ。


「そうですね。メグのそういう考え方、とても素敵だと思います」

「本当に前向きだよなぁ。お前は」


 お父さんも誇らしげにそう言って頭を撫でてくれたので私はご満悦である。そ、そうかなぁ? 考え方を褒められるのは外見を褒められるよりくすぐったい。えへ。


「む、待たせたか?」


 そこへ、ギルド内から出てきて告げたのはギルさん。そう、今回の旅行にはギルさんも同行してくれるのである。だって、家族旅行のつもりだからね! お父さんはもちろん、同じエルフのシュリエさんと、パパであるギルさん。まったく無問題だ。

 あー……魔王さんだけは、どうしてもダメだったんだけど。一国の王様がそう簡単に城を空けられないよね。手紙で一応お誘いしたんだけど、とても残念だが今回は皆で楽しんできてくれ、って返事がきたのだ。ちなみに、便箋に残されていた無数の涙の雫跡は見なかったことにした。お土産、送るからね……!


「うし、揃ったな。んじゃ、乗れ!」


 ギルさんが来たことで全員揃ったので、お父さんが何もない空間からパッと愛車を出して軽い口調でそう言う。親しみやすく馴染み深い、長谷川家で使っていた愛車のカケルくんである! まさかこの世界でもこの車が見られるとは思ってなかったよね。ここで初めて見たときは腰を抜かしたものだ。


「チャイルドシートがまだ出来てないんだよなぁ……改良中でな」

「チャイルド、シート……!」


 お父さんのポツリと漏らした呟きに、顔が引き攣る。た、確かに今の私は幼児だ。必要な年齢だ。で、でもさ、ここはあの世界とは違うし、そもそもこの車は魔術で動いて事故の心配もほぼないし、ね? ダラダラと変な汗かいてきた。環の意識がチャイルドシートの使用を嫌がっている……!


「頭領、チャイルドシートとはなんですか?」

「ん、車に乗るときはシートベルトするだろ? あれは身体の小さな子どもには危ねぇんだ。だから、それの子ども用ってとこだな」

「なるほど。正直、我々にとってはシートベルトなどいらないのですけど、メグには必要ですね、安全のためにも」


 そう、身体能力がずば抜けて高いオルトゥスのメンバーにとっては、有事の際はむしろベルトに縛り付けられている方が危険だったりするんだよね。自由に身体を動かせた方がいざという時動けるもん。


「魔力流せば消えるし、問題ねぇだろ?」

「……最初から着けなければいいでしょうに」

「ポリシーだ」


 シュリエさんもギルさんも、全く納得いってないって顔だよね。もちろんわかる。私もむしろその一手間をかける必要を考えれば意味がないことはわかってるんだ。

 でもたぶん……トラウマ、なんだと思う。お父さんは、車の事故によってこの世界に来てしまったから。事故の時は自分が運転していたわけではないけどね。車に乗る上での決まりっていうか、日本にいた時の習慣とか、そういうのをどうしても無視出来ないんじゃないかなぁ。


「でも、お父しゃんがまた車を運転出来るみたいで、よかった」


 だから思わずそんなことを言ってしまった。その一言でシュリエさんとギルさんはなんとなく察したっぽい。顔を見合わせた後、無言を貫いているから。お父さんは困ったような驚いたような、なんともいえない複雑な微笑みを浮かべて私の髪をくしゃりと撫でる。


「ばーか。当然だろ」


 それだけを言い捨てて、さっさと乗れと言い出したから、この話はこれでおしまい。私の気持ちも伝わっただろうし、触れられたくないだろうからね。

 私たちは言われた通りにそれぞれ車に乗り込んだ。運転席にお父さん、助手席にシュリエさん、後部座席にギルさんと私だ。


「で、話を戻すが、チャイルドシートがねぇんだよ。ってことでギル、お前メグを膝に抱えろ」

「ふぇっ!?」


 バタン、と車のドアを閉めたところでお父さんがとんでもないことを言い出した。た、確かにギルさんがいればチャイルドシートより百万倍くらい安全だけど、わざわざ膝に乗ることなくない!?


「わかった」

「ひょー!?」


 だというのに、ギルさんたらなんの抵抗もなく返事をして、私をひょいと膝の上に座らせた。まさかの人間チャイルドシート。正確には人間じゃないからギルシートだ。言わないけど。


「お、重たくなっちゃう……」


 ずっとこうしてたら、ギルさんも疲れちゃうんじゃないかって心配になったからそう言ったんだけど、三人が三人とも鼻で笑った。酷い。


「全く問題ない。気にするな」

「しょ、しょーでしゅか……」


 なんとも居た堪れない。でもそう思っているのは私だけだ。みんな、私がレディーだってこと忘れてない?


「うっし、行くぞ。カケルくん!」


 お父さんが車に魔力を流しながらそんなかけ声を出す。その瞬間ほんの僅かに車体が浮いた気がした。このお陰で舗装されてない道もスイスイ進めるんだね。タイヤの意味について聞いてはいけない。きっとこのフォルムが大事なのだ。


「相変わらず乗り物を名前で呼ぶんですね……」


 すると、シュリエさんが呆れたようにお父さんを見た。お父さんは俺らを乗せてどこまでも駆けるからカケルくんだ! と誇らしげに答えているけど、シュリエさんはそうですか、と冷たい反応。興味がなさそうだ。


「なんだよ、その反応。ネーミングセンスについて馬鹿にすんならお前、メグなんて精霊に……」

「にゃー!? 言っちゃ、だめーっ」


 こえだからショウちゃん、風だからフウちゃん、みたいな名付けがバレたら呆れられちゃう! というかこれは日本人だからこそわかるネタで、この世界なら問題ないと思ってたのに! お父さんの口を塞ごうと立ち上がろうとしたんだけど、ギルさんがやんわり、しっかりと私をホールドしてくれているので手足をバタつかせることしかできなかった。完璧な仕事ぶりに脱帽ですよ、ギルシート……。


 そんなこんなで車も出発したわけだけど、日本で乗った時より振動もないしスピードも速い。まぁ、魔術のおかげだよね。ちなみに、隠蔽の魔術もかけられているから人の目を気にすることなく窓の外の景色も楽しめる。


「面倒くせぇ時は隠蔽もしないけどな」

「まぁ、割と見慣れてますからね、魔大陸の住人なら」


 全国各地、この車で旅していたみたいだもんね……今回隠蔽をしているのは主に私のためなんだって。行き先がバレたら付いてくる人たちがいるかもしれないから、だそう。そんなことないよー、と私は笑ったけど、他三人は真顔だったのでもはや何も言うまいと決めたのだ。色んな意味で怖いよ……!


「さぁて、こっからは船旅だ」

「信じられないくらい速かったでしゅ……」


 セントレイ国の南にある港に到着した私たち。普通のルートで行けば数日かかるというのに体感で一時間もかからずに付いた気がするよ。特別なルートを通ってるっていうけど、反則級に速い。人に知られたところで通れないけど、内緒のお話なのである。


「ギルに運んでもらった方が早いけど、せっかくの旅行だからな! ギルにばっかり負担はかけられねぇし」

「別に、問題はないのだが……」

「だーめーだ! 今は長期休暇なんだ。仕事じゃない日は休まないとな」


 仕事以外の日は緊急時以外は働かせない、というお父さんのポリシーだよね。ギルさんは少しだけ眉を顰めたけど、これがオルトゥスのルールだし、慣れているのかそれ以上は何も言わなかった。ギルさんの魔物型は素敵だしコウノトリ便は気持ちいいけど、一緒に船旅もとても楽しみだからね!


「船旅は数日かかる。体調を崩したら、ちゃんと言え」

「あい! わかりまちた!」


 ギルさんが私に向かってそんな注意をしてくれたので素直にお返事。たぶん、船酔いとかそういうのだよね、きっと。乗り物酔いはそこまでしない方だけど、わからないもんねぇ。この身体のスペックやいかに。ドキドキとしながら船上で過ごしていたんだけど、そんな心配もなんのその。結論からいうと、全く問題ありませんでした!


 船は大きくて客室もたくさんあって、娯楽施設とかはなかったけど、まず探検だけでも楽しかった。甲板に出させてもらった時は興奮したよ。見渡す限り海で、風も気持ちよくて最高だったもん! 思わず身を乗り出した時はギルさんに慌ててお腹に手を回されたけどね。ご迷惑おかけしました……でも、海の上を飛んでるみたいで楽しかったのは内緒。


 それからお父さんが持ってきていたらしいトランプで遊んだ。魔大陸には流通しているのだそう。というか、お父さんが広めたんだよね、私、知ってる。ちなみにやったのはババ抜きだ。勝つ人は毎回違ったけど、毎回私は最下位だった。なんでだ……悔しいっ!

 大人三人が代わる代わる私に付き合ってくれたおかげで私は飽きることも船酔いすることもなく過ごすことが出来た。要するに子守ってやつなのに、嫌がるどころか早く代われって圧をかけてくるこの三人は過保護が過ぎると思います。




 数日後、いよいよエルフの郷の島影が見えてきた。もうワクワクが止まらない。どんな出会いや出来事が待っているかな? 高鳴る胸を抑えきれない私は、早々に降りる準備を万端にさせてしまい、みんなに笑われてしまうのでした! だって、楽しみなんだもんー!



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この続きは3巻収録の書き下ろし短編でお読みいただけます。コミカライズ1話目も丸っと収録されておりますのでぜひに!


発売は1月10日です!

楽しんでいただけますように。

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