祝事
翌朝、驚くほど目覚めが良かった。スッと覚醒してすぐにでも起き上がり、訓練だって出来そうなくらい清々しい目覚めだった。やっぱりハイエルフの郷の空気かな。あとは……。
「起きたのか」
「おはよーございます! ギルナンディオさん!」
隣にギルさんがずっといてくれたお陰かも! 1日の最初に目にしたのがイケメンっていうのは最高ですね! 寝起きだというのに噛まずにギルさんの名前を呼べたのも嬉しい。
「ああ、おはよう。よく眠れたみたいだな」
「うん! ギルさんのお陰だよ」
ありがとう、と言いつつ朝のハグ。首元に抱きついたらすんなり受け止めて抱きしめ返してくれるギルさんはやっぱり安心感ナンバーワンである。
「少し、外に出てくる。戻るまでに身支度を終わらせておくんだぞ」
「あ、1日2回のお約束の? わかった! 全部終わらせて待ってるね」
私に心配させないように、きちんと約束を守ってくれるんだね。それなら、私も約束を守って全部終わらせて待っていないと! ギルさんは私の頭を一撫ですると、マントを羽織ってフードを被り、マスクをしっかり上げて外へ出て行った。よぉし。私も早速、顔を洗ってこようっと。
顔を洗って髪をササっと整える。今日は結ばずに下ろしたままだ。それに服も、以前マーラさんが贈ってくれたハイエルフの郷で作られたものである。実はこれを着るのは今日が初めて。だって、なんだか美しすぎて、普段着にするにはもったいないなって思って。で、気付いたら今なのである。
じゃあなんで今日着るのか、といえば。
「これなら、シェルさんも少しは認めてくれるかな……」
今日は私のお祖父ちゃんにあたるシェルさんに会おうと思っているからだ。緊張するぅ。嫌われてるのはわかってるんだけど、今回はお願いをする立場にあるし、それならこちらから歩み寄るべきかなって。そんな考えからこの服を着ることに決めたのだ。髪もみんな下ろしたスタイルだしね。
姿見の前で全身チェックする。ここに住むハイエルフの皆さんとお揃いの衣装だ。全体的に白くて、所々淡いピンクの模様が入っている。花がモチーフになってるのかな。綺麗なデザインで大人っぽい印象を受ける。だからこそ私に似合うのかっていう不安があるわけだけど。なんだか背伸びしてるみたいでくすぐったくもある。裾や袖も長くてうっかり引きずっちゃいそう。でもギリギリのところで地面にはつかない長さなのはさすがだね。
「メグ、準備は出来てるか」
と、そこへドアをノックする音が。ギルさんが戻ってきたらしい。もちろん準備は万端だったのではーいと返事をしながらドアを開ける。
「ギルさんも、もういいの?」
昨日の夜に外に出ていた時間よりも短い気がしたからそう聞いたんだけど……あれ? 反応がない。
「ギルさん?」
「あ、ああ。……問題ない」
どうしたんだろう、と思って目で訴えてみる。すると、それを察してくれたギルさんは納得したように軽く頷いて答えてくれた。
「その格好が、珍しいと思ってな」
「あ、これかぁ。今日初めて着てみたの。シュリエさんみたいでしょ? 変じゃないかなぁ」
「いや、よく似合っている。メグも、エルフなんだなと思っただけだ」
お褒めの言葉をいただけて一安心。でもエルフなんだな、って。普段ギルさんは私をなんだと思っているのか。ちょっと気になるところではあるけど今日は予定がある。
早速私たちは部屋の中でご飯の準備を始めた。朝食と昼食は各自で済ませることになっているからね! とはいっても出来上がった料理を並べるだけなんだけど。オルトゥスの調理担当の方々からたっくさんいただいているのだ。チオ姉を筆頭に。この食事があるだけで寂しさが和らぐからとても助かる。ありがたや……!
さて、食事を終えたところで目的地へと出発します! もちろん最初からシェルさんのところに行くわけではない。昨日ウィズさんが教えてくれたフィルジュピピィさんに話をしにいくのである。絶対防御が出来るという彼女。どんな人か楽しみである。
「おはよう。昨日の話のことだね?」
約束の時間にウィズさんの元へとやってきた私たち。ウィズさんは心得たとばかりににこりと微笑む。すると、彼の背後からヒョコッと小柄な人影が飛び出した。
「わわっ!?」
「うふっ、驚かせちゃったぁ? ごめんね?」
ぴょこん、と私たちの前に現れたのは、銀髪のゆるふわツインテールのハイエルフさん。あ、この人が!
「メグちゃん、それからギル? 私がフィルジュピピィよ。ウィズディアベイサムから聞いてるわ。ピピィって呼んでね?」
「ピピィさん! えっとえっと、よろしくお願いしますっ」
ニコニコとご機嫌に微笑むピピィさんはなんというか、とっても若い印象を受けた。郷に来る度に見かけてはいたんだよね。可愛らしいハイエルフがいるなぁって。こうしてちゃんと話すのは初めてだったけど、見た目通り中身も可愛らしい人だってことがわかった。
「これからシェルの元に行くのよね? で、心配だから護衛のために私の力が必要、と。合ってる?」
「ああ。メグの特殊体質を調べてもらいたい」
「なぁるほど。それならシェルじゃなきゃ無理よね。よぉくわかったわ! ピピィさんにまかせなさぁい!」
ギルさんが簡潔に目的を告げると、ピピィさんはトンッと胸を拳で叩いて得意げに笑った。でも見た目が可愛らしいから迫力はない。ううっ、本当に可愛いなこの人!?
「でも、私の絶対防御は私自身と、あと1人分しか適用できないわ。しかも触れていないとダメ。だからギル、貴方は自分で身を守ってね」
「十分だ。助かる」
そっか、一応能力にも制限があるってことだね。そう納得していると、ウィズさんがクスクス笑いながら心配いらないよ、と口を挟む。え? どういうこと?
「そんな能力、きっと使うこともないと思うよ。フィルジュピピィがいるだけで、族長には効果あるから」
まったく意味がわからない。ギルさんと顔を見合せて、2人して首を傾げてしまう。
「もう、人を化物みたいに言わないでくれる?」
ピピィさんはピピィさんで腰に手を当ててプンプンしているし。そ、そろそろ説明くださーい! 困惑しているのがわかったのだろう、ピピィさんは困ったように眉をハの字にさせて口を開いた。
「なんてことないのよ? ただ、私がシェルの番だってだけよ」
「え」
ええぇぇぇぇぇっ!? 絶叫しなかった私を誰か褒めてほしい。というか、驚きすぎてそれ以上の声が出なかったとも言えるけど。ふと横を見上げると、ギルさんも目を丸くしている。
いや、待て。番がいてもおかしくはない、よね。うん、おかしくない。だってイェンナさんの父親がいるなら当然、母親だっているんだもん。当たり前の話だ。あ、え、え? ちょっと待って。ということは、ピピィさんは私の……?
「つまり、私はメグちゃんのおばあちゃんってことね。あら、やぁだ! おばあちゃんなのよね、私ったら!」
「お、おばあちゃ……!?」
この見た目年齢10代半ばの可愛らしい人が私のお祖母ちゃん……!? この世界へやってきて40年ほど。もはや驚くことなんてないだろうってくらいには世界の常識に慣れてきたと思っていたけど……甘かった。ここ最近で1番の驚きがここにあったよ。というか、もっと早くに教えてくれていてもよかったよね!?
「なんだか気恥ずかしくって。タイミングもなかったから。でも、もっと後になるかと思ってたの。意外と早く伝えられてよかったわぁ」
ハイエルフ基準、きましたこれ。たまにこういう感覚の違いを覚えるけれど、いまだにこればかりは慣れないなぁ。はは、もういいか。今知れたわけだし。でも、さすがにお祖母ちゃんとは呼べないなぁ。シェルさんもお祖父ちゃんとは呼べないし。脳内ではたまに呼ぶけど。
「メグちゃんは、イェンナリエアルにそっくりだから。ここに来てくれた時はいつもこっそり眺めていたの。ふふ、あの子の幼い頃を思い出すわ」
あ、そっか。ということは、娘を亡くした母親でもあるんだよね……思わずしゅんと項垂れてしまう。すると、そんな顔しないでと優しい声と手が上から降ってきた。
「あなた方には信じられないかもしれないけれど、ハイエルフにとって『死』は、祝事でもあるのよ?」
「え……『死』が、お祝い?」
思いもよらない言葉にパッと顔を上げる。その先には穏やかに微笑むピピィさんの顔があった。可愛らしく見える彼女でも、この表情は落ち着きのある大人のそれだ。
「私たちは本当に永きを生きるでしょ? だから、果ての見えない人生に恐れを抱くこともあるの。だから、それを終わらせてくれる『死』は、安息なのよ? だから残された者たちは十分生きたね、自由になってね、って見送るの」
そっか。ハイエルフは長寿がゆえに、そんな思考が普通になっていったんだね。でも、私はやっぱり別れは悲しいってばかり思っちゃいそうだけど。いつか、そんな風に思える日が来るのかなぁ?
「もちろん、いなくなれば寂しいわ。でも、それは早いか遅いかだけだもの。あの子はハイエルフにしては早かった、それだけのことなの」
早いか遅いか、か。それは、他の種族にも言えることだよね。そっか、寂しいのは一緒なんだね。当然か。
「シェルだって、あの子の死をまったく悼んでないわけじゃないのよ?」
「だが、あの時戸惑いもなく墓を破壊していたが……」
ピピィさんの言葉を信じたい気持ちはある。でも、ギルさんの言うようにあの光景を見ちゃったら、ねぇ? すると、ピピィさんは得心がいったとばかりに苦笑する。
「確かに決していいとは言えない行動だったと思うわね。でもたぶんシェルは、あの子のお墓なんて必要ないと思っていたからなのよ」
「必要ない……?」
私が眉根を寄せて聞き返すと、だって、とピピィさんは少し吹き出しながら続きを告げてくれた。
「あのお転婆娘が、お墓の近くにずっといるわけないだろうって言うのよ。それを聞いたら、ついつい私も納得しちゃったんだぁ」
そう言いながらコロコロ笑うピピィさんを見ていたら、イェンナさんはちゃんと愛されて育ったんだなってストンと納得できた。それは、シェルさんからも。イェンナさん本人には伝わらなかったかもしれないけれど。
でも、その娘である私がそのことを知れて、本当に良かったって心の底から思った。
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