珍しい過去話


 族長、シェルメルホルン。私の祖父にあたる人で、昔いろいろと衝突のあった人。あれから一目すら見かけたことはなくて、どんな様子かもわからない。けど、今は同じこのハイエルフの郷にいる。

 そんな人が、私の特殊体質を見抜くことのできる唯一の人なのだという。


 いやー、どーしよーねーこれー! そう簡単に私の特殊体質が何かわかるとは思ってなかったよ? でもどこにも記されてないとか、探すのが大変とか、そういう類の大変さだと思ってたんだよ。まさかこんな形で悩むことになるとは予想外!


「……ヤツに聞くしかないのか」


 ギルさんもヤツ呼ばわりですよ。あの一件があったんだもん、そう簡単に信用出来ないのはわかる。ウィズさんの話を聞いて、すでに悪い人ではなさそう? なんて思っちゃってる私とは大違いだ。

 だ、だって、なんやかんやあっても私の血縁者なわけだし……環の時も親戚が祖父と祖母しかいなかったから、そういう繋がりは大事にするのが当たり前って身についちゃってるんだよね。2人ともとっても優しいおじいちゃんおばあちゃんだったし。


「気持ちはわからなくもないから、私も一緒に行こうか? いや待てよ、私より適任者がいるな。絶対の防御を特殊体質として持ってる女性がいるんだ。防御の心配なんていらないとは思うけど、君たちは安心するだろう?」

「ああ、気遣い感謝する」


 ウィズさんは苦笑を浮かべてそんな提案をしてくれた。事情を知っているからこその案だよね。本当に、すみません。でも安心なのは事実である。


「ちょうどあそこに座ってる彼女だよ。ほら、高い位置で髪を2つに結ってるだろう? フィルジュピピィっていうんだ。今日はもう遅くなるから、明日にでも紹介するよ」


 フィルジュピピィさん……噛むことも少なくなった私だけどうまく呼べる気のしない名前だ。長い名前っていうのは覚悟してたけどさっ!

 遠目だからその姿はよくわからないけど、エルフに多い銀髪の長い髪をツインテールにしているのがわかる。軽くウェーブがかってるのが可愛い。何度か見かけたことはあるんだよね。たしか、見た目は10代の少女のような若々しさだった。しかーし! 彼女もハイエルフ。実年齢はずっとずっと上だろうけどね!


「私からも少し話は通しておくから」

「何から何まで、すまない」

「ウィズさん、ありがとーございます!」


 ギルさんがお礼を言ったのに続いて私もペコリと頭を下げた。私が手助けしたいと思ってしてるんだからいいんだよ、とウィズさんは頭を撫でてくれる。いい人……!


「それに彼女は……いや、それは明日のお楽しみにしよう」


 お楽しみ? 何かあるのかな? まぁ、明日わかるならいっか。

 ふぅ、シェルさんにお願いしなきゃいけないのは緊張するけど、ハイエルフのみなさんと少しずつ仲良くなれる機会があるのは嬉しい。意識的に前向きに、気持ちを落ち着かせないとね。大丈夫、大丈夫。


「今日は明日に備えて早く休むぞ、メグ」

「はぁい。ギルさんも、食後は一度外に出て身体を休ませてね?」

「ああ、ちゃんと覚えている」


 1日2回の約束だもんね! 私もついて行く! と意気込むと、ギルさんにもウィズさんにも笑われてしまった。別に監視してるわけじゃないんだよ? 心配なだけだもん。いつも心配される側なんだから、このくらい許してもらいたい。

 もう、そんなに笑わなくても、と頰を膨らませていたけど、ギルさんがありがとうと言ってくれたので一瞬で機嫌が直ったのはいうまでもない。




 食事を終えて2人で一度郷の外に出る。真っ暗な森は不気味さを醸し出していたけど、ギルさんと一緒だとまったく怖くない。魔術で光を出してくれたしね。ギルさんは影鷲の亜人だから、光の魔術系は苦手なんじゃないかと思ってたんだけど、そんなことはなく、むしろ得意な方だと教えてくれた。


「影は、光のないところにはないからな」


 理由を聞いて激しく納得。影の魔術を最も得意としているからこそ、影を生み出す光の魔術も自然と得意になったんだって。それもそうかー!


「じゃあ、最初から光の魔術はうまく使えてたんだね!」

「いや、そういうわけでもない」


 何の気なしに言った言葉だったけど、返事は意外なものだった。思わず目を丸くして驚くと、ギルさんは苦笑を浮かべてそれはそうだろう、と言う。


「誰しも、最初というものはある。俺だって、最初から魔術をうまく使えていたわけではない」


 あ、そうか。ギルさんにも子ども時代があって、初めての魔術を使う瞬間があったのだ。それは当たり前のことだけど、なんだかそういう考えが抜け落ちていたよ。生まれつき強かったと言われても納得してしまうほど、今のギルさんは色々と完璧だから、つい!


「たくさん、たくさん、たーっくさん、努力したんだね」


 だからこそ今があるんだ。ギルさんだけじゃなくて、他のみんなだってきっとそう。努力なくして今の強さはない。私もがんばらなきゃ。そう意気込んでいたところに、ギルさんの小さな呟きが落ちる。


「……そうしなければ、生きていけなかったからな」


 スッと目を細めて遠くを見るギルさんは、なんだかいつもとは違う人のように見えた。別人みたいだ……昔、嫌なことがあったのかな。あったんだろうな。戦争だってあった時代を生きているんだもん。


「平和じゃなかったから……?」

「それもあるが……俺の場合は家庭環境のせいだな。とはいえ皆がそんな経験をしたわけではない。むしろレアなケースだ。昔も今も、子どもが大事にされていたことに変わりはないからな」


 それはつまりギルさんは子どもの頃、大事にされてこなかった、ってこと……? 気のせいかな、なんだかとても重い過去を抱えているような、苦しい過去を乗り越えてきたような……そんな風に聞こえたのだ。

 強くならなきゃ生きていけなかった、というほどの家庭環境だったってことでしょ? そりゃ絶対に軽い問題じゃないよね。そう思ったら声をかけることが出来なくなって、黙って俯くことしか出来なかった。


「ああ……すまない。昔のことだ」


 そんな私の様子に気付いて、ギルさんはそっと私の頭を撫でながら目元を和らげてくれた。いつものギルさんだ。そんなに色々あったであろう過去を持ちながら、人を気遣えるギルさんはきっと、元々優しい人なんだなって思う。


「今は、幸せ?」

「……そうだな。これを幸せと言えるのかもしれない」


 優しいから、傷付きやすいんだ。誰よりも強くて、でも心は繊細。なのに私ったら心配ばっかりかけてるよね。思い返して頭を抱える思いだ。いつも守ってもらっているからこそ、私もギルさんを守りたい。こうしてギルさんの昔の話を聞くのは初めてだったけど、聞けて良かったって思うんだ。改めて、決意出来たからね!


「ギルさん。私、強くなるね。魔力をちゃんとコントロール出来るようになって、今の幸せを守りたい!」


 決めたことは口に出す。出来れば誰かに聞いてもらう。こうして退路を塞ぐのだ! 言霊って言葉もあるし、決意は表に出した方が叶いやすい気もするし!


「だから、シェルさんにちゃんとお願いする! まずは自分の特殊体質がなんなのか、ちゃんと知っておかないと。自分を知ることって、大事でしょ?」


 怖いだなんだと言ってられない。目の前に答えがあるなら、なんでもチャレンジするべきだ。たぶん、危険なことではないし。ほんと、たぶん。


「……メグは、眩しいな。眩しいほど、真っ直ぐだ」

「えへへ。見ていられない?」


 褒め言葉がくすぐったくて、少し冗談めかして聞き返す。


「いや。……には必要な光だ。お前が強いほど、俺も強くなれる」


 そう言ってギルさんは私の頰に手を当てた。私の顔が半分以上隠れてしまいそうなほど大きな、温かな手。


「決して、目を逸らさない」


 強い意志の込められたギルさんの黒い瞳は、私よりもずっと真っ直ぐに思えた。だから私も目を逸らさず、しっかりその気持ちを受け止める。


「じゃあ、余計に頑張らないと。見てて、ギルさん。私、ちゃんとやってみせるよ!」


 拳を握りしめて宣言すると、ギルさんは少し目を見開き、それからたぶん微笑んでくれた。マスクをしたままだからいつも以上にわかりにくいんだけどね。目を見てればわかるのだ。

 それからしばらく2人でのんびり星空を見上げて、ゆっくりとした時間を過ごした後、私たちは郷の部屋へと戻って行った。


「もう遅い。寝る時間だぞ」

「はぁい」


 部屋に戻るとすぐさまギルさんにそう言われてしまった。確かにその通りだし眠いんだけど、保護者っぷりに笑ってしまいそうになる。つくづく良きパパだよね、ギルさんって。

 今日はもう遅いということで、シャワーは浴びず、生活魔術でスッキリ洗浄。一瞬で頭のてっぺんから足の先までさっぱり綺麗になるのは何度経験してもすごい。そして慣れない。やっぱりお風呂がいい。明日は入りたいな、なんて考えながら着替えをして、後は寝るだけ!

 準備万端でベッドルームに向かうと、すでにベッドにはギルさんが座って待っていてくれた。マントを外しているからいつもより軽装に見える。なんだか新鮮。


「一緒に寝るんだろう?」

「そーだった!」


 覚えていてくれたことに喜びを感じながらもちょっぴり恥ずかしくもあり。いつも抱っこしてもらったりとスキンシップは多いけど、こうして一緒に寝るのは初めてだからやっぱりドキドキする。ギルさんが先に横になり、ポンポンとベッドを軽く叩いてくれたのでいそいそと潜り込む。私が横になったタイミングでふわりと布団をかけられた。


「ふおぉぉぉ……」

「どうした」


 思わず変な声を上げてしまう。だって! 想像以上の心地良さだったから! ギルさんに包まれ、布団に包まれ、なんだこの天国。最高か。


「すっごく、安心出来るなって……ギルさん、しゅごい」


 噛んだ。久しぶりに噛んでしまった。でも仕方ない。それもこれも全てギルさんの癒し効果のせいなのだ。横になった瞬間、睡魔が押し寄せてきたもん。そう、眠いのもある。噛むのは仕方ないのだ。


「ああ、俺がいる。何も心配することはない。だから安心して眠れ」

「あい……おやすみ、なさ……」


 きっとギルさんは、眠らないんだろうな。日ごろから数日に1回しか夜寝ないみたいだし、ここはハイエルフの郷だし。警戒して眠るどころじゃないのかもしれない。

 でも、ほんの少しでも休んでくれたらなって思う。その時間をどうにか作ってあげたいな。ああ、でも今はもう頭が回らないや。睡魔に勝てない。私は思考を放棄して、瞼を閉じた。

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