裏の話
ウィズさんに連れられて、私たちは食事会場へと移動した。なんでも、郷のみんなは夕食だけはこうして集まって食べるんだって。全員ではないみたいだけどね。
「特殊体質かい? 私は千里眼を持っているよ。遠くにある物を細部まで見通す力だね。何かで遮られていたとしても見えるんだ。つまり、目隠しされても見えるよ」
「ふおぉ、すごい!」
食事中、それとなく特殊体質についての話題を出したギルさんに、ウィズさんはなんの疑いもなく答えてくれる。エルフ特有の特殊技能だからあまり知られたくないことな気がするんだけど……私たちのことを信用してくれてるってことかな? そうだと嬉しい。
「だから、君たちがどこにいて何をしてるかだってお見通し。ああ、もちろん見たことはないけどね。だって、覗き見なんてされたら嫌な気持ちになるだろう?」
人の気持ちを考えることの出来る人でホッとしたよ。プライバシーなんてあったもんじゃなくなるもんね。主に、大きな自然災害や魔物たちの動き、獲物を仕留めることにしか使わないんだって。なんて平和な。
「……ここだけの話だけどね」
ウィズさんは途中で声を潜めてクスッと笑いながら話し始めた。なんだろう? と思いつつもそっと耳を寄せる。
「イェンナリエアルが郷を飛び出して行った時、族長命令であの子が元気でやってるかどうか、何度か見ていたんだよ」
「シェルさんが……!?」
衝撃の事実! あんな勝手に家出するようなハイエルフは同族じゃない! みたいに怒ってたのに!? なんでも、シェルさんは人の心を読めるから、ウィズさんが見た光景を伝える前に心を読んで状況を把握していたんだって。伝える手間が省けるのは楽だったよ、ってウィズさんは言うけど、私なら恥ずかしくて無理だ。アホみたいな反応がダダ漏れなんて……! というか人の心が読めるなんてやっぱり反則ぅ!
「だから私と族長は、知ってたんだよ。イェンナリエアルと魔王との仲を。想いが通じ合った辺りで、族長が私にあの子たちの様子を知らせろ、ということはなくなったんだ」
父親として、もう見たくないって思ったんだろうね、とウィズさんは笑う。え、待って。何その意外すぎる裏話。
つまりさ、ここで父さまとシェルさんが戦ったのって「娘に勝手に手を出しやがってこの野郎が」ってことなんじゃ……!? もちろん別の理由もあっただろうけどさ。むしろそっちがオマケなんじゃないかって思えてきた。ただ単に、自分の娘と孫を、取り返したかっただけ……? い、いやいやいや、嘘でしょ? 不器用すぎない?
「族長の気持ちは、みんな理解していたよ。分かり合えない思想はたしかに持ってはいたけどね。でも、多分根っこの部分はブレてない。あの人は、誰よりも仲間を大切にするんだよ」
不器用すぎて伝わらないことが多いけどね、とウィズさんは苦笑した。自分は嫌われ者だと思っていて、それを好都合だとも思ってる。誰よりも仲間想いで家族想いなくせに、それを自分でも認めない頑固者。
……ストン、と私の中で腑に落ちた。これまで何を考えているのかわからない、少し怖いお祖父ちゃんだと思っていたけど、今の話のおかげでよくわかった。シェルさんがどんな人なのかってことが。
そっか、だからハイエルフの人たちは誰も、シェルさんについて悪感情を抱いてないんだ。少しずつ精神干渉までされて、いいように動かされていたというのに、寛大すぎるなぁって思ってはいたんだよね。でも、みんなの心が寛大すぎるってだけの理由じゃなかったんだ。
それもそうだよね、ここの人たちはもう何千年もの長い間同じ郷で暮らしているんだもん。お互いのことを分かり尽くしていてもおかしくないんだ。
「私、シェルさんのこと、誤解してました……そっか。そうだったんだ」
「気に病むことはないよ。あの人は誤解されやすい人だし、やり方は褒められたものではないことが多いから。意のままに操ることがみんなやメグの幸せだって本気で思っていたんだよ? だから反省なんかもしないだろうし」
ほ、本当に困った人なんだな。そういえばマーラさんもずっと言ってたっけ。あの子は子どもなんだって。困った子だって。あれ、そのままの意味だったんだなぁ。
でも、だからって色んな人たちに迷惑をかけたことは許されることではないけどさっ。人に怪我をさせてしまうことも見下すこともよくないしね。
「……本題に入ってもいいか」
「ん? 何か話があったのかい?」
ギルさんが話を切り出したことで思い出した。そうだ、そもそも私の特殊体質について聞こうとしてたんだった。それでギルさんが話を持ち出してくれたんだよね。すでに忘れるとか、私、聞き込み調査とか向かないな。やることもないだろうけど。
「実は……」
チラッと目だけで私を見たので、話しても構わないという意思を込めて頷いた。それを確認したギルさんはウィズさんにあの話を説明してくれる。といっても細かい事情までは話してない。ただ、私の特殊体質は予知夢だと思っていたけどどうやら違うらしく、それなら一体なんなのかを調べたい、みたいなことを伝えてくれている。するとウィズさんはキョトンとしたように目を見開いた。
「あ、そうか。君は視てもらっていないのか」
「みて……?」
そして、自らの疑問に自ら納得したのか、腕を組んでうんうんと頷き始めた。待って、説明プリーズ!
「ごめんごめん。私たちにとっては当たり前すぎたからつい。それに数千年も前の話になるから忘れていたよ。実はね、我々ハイエルフは物心ついた時にはその子の持つ特殊体質がなんなのかを調べる儀式が行われるんだよ」
「なるほど。つまりメグはそれを受けていないのか」
「そういうことになるねぇ」
儀式かぁ。そんなのがあったんだ。というかエルフってのは儀式が多いな!? 精霊が見えるようになるための儀式だとか特殊体質を調べる儀式だとか!
あ、でも、エルフは特殊体質を持って生まれるとは限らないんだっけ。むしろ珍しいって言ってたなぁ。ってことはこの儀式はハイエルフ特有のものなのかもしれない。そもそも、そうじゃなかったらシュリエさんが知らないわけないもんね。
「この子は、それを受けられる状況になかったからね。でも、赤ん坊の時に族長の手に渡らなくて良かったと心から思うよ。そうじゃないと今の君はないんだから。イェンナリエアルの決断は正しかったと思う。だから、許してやってくれ」
「そ、それはもちろん! 恨んだり怒ったりなんてしないですよ!」
私だって、イェンナさんには感謝してるもん。おかげでギルさんに会えて、お父さんに会えて、みんなに会えたんだもん。私がオルトゥスに行かなかったら、父様は今もイェンナさんを探していただろうし。
「では、その儀式を受ければ、メグの特殊体質もなんなのかがわかる、ということか」
「あー、そうなんだけどね。うーん……」
案外簡単に分かりそうで一瞬喜びかけていたんだけど、ギルさんの言葉にウィズさんは難しい顔を見せた。え、ダメなのかな? 成長しすぎると受けられないとか? と私が聞くと、それは問題ないとの答え。
「では、何が問題なんだ」
そうギルさんが問うと、ウィズさんは言いづらそうに口を開く。
「まずね、儀式っていうのは何をするかって言うと、ある種の特殊体質を持ったハイエルフがその子を視るってだけなんだよ。それでその子の特殊体質がわかる。ただそれだけの話でね」
あ、なんだ。特別な魔術かなんかを使うのかと思ってた。そっか、特殊体質で視るだけなら年齢も問題なさそう。
「この郷で最も若かったのはイェンナリエアルだ。あ、もちろんメグを除いてね。で、だ。あの子がこの儀式を受けたときはその儀式を行えるハイエルフが2人いた」
「2人も?」
「そう。ま、似たような能力を持つことは不思議ではないよ」
数の少ないハイエルフだからこそ、同じような特殊体質を持ってる人が2人いるのって珍しいと思ったんだけどな。あ、でも私も母親であるイェンナさんと同じような能力だし、みんな親戚みたいなものだから不思議ではないのか。納得。
「でも、イェンナリエアルの儀式をしてくれたハイエルフは、その数百年後に寿命を迎えて亡くなってしまってね」
天寿を全うしたハイエルフってことか。……な、何年生きたんだろう。まぁいい。今はそれどころではない。
「えっと、その特殊体質を視られるもう1人も、もういないんですか?」
言い淀むってことはそういうことなのかな、と思って控え目に聞いてみた。でも、そうじゃないんだとウィズさんは言う。じゃあなんで、と言いかけたところでふと気付いた。
答えがわかっているのにウィズさんはなかなか言い出してくれない。それはつまり、都合が悪いってことなんじゃない? ということは、もしかしてその人って……?
「……族長なんだよ。そのもう1人っていうのは」
やっぱり! 予感的中ーっ! え、私、シェルさんに話を聞きに行かなきゃいけないの? つ、詰んだ……?
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