お願いごと
収納ブレスレットから用意しておいた花束を出す。今回は黄色のガーベラに似たお花をメインに、淡いピンクのかすみ草のようなお花を合わせた花束。毎回あれこれ変えてるんだけど、この花束は私の持つイェンナさんのイメージにピッタリだなって思った。ちなみに、これはお花屋さんで買ったものだ。お出かけ先で摘んだお花の時もあるけど、毎回同じになっちゃうので時々こうして変えるようにしてるんだ!
「母さま、しばらくお部屋、借りるね。母さまはどんな風に過ごしてたのかなぁ……」
会ったこともない相手だから想像も難しい。いや、正確には会ったことはあるんだけど、私が身体に宿る前のことは何も覚えてないからね。
初めてここに来てイェンナさんの墓前で話した時は……かなり複雑な心境だった。だって、私は環だったし、大切な娘さんの身体をもらう感じになっちゃったから、なんとなく申し訳なさがあったんだ。あ、父さま? もちろん同じ気持ちにはなったけど、あれだけ甘やかしてくれてたらそんなこと考える方が馬鹿らしいって思えちゃったんだよね。事情を知った後も同じだったし、きっと受け入れてくれるんだなってわかったから。
でもイェンナさんにはもう会えない。気持ちを確認することも出来ないから、すごく戸惑った。人柄からいって、きっと父さまのように受け入れてくれるだろうことはわかったよ? でもさ、やっぱりこういうのって目の前にいないとわからないじゃない? 表情とか、声色とか、そういうのもあって伝わるものだったりするし。
イェンナさん……メグの母さま。私の母親という感覚があまりないのは仕方のないことかもしれない。環の時も母親の記憶をほとんど覚えてなかったし、そもそも母親というものがどんなものかわかってないんだと思う。それがちょっぴり寂しくもあり。
「ギルさん、私って母さまに似てるんだって」
「……ああ、そういう話をよく頭領や魔王から聞くな」
黙ったまま私から少し離れた位置で待っていてくれるギルさんに、声をかけてみた。ギルさんもイェンナさんとは会ったことがないから知らないよね。
「嬉しいなって思うけど……母親ってどんな感じなのかなって寂しくもなっちゃう」
「……そうか」
別にギルさんに話す必要はない内容だ。けど、なんとなく聞いて欲しくなって、私は言葉を続けた。
「母さまが生きていたら、今の私を心配するかな……」
「それはそうだろう。命懸けでお前を守ろうとした人だ。心配だけでなく、助けようとするはずだ」
「やっぱりそうだよね。……うん。私、母さまに心配かけないように、がんばらなきゃ」
いつまでも守られてばっかり、助けてもらってばっかりじゃなくて、人を守ったり助けたりも出来るようになりたい。父さまや、お父さん、ギルさんみたいに。そう言って振り返り、ギルさんを見つめる。すると、ギルさんは目元を緩めてこちらに歩み寄ってきた。
「メグなら、そうなれる。だから今は、助けられることも仕事だと思って欲しい」
「助けられることも……」
「そうだ。全てはメグが、無事で、元気でいることが最低限の条件なんだからな」
たしかに。私が魔力を暴走させちゃったり制御出来なかったら元も子もない。人を助けるどころか多大なる迷惑をかけることになるんだもん。そうだよね。まずは自分のことに集中しよう。
私はもっと、自分のことを知るべきだ。自分の持つ魔力や、能力のことを。
「ギルさん。えっと、その……少し、手伝って欲しいことが、あって……」
私がそう切り出すと、ギルさんは目を軽く見開いた。
「ここまでついて来てくれて、それだけでも無理を頼んでるから申し訳ないなって、思ってるんだよ? だけど……その」
モゴモゴとハッキリとしない私に呆れるかな。ううん、ギルさんならきっと。
「断るわけがないだろう」
そう言ってくれると思ったよ。思わず苦笑を浮かべてしまう。
「まだ、何をしてほしいかって、言ってないよ?」
「メグが俺に出来ないことを言うわけないだろう」
ああ、心地良いなぁ。お互いに信用しあえるっていうのは。心がほんわかとあったかくなる。ギルさんは不思議。初めて会った日から無条件で信用できちゃったもん。今思えば全身真っ黒で不審人物だったのに、警戒心なさすぎじゃない? なんて思ったりもするけど、あの時の選択は正しかったなって実感するよ。というかついて行くしか道はなかったけどね!
嬉しくて、幸せで、私はえへへ、と照れ笑いしながらギルさんの手を引く。部屋に戻ってから話すね、と言いつつ、私たちはお墓を後にした。
部屋に戻って少しお茶休憩。ギルさんが影からサッとティーセットを取り出してくれたのだ。自分の影から取り出す様子は何度見ても不思議だなぁ。収納ブレスレットも十分不思議だけど、自分の影に荷物を出し入れするのってどんな感覚なんだろう? って気になったりもする。
温かなお茶をふぅふぅ冷ましながら飲みつつ、私はまず悩みごとを打ち明けた。以前、実際に父さまの過去にあった出来事だろう時の夢を視たこと。話には聞いたことがあったけど、見たこともない光景だったことから、ただの夢じゃないんじゃないかって思ったこと。予知夢を視た時と同じ感覚だったから、きっと自分の特殊体質なんだろうってこと。そして。
「だから、私の特殊体質は『予知夢』ではないんじゃないかって思ったの」
「ふむ……それは確かに気になるな」
私が全て話し終えると、ギルさんは腕を組んで考え始めた。
「過去夢だとしても、自分の過去ではないというのも気になるな。父親とはいえ他人の過去夢を視るとは」
たしかに! おそらく昔に視た過去夢は、自分に関するものだったし、誰かの過去を夢で視るっていうのは不思議かもしれない。予知夢だって、自分の周囲に関することばかりだったし。
「でも……私の不安の表れだったかもしれないとも思うの。その、父さまが魔力を抑えられなくて、苦しんでた時の夢だったから……」
まさに今の私が悩んでることだからね。その可能性もあるからただの勘違いって線もないわけじゃないんだよね。
「つまり、自分の特殊体質がなんなのかを調べたい、ってことか」
「うん、そうなの。ここに来るって聞いた時に、それならその時調べようって」
まさかこんなに早く来ることになるとは思わなかったけどね! でも気になってたから良しとしたい。
「特殊体質に関する文献とか、見せてもらえればいいんだけど……私、まだ子どもだし」
「わかった。交渉は俺がしよう」
察しが早くてとても助かるよ! さすがである。しかも、文献以外にも郷の住人に聞くのも手伝ってくれるという。優しい……!
ギルさんはオルトゥスにいる時以外はいつも顔を隠しているし、口数も少ないからこういう聞き込みは嫌かな? とも思ったんだけど、顔を出さなければむしろ得意なんだって。それもそうか。仕事なら聞き込みも必要だもんね。影を伝って情報を集めるだけじゃどうにもならないことだってあるのだ。
「ギルさん、ありがとう……私ね、自分の力のこと、ちゃんと知っておきたいって思う!」
「気にするな。自分の力量を知るのは重要なことでもある」
むしろ謝るのはこっちだな、とギルさんは付け加えた。え? なんでギルさんが謝るの?
「メグを守ろうと、魔力が多すぎるということを黙っていた。力量を知ることが大事なのは当たり前のことだというのに……」
「でもそれは、私を不安にさせないためって、わかるよ……?」
それはそうだが、違うんだとギルさんは首を振った。
「だいぶ実力をつけてきたし、時には突き放して訓練をしていこうとメンバーで話し合っていた。だが、俺たちはまだどこかお前を庇護対象として見ていた。一人前になるには、自分の実力を把握することが第一だと、それを理解しながらも、伏せていたのは悪手だった。反省している」
心底申し訳なさそうに言うギルさんを見て、私の方こそ申し訳なくなってしまう。だって、私を思ってのことだってわかるもん。心配させたら、余計に不安定になるだろうっていう配慮でしょ?
「でも、知ったことで暴走させちゃったりもしたみたいだから……その方法は正しかったって思うよ? だから、そんなこと言わないで」
「メグ……」
私はギルさんの手を両手で取り、ギュッと握りながら続ける。笑顔、笑顔。
「何が正解かなんてわかんないもん。その時そうするのがいいと思ってしたことなら、それが正解でいいと思う! だから、ギルさんも正解! ね?」
私がそう言うと、ギルさんは軽く目を瞠る。前向きにいこうよ。じゃなきゃ潰れちゃう。これは自分にも言い聞かせてるんだ。迷ったって、後悔したって、過ぎたことは変えられない。反省したら、今度は今選ぶべき「正解」を考えて進まないと。失敗だって正解でいいじゃないか。
「やはり、メグは強いな」
「みんなが、ギルさんがいてくれるから、強くいられるんだよ!」
1人きりだったら、ウジウジしちゃってたかもしれない。無理をし過ぎたかもしれない。無理なく頑張れるのは支えてくれる人がいるからなんだから。
「……あー、コホン。夕飯の支度が出来たんだが……」
2人して手を握って微笑み合っているところへ、ウィズさんの声が。あれっ、いつのまに!?
「何度かノックしたんだけど……その、ごめんね。邪魔して」
「気付いていたし、邪魔ではない」
「そうだよ? 邪魔なんかじゃないよ? むしろ知らせに来てくれてありがとーございます!」
ウィズさんはどこか気まずそうにしてるけど……なんで? 2人で話してたからかな? どのみち話はちょうど終わったし、気にすることないのに。
嘘だろ……と呟くウィズさんに、私とギルさんは顔を見合わせ、揃って首を傾げた。えーっと、何が?
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