療養

里帰り


「じゃあギル、メグを頼んだぞ」

「ああ」


 ついにやってきました旅立ちの朝。気持ち的には自分の調子がさっぱりわからない状態での療養だなんてドキドキで不安でしかないんだけど、行き先がハイエルフの郷でしかもギルさんと一緒だということで緊張感はほとんどない。特にギルさんが一緒っていう点が重要。頼もしすぎるでしょ。


「メグ、闘技大会で会おうね」

「うん! ごめんね、ずっと一緒にいられなくて」


 アスカともしばしのお別れ。せっかく久しぶりに会えたのにとても悲しいけど、アスカが眉根を寄せて両手を握ってくるからこれ以上心配させるわけにはいかない。謝った後は笑顔を心がけます。


「今よりずっと強くなったアスカと会えるの楽しみにしてる! 私もがんばるよ!」

「うっ、プレッシャーかけないでよー」


 ここ最近ずっと口説かれて反応に困ってきてたので、このくらいの反撃は許されるはずである。ほんと、アスカの口説き文句は一体どこで覚えてきたのだろう。謎だ。

 クスクスと笑っていると、ポンと頭に大きな手が乗せられた。この暖かさと触り方からいって、手の持ち主はー。


「お父さん」

「心配すんなメグ。ハイエルフの郷でしばらく大人しくしてりゃ、大会の日にはだいぶ落ち着いてるだろうからよ。そんで大会が終わったら……」


 軽い調子でそう言いながら頭を撫でてくれていたお父さんだったけど、そこで言葉を切ると私の目線に合わせて屈み、真剣な目で私を見つめた。


「……全部、話してやる。お前の暴走しがちな魔力の解決方法も、な」


 その目と声色があまりにも真剣だったから、思わず背筋がピンと伸びた。とても、大事な話なんだなっていうのが伝わった。でもちょっぴり怖かったから、黙って頷くことしか出来なかったんだけど、それを察したのかお父さんはすぐに表情を綻ばせてまた私の頭を撫でてくれた。怖がらせて悪いな、とでも言うように。


「……そろそろ行こう。数日はかかるからな」


 話の流れを変えてくれたのはギルさん。ハイエルフの郷って遠いんだもんね。お父さんの反則裏技ルートを使えばすぐなんだろうけど、お父さんは今すごく忙しくて、私たちがそのルートを使うためのあれこれ(なんか色々あるらしい)にまで手が回らないのだそう。それでもどうにか、と無茶しそうだったのを、元々そんなルート自体ないのが当たり前なんだから、と私が慌てて遠慮したのだ。ギルさん便も十分すぎるほど早く着くしね!


 それに……ギルさんとの2人旅も、楽しみだし。チラッと横目でギルさんを見上げると、視線に気付いたのかギルさんもこちらを見下ろす。優しく細められた目に心が温まるのを感じた。と思ってたんだけど。


「……早速だが、乗ってくれ」


 籠―っ!! コウノトリーっ!!

 いや、わかってた。騎乗技術なんてまだまだまーだないし、ギルさんとの2人旅だしこうなることはわかってたの。ちゃんと諦めて乗るから、そこ! お父さんとアスカ! 笑うんじゃありませんっ! くすん。




 なんだかんだでこのコウノトリもだいぶ慣れてきたよね。初めてこの世界に来た日にこれに乗った時はビクビクしてたものだけど、懐かしいなぁ。慣れってすごい。籠のフチに手をかけてオルトゥスにいるみんなに手を振る余裕だってあるもん。それを心配せずにいるギルさんもまた慣れたといえよう。あの頃は頼むからしっかり籠に入っててくれって何度懇願されたことか。えへ。


「ギルさん、お仕事は大丈夫だった……? あの、無理させてごめんなさい」


 大会前のこの忙しい時にって考えるとどうしても謝らずにはいられなくなる。その謝罪は何度も聞いただろう、とギルさんにも言われてしまった。だってぇ。


『抱えていた仕事はほぼ終わらせたし、残っている作業もハイエルフの郷でも出来るものだ。それに……大会よりメグが大事だ。気にするな』


 イケメン発言は健在である。ナチュラルにイケメンですよ、完敗である。


 さて、しつこくしすぎて鬱陶しくなるのもよくないので、他のことを考えようと思う。すでに鬱陶しいくらい謝っているのは置いておく。

 考えることは、これから行くハイエルフの郷についてだ。これまでも、何度か足は運んでるんだよね。行く度に付き添ってくれる人は違ったりするんだけど。もちろん、ギルさんとも行ったことがある。

 目的は毎回、お母さんのお墓参りだ。お花とお菓子を持ってお墓参りをして、ハイエルフのみなさんとお茶をして帰る、というのがいつもの流れ。一度破壊されたとは思えないほどお母さんのお墓は綺麗になってたんだよね。みなさんが約束をしっかり守ってくれた、っていうのもあるだろうけど、仲間のお墓だからしっかり直したっていうのが大きいかもしれないな。仲間を大事にするのは私たちオルトゥスのみんなと同じだから嬉しかったのを覚えてる。


 とまぁ、こんな感じの訪問なので、今回のように滞在となるとちょっと緊張してしまう。短い期間の滞在なら問題ないけど、長期間となるとハイエルフである私はともかく、ギルさんはずっといることは出来ない。郷の清浄な空気がどうしても乱れちゃうからって。その問題は解決したって聞いたけど、結局どう解決したのかまではまだわからないんだよね。その辺りの不安もあってちょっとドキドキなのだ。


「俺は郷の外で待機でも構わないんだが……メグの近くにいられないっていうのはちょっとな」


 とはギルさんの言。ダメだよ! 付き添いで来てくれてるのに一人だけ外なんて! と抗議をしたのは言うまでもない。そんなことにはならないらしい、っていうのも聞いたから安心して向かってるけど……だから、どうなったの? っていう。着いてから説明してくれるみたいなのだ。なぜぇ。


 心配事は他にもある。シェルメルホルン……私のお祖父ちゃんの存在だ。何度も足を運んでいるとはいえ、実はその一度もシェルさんには会ったことがない。あの家に籠もっているよ、というのは聞いたけど、その姿を確認したことはないのである。そう、幼女の時の騒動から一度も、だ。

 一時的な訪問とは違うから、今回の滞在中にもしかしたら顔を合わせることがあるかもしれないなぁって思うとドッキドキである。身の危険がどうとかそういうのはないんだよね……ただ、どんな顔で会えばいいのかなっていう複雑な孫心なのだ。

 ちなみに、その件に関してはお父さんたちもみんなが心配していることなんだそうで、ギルさんは絶対に油断するなって言われてたっけ。当然だって答えてたけど、ちょっとは休んでね……お姉さん心配。


 あとは、私の特殊体質についてかな。大会にはちゃんと出られるのかな、とか魔力暴走起こさないかな、とかそういった不安がある。……不安でいっぱいだな? 私!?


 『寝ていてもいいぞ』


 落ち着けーと自分に言い聞かせながら深呼吸をしていると、ギルさんからそんな声がかかる。タイミングが良すぎてお見通しかなって思うよね。すぐバレる この性格、どうにかならないかなぁ。一生このままっぽい。ぐすっ。

 でも、おかげでホッと安心した。さすがはギルさん。このまま起きていてもあれこれ考えちゃいそうだから、お言葉に甘えようかな?


「……じゃあ、少し眠るね。ありがとう、ギルさん」

『ああ。気にしなくていい』


 本当に優しいなぁ。心配事も全部ひっくるめて包まれている気分だ。私は肩の力を抜いて、そっと目を閉じた。




 ふと、目を覚ますとまだ空を飛んでいて、目の前には久しぶりの光景が広がっていた。雄大な北の山が聳え立っていて、どことなくそわそわする魔力に満ちている。これはハイエルフの血が騒いでる証拠だね。


『む、起きたのか。適当な場所に下りるからもう少し待っていてくれ』

「はぁい」


 気配で察知したのか、ギルさんが声をかけてくれたので目を擦りながら返事をした。寝起きなのでまだぼんやりしているのは許してほしい。

 しばらくして、適当な広さのある場所にギルさんはフワリと降り立った。籠をそっと下ろしてくれたので、私もフウちゃんの助けを借りて籠から下りる。もう転げ落ちたりしないよ! お姉ちゃんだもん。えへん。


「さて、ここから先は歩いて行くことになるが……疲れるか?」


 人型に戻ったギルさんが口角を上げてそう聞いてくる。そりゃあもちろん……!


「大丈夫! 今日の分の訓練にちょうどいいから! ね、ギルさん。訓練しながら行ってもいい?」


 私もにんまり笑ってそう答えてみせた。どうやらこの答えは正解だったみたい。ギルさんはフッと笑って私の頭を撫でてくれた。


「キツくなったら言え」

「わかりましたーっ!」


 それだけやり取りをした後、ギルさんはキュッとマスクを上げて走り出した。うう、やっぱり速いなぁ。私に合わせてくれてるからあれでもかなり、かーなーりー、手加減してるんだろうけど。


「よぉし、がんばる!」


 でも、ちょっと厳しいくらいの速度にしてくれてるんだろう。ギルさんは私への課題レベルをよーくわかっているのだ。すぐさま高性能な方の戦闘服に衣装チェンンジした私は、軽く屈伸した後、ギルさんの後を追った。……もちろん! 精霊ちゃんたちの力を借りてね! 自分の運動能力だけとか無理無理の無理だから! いいの、自然魔術も実力のうち! ギルさん待ってー!

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