信じてる


 出発前日の朝を迎えた。あの時以来、ぼんやりすることもなかったと思う。気付いてないだけかもしれないけど、もしそういうことがあったら隠さずに言ってね、とお父さんに何度も釘を刺したので、本当に大丈夫だろう。


 今日は昨日とほぼ同じスケジュールである。朝起きて、お父さんが部屋に迎えに来てアスカを連れて朝食、その後休憩を挟んで訓練だ。お父さんの訓練もまた厳しいからかなり疲れるんだよねー。アスカも途中でしんどそうに息を荒げていたけど、弱音だけは吐かなかった。エライぞ!

 でもこれ、ジュマ兄よりはずっと楽だから……ジュマ兄は遠慮とか手加減という言葉を知らないからね。こちらがちゃんともう無理って言わないとやめてくれないのだ。こっちはこっちで無理って言うのが悔しいから、結局倒れるまでやることになるんだけど。


「よーし、じゃあ訓練はここまで。2日間2人ともよく根を上げなかったな!」

「あ、ありがとー、ご、ございまし、た……」

「はぁー、疲れたよう」


 昨日に引き続き、ヘロヘロになるまで訓練してもらえた私たちは、汗だくでその場に座り込む。その状態でお父さんからのアドバイスを聞いていた。


「アスカは成長途中だから、まだ変に筋トレとかはしない方がいい。それよりも基礎体力を上げるために今日みたいな動き続ける訓練をするんだ。力は成長とともに勝手につく。種族柄幼い頃から鍛える方がいい場合もあるが、エルフの場合はむしろ逆効果になって、途中で身体に支障が出る場合があるからな」

「そ、そーなんだぁ……」

「今は魔術の扱いをひたすら練習するのと体力作り。身体が出来上がった時初めて次のステップに進め。これまでのトレーニングもあって、グンと伸びるぞ」

「わ、わかり、ましたぁ!」


 エルフの身体は人間とあんまり変わらないもんね。無理して鍛えて身長が伸びなくなったりとか骨が歪んだりとか筋を痛めたりしたら大変だもん。どこかがむしゃらに訓練していたアスカには、お父さんからの助言がよく効いたみたいだ。よかった。


「メグは……言われなくてもわかってるよな?」

「うっ……体力作りぃ……」

「おう、それしかねぇ。普通の子どもよりかなり体力ないからなぁ……魔力はアホみたいにあんのにな」


 ううっ、ままならない! どうにかこの有り余る魔力が体力にならないものか。質が違う? ですよねー。楽しようとしちゃダメってことだ。くすん、頑張るよぅ。




 息も整えて、生活魔術で汗だくな身体をスッキリさせつつ着替えもすませたところで、お昼ご飯の時間となる。本日のランチはハンバーグ定食! デミグラスソースがこれまたおいしいんだー! アスカはここへ来てお米にハマったみたい。目をキラキラさせて食べている。これ、郷に戻ったらお米が恋しくなるやつだ……! というか本当によく食べるよね。羨ましい。


「ご飯ってどんなおかずにも合うよね。何杯でもいけちゃう」

「アスカは成長期なんだろーなぁ。めちゃくちゃ食うな」


 くっくっと笑いながらお父さんが微笑ましげにアスカを眺めている。私は環の時もそんなに食べる方じゃなかったから、子どもが美味しそうにたくさん食べる様子は見ていて気持ちがいいのだろう。わ、私だって食べたい気持ちはあるんだもん。胃が追いつかないだけで……!


「お父さん、今日の午後の仕事は? また事務仕事?」


 やっとこさ全部食べ終わったところでお父さんに聞いてみる。ここにいる間はお父さんの近くにいなきゃいけないって言われているからね。なんでも、魔力の暴走が起こりそうになった時、すぐに対処が出来る様に、って。なんだか申し訳ない。

 それでも仕事はこなさなきゃいけないので、私がお父さんについて回っているのだ。昨日は午後から執務室での事務作業だったから、今日も同じかと思って確認してみたんだけど……。


「いや、今日は少し外に行かなきゃいけねぇんだ。そう遠くもないからメグも付いてきてくれ」

「付いていくのは大丈夫だけど、どこへ行くの?」


 聞いてみるとどうやら本当にそんなに遠くない場所だった。その場所とはズバリ、獣車乗り場である!

 闘技大会を行う時、参加者は現地集合となる。その時依頼を受けている人もいるだろうし、みんなで集まっての移動は人数も多いため、なかなか厳しいだろうと判断したためだ。電車とか飛行機とかと違って大量に人を運べる乗り物はないからね。最大で15人が限界といったところかもしれない。

 そうなると、大会間近になった時、獣車が借りられなくなる、なんてことが起こりかねない。獣車の利用者は他にもいるし、それではいつも利用している人や他の用事で利用したい人の迷惑になってしまう。それを解消するための話し合いに行くんだって。


 ちなみに、オルトゥスの参加メンバーは早い段階で現地の方面に向かったり、飛べる亜人は自力で行ったりと「人に迷惑をかけない方法で行け」という指令がお父さんから出されている。それがあっさり出来てしまうあたりがオルトゥスなんだろうけど、街の人たちへの配慮が行き渡っているからこそ、特級を名乗れるんだろうなぁなんて思って誇らしくもある。


「あ、じゃあミィナちゃんに会えるかな?」

「ミィナ? ああ、あのラクディの子どもか」


 そして獣車乗り場といえば、ミィナちゃんである。ルド医師とお墓参りに行った時も会えたんだよね。舌ったらずながらもお店のお手伝いをしていてとっても可愛かったんだよねー!


「それなら、退屈しないですみそうだな」

「うん! 今度はゆっくりお話出来そう。遊び道具も確認してみようかな」


 お父さんと店主の女将さんが話している間は、他の従業員さんが店番をするみたいだし、ミィナちゃんとも遊べるかもしれない。そう思って収納ブレスレットに入れてあるおもちゃを確認してみる。ボールやぬいぐるみ、積み木やおままごとセットが入ってる。ちなみに全部、鍛治や装飾担当の人たちからの贈り物である。大事にとっておいてよかった! お気に入りのもの以外はもうほとんど使わないからミィナちゃんに譲ってもいいかもしれない。


「いいなぁ楽しそう……」


 そうでした。アスカは午後からの予定が特にないんだったよね。私がお父さんから離れられないばっかりに……! すると、お父さんはなんてことないように告げる。


「ん? じゃあアスカも来るか?」

「えっ、いいの?」

「別にいいぞ。付いてきても楽しいことなんかないだろうからって、お前はお留守番予定だったんだが、行きたいってんなら構わない。だが、勝手にどっか行ったりすんなよ?」

「もちろん! ちゃんとメグと一緒にいるよ! やったー!」


 両手を上げて喜ぶアスカにこっちまでなんだか嬉しくなる。こういうところをみるとやっぱりまだ子どもなんだなーって思うよ。無邪気で可愛い!


「少しでも長く、メグと一緒にいたいもん」


 ただ、こうして口説くようなセリフを言う時は、流し目がたいそう大人っぽくてちょっと反応に困っちゃうんだけどね! 顔がいい分ドキッとはするんだけどねー。まだまだ子どもでいてよーって思っちゃうのは私の思考がお子様なのかしら?


「うしっ、そうと決まればさっそく行くか! メグ、サウラにアスカも行くって伝えてきてくんねーか?」

「はぁい!」


 食器を下げて、ホールに向かう道すがらお父さんにそう言われたので手を上げて返事をする。食器? 自分で下げられるよっ! 置く場所はまだちょっと背が届かないからお父さんに乗せてもらったけどね。それはアスカも同じだったからいいのだ。仲間である。でもだいぶ危なげなく運べるようになったと思うの。たぶん。


「あ、ぼくも行くー!」


食器をお父さんに置いてもらっている間に私が一足先に向かおうとすると、アスカが慌てて私についてきた。行き先は同じだからお父さんも後ろからついてきてるんだけどね! さり気なくアスカに手を取られたので2人で手を繋いで前を歩く。走ると人にぶつかっちゃうからね! 早歩きでね!


「ねぇ、メグ」

「ん? なぁに?」


 軽くブンブンと繋いだ手を振って遊んでいたら、少しだけ声を潜めたアスカが声をかけてきた。


「ぼくは、メグの事情をよくわかってないんだけど……メグ、大丈夫なんだよ、ね?」


 とても心配そうに、不安そうにアスカは聞いてきた。なんとなく察しているんだろうなぁ。突然ハイエルフの郷に療養に行くことになっちゃったから。昨日の私がどんな状態だったのかはわからないけど、やっぱり変な様子だったのかな、と思って申し訳なくなる。


「ごめんね、心配かけて。でも、きっと大丈夫!」

「ほんと?」


 空いてる方の手で力こぶを作って見せつつ笑顔で答えるも、相変わらずアスカは不安そう。こぶ、ないもんね……あ、そうじゃないって?

 わかってる。わかってるよ、冗談言ってる場合じゃないって。でも、大丈夫かどうかなんて私にもわからないもん。だいぶ前に見た、幸せそうに笑ってる大人になった私の予知夢だけが、きっと大丈夫と言い切れる要素だし。ただそれも、私の特殊体質が予知夢ではないのでは、って疑惑が出てきたことで、揺らいでしまっている。


 あの未来は、私の願望が見せたものなんじゃないかって。


「……信じてるんだ」

「……信じてる?」


 だから、私はそんな不確定なものに頼るのを一時的にやめたのだ。聞き返すアスカに笑ってそう、と頷いて見せた。


「オルトゥスのみんなを。みんながね、私を助けようとしてくれてるの。そのために色んなことをしてくれてるの。あのメンバーがだよ? すごいと思わない?」


 それを信じないのは、あまりにも不誠実だし。何より、素直に信じられるもん。無条件に信じられる。だって、家族だから。


「だからね、大丈夫。アスカも、信じて待っててくれたら嬉しいな」

「……うん。そっか。うん、わかった。信じる!」


 私たちは互いに微笑み合う。アスカには本当の意味ではまだ信じきれないところがあると思う。だって、オルトゥスに来てまだちょっとだし、信じられるほどみんなと関わっていないもんね。


 だからいつか、アスカとも本当の家族みたいな、オルトゥスの仲間になれたらいいな。私はアスカと微笑みながら、いつかくるかもしれない素敵な未来に想いを馳せた。

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