sideギルナンディオ
想定していたよりもずっと早い進行に、正直俺は焦っていた。
日に日にメグの纏う魔力が増えていく。俺がその域に達したのは成人してからだ。成長期は一気に魔力が増えるため、かなりキツい思いをしたのを覚えている。油断すれば魔力が暴走しかねないから、よく魔物型になって人のいない山奥で暴れ、発散していたものだ。
だが、メグはまだ子ども。成長期も迎える前の、だ。ここからさらに一気に魔力が増えていくのかと思うと……恐ろしかった。メグが、壊れてしまいやしないかと。俺や他の亜人たちのように魔物型になって発散することさえ出来ない。ハイエルフという種族柄、他の者たちよりも耐性があるのかもしれないが……時折ぼんやりとしていることから、魔力に飲み込まれつつあるのだということが手に取るようにわかるのだ。心配で仕方ない。
だからこそ、メグが突然ギルドのホールで魔力を放出し始めた時は心臓が止まる思いだった。
なにが引き金になったのかはわからない。本人でさえわかっていない、突然起きたことなのかもしれない。ギルドにいた誰もがその異変に気付き、警戒しながらメグを見つめるほどに、先ほどのメグの状態は危険だった。これまでのぼんやりとした魔力の膨らみとは桁違いの魔力が外に漏れ出ていたからだ。
約束を守らなければ。もしも自分が暴走を起こしたら俺に止めて欲しいと。誰かを傷つける前に止めてくれと、悲しそうに微笑みながら言っていたメグとの約束を。
「メグ!」
すぐに駆け寄ってメグの両肩を掴む。軽く揺さぶってはみたものの、目の焦点があっていない。おそらく、意識はないのだろう。
「メグ! メグ!!」
いくら呼んでも反応がない。それどころか、魔力の放出が止まる気配さえなかった。心配と不安の気配がギルド内に広がったのを感じた。慌ててこちらに向かってるらしい頭領の気配も。
頼む。メグ、俺に気付いてくれ。俺はここにいる。何があってもお前を守るから。
「メグっ!!」
強く、メグを抱きしめた。あまり力を入れると潰れてしまいかねない小さな身体を、優しく、それでいて込められるだけの力を込めて。成長したとはいえ、まだまだメグは小さい。こうして抱きしめるとそれがよくわかった。
こんなにも小さな身体に、大きすぎる重圧と運命がかかっているのか。その重荷を少しでも背負うことが出来ればいいのに。
「ギル、さん……?」
想いが通じたのか、抱きしめる力の強さで気付いたのか。とにかく、目に光を戻して俺を呼ぶその声に、心の底から安心した。ああ、良かった。戻ってきてくれた。ギルドのホール内でも、あちらこちらで安堵のため息が漏れていた。
とはいえ、さすがに限界だろう。それを頭領も感じたらしい。3日後にハイエルフの郷へと向かうのは妥当な結論だと思った。
「俺には……何も出来ない」
ケイに誘われて飲みに行った帰り、珍しくもそう1人で呟いてしまうほどに、俺は冷静ではなかったと思う。番、か。……確かにそうなんだろう。メグは、俺にとっては唯一の番なのだと今では自覚している。
一般的に番というのは夫婦、いわゆる男女の関係であることが多い。だが一概にそうとも言い切れない。同性同士であったり、恋人関係になかったりする例もあれば、その想いが一方通行になる例もある。互いに唯一の番であると認識していればそれに越したことはないが、残念ながらそうではない事例も多々あるのが現状だ。
だが、番と認識したら、その者は生涯その相手を番として扱うし、その恩恵も与えることが出来る。居場所がなんとなくわかったり、死を看取ることが出来たり、だ。だが、一方通行な思いであればあるほど、その効力は弱まる。互いに認め合うことでより恩恵を受けることが出来るのはある意味当然ではあるな。
……まぁ、つまり何が言いたいかというと、だな。
俺にとってメグは番だが、それは親子の絆という意味合いが強いということだ。なんとしても守りたい、庇護欲をこれ以上ないほど刺激される。だが夫婦だとか恋人だとか、そういった感情ではない。そんな感情を抱いたこともないから、比較して考えることは出来ないが……そんな考えに行き着かない、しっくりとこないのは確かだった。
なんにせよ、それが俺のメグに対する在り方なんだ。その辺り、ケイをはじめ他のメンバーも勘違いしているところがあったため、これを機にハッキリと告げはしたが……あの目はあまり信用していない目だったな。ケイは特に色恋に結びつけようとするところがある。仕方ないのかもしれない。
そんな具合に感情については普通とは少々違う、複雑なものではあるのだが、番であろう事実はほぼ確信している。メグに近寄る者たちに嫉妬という感情を抱くのも仕方のないことだと思う。初めての感覚に戸惑いはしているのだが、理解は出来ている。問題ない。
それに、俺にとっての番がメグなのであって、メグはそうではない。将来、他の誰かと夫婦となり、互いに番となる可能性だってある。正直、想像だけで腸が煮え繰り返る思いだが、こればかりはメグ次第だからな。何も口出しする気はない。
アスカ、お前もだぞ。まだ子どもだが、アスカの番認定は本物だろう。生涯メグを番と認識し、俺と同じように苦しむことになる。年も近いし同じ種族だから、メグの相手としては最も可能性は高いと思うが、無理強いは許さない。目を離さず見極めようと思っている。
「ギルさんと、一緒がいい」
そう涙目で訴えられて、優越感を覚え、気分が良くなるような嫌なやつだ俺は。アスカ、一筋縄ではいかないと覚悟しておくといい。一緒に食べようと俺を誘ったその目に、絶対に負けないという光を見たのは勘違いではないのだろう?
メグの療養が決まったことで、俺は今抱えている仕事を急ピッチで終わらせる必要があった。普段の依頼は問題ない。今受けているものを終わらせれば、それ以上引き受けなければいいだけだ。
大会準備の方も今出来ることは大体終わっている。俺の担当は主に各ギルドとの連絡係だしな。それは影鳥を数羽置いておけば問題ないだろうが、俺はハイエルフの郷へと向かうことになる。あの場所なら各ギルドへの通信は距離的にギリギリ可能な範囲にある。だが肝心のオルトゥスには届かない。しかし、それはメグの一言で解決した。
「シュリエさんとの連絡なら精霊を通じて私が出来るよ?」
エルフ同士の連絡手段だ。しかもメグの声の精霊が間に入れば、難しい内容でもそのまま相手に伝えることが出来る。シュリエ曰く、他の精霊だったら簡単な伝言しかやりとり出来ないそうだ。本当に、良い精霊と契約したものだ。ありがとう、と頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細めるメグ。
「だって、私のワガママで付き合わせちゃうんだもん。出来ることならなんでもお手伝いしたいから」
そんなことなど、気にしなくてもいいのに。だが、それがメグだ。いつも人のことを思いやる。その気持ちを少し自分に向ければいいのにといつも思うのだが、その分俺や周囲がメグを気遣えばいい。愛おしさが込み上げてくる。番とは、こうも心を乱されるものなのだと思い知らされるな。だが、悪い気はしなかった。
「ほらメグ! 訓練の時間だよ! 時間が短いんだから早く行くよ!」
「あ、そうだね! じゃあギルさん、また後で!」
そこへ横取りするようにアスカがメグに腕を絡ませて引っ張っていく。目だけはキッと俺を睨みつけているので、対抗心を燃やされているのだろうことがすぐにわかった。こういうところは子どもらしいな、と思いつつも、今はそこまで嫉妬の気持ちが湧かないことに気付いた。おそらく、余裕が生まれたのだろう。メグが将来どんな結論を出すにせよ、受け入れる覚悟が出来たからだ。
「ああ。2人とも、頑張れよ」
声をかけると、メグは嬉しそうに笑い、アスカは一瞬驚きに目を見開いて、少しだけ悔しそうにしながらもどこか嬉しそうで。なんとも忙しい、正直な反応に思わず笑い声が漏れた。
「あら、ギルが笑うなんて珍しいわね。やっぱりメグちゃん効果かしら」
面白そうに声をかけてくるサウラに、いや、と否定する。
「あの2人が、面白くてな」
「……余計に珍しいわね」
わからなくもないけどねぇ、とサウラは肩を竦める。まぁ、あまりわからないだろう。なぜなら俺が面白いと思ったのは、アスカが真っ向から俺に勝負をしかけてくるからだ。こんな感覚は久しぶりだしな。そういった点で、俺はアスカのことも好ましく思っている。
「それよりもギル。……あの噂は本当?」
「……どの噂だ」
サウラが声のトーンを低くして俺に問う。目線を合わせないから、この調子で雑談しているように見せかけたいということだろう。俺も応じてそのまま答える。
「リヒトのことよ」
その名が出た時、心臓が大きく脈打つのを感じた。ああ、アイツもいたな。
「本当に、決闘するの……?」
不安そうに尋ねるサウラの気持ちはわからないでもない。いまや、アイツの実力は俺に迫るものがあるのはオルトゥス重鎮メンバーの中では周知の事実だったからな。
「ああ。……俺たちが、納得するためにも」
「そう。……それはリヒトにとってもなのよね。きっと」
決闘することで、納得できる。どんな結果になろうとも、互いに後悔せずにすむ。だからこそ決闘をするのだ。
「悲観することはない。楽しみでもあるんだからな」
それに、信じている。俺たちは誰もが、良い結果になると信じている。だから迷うことなど何もないんだ。暗にそう告げると、サウラはその意図を正確に汲み取った。
「珍しいわね。でも、亜人なら強い相手との戦いに血が滾るのは本能だものね」
それ以上この話題には触れず、そう言い捨てて微笑みながら去っていく。さすがだな、うちの統括は。
そろそろだ。その時が近付いている。だからこそ慌ててはならない。俺自身も平常心を保たなければ。いつその日が来てもいいよう、しばらくはメグとともにハイエルフの郷で心を落ち着かせるとしよう。
そう決意したところで、俺は残った仕事を一気に片付けるべくギルドの外に出た。
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