異変


 これは、あれだ。私が将来について不安でいっぱいだからだ。だから、2人みたいに目標に向かって真っ直ぐ頑張る姿が眩しいんだよ。わかってる。わかってるけどぉぉぉ! どうしても私の不安が浮き彫りになってしまって純粋に応援出来ないのだ。そんな自分がすごく……嫌だ。応援したい、2人には頑張ってほしいってすごく思ってる。それは本心なのに、胸がモヤモヤして、苦しくなってしまう。


 大丈夫、落ち着いて私。未来を夢で見たじゃない。幸せそうに笑ってる未来の私の姿を。その未来はきっとくる。だから今こうして悩んでても、解決するってわかってるんだ。


 なのに、どうしたんだろう、私。いつもはこれを思い出したらすぐに前向きになれるのに。私らしくない。……私らしく、ない。


「……グ……!!」


 ────私は、どこにいるのだろうか。


「メグっ!!」


 突如、耳元で私の名を叫ぶ声が聞こえた。かなり大きな声で、耳元だったのに私は驚くこともなかった。なんだか不思議。目が覚めた時のようなぼんやりとした感覚が残ってる。も、もしかして寝てたのかしら。立ったまま? あれぇ?


「メグ!」

「ギル、さん……?」


 再び名前を呼ばれてようやく今の状況を理解した。どうやらギルさんに抱きしめられているようだ。私がぼんやりと返事をすると、ホッと息を吐いて抱きしめる力を緩めたのがわかった。私、何かやらかした?


「……一度、郷に行くか」

「! お父さん」


 気付けばお父さんも近くに来ていたようだ。というか、私の周りに人が集まってる。その中にはアスカもいた。みんな揃って心配そうな、不安そうな目をして私を見ている。……もしかして。


「暴走、しかけてた? 私……」


 私の一言には誰もが俯いて難しい顔をしていた。ああ、それが答えなんだなってすぐにわかったよ。

 とはいえ、当の本人である私には全く自覚症状がないんだよね。ただぼんやりしてただけ、という感覚だ。だから、みんながそんなにも心配そうに見てくるのが不思議でたまらない。


「あまりわかってないって顔だな。そういやアーシュも、最初は夢を見ているような寝起きのようなぼんやりとした感覚が残っていただけで、気にも止めていなかったって言ってたっけ」


 それダメじゃん! 確実に私の暴走が始まってるじゃん! え、そんなに進行してるの? その話を聞いてからまだ日も浅いのに、もしかしてあの時すでにそんな兆候が出てたってこと?


「ハイエルフの郷に行くってことだよね……それじゃ、私、大会は出られないのかな」


 今の気掛かりはそれである。それどころじゃないのはわかってるんだけどっ! だって、せっかく大会に出るって決めて、気持ちを高めて、修行してたのに。ルーンやグート、ウルバノにも行くって約束したのに……それに、アスカだって。


「それはまだわからねぇだろ」

「え?」


 しょんぼりしていると、お父さんが私の頭にポンと手を置いて困ったように笑う。なんでも、一度ハイエルフ仲間に相談してみよう、ということなのだそう。魔力の流れを調整すれば大会までには落ち着いて、出場だって出来るかもしれないって。そ、そっか。まだ諦めちゃダメってことだね。


「お前の気分が落ち込むのがたぶん、1番ダメなんだ。暴走を止めるには、心の安定が重要になってくるからな」

「心の、安定……」


 そっか。気をしっかり持つことが、意識を力に乗っ取られない最も重要な対策なんだ。そう思ったら自然と、まだ近くで膝をついて私を支えていたギルさんを見上げてしまっていた。

 この前、なんで目を逸らしたの? 何か嫌なことあった? 私が何かしちゃったかなぁ。……ううん、そんなことはどうでもいい。いや、どうでもよくはないけど、こうなったら自分の気持ちを優先させちゃうもんねー! だってそれが1番の対処なんでしょ? 私はキュッとギルさんの服の袖を握りしめた。


「ギルさんと、一緒がいい。ギルさん、一緒に来てくれる……?」


 泣かないぞ。もうちっちゃい子どもじゃないんだから。でも涙目になっちゃったり、変な笑い方になっちゃうのは許してね。これでも我慢してるのだ。


「メグ……ああ、もちろんだ」


 あ、いつものギルさんだ。ほんのわずかに口角を上げて微笑んで、そしてふわりと抱きしめてくれる。涙がギルさんの服に吸い込まれていったから、証拠隠滅も完璧だ。さっきの焦ったような抱きしめ方とは違う、この感じが私は大好きなのだ。


「ま、仕方ねぇな。ギル、3日あればいけるか」

「十分だ」


 3日? 不思議に思って首を傾げていたらお父さんがブツブツと独り言を呟き始めた。あ、もしかして仕事の調整かな!? 今更になって罪悪感が酷い。顔を青褪めさせていると、コツンと頭に小さな衝撃が。


「気にするところじゃない」

「あう。だ、だってぇ」


 ギルさんには全てお見通しだったようだ。周囲を見回して味方を探してみたけど、誰もが苦笑を浮かべていて、どうもギルさんに賛同しているようだ。待って。私の考え、みんなにも筒抜けじゃない、これ?


「そ、それに、アスカのことも」

「ぼくは平気」


 続いて目が合ったアスカのことを引き合いに出すものの、本人によって遮られてしまう。アスカにまで!?


「ぼくは確かにお客様だけど、いつかオルトゥスの仲間になるんだよ? 甘えてばかりいられないのわかってるもーん!」


 アスカったらまだ子どもなのになんてしっかりした発言。初めて会った時はワガママで感情豊かな子どもだったのに、成長に驚きを隠せません!


「それに、ぼくは可愛いから、みんなが助けてくれるもん」


 あ、でもそこは相変わらずだった! その通りなんだけどね! でも、なんだか安心した。オーウェンさんも、自分がついてるから心配すんなって言ってくれたし、他のみなさんも優しく笑って頷いてくれている。う、嬉しくて泣きそうだ。泣かないけどっ!


「よし、それじゃギル。3日以内に仕事全部片付けろ。メグはしばらく俺の近くで過ごしてくれ。なんかあっても対処出来るからな」


 お父さんの言葉に黙って頷く。ギルさんも軽く頷いていた。


「3日後にハイエルフの郷に出発してくれ。2人だけで行けるな?」


 その質問は私ではなくギルさんに向けての言葉だろう。チラッとギルさんを見上げたらああ、と短く返事をする声。頼もしいなぁ。私? 私は連れて行ってもらう立場ですからね! 大丈夫かどうかなんて答える権利すらないですよ、ええ。荷物の準備だって収納ブレスレットがあるし、行こうと思えば今すぐにでも行けてしまうのだから。あえていうなら体調とか心構えだろうか。時々暴走はしてしまうみたいだけど、それ以外は元気だし。不安定なのはメンタルくらいである。……それが大事なんだって! 私の馬鹿っ!


「ね、じゃあそれまでは一緒に訓練も出来る?」


 アスカが恐る恐るお父さんに聞いている。不安そうに上目遣いで尋ねるなんて反則である。ほら見なさい、お父さんもこの驚異的な可愛さにグッと息を詰まらせている。


「まぁ、そもそもそういう約束でもあったしな。よし、じゃあ明日と明後日の訓練は俺が見ててやる」

「やったぁ! それもオルトゥスの頭領に見てもらえるなんて贅沢ぅっ!」


 お父さんがアスカの上目遣いに敗北するのはわかっていた。子ども、好きだもんね……。でもそれは私にとってもありがたい提案だったので、アスカと一緒にピョンピョン飛び跳ねて喜ぶ。周囲から咳き込む音が多数聞こえた。お、おかしかったかな?


「ただし午前中だけな。悪いがそれ以外は色々片付けなきゃなんねぇ」

「十分だよお父さん。……ありがと」


 申し訳なさそうに頰を掻くお父さんに胸がいっぱいになる。ただでさえ今は忙しいの、わかるもん。オルトゥスの頭領だから、誰よりもやらなきゃいけない仕事があるのに、私のために時間を割いてくれるなんて。だから、ギュッと腰に抱きついてお礼を言った。


「ああ。その言葉があればもっと頑張れるな。よーし、みんなにもさらに仕事任せていくからなー」


 続くお父さんの掛け声に、ギルド内には悲鳴が上がった。でもその声はどれも、言うと思ったー! とか、まじかよ鬼畜―! とか言いながらも楽しそうなのが本当にもう、もう、好きっ! でも実際にガチ目のキツさなの、私知ってる。感謝の気持ちを忘れないようにしなきゃ。


「みなさんも、ありがとーございます」


 だからしっかりと頭を下げてみんなにも伝えるんだ。オルトゥスのメンバーは私にとっても家族。みんなが私を家族と思ってくれてるように。でも、親しき中にも礼儀ありっていうからね。


「そういうとこが、お前が愛される理由なんだろうよ。子どもで、可愛いからってだけじゃねぇんだぞ?」

「そ、そう?」


 お礼や謝罪って基本だと思うんだけどな。照れ屋さんだと難しいか。でもそういう気持ちってたとえ言わなかったとしても伝わればいいって思うんだ。レキみたいに不器用でも気遣いが出来ていたりとか、ウルバノみたいに人見知りでも一生懸命書いたのが伝わる字だったりとか、ギルさんみたいな、柔らかな眼差しだったりとか。

 私は言葉にして言えるから言ってるだけ。みんな、それぞれ優しいし、気持ちを表には出してるんだと思う。伝わりやすいのが言葉ってだけなんだよね。私はみんなの伝わりにくい本心っていうのも、出来る限り見逃したくないなって思うんだ。


「さ、ご飯食べに行こーよ」

「アスカ……うん! あ、ギルさんは……」


 くしゃりと私の頭を撫でて去っていくお父さんを見送ってから、アスカにそう声をかけられたので元気に返事をする。そこでふと、ギルさんはどうするんだろうってことが気になった。前は目を逸らされてしまったから、恐る恐る見上げてしまう。


「ギルも! 一緒に食べよー!」

「お、俺もか」


 途中で言葉を切ってしまった私の代わりに、アスカがグイグイと腕を引っ張ってギルさんを誘っている。ギルさんはたじたじな様子だ。アスカ、さすがである。


今は・・・、ぼくよりギルみたいだから。でもいつか、ぼくが貰うんだからね」


 でも、ほんのわずかに口を尖らせて拗ねたようにそう付け足した。貰う? 何か、欲しいものがあるのだろうか。私が首を傾げていたら、ギルさんがフッと笑うのが聞こえた。


「そうか」

「あ、本気にしてないでしょ!? 絶対、絶対だからね!」


 あ、あれ? なんだかギルさんが楽しそう。アスカはムキになっているみたいだけど。もう、何がなんだかわからない。けど、にこやかな2人に手を取られるのはなんだか幸せだったから、考えるのやーめた!

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