訓練場にて


 アスカがオルトゥスにやって来て早3日。まだ3日だというのにアスカの馴染みっぷりはすごい。それもこれも、アスカの人懐っこさが原因だろう。誰にでもニコニコと気さくに接するアスカは、無邪気な可愛い子どもとして受け入れられているようだ。

 私はこの3日間、四六時中アスカと一緒にいる気がする。さすがに一緒にお風呂に入ろうとか一緒に寝ようと言われたときは断ったけど。だって私はレディですからね! ほんと、甘えん坊だよねぇ、アスカは。


 そして、今日は2人で訓練場に来ていた。昨日も少し来て軽い運動は一緒にしたんだけどね。今日は闘技大会に向けてしっかりと訓練する日なのである。そんな私たちに付き合ってくれる本日の先生はこちら!


「おや、2人ともいい戦闘服ですね。お揃いですか?」


 我らがエルフの師匠、シュリエさんである! 早速、戦闘服について褒められちゃった。そう、あの時注文した戦闘服がもう完成していたのである。もっと時間がかかる予定だったはずなのに、配達してきてくれたお店のお姉さんからの伝言曰く、「あまりにも可愛くて仕事が捗っちゃったわ」だそう。子ども服ってだけで確かに可愛いもんね。それはわかるけど無理はしないでいただきたい。


「アスカが来た日に一緒に注文したの。あの、私のはあるんだけど……その、性能が……」

「ああ、確かにあれは性能が良すぎますね。良い判断だと思いますよ、メグ。ですが、言ってくだされば2人の分とも私が用意したというのに」


 苦笑を浮かべながらシュリエさんはそう言ってくれたけど、私とアスカは声を揃えて自分で用意するからいいの、と主張した。そうですか、とクスクス笑っていたので、その主張も受け入れてくれたみたいだ。普通は子どものお小遣い程度で買えないのですけどね、とも。ごもっともです。かなりオマケしてくれたの、わかってますとも!


 さて、そんな戦闘服ですが、私とアスカは色違いのお揃い風のデザインに仕上げられていました! アスカは淡い水色、私は淡いオレンジ色で、動きやすい素材の五分丈袖のチュニックに膝丈のパンツスタイル。シンプルながら所々にお花模様が描かれている。アスカは蔦模様かな? それに、かぼちゃパンツ風な私と違って、アスカはキュロット風。でも一目でお揃いとわかるお洒落なデザインにランちゃんの腕前を見た。相変わらず良い仕事ぶりである。


「2人ともとてもよく似合っていますよ。性能もなかなかいいですね。耐久性もありますし、ダメージの吸収率も高いです」


 そんなに性能がいいの? なんだかそうなるとちょっと心配になってくる。私、もっとランちゃんのお店に貢献しなきゃ。絶対払いきれてないもん!


「さ、時間も惜しいことですし、訓練をしましょうか」

「はいっ」

「よろしくね、シュリエ!」


 スッと雰囲気を先生のそれに変えたシュリエさんに背筋を伸ばして返事をする私。それに対してアスカは相変わらずである。緊張とかしなさそうで大変羨ましい。


「2人は別メニューにしましょう。メグはひたすら体力づくりと瞬発力を鍛えましょうか」

「は、はいぃ」


 要は、私のメニューはアスレチックを使って身体を動かすこと。その際、自然魔術も使って、自ら障害を作り出すのだ。シズクちゃんやリョクくんに頼んで、時々水鉄砲を飛ばしてもらったり、蔦の罠を張ってもらったりする。しかもそのタイミングを私に教えないように、と指示を出す必要があるのだ。これ、実はかなり難しいことなんだって。あんまりその感覚がないんだよねぇ。だってショーちゃんがいるからわざわざ伝えようと努力しなくても正確に伝えてくれるんだもん。つくづくショーさまさまである。


「アスカはまず、風の精霊と契約しましょうか。ネフリーが貴方に合いそうな風の子を探し出してくれましたから」

「ほんとっ!?」

「ええ。ですので、今日はその風の精霊との魔術の訓練ですね」


 どうやら、アスカはついに風の精霊と契約出来るようだ。2日前に伝えてたことを、シュリエさんもネフリーちゃんも覚えていてくれたんだね。そして早い。さすがである。アスカは新しい契約精霊に嬉しそうで飛び跳ねている。ふふ、可愛い。


「よーし。私もがんばろうっと。みんな、よろしくね!」

『任せるのだ主殿』

『任せてねぇ、メグ様ぁ』


 私が声をかければ、今呼びたかった2体の精霊が名前を呼ばれなくてもすぐに現れてくれる。これは私が脳内で呼んでいたのをショーちゃんが変換して彼らを呼んでくれたお陰である。


「ショーちゃんも、いつもありがと」

『このくらいお安いご用なのよー? ご主人様からの魔力は貰いすぎってくらいもらってるから、私、たくさんがんばるのよ!』


 近頃は魔力が余りまくってるからついつい精霊たちにオヤツと称して渡してしまうのだ。ダメな親化してるけど、可愛いのだから仕方ない。あげすぎてるわけでもないしね! ただ貯魔力が増えていくだけ、という。私も癒されるし、こうしてショーちゃんが先回りして動いてくれるからかゆいところに手は届くし、精霊たちはいつでも元気いっぱいでいられるしで良いことづくめなのだ。


『でも、ご主人様、また魔力が増えてるのよ? 契約精霊、もっと増やしてみたらどうかなって思うのよー』

「う、やっぱり増えてるんだ。あの話を聞いた後だと、なんだか不安だな……」


 いつか、この膨大な魔力に飲まれてしまうんじゃないかという恐怖。でも、適度に魔力を使っていれば容量オーバーで破裂、みたいなことにはならないのよーとショーちゃんは言う。破裂って。サラッと恐ろしいことをいう精霊である。悪気がないのは知ってるけど!

 で、自然魔術の使い手の手っ取り早い魔力消費方法はズバリ、契約精霊を増やすことなのである。みんなに等しく魔力を分け与えなければいけないから、保有魔力が少ないと契約出来る精霊も少なくなる。その逆も然り、というわけだ。私は持て余しているので精霊を増やせばその分、みんなに分け与えられるということである。

 でもそろそろ名前も覚えきれないから困りどころではある。そんなにたくさんの精霊と魔術を行使出来る自信もないからね。ごめんね、頭が弱くて……!


『あとはー、つよーい魔術をたくさん使うのよ?』

「そ、それは使う場所がないかなーって……」


 それはつまり、シェルメルホルンがやっていたように、遠慮なく高威力の魔術をぶっ放すことである。実は今の私なら、あの人が発動していた竜巻級の魔術も使うことが出来ちゃうんだ。もちろん危ないのでやらないけど。しかも連発しても平気ってくらい魔力がたくさんあるのである。なんか、そう考えると本当にシャレにならないな、なんて今更思ってブルっと身震いしてしまう。

 あ、ショーちゃんは悪くないのよ? 私のことを思ってあれこれ提案してくれるの、嬉しいからね! 危うく、ショーちゃんがしょんぼりしてしまうところだった。フォローが間に合って良かったー。嬉しそうな笑顔を見せてくれたよ。可愛い。


『あとは、しょーかん魔術を使うのよ! これはたっくさん魔力がいるから、ご主人様にもぴったりかもなのよ?』

「しょーかん……召喚?」


 なにそれ、なんだかすごそうな魔術だ。聞いてみたいような聞くのが怖いような。でもとりあえずその話はあと回しだ。


「あとで、詳しく聞かせてくれる? 今は先に訓練しなきゃ!」

『わかったのよー!』


 今はせっせと訓練訓練。アスカの風の精霊との契約も気になるけど私は私で頑張らなきゃ! 気合いを入れてアスレチックに飛び乗った私は、シズクちゃんやリョクくんの容赦ない妨害に苦戦することとなった。愛の鞭、厳しいーっ!




「ね、ね、メグ! ぼくの風の精霊リルフだよ!」

「風の精霊リルフちゃん?」


 訓練の合間の休憩中、フウちゃんとホムラくんの自然魔術によってびしょ濡れの全身を乾かしていると、アスカが嬉しそうに報告してきてくれたので私も喜んでリルフちゃんと呼んでみる。すると、アスカの横でフワフワ漂っていた黄緑色の光が小さな小鳥の姿へと変化していく。サイズ感といい、フウちゃんにそっくりだ。羽の色が微妙に違うので模様が違って見えるくらい。


『貴女はメグ様ですねー! 噂には聞いてたのー。ネフリー様とフウとは仲良くさせてもらってるのー。よろしくー!』


 どことなくのんびりさんな雰囲気のリルフちゃんはふんわりと頭上を飛び回ってからアスカの肩に止まって毛繕いを始めた。


『んー、アタシの毛並み、キレイねーキレイでしょー?』

「うん、リルフ。キレイ!」


 うっとりと自分の羽を眺めるその様子に、ぼく可愛いでしょ? とあざとく聞いてくるアスカの姿がダブって見えた。最初の契約精霊ではないけど、なんか術者に似てるなぁなんて思う。


『これで、この子とも連絡が取れるねっ』

「うん。フウちゃん、その時はよろしくね。リルフちゃんも!」


 バサッと羽を広げてそういうフウちゃんに微笑みながら告げると、リルフちゃんも対抗するように羽を広げた。……お互い張り合ってない? 可愛い。


「ふふ、これで私たちは互いに連絡が取り合えますね。アスカが郷に戻った後も」

「郷に……」


 微笑ましげにそう告げたシュリエさんの言葉に、アスカの表情が曇る。あー、わかるよ。帰る時のことをちょっと考えちゃったんだよね。私も寂しいもん。


「ぼく、ここにいたいな。オルトゥスの仲間になりたい」


 ポツリと呟くアスカに、私は目を見開いた。それはとても嬉しいけど、私が決められることじゃないから黙ることしか出来ない。チラッとシュリエさんを見ると、相変わらず優しい微笑みでアスカを見つめていた。たぶん、こう言い出すこと、わかってたんだろうな。


「アスカ。貴方はメグとは境遇が違いますので、ここにいていいとは言えませんし、すぐに仲間に、とも言えません。ですが……」


 スッとアスカの前に屈み、シュリエさんはアスカの顔を覗いて目を合わせた。


「貴方が成人した時、まだオルトゥスに来たいと願うのなら、頭領も考えてくれるでしょう。でも、それまで鍛錬を怠らず、成長し続けなけばなりませんよ」

「成人した時……?」

「ええ。私もメグも、ここで貴方が来るのを待っています。アスカは、オルトゥスの名に恥じない成長を見せてくれるのでしょう?」


 ここが家である私とは違うもんね。一員となったのはなんだか反則な気もしないでもないけど……。でも、アスカがいつか来てくれるのなら、こんなに嬉しいことはないって思うよ。


「……うん。絶対、オルトゥスの仲間になってみせる!」


 力強い眼差しでそう宣言したアスカは、ルーンの手紙を読んだ後みたいで……なんだか置いていかれたような複雑な気持ちを私に残した。

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