血筋



 お風呂から出てホカホカな状態で、私はギルさんとルド医師ともに自室へと向かう。カフェスペースで話すのかと思ってたんだけど、話がなかなかデリケートだから人に聞かれない方がいいだろうっていうのと、話が終わったら私がすぐに眠れるように、との配慮だそう。つくづく過保護である。ありがたや……。


「ここが部屋の入口か。医務室からこんなに近いなんてね」

「ルド医師は私の部屋の場所、知らなかったんですか?」

「ああ、この辺りらしいことは聞いていたよ。まぁ、知っていても数人しか部屋の開け方を知らないんだけどね」


 その数人というのはギルさんとサウラさんとお父さん、それから部屋の固定魔術を組み込んでくれたミコラーシュさんだけって聞いてる。入口の場所は知ってるって人自体もそんなにいないから、私の部屋はもはや幻かと囁かれているんだって。そ、そんなにか。


「メグの立場上、防犯設備はやり過ぎなくらいがちょうどいい。これはメグだけでなく、我々の安心のためでもあるんだよ」

「なんだかありがたいよーな、申し訳ないよーな複雑な気持ちです……」

「あはは、メグらしいな」


 そんな会話をしている間にギルさんが私の部屋のドアを開けた。もちろん私も開けられるよ? でも私以外が開ける場合は特別な方法を使わなきゃいけないんだって。あらためて念の入れように脱帽である。


「可愛らしい部屋だな。女の子の部屋というのは」

「……俺も最初に見たときは、その、戸惑った」


 部屋に入り、周囲を見回しながらルド医師が感想を漏らすと、ギルさんもやや恥ずかしそうな反応を見せた。え、そうだったの? まぁ、こんな部屋に慣れてるって言われたら、それはそれでかなり驚くけど。


「……ぬいぐるみが増えてないか?」


 ギルさんがやや呆れたような表情で聞いてくる。そうなの、どんどんコレクションが増えていくのよねー。この部屋の住人として並べられているぬいぐるみたちは今、全部で6体。うさぎやら猫やらのモフモフ動物たちばかり。ちなみにどれもこれも自分では買ってません。察して……!


「えへへ……どれもかわいーからいいの。でも、1番のお気に入りはこれだよ!」

「む……」


 そう。影鷲のぬいぐるみである! これだけは自分でこういうのがいい! とリクエストして作ってもらったものになるから特に大事にしている。はじめてのぬいぐるみだったし、メアリーラさんと一緒にケイさんからもらった思い出の品だしね。もちろん毎晩抱いて寝ている。


「これ、影鷲だね?」

「とっても抱き心地がいーの」

「そうか、いつもそうして寝ているんだね」

「っ……」


 ルド医師とにこやかに会話していると、ギルさんが照れて後ろを向いてしまった。まぁ、自分がモデルのぬいぐるみがあって、しかも子どもが抱いて寝てるとか聞かされたら恥ずかしくもなるか。ごめんよ、ギルさん。でも抱いて寝るのはやめない。


「あ、どーぞ、こちらに座ってください! 椅子も出すね?」


 そうだ、ここには遊びに来たわけではないのだ。普段は自分の分しか椅子がないから、2人の分も収納ブレスレットから出さねば。……大丈夫、普通のデザインだよ。小花柄の可愛い椅子にはさすがに座らせられまい。


「ありがとう。じゃあ、早速だけど説明しようか」

「お、お願いします……!」


 3人ともが椅子に座ったのを見計らって、ルド医師が腕を組みながら話を切り出す。ドキドキしてきた。思わず力の入ってしまった肩に、ギルさんがポンと手を置いてくれたので幾分か落ち着く。わかってらっしゃる。


「メグ。最近、魔力がぐんと増えたな、と思うことはないかい?」

「魔力、ですか? えっと、昔に比べればかなり増えたなって思うけど……」


 ショーちゃんたちからも言われたけど、私の魔力はかなり多めだ。体の持ち主であったメグと魂である環がしっかり1つになった時に一気に増えて、そこからじわじわと増え続けている。あれから結構経ってるから、総量がかなり多いらしいのは知ってるけど、正確な量はわからない。数値化されるわけでもないし。


「でも、最近になってぐーんと増えた、とは思わないかなぁ。ずっと緩やかに増えてるみたいだから、あんまり実感がなくて……」


 というわけで、結局のところわからないのである。魔術を使った後に疲れたりすることがなくなったのが随分前だから、その頃からもう何も考えてないというのが正解だ。自分のことなのになんてことだ。言われて始めて、もっと自分のことを知るべきだなって反省したよ。


「そうか。……メグ。君は血筋からいって、かなりの魔力を保有することになる。それはわかるね?」


 血筋。魔王である父親と、ハイエルフである母親から生まれた私。そりゃ、増えるでしょうなぁ。わかる、という意味を込めて1つ頷く。


「我々も、その予想は出来ていたんだよ。でもね、予想外なことが起きているんだ。メグはすでにオルトゥスのトップ連中と変わらない魔力を保持している。これはあまりにも早すぎる成長スピードだ」

「え……」


 ルド医師は、落ち着いて聞いて欲しいんだけど、と付け加える。すでにやや混乱状態なのですが!? そ、そんなに多かったの? 私の魔力って……。


「その年齢でその魔力量は、ハッキリ言って異常なんだ。身体が成長途中なら、魔力だって成長途中だ。このままいくと、メグは今の魔王よりも魔力を多く持つことになると思う」

「それだけじゃない。魔王というのは、就任後にさらに魔力量が増大する。このままメグが将来、魔王になったとしたら……その総量は計り知れない」

「ひえっ……」


 思わずギュッと身体を抱きしめる。想像もつかない。そんなに大きな力を持つことになるなんて……恐怖しか感じない。

 え、今更、転生チートってやつ? いらないよそんなのぉっ! 有り余る力でやりたい放題ウェーイ! だなんて出来るわけないでしょ! 絶対に持て余す。……持て余す?


「あ……確か、父様は……」


 私がそう呟くと、2人は揃って眉根を寄せた。そっか。よくわかった。みんなの懸念事項が。ルド医師が重々しく口を開く。


「……魔力の暴走を起こしかねない。それがいつになるかは、わからないけどね」


 そうだよ。確か父様はそのせいで、魔力が意思を持ち、大暴れしてしまったんだ。魔物が暴れ出し、魔族も攻撃的になってしまって……大規模な戦争が起きた。暗黒の時代と呼ばれる日々だ。長い歴史の中で、その期間はかなり短いものではあったのだろうけど……その時を生きた人たちにしてみれば果てしなく長く感じる時間だったはずだ。


 それが、繰り返されてしまうの? それだけは絶対に嫌だ。


「幸いと言うべきか、メグはまだまだ魔王への就任はしない。爆発的に魔力が増えて暴走するということにはならないだろうが……」


 ギルさんも難しい顔で言い淀む。


「私たちが心配しているのは、その成長スピードなんだ。早過ぎるんだよ。そのせいで、身体の成長に追い付かないんじゃないか、ってね」


 つまり、身体はまだまだ子どもなのに、魔力だけがどんどん増えていく。だから、その魔力を制御しきれずに暴走を起こしかねないってことだね? オーケィ、理解はした。心臓はバクバクいってるけどね!

 そりゃそうでしょうよー! 悪夢再びの可能性が出てきたんだもん。しかも自分のせいで! でも大丈夫、大丈夫だ。なんとか出来る自信がある。……いや、ないない、まったくない。だけど……。


「でも、何か、打つ手があるんだよね……?」


 この人たちが、なんの手も打たないわけがない。私を大切に思ってくれてるのを、私は知っているのだ。信頼してるんだ。自分自身ではなく、家族のみんなを。


「……もちろん。ありがとうメグ。私たちを信じてくれて」


 そんな私の気持ちが伝わったのだろう、ルド医師もギルさんもふわりと優しい笑みを浮かべてくれたから、私も安心することが出来たんだ。つられて笑った私の顔は、ちゃんと笑顔を作れているかわからないけどね。引き攣ってしまうのは許していただきたい。


「だからこその、ハイエルフの郷なんだよ。マーラさんも気付いていたんだろうね、メグのことを」


 あ、療養のことかな? そっか、マーラさんも気付いていたんだ。え、気付いてたの? 最近会ってもいないのに予想だけでドンピシャ!? ……お、恐ろしい人である。ルド医師も苦笑を浮かべているからつまりそういうことなのだろう。ひえぇ。


「ハイエルフの郷は、この世界でもっとも清く美しい空気と魔力で満ちた場所になる。それにメグは種族的にはハイエルフだ。故郷の空気が合わないわけがない」

「乱れた体内の魔力も整えてくれる。あの場所にいる間は暴走を抑えられるだろうとは思うんだが……」


 そうそう、私は元々ハイエルフなんだよね。郷から出ているし、思想も合わないから自分はただのエルフだって思ってはいるけど。そっか、空気が合うのか。それも納得は出来る。暴走が抑えられるかもしれないなら、療養のために行くのも吝かではない。


「……それは、すぐに行かなきゃダメ、なの?」


 でも、今すぐ行かなきゃいけないのだろうか。せっかく闘技大会も始まりそうだというのに、なんだか寂しい。さっきの会議の内容から察するに、誰かが一緒に来てくれるっぽいけど、当然その間仕事が出来なくなるから迷惑もかかる。つまり、心苦しい。寂しい。気持ち的には行きたくない。ワガママか、私。


「いや、今すぐにという話ではないよ。でも、魔力を抑えきれないという兆候が出てきたら、行った方がいいだろう」


 そっか、すぐにってわけじゃないんだ。そう聞いてホッとした。ハイエルフの郷の人たちが嫌ってわけじゃないよ? 単純にオルトゥスを離れるのが寂しいだけだ。そう、それだけ。

 だから、こうして前もって教えてもらえたのはありがたい。心の準備が出来るもん。いわゆる、入院みたいなものなのだ。


「その時は、俺も付いていく。だから、心配するな」

「ギルさん……うん。ありがと」


 大丈夫。私には、助けてくれる仲間がいる。そのことがすごく心強くて、安心してしまって……。


 ────だからこの時すでに、その兆候が出ていたんだってことに、私は気付いていなかったのだ。

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