特殊体質
「じゃあ、そろそろ私は会議室の方へ戻るよ。ちょうど今、合同会議も再開したみたいだしね」
「あっ、そうだった。ルド医師ありがとうございました!」
「いいんだよ。ただメグ、どうしても気に病んでしまいそうならすぐに相談するんだ。誰にでもいいからね」
「……うん、わかった」
ギルはどうする? というルド医師問いに、ギルさんが自分はもう少しここにいると返事をする。それを聞き届けたルド医師は柔らかく微笑んでから静かに部屋を出て行った。正直、ありがたかった。ギルさんが残ってくれたことが。
「……大丈夫か」
やっぱり私を気遣ってくれたのだろう、その声にどうしようもないほどの安心感を覚えた。もはや精神安定剤。ギルさんの頼もしさといったらないよね!
「そりゃあ、色々と気になるけど……でも悩んでいたって仕方ないもん」
「それはそうだが」
そこまでで言葉を切ったギルさん。元々、喋るのは苦手な人だもんね。その後に続く言葉を探しているように見える。ありがたいなぁ、優しいなぁ。だから私はふふっと小さく笑ってしまった。
「……なんだ」
それを見たギルさんが怪訝な顔でそう言うので余計に笑ってしまった。悪気はないの!
「ご、ごめんなさい。ただね? ギルさんやルド医師がそうやって心配してくれるのが嬉しいなぁって」
「む……当たり前だろう」
なんとも微妙な表情でギルさんが横目でこちらを見下ろす。表情豊かなギルさんはやっぱり貴重である。微妙な表情でもイケメンは変わらない。ズルい。
「えへへ、ありがとう。あのね、こう言ったら変なヤツだって思うかもしれないんだけど……」
まぁ、言い方にかかわらず、私は変なやつかもしれないけど。それはそれ! 今はそんな話は置いておく!
「自分のことだし、なかなか重大な問題だなぁって思うよ? けど、ギルさんたちがいると、絶対になんとかなるって思っちゃうの! 不安だし、怖い気持ちもあるけどきっと大丈夫だろうなって」
「メグ……」
我ながら完全に人任せな思考である。い、いや、自分でも何とかしようと思ってるよ? 頑張れるところはもちろん頑張りますとも!
「訓練も頑張るし、しっかり食べて、しっかり寝るよ! お仕事もちゃんとやるし、言うことも聞く! あ、あれ? なんだか話が変わってきちゃった……?」
でも、結局のところ私が頑張れることってそんなものなんだよね。何をしたらいいのかわからないし。あとは心構えくらい? そんなことをブツブツと呟いているとギルさんが吹き出す音が聞こえてきた。
「クックッ……すまない。メグはメグなんだな」
「ギルさん、笑いすぎぃっ」
私が頰を膨らませて文句を言うと、余計に肩を震わせてギルさんは笑う。ちょ、ちょっと? でも普段は物静かだからこのくらい笑ってくれると嬉しい気も……いや待て、笑われているのは私である。
「ね、ギルさん」
ギルさんが落ち着いた頃を見計らって、私は静かに声をかけた。ギルさんはなんだ、と一言告げて私を見た。今さっきまで笑っていたけどちゃんと聞く姿勢を正してくれるのがこの人である。
「……時々、辛そうな、悲しそうな目で私を見てたのって、この話が原因だったの?」
「……っ、気付いていたのか」
「うん。わかるよ。だってギルさんのことだもん」
もちろん、ギルさんだけではない。お父さんもルド医師も、他の人たちだって時々辛そうな顔を見せてた。まぁ、気付いてたっていうより、今思い当たった、といった方が正しいかもしれない。その時は気付いてないというか、特に気にはしてなかったのだ。あれ? 今なんだか反応が変じゃなかった? 気のせいかな? みたいな。
「私がぼんやりしてた後とか……チラホラみんなが心配そうに見てたから。えっと、心配してくれるのはいつものことなんだけど……なんだか、いつもよりずっとずっと心配してくれたように見えた、だけなんだけど」
自惚れだ、と言われればそうなのかもしれない。でも私だって何も、のほほんと毎日過ごしてるわけじゃないのだ。ちゃんと、みんなのことを見てる。小さな変化があればやっぱり気付くものなのだ。
「よく見ているんだな。……嫌な気にさせたか?」
「そんなことないよ! 何かあれば、いつか話してくれるって信じてたから平気!」
実際、こうして教えてくれたでしょ? と笑いかければ、ギルさんはわしゃわしゃと私の頭を撫でてきた。いつもよりちょっと力が強い。あーっ、髪がーっ!
「メグに勘付かせてしまうとは。大人たちは情けないな」
「何言ってるの。情けないくらいがちょーどいいよ! みんないつもすごくすごいお仕事をいっぱいしてるんだから!」
ギルさんが申し訳なさそうにそんなことを言うものだから、私はビシッと人差し指を立てて宣言してやった。なんでもかんでも完璧でいるのって疲れるし、逆に心配になるもん。こうして、親しい仲間のことで感情を外に出してくれるみんなは、とても人らしくて安心する。
一方のギルさんは一瞬、呆気にとられたような表情を浮かべ、それから再び肩を震わせて笑い始めてしまった。ギルさんってば案外、笑い上戸……。
「情けないくらいがちょうどいい、か。……ふっ、そう、か……!」
「そ、そんなに面白いこと言ったかなぁ?」
ギルさんの笑いのツボがよくわからなくなってきた。あまりにも馬鹿っぽい発言だったから? すみませんね、お馬鹿さんで……! くすん。
「話を戻すよ? だからね、何か気付いたことがあったら言って欲しいなって思ったの。私がぼんやりしてた時、何かいつもと違う様子だった、とか。今、変だったよ、とか。だって……」
そう、気付いたのなら言って欲しい。こうして説明を聞いた今ならそれを要求してもいいはずだ。
「何もわからないうちに、暴走して……誰かを傷付けてしまうようなことがあったら、嫌だもん。自分のしたことに、ちゃんと責任を持ちたいの!」
「メグ……」
知らなかった、では済まないのだ。人を傷付けてしまってからでは遅い。仕方ないという言葉で片付けられないと、今もなお償い続けている魔王である父様の意見に完全同意だ。
わかっているのなら、対策が取れるなら、出来ることはしておかないと後で死ぬほど後悔するんだから。
「ねぇ、ギルさん。お願い。もしも私が暴走したら止めてね? 誰も傷付けないように。……私なんかが暴走したところで、オルトゥスのみんなは大丈夫だと思うけど……それでも!」
だからお願いする。自分1人ではどうしようもないことだからね。両拳を握りしめてそう訴えたら、ギルさんに優しく抱きしめられた。ふぉぉ、あったかい。膨れ上がりかけた不安がみるみる萎んでいく。
「メグが、それで安心するというのなら、約束しよう。俺が必ず止める」
「周りの人を、守ってくれる?」
「ああ。メグのことも、守る」
ギルさんは迷う素振りさえ見せずにそう断言してくれた。この人なら絶対にやってくれる。そういう確信がある。それは今までの付き合いの中で培ってきた信頼というのもあるけど、偏にギルさんに実力があるからだ。
「よかった……ありがと、ギルさ……」
「メグ?」
意外と私、気を張ってたようだ。なんだかすごく安心して、一気に身体の力が抜けていった。多分これ、睡魔だ。大人しく身を委ねた瞬間、ギルさんのおやすみ、という声を聞いた気がした。
────夢の中にいる。
近頃、こうやってすぐに気付けるのも慣れた証拠だ。もはや感覚でわかってしまう。今後に関わる何かがわかるかもしれない、そう思って私は真っ白な空間をキョロキョロと見回した。
「父様……?」
遠くの方に、頭を抱えて苦しそうにしている父様の姿が見えた。えっ、苦しそう? 魔王である父様が苦しむとか、それって一大事じゃない!? これは夢の中だとわかっていながらも、じっとしてなどいられなかった私は、慌てて父様に駆け寄った。
『ぐっ、これ、は……夢ではなかったのか……!? 我は、我は実際に……!』
うめき声をあげながら、父様はブツブツと呟く。どうしたというのだろうか。
『力が、止めどなく溢れてくる……抑えろ……抑えろ……! もう2度と、民を傷付けては……!』
瞬間、大きな黒い龍が街に襲いかかるビジョンが脳裏に浮かぶ。突然のことだったので、私は小さくヒッと声を漏らしてしまった。
容赦無く街を破壊する黒い龍。怒り狂ったように暴れるその龍は、尾で建物を破壊し、口からも真っ黒な炎のようなものを吐き出している。逃げ惑う人々、怪我をして倒れる人……凶暴化した魔物たちが荒れた街に入り込み、人々を追いかけ回している。
「あれは……父様?」
この黒い龍は見覚えがある。父様の魔物型だ。全身がガクガクと震えた。ギュッと自分の身体を抱きしめた時、ビジョンがスッと消えて、目の前には人型となった父様が、私と同じように自らを抱きしめて蹲っていた。
『怖い……自分が怖い……! ここにいてはダメだ……また人々を傷付けてしまう……!』
父様が震えている。怯えている。大丈夫、父様、大丈夫だよ。それはちゃんと解決するから。もう乗り越えた過去だから。そっと手を伸ばして父様の肩に触れた途端、父様が再びみるみる龍へと姿を変え、耳をつんざくような咆哮をあげた────
ガバッと勢いよく起き上がる。ドクンドクンと心臓が脈打っていた。私の心情とは裏腹に、窓からは眩しい陽の光が射し込んでいて、それが私を少しずつ落ち着かせてくれた。
「朝、か……」
まだ荒い呼吸でポツリと呟く。なんだか寝た気がしないな……妙に疲れる予知夢だった。
「でも……今のは予知夢、じゃないよね?」
少しずつ冷静を取り戻してきた頭で考える。考えを纏めるためにブツブツと声にも出していく。
「あれは、きっと本当にあったことだ……」
暗黒の時代、戦争が起きた時。お父さんが父様と魂を分かち合ったことでようやく抑えることができた、あの魔力の暴走。さっきの夢は、暴走を起こして苦悩する父様の夢なんだ。
「……まだ、感触が残ってる」
ぼんやりと、自分の手を見つめた。一瞬だけ触れた、父様の肩。確かに触れた感覚を覚えている、妙にリアルな夢だった。でも、だとしたら、私が見た今の夢は────
「過去夢……?」
私の特殊体質は、予知夢ではなかったのかもしれない。
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