会議前半戦終了


 マーラさんから提示された魔王城への交換条件はなかなか考えられたものだった。簡単に言うと、人材派遣だ。そりゃそうだよね、シュトルは人材派遣ギルドだもん。要するに、魔王城で働ける者をシュトルが厳選して送りますよ、ってことである。まさに派遣。

 魔王城で働く人たちはみんないわゆる魔族である。つまりさっきも思ったように、魔王の言うことは絶対! という人たちばかりなのだ。そうではない亜人を派遣することで、やや隔離され気味な魔王城に少し外からの風を送りましょう、みたいなことだと思う。


 んー、けどこれってある意味賭けみたいなとこあるよね。魔王至上主義ではない人を入れるのは大事なことだと思う。けど、だからこそ揉める要素も増えると思うのだ。

 私がそんなことを考えていると、同じような意見がリヒトからも飛び出した。やっぱそう思うよねー。


『ええ、だからこその派遣なのよ。もしもうまく折り合いがつかなければクビにしたっていいのよ。こちらが送り出したのだもの。戻ってきた者たちへのアフターケアはこちらでするわ。それに、雇い方だって期間限定、っていうのもアリよ? 例えば、魔王様がしばらく城を離れる間だけの業務のためだけに雇ったっていいの』


 おぉ、それはむしろ短期アルバイトみたいなものかもしれない。単純に人手だけが欲しいっていうならそれで十分だよね。


『こちらの求める人材かどうかを判断するための面接はしますが』

『それで構わないわ。ダメなら拒否してもいいもの。ただ、予め言ってくれれば良さそうな人員をこちらも派遣するわ』

『派遣された人員に問題があった場合は?』

『それはシュトルの、つまり紹介した私の責任ね。すぐに出向くわ』


 淡々と確認していくクロンさんに対し、スラスラと返事をしていくマーラさん。トップである自分の責任と言い切れるマーラさん、カッコいい! シュトルは本当にいいギルドになっているんだなぁ。


『どんな商売もそうなのだろうけれど、信頼関係が大事なのでしょう? 私はシュトルの代表となるまで知識でしかそういったことを知らなかったから。未だに手探りなのよ。でも精一杯の誠意を見せたいと思っているの』


 そ、そういえばマーラさんって長い間、それはもうものすごく長い間ハイエルフの郷から出たことがなかったんだっけ。うっかりその事実を忘れてしまうよ。


「……ハイエルフの知識量って、本当に、すごいんだ」

「ロニー、私もハイエルフだけど、あんな風になれる気はしないよ……?」


 持っていた知識だけで一度崩壊したギルドをここまで立ち直せるものだろうか。いや、絶対それだけじゃない。マーラさんの手腕とか努力とか、そういうものの賜物だと思うんだ。


「でも、今後、長く生きるうちに、色んな経験する。メグは、郷に閉じこもってるわけでもないし、もっと、すごくなる」

「う、そう、かなぁ? 結局私は、あんまり変わらない気がするけど」


 それに、膨大な量の知識を覚えていられる自信がない。マーラさんだから覚えてられるのではなかろうか。……他のハイエルフの人たちがどうかはしらないけどさ。種族柄、記憶力が良かったりするならワンチャンだ。でも今のところ、特別記憶力がいいとは思えないし。うーん、遥か先の未来すぎて想像もつかないや。


『しっかりしろ! 気をしっかり持つんだ!』


 突如、叫び声が聞こえてきた。これは、合同会議? ううん、違う。みんなの態度は変わらないから。だとしたら……予知夢? 起きている間に視る、予知夢だ。


『このままじゃ、危ない……! みんな、協力してくれ!』

『くっ、仕方ない! すまない────』


 音声だけが脳内に流れ続けている。その後は、ワーワーと慌てる複数の声が入り混じって何を言ってるのか聞き取れない。声も聞き覚えのある声だけど、どれが誰の声なのか、わからない。ただ一つわかるのは、誰かが危機的状況にあるってこと。みんなが誰かを助けるために、必死で魔術を行使してる。その誰かは、危険な状況なんだ……誰なんだろう。私にも何か出来ることはあるのかな?


「メグ?」

「……え?」


 ふと横を見ると、ロニーが首を傾げて私の顔を覗き込んでいた。しまった、またぼんやりしてたかな?


「ぼーっとしてたみたい。大丈夫?」


 やっぱり! 私は慌てて、ちょっとお腹がすいてきただけ! と誤魔化した。食いしん坊か。でもロニーはクスッと笑ってそれ以上聞いてこなかったからよしとする。いいの、食いしん坊なのはまぁ、事実だから。


 それにしても、最近の私、ちょっと予知夢を視過ぎじゃない? 頻度が多い気がするんだよね。魔力が増えたせいかな。もしくは、何か本当に危機が迫っているか。何となく後者な気がする。だって立て続けに不穏なのを見ちゃってるからね。予知夢ごとに違う時に起きた出来事なんだろうけど、なんかこう……胸がざわつく気がするのだ。療養と、何か関係があるのかな。


「さ、向こうも休憩に入ったし、私たちも休みましょう! 前半だけでほぼ闘技大会の開催は決まったわね……きっと後半は細かいとこを詰めていくんだと思うわ」


 パンパンと手を鳴らし、サウラさんはみんなにそう告げたあと、ブツブツと呟きながら手を口元に当てて何やら考えている。すでに闘技大会の段取りなんかを組み立てていそうだ。さすがである。


「メグは食事の後は寝る時間だ。後半のことは明日にでも教えよう」

「そっか、遅くなっちゃうもんね。わかった!」


 ここはギルさんの言葉に素直に従う。お昼寝をしなくはなったけど、まだ夜になるとすぐに眠たくなるのだから仕方ない。いいの! 寝る子は育つ! それに、合同会議の雰囲気はわかったしね。来客室の私たちはお茶を飲みながらののほほんとした空気だったけど、それはそれである。


「いい子だ」


 そう言って頭を撫でてくるギルさんはちょっとイケメンすぎると思いました。




「私もご一緒していいかな?」

「ルド医師! どうぞー!」


 ギルさんとロニーの3人で食堂に向かい、席を取っていると、ルド医師が声をかけてきたので秒で答える。断る理由がありませんとも。あまりにも早い私の返答に、ルド医師はクスクス笑っていたけど気にしないのである。

 交代で夕飯を取りに行き、みんなが揃ったところで一緒にいただきます。今日はクリームシチューだ。もう香りからおいしい。焼きたてふわふわのパンに、トマトがたくさんのサラダ。シチューの中にはこんがり焼き目のついた鶏肉も入ってて食べ応えも十分。ヤケドしないようにはふはふいいながら頬張ると、口いっぱいに幸せの味が広がった。うまー!


「いつ見ても美味しそうに食べるね、メグは」

「らっへ、おいひーもん」

「メグ……飲み込んでから喋れ」


 おっと、ちょっとお行儀がよくなかった。ギルさんに注意をされて苦笑い。そこ、ロニー。笑いすぎ!


「ロニーは、後半の会議も聞いていくのかい?」

「あ、はい。どんな風に、物事が決まっていくのか、知りたい、から」

「うん、いい勉強になると思うよ」


 モギュモギュと鶏肉を噛みながら会話に耳を傾ける。そっか、ロニーはもう成人してるんだもんね。大人の仲間入り。いいなぁ、私も早く仲間入りしたい。


「メグはもう寝るんだろう? 寝る前に少し時間をくれないか?」

「時間?」


 今度はしっかりと飲み込んでからルド医師の言葉に返事をする。学習したのだ私は。


「あとで説明するって言っただろう? 療養についてだよ」

「あ……」


 もちろん、忘れていたわけではない。でもこんなにすぐ話してくれるとは思わなかったから驚いた。だって、あんまりのんびりしすぎると、会議の後半に間に合わないだろうから。


「会議のことなら心配しなくていい。私には糸があるからね。ギルド内なら分体で話を聞ける」

「あ、あれ? 顔に出てました?」

「ふふ、メグは本当にわかりやすいよ」


 まさしく心配していたことを先回りして説明されてしまったので、なんとも言えない気持ちになる。そうだ、ルド医師は透糸蜘蛛の亜人さん。糸の届く範囲なら人の動きを察知できるんだよね。それで小さな蜘蛛をその糸に放てば、近場であれば音も拾えるって聞いたことがある。

 でも聞きながら説明するのって難しくないのかな? 難しくなさそうですね、すみません。まずスペックの高さが常人とは違うのだこの人たちは。特にオルトゥスの重鎮メンバーはね!


「俺も一緒に行こう」

「ギルさんも?……いいの?」

「不安だろう?」


 おぅ、ギルさんにはお見通しってわけか。私がわかりやすいのもあるだろうけど、欲しい言葉やして欲しいことを見抜いていつもそうしてくれるのだ。敵わないなぁ。

 ならば、私の答えはただひとつ。


「……うん。一緒に来てくれるの、嬉しい。ありがとうギルさん」


 素直になること。かなり上手になってきたと思うんだ。昔はよく、ここで遠慮ばっかりしていたけど、それって相手を悲しませることだって気付いたからね。ほら、ギルさんは嬉しそうに笑ってくれた。こういう反応をしてくれるって私もわかってるから安心して甘えられるのだ。誰彼構わずワガママは言わないよ? ……重鎮メンバーには甘えちゃうけどさっ。


「メグ。僕は、よく、わからないけど……みんなが、ついてるなら、大丈夫」

「ロニー……ありがとう!」


 そしてロニーは、きっと詳しく聞いてこない。私が自分から話さない限りそっとしておいてくれる。逆の立場だったら、ロニーの一大事となれば気になって仕方なくなると思う。だからロニーのそういうところ、尊敬するんだ。

 ちゃんと話を聞いて、話せそうならロニーにも聞いてもらいたいな……。


「ごちそーさまでした! いつもいつも待たせてごめんなさい……」


 そして、いつも通り最後に食べ終わった私を待ってからの食後の挨拶。誰も気にしないのはわかってるんだけどね。謝ってしまう癖は治らない。元日本人の社畜精神、強い。

 みんな一度会議室に向かうというので、私は1人いそいそと大浴場へと向かう。お風呂からあがるころにギルさんとルド医師が出口で待っててくれるのだそうな。ちょ、ちょっと急ごうっと!

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