オルトゥス攻略


『オルトゥスには、大会の運営をお任せしたいと思っているの。以前にオルトゥスだけで闘技大会を開いたことがあると聞いたことがあるから、準備や段取りも他のギルドより知っていると思って』


 まず、マーラさんはオルトゥスにしてもらいたいことを伝えた。ここまでは他のギルドと同じだ。


『闘技方法や形式、優勝商品なんかもそちらの好きにしてもらっていいわ。もちろん、確認はさせてもらうけれど』

『ふむ、それは決めやすいし助かるがな』

『それだけでは弱いですよね……』


 他のギルドと決めようと思ったら打ち合わせしなきゃいけないし、色々と面倒ではあるよね。意見を求める会議は進みも遅い。その点確認だけなら書面でのやり取りでも問題ないからね。異議があればまた別だけど。

 それで助かるのは確かではあるけど、それは闘技大会に賛成しているっていう前提があってこそ。こちらはまだ賛成するための条件を待っているところだから、確かに決め手に欠けるよね。


『もちろんわかっているわ。だから、貴方たちには別方向からのアプローチをしようと思うのよ』


 別方向? 意外な単語に思わず近くのロニーと目を合わせた。この場にいるみんなも腕を組んで話の続きを待っている。


『だいぶ話が変わるけれど。別件で今、少し困ったことが起きているのよ』

『別件で困ったこと? それがなんの関係が……』

『ハイエルフの郷でね、揉めているの。メグは郷に戻るべきだって』

『はぁ!?』


 へっ、私? 思いもよらない話の流れに頭がついていかない。ポカンとしていると、ギルさんにそっと肩を抱き寄せられた。


『ああ、勘違いしてもらいたくないのだけど、この件にシェルは関わってないわ。あの子はもはや興味を失っているもの。でも族長としてこの揉めごとを解決しよう、なんてことも思っていないわね……完全に傍観を決め込んでいるわ』


 シェルっていうのは、私のお祖父さんにあたるシェルメルホルンのことだ。そっか、あの人がまた何か言い出したってわけじゃなくて、郷にいる他のハイエルフの皆さんの中でそんな意見が出ているってことか。いやいや、今更なんでそんなことに?


『厄介なのは、完全に彼らが善意で言ってるってところなのよね。今のメグの状態からして、ハイエルフの郷で療養すべきだって。……貴方なら、この意味がわかるんじゃない?』

『……っ、療養、か。なるほどな』


 療養……? 私の? どういうことだろうか。そう思ってギルさんの顔を見上げれば、厳しい眼差しで影鳥ちゃんを見つめているからなんだか不安になる。お父さんも何かを察しているみたいだし、この様子だとギルさんも? 周囲を見れば、みんな同じように難しい顔をしてる。知らないのは私だけ? ううん、ロニーも首を傾げてるから、私だけじゃないっぽいけど。


「私、何か悪いの……?」


 でもやっぱり気になる。だって自分のことだもん。だからそう聞いてみたんだけど、不安の表れか、小さな声になってしまった。それでも、みんなが黙り込んでいたから、部屋中に聞こえてしまったようだ。


「メグ……」


 私がじっと見つめていることに今気付いたようで、ギルさんは困ったように眉尻を下げた。言いにくいことなのかな? 療養ってくらいだから、どこか悪いのかと思って、今度は専門家であろうルド医師に目を向ける。ルド医師は私と目が合うと、困ったように微笑んで私に近付いてきた。


「あんなことを聞いたら心配になるよね。ごめん、配慮が足りなかったようだ。ギル、あっちに伝えてくれ。メグも聞いているって」

「……わかった」


 安心させるようにか、ルド医師は柔和な微笑みを浮かべて私の頭を撫でるけど……実際うっかり安心もしちゃうけどそうじゃない。私は知りたいのだから。ふにゃっとなりそうなところをグッと我慢して、私はずっとルド医師を見つめ続けた。


「……誤魔化されちゃくれないか」

「当たり前ですよっ」


 クスッと笑うルド医師に抗議の頰膨らまし。プクッと膨らんだ頰を指で突かれて、プヒュウ、という間抜けな音が出た。酷い。


「ちゃんと説明するよ。ただ、今は会議の途中だ。また後ででもいいかな?」

「う、本当に、教えてくれる……?」

「もちろん」


 ルド医師は嘘をついたりしない。ルド医師の申し出にギルさんや他の人は何かを言いたそうな顔をしていたけど、口を挟むことはなかった。ルド医師の決断を信用してるのだろう。それなら、私だって信じようと思う。私は、わかりましたと首を縦に振った。


『何? メグが聞いてんのか。そいつぁしまったな。ってことでマーラ、発言には気を付けてくれ』

『メグが……ごめんなさいね。知らなかったとはいえ、無神経だったわ』


 気になる。ひっじょぉぉぉに気になるけど今は我慢だ。もうお姉さんなのだ私は。ウズウズ。


『とにかく、仲間たちはメグの身を案じてそう言ってきているのよ。その件に関しては私も一理あると思っているわ。もちろん、当事者や保護者たちの意見を聞くつもりではいるけれど』

『はぁ、ったく。どいつもこいつも過保護だな』

『お互い様よ』


 過保護なのは皆さん一緒だと思う。その点はマーラさんに同意である。詳しいことはわからないけど、私の中で今何か不安要素があって、それを和らげるためにもハイエルフの郷に行くのが良さそうってことだよね。たぶん、理由はあそこの環境がいいから。見るからに保養地だもんね、空気も魔力も澄んでいるし。


『だが、そうなると……メグ1人で行くことになんだろ』


 お父さんが嫌そうに呟いた。そう、だよね。基本的にハイエルフの郷は同族以外を受け付けない。前に乗り込んだ時とは話が違うのだ。療養目的ならしばらく住むことになるのだろうし、ちょっと遊びに来るならまだしも、しばらく滞在するというのは難しい。

 ちなみに、これにはちゃんとした理由がある。ただ、ハイエルフたちが他種族を嫌がってるってわけではないんだよ。あの空間はハイエルフだけが住んでいるからこそ、清浄な空気や魔力を保てているのだ。そこへ他の種族がやって来るだけで、そのバランスが崩れてしまうんだって。

 実際、以前みんなで郷に行った後、数10年間は乱れてたって後になって聞いたから。なんかすみません……というわけで、こればかりは仕方ない。私たちだって、貴重な神聖な場所を失いたいわけではないのだから。


『そこで交渉よ。今回の件に協力してくれるのなら、ハイエルフの郷にメグの同行者も滞在出来るようにするわ』

『なっ、そんなこと出来んのかよ?』

『やりようはあるのよ。ハイエルフの力を持ってすれば、ね?』


 待って待って待って。それがオルトゥスへの交渉になっちゃうわけ? それって私の問題でしょ? それだけでオルトゥスが動くなんてそんなこと……!


「賛成だ」

「引き受けるべきね」

「メグちゃんのためなら即答でしょ」

「問題ないですね」


 ギルさん、サウラさん、ケイさん、そしてシュリエさんまでもが真顔で言い切った。え? え? と思って周囲を見回すと、他の人たちもうんうんと頷いている。えぇ……?


「これ以上ない、交換条件、出してきたと、思う」

「ロニーまでっ」


 しまいには隣にいるロニーも感心したように頷いている。おかしい、何かがおかしい。


『その辺り、どう配慮してくれんのかの説明はされるんだろうな?』

『もちろんよ。貴方が納得するまで説明するし、なんならその方法も貴方だけには教えることも吝かではないわ』

『乗った。引き受けよう』


 早くない!? 決断早くないかな!? 私が唖然としている中、来客室内では拍手が巻き起こっている。おかしいと思うのは私だけなのだろうか。一般常識、戻ってきて……!


『……オルトゥス、お前らそれでいーのか』

『ここまであからさまだと逆に清々しいですよ』


 いました、一般常識。アニュラスの頭ディエガさんとステルラの長シェザリオさんの呆れたような声を聞いてなぜかホッとした私である。


『では、最後に魔王城の方々ね!』

『ご心配には及びません』


 オルトゥスとの話はついた、とばかりにマーラさんが張り切ったような声を出す。それにすぐさま反応を返したのはおそらくクロンさんだ。この淡々とした冷静な声色は間違いない。どういうことだろう?


『どういうことかしら?』

『我々、魔王城からは闘技大会に参加するというだけで利となりますから。開催すること、それだけで良いとザハリアーシュ様から言われております。それに聞けばセインスレイの被害の原因はザハリアーシュ様にあるではないですか。力にならないわけがありません』


 それでいいのか父様。ある意味オルトゥスより適当じゃない? まぁ確かに被害が出たのは魔王の力が暴走したせいではあるけど、その話を聞く前から決めてたよね、それ。


『でも、さすがにそれだとこちらの気が済まないのよ。被害が大きかったのはセインスレイの自業自得でもあるもの。ね? ひとまず用意した条件だけでも聞いてくれないかしら』


 マーラさんが常識人で良かった。ホッと息を吐き出すと、ロニーが隣で口を開く。


「魔族は、魔王様至上主義、だから。魔王様の決定に、従うことに、あまり疑問を持たない、って聞いたこと、ある」

「そうなんだ……確かにクロンさんは少しそういうとこ、あるかも」


 だが、と私たちの会話を聞いていたギルさんが横から会話に入ってくれた。


「クロンはかなりマシな方だ。魔王が間違った場合に必ず意見を言うしな」

「そうなの?」

「そういう人選をしているとも言える。そうでなければ魔王も……困るだろう?」

「あ……」


 魔王城に行った時、子ども園で囲まれた時のことを思い出した。みんながみんな、優しくて好意を向けてくれていたけど、尊敬の眼差しで見られるばかりで友達になれる雰囲気ではなかったんだよね。あんな風に言うことなすこと賛成! みたいな感じで言われ続けていたら、ちょっと……しんどいかもしれない。そっか、クロンさんは本当の意味で父様を支えているんだなぁ。


『あ、じゃあ、それは俺が聞きます』


 そこへ、リヒトの声が聞こえてきた。おぉ、適任者がいたね! リヒトは魔族じゃないし、きちんと聞けると思う。だからこそ、この2人が会議に来たのかぁ。……いやいや、納得しかけたけど、それなら同行者はクロンさんじゃなくても良かったはずだ。やはり、父様の計らいだろう。今は会議の内容を気にする時なはずだけど、道中の2人の様子の方に気が向いてしまう私であった。だって! 気になるでしょ!?

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