ステルラ攻略


『ステルラには、各国との橋渡しになってもらえればと思っているの。闘技大会には各国の代表にも来てもらえたらと思っているのよ』


 影鳥ちゃんから聞こえてきたマーラさんの声に、私たちは再びハッとなって耳を傾けた。え、え? それって、王様達が闘技大会を見に来るってこと? 規模がどんどん大きくなっていく……!


『ステルラは国からの信頼が厚いもの。それを言うならオルトゥスもアニュラスもそうだけれど、特に信用されているのはステルラだと思うわ。貴方達だって、そう思っているでしょ?』

『また直球を投げてくるなぁ、マーラは』


 臆した様子もなく語るマーラさんの言葉に、お父さんがやれやれと言った様子で口を挟む。確かに直球だ。しかもこれ、そうだねって同意を示すのもちょっと問題なんじゃない? 特級ギルドが特定の国に肩入れするのを良しとしないのと同じで、国が特定のギルドに肩入れするのも良しとしないんだもん。

 そこいくと、セインスレイは国丸ごとキナ臭かったんだよね。だって明らかにネーモを優遇してたわけだし。考えてみたら、ネーモが壊滅して特級ギルドという強力なカードがなくなったからって手のひら返して協力をー、だなんて虫が良すぎる話とも言える。


『そんなことはどうでもいいのです。それで? 私たちのメリットとやらはあるのですか?』


 マーラさんの直球の問い掛けに答えることはせず、キッチリとした話し方の男性の声が事務的に話を進めた。チラッとしか聞いてないから確信はないけど、たぶんステルラの長であるシェザリオさんだと思う。


『そうね。その前に確認なのだけれど……ステルラの方針は、魔大陸の平和と安寧で合っているかしら?』

『ええ。私たちはそれをモットーに掲げています』


 魔大陸の平和と安寧か……なんだか志が高いな。だからこそ評判もいいのだろう。オルトゥスのように心が動いた時、みたいなザックリした行動理念とは大違いだ。それはそれでいいと思っているけどね。基本的にオルトゥスのメンバーも正義感が強いわけだし。


『その目標は、完全に達成しているとは言えないのよね?』

『何を……』

『いいのよ、濁さなくて。この辺りを国に報告する気なんてサラサラないから。ハッキリ言って、セインスレイの在り方がステルラの目標の妨げになっている。そうでしょう?』


 歯に衣着せぬマーラさんの言葉に、息を飲む音が聞こえた気がした。ず、図星なのかな? マーラさんの言動に、なぜかこちらがヒヤヒヤしてしまうよ! きっと本人は穏やかに微笑んで優雅な佇まいを崩していないのだろうけど!


『私は、この闘技大会を機に、セインスレイも魔大陸の一部としてしっかり馴染ませたいと思っているの。だって、ハイエルフの郷を除けば、セインスレイ国は魔大陸でも浮いた存在でしょう? あのハイエルフの郷でさえ、少しずつ外へと働きかけをし始めてるのだもの。不可能なことなんてないわ』


 あのハイエルフの郷でさえ。ハイエルフの郷、元族長の姉なだけあって説得力が段違いである。


『そのためにはセインスレイ国王の意識改革が必要だわ。それはわかっているの。けれど、あの国王は世界を知らなさすぎる。国の代表同士でもっと語り合うべきなのよ。でも、その場を設けることが出来ない。ステルラの協力が必須なの』


 意識改革と簡単には言うけど、実際にはそう簡単に改善していくのは難しいだろう。長年そうしてきたことを変えるというのは勇気のいることだから。けど、そのキッカケっていうのは確かに必要だ。それがなければまず始まらないのだから。


『ステルラのモットーである、魔大陸の平和と安寧。これは、各国が手を取り合うことでようやく達成できるのではないかしら?』


 そっか。商業ギルドであるアニュラスには明確な対価を提示するのが良かったけど、ステルラに同じようなアプローチをかけていてもきっと動かなかっただろうな。たぶん、そういうものは欲していないと思うし。だからこそ、ステルラの性質をついた見事な交渉だ。モットーとして掲げている以上、ステルラは協力しないとは言えないもん。


『はぁ。貴女の提案はこちらの弱みを握っているかのような嫌な後味が残りますね』

『弱みなんかないわよ。あるなら是非、教えてもらいたいくらいね』

『あるわけないでしょう。個人にはあるかもしれませんが、ギルド全体として弱みはありません。うちは公私混同しないのですよ』


 仕事は仕事、ってやつか。うわー、きっちりしてるぅ。でもその方が楽ってのは確かにあるけどね。オルトゥスレベルでみんなの仲が良くない限り。むしろオルトゥスが特殊なんだってことをつい忘れてしまうよ。


『それで、引き受けてくれるかしら。これは、アニュラスにも、そしてオルトゥスにも出来ないことよ?』

『……その一言は余計です。まるで私たちが他のギルドに対抗しているように聞こえます』

『あら、ごめんなさいね』


 マーラさん、策士である。はぁ、と大きなため息が聞こえたけれど、あれは間違いなくシェザリオさんだろうな。気持ちはわからなくもない。


『……わかりました。あくまでも我々のモットーのために協力しましょう』

『ありがとう。とても心強いわ!』


 最も交渉が難しいと思われたステルラが落ちた……! いや、落ちたっていうのは言い方が悪いけど。マーラさん、恐ろしい人っ!


「この人は、随分前からこの計画を進めていたのね……各ギルドの攻略に無駄がないわ」


 攻略って、サウラさん。勉強になるわーと言いながらメモを取る様子に顔が引き攣ってしまう。勉強ってなんの!?


「体裁を気にするからな、ステルラは。そこを突けば意外と簡単だと思うよ」


 そしてサラッとチョロい発言するルド医師も只者ではない。いや、元からそんなことは知ってたけど。


「ステルラメンバーのプライドを傷付けず、持ち上げつつ交渉を運ぶってのがポイントなのよ。嫌味だけど嫌味になりすぎないその手腕! あの美貌が一役買ってるとこあるわよね……シュリエならいけそうね」


 確かにいけそう、と思ったのは内緒だ。だって! だって!! 笑顔のシュリエさんがこちらを見ているんだもん! 私は何も言ってませんっ。


「あとは、魔王城とウチか」


 ギルさんの一言でハッと振り向く。これでアニュラスとステルラの協力は得たんだもんね。


「魔王城へはどんな提案をするのかしらね?」

「それよりもウチでしょ。最難関はむしろウチだと思うし」


 ワクワクと楽しそうなサウラさんに、ケイさんも愉快そうに口を開く。え? 最難関がオルトゥス? なんでぇ?


「ウチは、賛成なんじゃないの……?」


 だから思わずそんな疑問が口をついて出た。すると、大人たちが一斉に口元に笑みを浮かべるものだから思わずビクッとなる。ロニーの腕にしがみ付いたのは仕方のないことだった。ロニーも顔を引き攣らせているし、私と同じ心境なのだろう。


「もちろん賛成よ?」

「でも対価もなしに動けないからね」


 ニコニコと笑いながら答えるサウラさんとケイさん。


「協力したい気持ちは当然ありますけどね。これだけの規模の依頼をこなすのに、対価が大したことない、というのは特級ギルドとしてどうかと思いますから」

「各特級ギルドの中で、依頼を引き受ける条件が最も曖昧なのがオルトゥスだからね。マーラもかなり頭を悩ませたんじゃないかな」


 同じく笑顔のシュリエさんに、やや苦笑気味のルド医師。ああ、なるほど。


「損得で動く商売人や優等生より、自由人の方が扱いに困るもんね……」


 つまりはそういうことなのだろう。マーラ先生ファイト……! そう思って口走ったこの言葉が、なぜか皆さんの笑いのツボに入ったらしい。一瞬キョトンとした後、誰からともなく笑いだしたのだ。


「おっかしい! その通り過ぎてビックリよ!」

「あはは、メグちゃんは的を射たことを言うよね」


 もはや涙目である。ちょ、笑いすぎでは!?


「……くっ」

「ギルさんまで!?」


 ふ、と横を見上げたらギルさんも肩を震わせて私から目を逸らす。ちょっとぉ。っていうかそれ、自分たちのことを笑ってるようなものだからね?


「ごめんごめん。ふふっ、でも、マーラがその自由人をどう扱ってくれるのか、すごく気になるわ」

「そこいくと魔王城側も自由人ではあるんだけどね。今回は代表がリヒトとクロンだからそこまでではないだろう」


 そうだ、まだ会議は終わってない。考えてみればオルトゥスや魔王城にとって闘技大会を開くことのメリットって何があるんだろう? 土地が欲しいわけでもないし、国との繋がりが欲しいってわけでもない。高尚な行動理念があるわけでもないしね。


「そもそも、保護結界魔術を魔道具化したのはウチですしね。各国からの要請があって正式に対価を得て初めて使用を許可しているのです。セインスレイからの依頼がなければ、オルトゥスは使用許可を出すことは出来ませんし」

「他のギルドや、魔王城より、元々ハードルが、高い……?」

「ええ、ロニー。その通りですよ」


 そっか、使用許可。特許みたいなものかもしれないな。正確には違うかもしれないけど。それなら確かに、いくらマーラさんたちシュトル側が頼み込んでも、国が依頼してくれないと許可が出せないってことなのだろう。

 うーん、本当にどう交渉する気なんだろう? もはやオルトゥスの良心に縋るしかない気もする。でもそれだけじゃきっと首を縦には振れないよねぇ。そんな風に考えていたら、タイムリーにもお父さんの声が影鳥ちゃんから聞こえてきた。


『さて、次は俺らの番、か? マーラ、俺は闘技大会を開きたいと思ってる。楽しそうだしな! だからよ……』


 そっか。開くのを賛成出来ても、このままでは協力が出来ないんだ。


『俺らも、踊らせてくれよ?』

『……ふぅ、わかっていたわ。貴方たちを相手にするのは骨が折れると思っていたのよ』


 お父さんが、期待を込めてマーラさんを煽ったのだった。

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