アニュラス攻略


『……話はわかった。だが、我らアニュラスは、すぐに首を縦に振ることは出来ねぇ』


 最初に口を開いたのはディエガさんだった。えっ、えっ、なんで? 強面ではあったけど気の良さそうで優しい彼がそう言うのは予想外だった。


『ええ、アニュラスの意見には同意ですね。我々、ステルラも同じです』


 えぇっ、ステルラも!? じゃあ協力するのはオルトゥスだけ? そう思って1人あわあわする私。


『まぁなぁ。それだけじゃそうなるだろうよ。マーラ、俺らオルトゥスも同意見だぜ?』


 えっ!? お父さんまで!? どうして? って思わず口に出してしまったようだ。すると、隣にいたロニーがクスッと笑う気配を感じたので振り向く。


「メグ、大丈夫。みんな協力しないとは、言ってない」

「え、え、でも……」


 ロニーはふわりと笑って私の頭を撫でた。ど、どういうことー?


「今の話からは、シュトルのメリットしかない。協力する特級ギルドの面々と、魔王城に、メリットがない、から」

「あ……そっか」


 確かに、闘技大会を開きたい理由も、資金面も、全てメリットになるのはシュトルとセインスレイだけだ。1つの国にだけ肩入れ出来ないし、ましてや特級ギルド3つと魔王城までもがそれに乗るって言うのは魔大陸的には大問題だよね。


『じゃ、そこから先を話してもらおうか。マーラ、お前さんのことだから、その辺も考えてあるんだろ?』

『……ふふ、さすがね。その通りよ。ここからが交渉になるの。聞いてくれるかしら?』


 会議室で、お父さんとマーラさんがニヤリと笑った気がしたのは気のせいではないと思う。


『まずは特級ギルドアニュラスには、闘技大会周辺の宿泊施設や屋台、あとは移動手段の整備なんかの手配をお願いしたいと思っているの。この手のものはやっぱり商業ギルドにお任せするのがいいと思ったから』


 そっか。大会を開くにしても遠方からやってくる人もいるもんね。セインスレイの人たちなら来やすいかもしれないけど、他国から来る場合はどうあがいても泊まりがけになる。大勢来るとは限らないけど、それでも宿泊施設を増設しないとすぐにパンクしちゃうもんね。


『その為に必要な人員はセインスレイからも出すわ。そして……土地も。施設を建設した場所の土地の権利はアニュラスに、と考えているのよ』

『な、そんなこと、セインスレイ国が許すのか!?』

『許してもらうのよ?』


 ニッコリと微笑むマーラさんの幻が見えた気がした。ひえっ。


『権利は渡すけれど、そこはあくまでセインスレイの土地であることは変わらない。だから、従業員などはセインスレイの民という制限はついてしまうわ。でも、闘技大会までは他国の介入も許可してもらうつもり』

『セインスレイの者にも商売のノウハウをその期間で学んでもらう算段か』

『その打算があることは確かね』


 土地の権利かぁ。かなり大きいとは思うけど、それでもマーラさんたちのメリットの方が大きい気もする。将来を見据えて、ね。それでアニュラスは首を縦に振るのだろうか。


『国に許可をもらいにいくのは、これからになるってことか?』

『そうなるわ。でも、勝算はあるわよ?』


 うーむ、しかも交渉はこれからってことかぁ。むむっと腕を組んでいたら横でクスッと笑うロニーの気配を感じた。なんだよう。


『ふむ……それなら、その交渉には俺も同行させてくれ。権利をもらうってんなら、むしろ俺らが交渉の場に立つべきだろ。勝手な交渉されても困るしな』

『書面にしてもらって確認の上、両者が同意してから、とは思っていたわよ?』

『いちいち手紙でやりとりなんざ時間がかかって仕方ねぇだろ』

『ふふ、そうよね。噂通りの貴方ならそう言うと思っていたわ。だからまだ交渉していないのよ』

『げっ、なんだよそっちの思惑通りかい。どうせ国との面倒な交渉も俺らにやらせちまおうとか思ってんだろ』

『あら。私が下手な交渉をするより、ずっと実のあるものになると思っただけよ?』


 怖ぇ女、というディエガさんの愉快そうな呟きが聞こえてきた。ん? おや? これはアニュラスとの交渉はうまくいったってこと?


「あ、アニュラスは、それでいーのかな?」


 だから、思わずそう呟いてしまった。まだ不確定な提案だというのに、それに乗る気でいるから。すると、それを聞いていたギルさんが説明をしてくれた。


「セインスレイとの接点は、元々どのギルドも欲しがっていたからな」

「そーなの?」


 ギルさん曰く、セインスレイは基本的に単独主義なんだそう。自国だけでどうにかする、という考えが強いんだって。ハイエルフの郷のように、周囲からの働きかけを一切シャットアウト、とまではいかないけど、そんな傾向にあるらしいのだ。

 そうなると、いくら特級ギルドとはいえセインスレイでの仕事はかなり少なくなる。実際年に数回ほどしか受けてないんだって。それってセインスレイ的にも損じゃないかな? と思ったんだけど、40年前までは国の依頼は特級ギルドネーモがほとんど請け負ってたことでバランスを保っていたんだそうな。その点でもネーモは他国から評判が悪かったとかなんとか。な、なるほど。


「でも、今はセインスレイに特級ギルドは存在しない。シュトルが特級になるのは時間の問題とは言われているけど、これまで通りセインスレイにばかり加担するようじゃ、世界ギルド連盟からの許可はそう下りないでしょうね」

「んー、そうだね。セインスレイ国王も意地になってるとこ、あると思うよ。今更他国に依頼なんて出せないって」


 サウラさんとケイさんが話を引き継いで意見を言ってくれる。あ、じゃあつまり。


「闘技大会を開けば、それを理由にして自然と他国と繋がれる? セインスレイにとっても、チャンスなんだ……」

「お、メグちゃん。賢いね。そういうことだよ」

「だから、マーラさんも勝機はあるって言ったんだ……ほあー、しゅごい」


 マーラさんの根回しに感嘆の息を漏らす。うっかり噛んだのは気にしないでもらいたい。


『では、アニュラスはこの提案に賛成してもらえる、ってことでいいかしら?』

『国王との交渉次第だ。ま、もぎ取るがな』

『頼もしいわね』


 まんまとマーラさんの思惑通りな気がしなくもないけど、どちらにとっても利になるならオールオーケィ? 上手いように使われてるのが癪だが、ってディエガさんも悔しそうに言ってるけど、それほどセインスレイの土地の権利はアニュラスにとって大きな利点になるってことだね。商売出来る範囲が広がるんだもん、それもそうか。

 しかも、その商売先が発展するのはアニュラスにとっても都合がいい。当然、活性化のために協力はするだろう。


『さて、次はステルラに頼みたいことを話すわね』


 マーラさんがそう切り出したことで、ルド医師が長いため息を吐いた。なんだろう?


「ステルラは、一筋縄じゃいかないかもしれないな」

「え、なんで?」


 ポツリと呟いたルド医師の一言に、つい反応してしまう。ルド医師はフッと苦笑を浮かべて口を開いた。


「ステルラの長であるシェザリオも、私の甥であるイザークも頭が堅いところがある。そして……我々オルトゥスに対抗意識を持っているところがあるんだ」

「えっ、仲が悪い、ってこと?」


 そんな話は聞いたことがなかったけど……そう思って驚いたんだけど、ケイさんがクスクス笑いながらそれを否定した。


「仲は良好だよ。お互いに助け合いもするしね。ただ……頭領の性格とシェザリオの性格が正反対っていうか」

「気楽で大雑把な頭領のやり方に、シェザリオはイライラするのよね。それでいて頭領は成果も出すから……なんとなくムカつくって思ってるのよ。正直にそんなことは言わないけどね!」


 なるほど。互いの実力は認め合ってはいるけど、ステルラ側はどうもオルトゥスとは相容れないんだね。主に性質的に。だから仲がいいってのも違う。関係は良好だけど仲良しってわけにはいかないってことだね。難儀である。


「あと……イザークはギルをライバル視しているところがあるから」

「む」

「ギルさんを?」


 チラッとギルさんを見ながらルド医師が言うので、ギルさんはもちろん私も反応してしまった。ライバル視か。詳しく!


「イザークの実力は特級ギルド全体から見てもトップレベルだ。戦闘技術はもちろん、依頼の達成率もね。ただ、ギルには及ばないんだけど……それが本人的には気に入らないみたいでね」

「だからウチの誘いを蹴ってステルラに所属したの。気に入らないからと変なちょっかいは出してこないわよ? ただギルに対する視線はピリピリするけど。実力で越えようと必死になる姿勢は好感が持てるわね」


 そんな事情があったんだ。すっごく意外。だってギルさんって本当に雲の上の実力者ってイメージがあるから、まさかライバルと言える人がいるなんて思ってもみなかった。さて、そんなイザークさんについて、ギルさんはどう思っているんだろう? 気になって顔を上に向けてギルさんを見つめる。


「……そうだったのか」


 知らなかったんかーい! キョトンとしたような顔が見れたのは貴重だけどそうじゃない! イザークさん、相手にもされてなかったようだ。なんか、かわいそう。


「……まぁ、そんなことだろうとは思っていたけど。イザークには言わない方が良さそうだな」

「そうねぇ。まぁ、ギルも頭領に追いつこうと自身を高めることに一生懸命だもの。それ以外に目が向かないのは仕方ないわね」

「ギルナンディオはただでさえ他人にあまり興味を持たないしね」


 甥っ子に対して複雑な胸中であろうルド医師に、軽く肩を竦めるサウラさん。ケイさんまでもギルさんだから仕方ないね、といった様子で苦笑を浮かべている。まぁ、私も納得しちゃうけども。


「別に……他人に興味がないわけでは……」

「頭領やメグちゃんは除外よ?」

「あ、いや……それだけでもないぞ」

「メグちゃんが来てからはそれ以前に比べてずっとボクらにも目を向けるようになったよね」

「む……」


 メグちゃん効果だね、とケイさんは微笑みかけてくるけど、私は何かした覚えもないのでなんとも反応し難い。幼子効果かしらねー? 小さい子ってそれだけで癒されるもんね。

 でもそれでギルさんの態度が今みたいに柔らかくなったというなら、ちょっぴり嬉しいな、なんて思った。

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