会議の始まり
『……では皆さん。まずはこの場に集まってくださってありがとう。私は上級ギルドシュトルの代表、マルティネルシーラ。どうぞマーラと呼んでちょうだいね。突然の申し出だというのに、快く承諾してくれて、本当に感謝しているわ』
影鳥から久しぶりに聞いたマーラさんの澄んだ声が聞こえてくる。声だけだからよくわからないけど、たぶん元気そう。おっとりとした雰囲気でありながら、声にはハリがあってリーダーが板についている印象だ。
『本題に入る前に、各々簡単に自己紹介をしてもらってもいいかしら? お名前は知っていても、まだ顔と一致していなくて……ごめんなさいね?』
フワッと優しい笑みを浮かべたマーラさんが脳裏に浮かぶ。記憶の中の姿と変わらないだろうな。なんていったってハイエルフだし。
『よし、そういうことならまず俺らからするか。改めてって意味でも有効だろ』
マーラさんの申し出にすぐ反応したのはお父さんだ。声ですぐにわかる。会議をスムーズに進めるために名乗り出たのだろう。ナイスである。
『俺は特級ギルドオルトゥスの頭領、ユージンだ。で、こっちが……』
『はい。オルトゥスの内部で働いています。アドルフォーリェンと申します。どうぞよろしくお願いいたします』
気楽な感じのお父さんに対し、アドルさんはどこか緊張している様子を感じさせる声だ。ものすごいメンバーに囲まれてるんだもん、無理もない。だというのに、きちんと挨拶が出来てるのはすごいよね! 私だったら噛む。
『じゃ、次は俺たちが。俺は特級ギルドアニュラスの
次に挨拶したのは、前に聞いたことのある低い声。ルーンとグートのお父さんであるディエガさんだ。そっか、一緒にいる人は人見知り……緊張もするだろうし、心中お察しいたします!
『では次は私たちが。特級ギルドステルラの
『僕は同じくステルラのイザークという者です。長の補佐をしています。よろしくお願いいたします』
続いて挨拶したのはステルラのお二人。もう話し方からしてきっちりしてるんだなっていうのが伝わる。そしてこの若々しい声がルド医師の甥っ子というイザークさんか。ほんのりルド医師の声に似てるかもしれない。話し方は全然違うけどね。
『では、最後は私たちですね。魔王城代表、魔王ザハリアーシュ様の右腕、クロンクヴィストです。どうぞ、クロンと』
『お、同じく魔王城代表のリヒトです。よろしくお願いします』
うおぉぉぉい、魔王城からはこの2人かーい! どんな気持ちで2人で移動したんだろう。めちゃくちゃ気になる。というか絶対父様が仕組んだでしょ。きっと、クロンの分まで我が仕事を終わらせておく、とかなんとか言って説得したに違いない。それで、それが出来るなら普段からやってくださいよ、ってクロンさんがガックリと肩を落としている姿まで見えた。
『皆さま、ありがとう。では本題に入らせてもらうわね。でもその話をするためには少し、シュトルの本拠地があるセインスレイの近況を説明する必要があるの。聞いてもらえるかしら?』
マーラさんは1人っぽいけど、予定通り各ギルド2人ずつ。魔王城の2人も含めて9人か。そんなに大人数ってわけではないけど錚々たるメンバーだよね。おそらく会議の席についている全員の自己紹介が終わったのだろう。マーラさんが早速話を切り出した。
『40年前くらいかしらね、ある日少しだけ魔物が暴走しかけたことがあったでしょう? 覚えているかしら』
あ……あの事件のことだ、とすぐにわかった。何って、私がまだオルトゥスに来たばかりの時。ハイエルフの郷でお祖父ちゃんであるシェルメルホルンとのいざこざがあったあの事件の時だ。なんだか懐かしい気もするけど、つい最近のことのような気もする。あの事件があったからこそ、今のシュトルがあるんだけどね。
で、そのいざこざの時にお母さんであるイェンナリエアルの死を知り、さらに侮辱されたことで、父様が怒りを抑えられなくなってしまった。それで我を忘れて暴走を起こした、あの事件のことを言っているのだろう。
『あの時、セインスレイは甚大な被害を受けたの』
うっ、そうなんだ……セインスレイはオルトゥスのある場所からはかなり遠いから知らなかった。父様は知ってるのかな。知ってるよね、魔王だもん。きっと心を痛めただろうなぁって私まで悲しくなる。ううん、でも後悔ばっかりしてたってだめ。続きをしっかり聞こう。
『それは、なぜか。……街の壁がただの石造りであったり、ただの木の柵だったり、ただの鉄製だったからなの。皆さまならこれがどういうことか、わかるわよね?』
『保護結界魔術が施されてないってことですか。その状態で魔物の群に襲われたら……』
『そりゃあ、めちゃくちゃになるだろうなぁ……』
保護結界魔術のことは私もよく知っている。魔物が街に入ってこられないようにするための結界だ。特殊な魔術が組み込まれた壁みたいなものだよね。それが施されてないってだけでこんなにも違うんだ……。
『皆様の言う通りよ。想像通りの光景だと思うわ。そして40年経った今でも、まだ全域元通りとは言えない状態よ。国の復興資金も足りていないの。でもね』
まだ復興が終わってないっていうことに少し驚いた。それほどの被害だったんだ、って気持ちと、魔術のあるこの世界で? っていう2つの意味で。
でも、私の魔大陸の常識についてはオルトゥス周辺が基準である。たぶん、この辺りが特にそういった面において発展しているんだと思う。私、世界のことを知らなすぎるなって反省した。ちゃんと、勉強しなきゃ。
『復興を機に、街を守る壁には保護結界魔術を施すべきだと私は思っているの。今は平和な世の中だけれど、いつ魔物の群れが襲いくるか、災害が起こるかなんてわからないでしょう? 災害が起こる可能性の方が低いかもしれない。でも、もしもの時に一々こうして被害を受けて復興してって繰り返していたら、セインスレイの貧困化は進んでいくと思うのよ』
確かに、そう簡単に災害なんて起きないだろうし、起きてたまるかって感じではあるんだけど、そんな神頼みのような行き当たりばったりな政策ではちょっと困るよね。何より、安心感が違うのだから対策はしてほしいところだ。
「……元々、魔大陸の中でセインスレイは少し遅れ気味なところがあるものね。貧困層が集まりがちっていうか」
「だから余計に荒くれ者も多くなったりするんだよね。悪循環だと思うよ」
話を聞きながらサウラさんとケイさんが難しい顔でそんな意見を出し合っている。
「魔大陸全体で、技術の足並みをある程度は揃えたいところよね。でも、こればかりは国が違うもの。それぞれの国政によるところが大きいからなかなかねー」
「ボクら特級ギルドが特定の国に肩入れするってのは問題もあるしね。ただでさえ、所属国はそれだけで肩入れしてるようなものだし」
「各特級ギルドが拠点を構える時は揉めに揉めたな……最終的には頭領の強引な一声で決まったけど」
そこへ、ルド医師が遠い目をしながら設立についての裏話を漏らした。そ、そんなことがあったんだね。ギルドは基本的に拠点となった場所が所属国になるけど、特級ほどの力を持つともはや国への所属はむしろ認めてもらえなくなるのだ。場所は変わらないけど扱いとしてってことだね! そうじゃないと、国力に大きな差が生じてしまうからである。
だから、どれほど遠くても色んな国からの依頼を平等に受けなければいけない。特定の国の依頼ばかりをしてはいけないって決まりがあるんだって。だから受付業務は特に、特級になった瞬間仕事量が鬼のように増えるのだそうだ。こ、怖っ。
『だが、保護結界魔術を施すのはかなりの資金が必要だぞ? ただでさえ完全に復興も出来ていないのに、手を出せるのか?』
『国は嫌がるでしょうね。まずは復興を、と考えるかもしれません』
会議内ではディエガさんと、おそらくステルラの長が意見を出している。そうか、資金。セインスレイは貧困だって言ってたもんね。
『その通りよ。何度も提案はしているのだけれど……悉く突っぱねられてしまったわ。これがどれほど重要なことか、わかっていないわけではないでしょうに。でも、諦めずに交渉を続けることで、なんとか提案自体はいいが実行は見送る、という形にまで持っていけたの。でもこれが限界……このままではいつになるかわからないのよ』
意見を受けてマーラさんがため息を吐きながらそんなことを言う。きっとそんな姿さえ絵になるんだろうなぁ。
『資金の確保が最重要課題になるんですね』
『なるほど、だからこその闘技大会か』
アドルさんとお父さんの声だ。そっか、闘技大会でお客さんを集めたりしていっそ商売にしてしまおうってことか。それを資金にってことね?
『特級ギルドが参加するとあれば、魔大陸全土で注目を集めることが出来るわ。セインスレイ国には娯楽がないから国民の関心も集まる。そこで、闘技場に保護結界魔術を施せば、その有用性も同時に知らしめることが出来ると思ったの』
おぉ、色んなメリットがあるんだね! そこで有用性が国にも伝われば、セインスレイにも導入しようって上層部も資金のやりくりとか考え直してくれるかもしれないってことか。
『シュトルはまだ上級ギルドだから、国外での活動は出来ないわ。だから、会場はどうしてもセインスレイになってしまうけれど……どうか、皆様の力を貸してもらえないかしら』
そっか。国を超えて活動できるのは特級ギルドだけだったね。だからこうして協力をって話を持ちかけてきたのかぁ。
影鳥ちゃんから聞こえてくる声と雰囲気で、マーラさんが頭を下げている姿が想像出来た。
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