見守る


「メグ! ……コイツらか」

「ギルさん」


 スッと影から現れたギルさんは、蔦に捕らわれて意識を失う3人組を、氷点下を思わせる視線でチラッと見た。うぉう、迫力ぅ!


「何もされてないか」


 でもすぐにこちらに顔を向けて私の安否を聞いてきたので大丈夫だとすぐに答える。いつものフードにマスクのスタイルだからわかりにくいけど、私の返事を聞いて僅かに目元が緩んだように見えた。


「メグも、頼もしくなったな」

「えへへ、私だってオルトゥスの一員だもん!」


 そう言って私の頭を撫でるので、嬉しくなって胸を張る。そうだな、と答えてくれるのがさらに嬉しい。もちろん、まだまだ甘っちょろいことはわかってる。オルトゥスに所属する者は常に向上心を持つことがルールだし!


「もうじき詰所から人が来る。コイツらを回収していってくれるだろう」

「そっか……お話しなきゃいけないかなぁ?」


 基本的に、街の治安を維持しているのはこの国の警備隊である。オルトゥスがあるからかなり助かってると思うなぁ、この国は。リルトーレイ国は小さいしね。その中でもこの街は魔大陸で最も治安のいい街だって言われている。だからこういう人たちが現れる方が珍しいんだって聞いたことがあるのだ。でも実は私、こういう事件はこれで8回目なんだ……他の国はもっと危険なのかと思うと怖くなっちゃう。


「影鳥を置いていく。この場で説明する必要はないだろう」

「あっ、じゃあ私も。ショーちゃん!」


 過保護なギルさんのことだから、すぐにでもギルドに戻ろうとするのはなんとなく察してた。けど、被害者とも言える私の証言とかがないのはちょっとね。だからこそ私の最初の契約精霊、ショーちゃんの出番である!


『はいなのよー!』


 私が呼ぶと、すぐに全身ピンクの人型精霊が現れた。声の精霊であるショーちゃんなら、ここでのやり取りをそのまま伝えることが出来るからね。


「もうすぐここに詰所の人たちが来るから、今のやり取りを教えてあげてほしいの。影鳥ちゃんでお願いしたタイミングで。出来る?」

『お安い御用なのよー!』


 ショーちゃんは任務を頼むといつもこうして嬉しそうにクルクル飛び回る。頼りにされるのが嬉しいんだって喜びの舞を踊るのだ。可愛い。

 こうして影鳥とショーちゃんをその場に置いて、私たちはギルドに戻るために歩き出した。今は隣にギルさんがいるから安心感が半端ない。1人で歩くのも別に平気ではあるよ? でもやっぱり、こういうことがあったあとは心強いって余計に感じるよね!


 道中、すぐに詰所の人が現場に到着したようなのでギルさんが影鳥を通じてやり取りをし始めた。


『ギルさん。いつも助かります! 報告ではここでオルトゥスのメグさんが襲われかけたということですが……お怪我などはありませんでしたか?』

「ああ、自身で撃退していたからな。そいつらを捕らえたのもメグだ」

『ええっ!?』


 どうやら、私が変質者を撃退できるほどの力を持っているとは思わなかったようだ。こうして驚かれるのも慣れっこである。現場に駆け寄る人もいつも同じってわけじゃないからね。この人たちは私絡みの事件の後処理が初めてなのだろう。まぁ、私は見た目こんなだし、驚く気持ちはよくわかる。


「今からそこにいる精霊が事件の様子を再現してくれる」

『えっ、精霊ですか……? でも我々に精霊は見えませんよ?』

「問題ない」


 戸惑う様子が音声だけで伝わってくる。なんかすみません。そこに留まっていたら説明も簡単だったんだけど、ギルさんのすぐに帰るという揺るがぬ意思を感じた私は従う以外の選択肢はなかったんだよ……。

 ギルさんが私に目で合図を送ってきたので、影鳥越しに私はショーちゃんに指示を出した。


「ショーちゃん、その場での出来事を教えてあげて」

『わかったのよー!』


 影鳥越しでもショーちゃんの声が聞けたこと、最初はビックリしたんだよねー。精霊の声って耳で聞くというより心で聞いてる感じだもんね。

 指示を受け取ったショーちゃんはすぐに事件のあらましを完璧に再現し始めた。音声だけとはいえ、声色もそのまま再現するから信憑性は抜群である。ま、精霊というだけで嘘はついてないことの証明になるんだけども。正直者じゃなきゃ、精霊は言うことを聞いてくれないって言うのはこの世界の常識みたいなものだからね!


「……やはり潰しておくべきだったか」


 変質者たちの私を誘う音声を聞いてギルさん周辺の温度が2度くらい下がった気がした。お、落ち着いて!


『す、すごいですね……でも、よくわかりました。ご協力に感謝いたします。それにしても、本当に気を付けてくださいね? メグさんは狙われやすいと聞いていますから』

「えっ、私?」


 ショーちゃんからの報告を聞き終えた詰め所の人から話を振られた。やっぱり子どもでエルフだからかな。


『はい。この街自体は本当に平和です。魔大陸の片隅にある小さな国ですし、オルトゥスの皆さんもいますしね。でも、メグさんを狙ってこうして遠方からわざわざやって来る者たちが増えているんですよ。ようやくメグさんの情報が魔大陸中に広がって、はるばるやって来るのでしょうね』

「ひえっ」


 なんで遠方からわざわざ!? そこまでの情熱を他に注げばいいのに! だからこんなに平和な街なのに最近になって何度もこういうことに遭遇してたの? あまりにも熱の入った変質者と聞いたものだから、思わず変な声が漏れた。


「……鬱陶しいな」


 ギルさん周辺の温度がさらに下がった。だから落ち着いて!


『我々も気を付けてはいるのですが、目が行き届かずに申し訳なく……』

「いや、仕方ない。俺たちも独自で警戒する。それに、身柄を拘束出来るのは警備隊あってこそだ。引き続き頼む」

『は、はいっ!』


 そう、変質者とか犯罪者とか、そういった人たちを見つけて捕まえたりすることはオルトゥスでもやるし、依頼もくる。でもその先の処分に関しては国の管轄になるのだ。オルトゥスはあくまで依頼の遂行まで。そこまでこちらがやってしまうのはパワーバランスが崩れてしまうからね。役割分担は大事なのだ。たとえ、オルトゥスの方が優秀な人材が揃っているとしても、それがみんなの知るところだとしても、である。

 そして、お父さんの方針に、国とは敵対しないというのがある。国のトップがそこそこ人格者であるっていうのが大きいみたいだけどね。持ちつ持たれつ、世の中をうまく生きていくにはその辺りのバランス調整も大事なんだって。ゴーイングマイウェイなお父さんでも、そういうところはちゃんとしてるんだなぁって思うよ。


 とまぁ、そういうわけで、今回の変質者事件はこれで終わりというわけ。警備隊に引き渡して事情も説明したから、これ以上私たちが関わることはない。余程の理由がない限りね。変質者に思うところはあるけど実害はなかったし。むしろ意識奪ったのは私の方だし。正当防衛であるっ!


「やはり、1人で歩かせるのは考えた方がいい、か……?」


 隣を歩くギルさんからそんな呟きが聞こえてくる。こ、これはいけない! 私はすぐにバッとギルさんの方に向き直って声を上げた。


「大丈夫だよ! 私、ちゃんと対応出来たよ? 怪我もしなかったし、させなかった。私だって、自分の身は自分で守れるようになりたいし、きっとこれも修行になってると思うの!」


 勢いのまま言いたいことを言ってしまった。だからか、ギルさんが目を少し見開いて驚いている。それを見て我に返る私。えっとえっと、心配なんかしないでって突っぱねてるわけじゃなくてぇ!


「危険だと思ったら、すぐに助けてって言うよ? そうしたら、すぐに来てくれるって知ってるもん。さっきだってすぐにきてくれたし、その、あの、ギルさんたちのこと信じてるんだよ? 心配してくれてるのもすごくわかるの。で、でも、なんていうかそのっ」


 なんか言えば言うほど語彙力が低下していく気がする。あわあわと言い訳する子どものようだ。子どもだけど。でも、そんな私を理解してくれるのがこの人なんだ。


「……心配しすぎて、メグの可能性を潰してしまうことになるんだな。よく、わかった」


 立ち止まって、ギルさんは私の前に膝をついて目線を合わせてくれる。しっかり私の目を見て、私の意思を尊重してくれる。


「心配のあまり、暴走してしまった。すまない。メグが信頼してくれているんだ。俺もメグを同じくらい信頼しなければいけないな」

「ギルさん……」


 軽く目を伏せて謝るギルさんに胸がギュッとなる。私はそんなギルさんの手をそっと両手で取った。


「私がまだまだ頼りないのもいけないと思うの。あのね、ギルさんたちに、私なら大丈夫だって思ってもらえるようにこれからも頑張るよ。だからね、もどかしいかもしれないんだけど……」


 きちんと謝ってくれたギルさんに、私もきちんと言葉にしなきゃいけないなって思った。だから真っ直ぐギルさんを見つめてそう言ったのだ。そうしたら、ギルさんも自然と私の言葉を引き継いで、


「ああ。メグを信じて見守る。そして、本当に危険な時にはすぐに駆けつけよう」


 そう、言ってくれた。

 見守るのって、実はすごく勇気のいることだと思う。私は親になったことがないし、小さな子どもと関わる機会もなかったけど、後輩を育てるってことは経験してるからなんとなくわかる。いつかは、1人でやらせなければならない日が来るんだってこと。そのために出来ることはするけど、いざという時は本人に頑張ってもらうしかないってこと。


 手を出すのは簡単だ。こちらがやってしまえば一瞬で終わることかもしれないけど、見守って、その子自身の力でやってもらわなければ意味がない。たとえ失敗しても。


 それが子ども相手だと思えば、そりゃ心配もするし手も出したくなるよ。特に私の場合は身の危険も付きまとっているんだもん。

 でも、やらなきゃ。自立するためにも。自分のためにも。


「ありがとう、ギルさん!」


 きっと私は本当に危なっかしく見えると思う。オルトゥスの人たちはただでさえ優秀な人たちだから特に、私を見ていてヒヤヒヤしっぱなしなんだろうな。でもこうして、見守ってくれて、いざという時に助けてくれる。そんなギルさんたちには感謝の気持ちでいっぱいだ。

 思わず抱きついてしまった私のことを、そっと抱きしめ返してくれた腕の中で、そんな幸せをしっかりと再確認した。



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【お知らせ】

特級ギルドへようこそ!1巻が、お陰さまで重版いたしました!

ありがとうございます!!


近況ノートに、1巻口絵を元にした短編をアップしていますので、よろしければそちらもお楽しみください(*´∀`*)

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