巨人族の子


 私が声をかけたことで、ウルバノくんはピクリと身動ぎした。うん、聞こえてるね。顔を上げようとはしないけど、聞いているなら今はそれで十分だと思おう。


「あのね、私、メグっていうの。隣、座ってもいいかなぁ?」


 当然、答えは返ってこない。でも雰囲気っていうのかな、どことなく戸惑っているような気がした。まぁ、見知らぬ子に声をかけられたら戸惑うよね。うーん、座っても平気かな? そう思ってウルバノくんを観察していると、小刻みに震えているのがわかった。


「あ、わ、怖がらせちゃったかな? ごめんね、突然話しかけて。で、でも、あなたと少しだけお話してみたいって思っただけなの!」


 ど、どうしよう! 私は人畜無害なエルフだよーなんて言っても伝わらないだろうし。うーん、うーん、あ、そうだ。


「私ね、特級ギルドオルトゥスから来たの。今日は父様……えっと、魔王様に会いに来たんだよ」


 魔王様、という知っている人の名前を出したら少しは安心するかな? 父様は魔王だけど、みんなに好かれやくて親しみやすい王様なんだって聞いてるから。魔王城の敷地内にこうしてこども園もあるわけだし、きっと子どもたちからも慕われてるんじゃないかなって思ったのだ。すると、びっくり。ウルバノくんは見事その単語に反応してゆっくりと顔を上げてくれたのだ。


「魔王様、の……? あ……」


 顔を上げた瞬間、目が合ったので条件反射でニコリと笑う。笑顔、大事! ウルバノくんは驚いたように目を見開いて私を見ている。髪の色と同じ深い青の瞳が透き通って見える。キラキラしていてすごく綺麗。目の色が私と似ているからなんとなく親近感が湧いた。


「うん。魔王様の娘なの。あんまりここには来られないんだけどね」


 えへへ、と頭を掻きながら答えてみる。ごめんね、魔王の娘がこんなちびっ子で。それにしても大きいなぁ、ウルバノくん。顔立ちからすると私より幼いのに、身体は大人に迫る勢いで大きい。巨人族、ということを実感したよ。


「でも、今日ここに来られてうれしい。お友達が出来そうで!」


 私がそう言うと、ウルバノくんはまたガバッと蹲って顔を隠してしまった。ああ、残念。とても優しい目をしていて綺麗だったのに。でも仕方ない。焦らない、焦らない。


「あ、あっちに……みんな、いるから……行ったら?」


 おぉ? 話してくれた! 一言も声を聞けないことも覚悟していたのにこれは嬉しい誤算だ。内容はさておきね!


「うん、後で行くよ。私はね、あなたともお友達になりたいなって思ったよ」


 遠回しにあっち行け、と言われたようなものだけど、この程度ではめげない。あんまりグイグイいっても引かれちゃうから、そのバランスが難しいところだけど。私、まだしつこくはないよね? むむむ。


「オレ、と……?」

「うん。ダメ……? 会ったばっかりだし、よくわかんないかな?」


 突然、友達になろー! って言われてもそりゃ困るか。見知らぬ人だし尚更だよね。でもさ、友達ってどうなったら友達って言えるんだろ? 前に会ったルーンとグートの双子は気付いたら友達、みたいな感じになったし、ルーンが積極的に話してくれたからスムーズだったんだよね。そうだなぁ。


「あ! じゃあ、私、お手紙書くね!」


 いいこと思いついたぞー! 父様やリヒトとだって今文通しているし、ルーンやグートとも文通の約束をしたのだ。ウルバノくんとも最初はお手紙でやり取りするのはどうだろう? 話すのは苦手でも、文章ならうまく伝えられるかもしれないし。


「オレ、字書くの、苦手……」


 おっとそう来たか。でもまだ私より幼い子どもだもん。仕方ないよね。でも、苦手っていう言い方だから、書けないわけじゃなさそうだ。


「読むのは? 平気?」

「よ、読むのは、で、できる……」

「それなら、余計にお手紙交換しようよ! 読み書きは使ってこそ、上達するもん! 大丈夫! 最初は一言、二言だけでもいいから。ね、ダメ?」


 グイグイ行き過ぎだろうか、と少しだけ不安になりつつも提案を押し付ける私。だってせっかくだし、仲良くなりたいもん! それに、読み書きの上達うんぬんは事実だと思うしね!


「あ、う……」


 ジッと見つめすぎただろうか。チラッと腕の隙間からこちらを窺っていたウルバノくんは耳まで真っ赤にして戸惑い初めた。やっぱり強引だった!? 加減って難しい。


「……私は、お手紙書くね? だから、気が向いたらお返事を送ってくれたらうれしいな」


 うん、この辺りが妥当かな。絶対に返事を書かなきゃダメってなるのはハードルが高いもんね。けど、手紙なら直接話すより心の整理をつけやすいと思うのだ。考えながら返事ができるし、今のウルバノくんにはちょうどいい気がするから。

 でも、あまりにも一方的に話を決めてしまったので、手紙を送られるのが迷惑だったら先生にでもいいから言ってね、と逃げ道を用意しておいた。何より、強制するのが嫌なんだもん。


「迷惑じゃ、ない、けど……」

「えへへ、それなら嬉しい」


 でも、この様子なら大丈夫そう。ゆっくりと、時間をかけて仲良くなれたらいいな。思っていたよりも好感触だったことで笑顔を隠せなくなった私は、そのまま満面の笑顔でまたね、と挨拶をする。またこちらを見てくれたウルバノくんだったけど、目が合ったらまた硬直してしまったから先は長そうだけどね。時間はたっぷりあるわけだし、良しとします!


 それから、タタッとクロンさんの元へ戻ってご報告。文通をすることになったと告げれば、目を見開いてそれはいい案ですね、と褒めてくれた。うふ。


「それで、あの、ウルバノくんは字を書くのが苦手みたいだから……」

「わかりました。職員の1人に頼んでおきましょう」

「! ありがとう!」


 さっすができる魔王の右腕! スーパーメイドのクロンさんである。いや、実際はメイドではないんだけどさ。だっていつもメイド服着てるんだもん。戦闘服なんだろうな……気に入っているみたいだからいいけども。


「こちらこそ、ですよ。まさか、そこまで会話を引き出してくれるとは思っていませんでした」


 可愛いは正義ですね、とクロンさんはそっと私の頭を撫でながら呟く。んん? 可愛いは正義ではあるけど、私のこと? でも、この見た目がウルバノくんの警戒心を和らげてくれたのなら良かったと思うよ! 無害そうな顔してるもんね、私。覇気がないというか。それはそれで魔王の娘としてどうかとは思うんだけど。


「あの、この後って何か予定はありますか?」

「いえ、特には。行きたい場所があればお連れしますよ。ただ、敷地内のみにはなりますが……」


 たぶんこれでクロンさんの頼みっていうのは終わったと思うのでこの後の予定を聞いてみた。きっとお父さんたちはまだ話してるだろうし、せっかくならお友達増やそう大作戦を決行したいと思ったのである!


「えっと、子ども園の他の子たちともお話してみたいなって。私と年の近い子って、他にもいるのかなぁ?」


 ザッと見回した感じだとほとんどが私より年上っていう印象。でもそこまで年齢差がないと思うんだよね。見た目で判断できないんだけどさっ。でもここに通っているんだからまだ子どもってことは確かだ。私は子どもの友達が欲しい! ロニーも成人しちゃったから置いてかれた感が半端ないんだよう!


「もちろん。ぜひ話してあげてください。外に出ている子たちは年長者ですが、建物内にはメグ様と変わらない年齢の子や、もっと小さな子たちもいます。それに、メグ様は有名人ですから。きっと喜ぶと思います」

「有名人?」


 どういうことだろうと首を傾げると、クロンさんから衝撃の事実が告げられた。


「ええ。ザハリアーシュ様が隙あらばメグ様の自慢を言いふらしていますから。どれほど可愛いか、どれほど優しいかなどですね。おかげで魔王城周辺でのメグ様の人気は天井知らずです」


 父様、何してんの!? 待って待って、私の知らないところで私のことが知られているってなんか怖くない? しかもかなり美化されてそうだ。へ、下手な行動できないじゃないか。するつもりもないけど、き、緊張する!

 もしかして、私が魔王の娘だって知った時のウルバノくんの様子が変だったのもそれが要因の1つだったりするんじゃ……父様、深い愛情は嬉しいけど、ほどほどにしてほしいよ!?


「えーっと、うん。じゃあ、行ってみる……」


 微妙な表情をしていた自覚はある。だからクロンさんがまたしてもクスッと笑っていた。この人の笑顔が見たいとは思ってるけど、なんか違う、そうじゃない感が酷い。いいもんいいもん、諦めるもん。


 こうして、クロンさんとともに子ども園の中へと向かったんだけど、覚悟していた通り数歩進むごとに取り囲まれて大変な目にあった。嬉しいよ? 嬉しいけど正直困りもしたのだ。クロンさんがキッパリと、どいてください、と言いつつ道を開けてくれなかったら日が暮れていたかもしれないほどだったからね!

 色んな子とお話しもできたけど、みんながキラキラした憧れの眼差しを向けてくるから、私は非常に心が痛んだ。そ、そんなに出来たエルフじゃないのよ、私ぃ! まだ言葉も辿々しい幼児でさえ「メグしゃま、しゅてき」とか言ってくるんだもん。そりゃあ可愛かったけど、その分重圧も感じたのだ。みんな敬語だし。


 これは、魔王城付近での友達作りは難航しそうだ。この辺の人たちはみんな魔族と呼ばれる人たちだからね。同じ亜人でも、魔王様を崇拝している種族なのだから仕方ないっちゃ仕方ない。慕われるけれど、友達のそれとはちょっと違う。


「友達を作るのって、難しいなー……」


 クタクタになって子ども園を後にしながら、思わずそんなことを呟いてしまった。くすん。

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