恋バナ
「あ! シュリエさん!」
「はぁ、やっと着きましたよ。頭領の無茶振りにも困ったものです。お待たせしました、メグ」
トコトコと魔王城内に入ろうと歩いていると、城門の方から歩いてくる麗しきエルフを発見。そうだ、あとで合流するって話だったもんね。
「父が、いつも、すみません!」
「ふふ、メグの可愛さに免じて許しましょう。乗り物も手配してくれていましたしね」
きっとシュリエさんは別の仕事の最中だったのだろう。それを急いで片付けてここに来たのだろうことは容易に想像がついた。本当に、いつもすみません。まったくお父さんはもうっ!
「こんにちはクロン。お久しぶりですね」
「はい、お久しぶりです、シュリエ。ユージン様の元へ行かれますか?」
「そうですね。でも、おそらくどちらかというと用があるのは魔王の方です」
私の隣に立つクロンさんに挨拶をしたシュリエさんは、魔王である父様に用があるらしい。魔王と呼ぶ声にどことなく冷たさを感じる……。シュリエさんはやっぱり、父様に対してまだ思うところがあるのかな。ううん、たぶんどうしても冷たさが出ちゃうんだろうな。
おそらくそれを察したクロンさんからピリッとした雰囲気を感じた。クロンさんは魔王様第一の人だもんね……!
「頭領の説明だけでは足りてないでしょうから。合同会議の場所や詳しい話し合いの内容など細かく詰めていかないといけませんからね。心配なら貴女もご一緒にいかがです?」
「……ええ、そうさせてもらいます」
敵意はない、けど必要以上に仲良くする気もない、というのが漂う雰囲気と声色でわかった。私にもわかるのだ、クロンさんだって正確に読み取っただろう。そこが妥協点。この態度に文句を言うことは出来ないこと、わかってるんだろうな。雰囲気が冷たいだけで、言葉は丁寧だし、シュリエさんもかなり配慮してるのだろう。
「あの、一緒に、行きましょ……?」
2人の間に入ってシュリエさんの手をそっと取る。私だってわかってる。本当の意味で理解は出来ないけど……ちゃんとわかってる。でも、やっぱり大好きな人たちが微妙な関係になるのは心苦しい。私の存在がほんの少しでもクッションになれればなぁ、と思ったんだ。せめて、執務室に着くまでの間だけでも。だから、私はギュッとシュリエさんの手を握る力を少し強めた。
「……ええ、もちろんですよ、メグ。貴女は本当に思慮深いレディですね」
レディ! っと、その単語に喜んでいる場合ではない。私の思惑だってお見通しってことだよね。シュリエさんもしっかりと手を握り返してくれたから。うん、それでいい。
私だってみんながみんな仲良しこよし出来るわけないって知ってる。そう、少しでもスムーズに、ストレスなくいられたらなって思うだけなんだ。
「よしっ、じゃあ出発ーっ」
「メグ様、反対方向です」
「あうっ!?」
早速シュリエさんの手を引いて先導しようと足を踏み出したところ、クロンさんに間違いを指摘された。方向音痴ですみません! 恥ずかしい!
コンコン、と部屋のドアをノックする。お父さん、父様、リヒトの3人はまだここにいるらしい。気配でわかるという。精霊の気配ならわかるんだけど、私にはまだ誰の気配だとか人の特定とかは出来ないのでみんなすごいなぁと思う。むしろ人の気配自体、察せないよ。しょぼん。
「お、シュリエ。早かったな」
「ええ、誰かさんのおかげでスムーズに仕事をせざるを得なくなりましたから」
「……悪かったって」
おう……シュリエさんの笑顔が怖い。でもお父さん、それは自業自得だよ。私にフォローは出来ない。
「頭領のことですから、どうせ細かい話は詰めていないのでしょう? さ、今からさっさと決めてしまいますよ」
「俺、そういう面倒なことは……それに日時や場所は決まってから教えるってことに……」
「貴方が引き受けてきた依頼でしょう? 日時や場所の提案はこちらがすべきですよ。マーラから指定されているなら話は違いますけど、そうではないのでしょう? そうやってまた、ギリギリになって予定を開けさせられる方の身にもなってください。調整がとてつもなく大変なのですから。そんな思いをほかのギルドや魔王城の方々にさせてはいけません。話を聞いているだけでもいいから参加してください」
「は、はい……」
ズイッとお父さんに顔を近付けて有無を言わせない勢いのシュリエさん。慣れてらっしゃる。こっちからは見えないけどきっとものすごぉく綺麗な笑顔なんでしょうね。い、いいなー、美しい顔が間近で見られて。お父さんも首を何度も縦に振っている。あの姿じゃあ、とてもオルトゥスのトップには見えない。まったくもう。
「魔王様、俺はメグと城の中散歩してきていいですか?」
話が長くなりそうだなぁ、と思っていたら、リヒトから思わぬ提案が。シュリエさんと父様のことは気がかりだけど、この場にはお父さんもいるから大丈夫だろうし。まだリヒトとはゆっくりお話し出来てないしね。
「う、羨ましいぞリヒトぉぉぉ!」
しかし、いや案の定と言うべきか、父様からは羨む発言が飛び出してきた。
「俺はとりあえず、後で決定事項だけ聞けばいいんすよね? メグとは色々話したいこともあるし、いいでしょ?」
「ぐぬぬぬ……メグ、食事の時は我の近くで頼む……!」
「うん! 父様の隣で食べるね!」
血の涙を流す勢いで父様が私に言うので、喜んで答えた。そのくらいお安い御用だよ! 父様とも色んなお話したいしね!
「ぐあっ、我は今日幸せで死ぬかもしれぬ……」
すると、父様がその場で崩れ落ち、両手両膝を床について震えてしまった。そんなに!? 本当に感情豊かな人である。彫刻のように整った外見なのに。
「城内から出るなよー」
執務室から出て行こうとする私たちに、お父さんから声がかけられたのではぁい、と返事をしてから部屋を出る。あ、クロンさんも部屋を出た。一緒に行くのかな? そう思ってクロンさんを見上げると、私の疑問がわかったのか、クロンさんが眉尻を少しだけ下げて口を開いた。
「申し訳ありませんメグ様。私は他の仕事がまだ残っていますので作業に戻ります」
「そっか……そうだよね。忙しいのに、案内してくれてありがとーございました!」
「いいえ、こちらこそ、楽しい時間を過ごせました。ありがとうございます」
そう言ってクロンさんはチラッとリヒトに目をやってからそのまま歩き去って行った。あ、あれ、リヒトに声はかけないのかな? そう思って今度はリヒトを見上げてみる。
「……リヒト?」
じっとクロンさんの背中を見つめ続けるリヒトは、なんだかとても切なげだった。だから思わず呼びかけてしまう。ああ、やっぱりリヒトはクロンさんのこと……。
「あー……もう。好きだわ」
言っちゃってるよ。え、声に出てますよーって言った方がいいのこれ? その場で顔を両手で覆って俯いちゃったし。
「やっぱり、クロンさんが好きなんだ?」
「……うん」
うん、て。可愛いな!? でもそうかぁ、リヒトがクロンさんをねー。なんとなく察してはいたけど。
「でも、なんか……ギクシャクしてなぁい?」
「…………はぁ」
あ、聞いちゃダメなヤツだったかな? ごめんよ。私ったら環の時から恋愛は苦手分野でさ。友達からも相談されてたことがあったんだけど、聞いてもダメだと思われたのかだんだん相談されなくなったし。告白すればいいんじゃない? え、避けられてる気がする? じゃあ諦めたらいいんじゃない? みたいなアドバイスがダメだったんだろうな。だ、だって、人の気持ちなんかわかんないんだもん!
そんなわけで、恋に悩むいい年した男の相談には乗れそうもない。けど……、
「話くらいは、聞くよ? アドバイスはダメダメになるけど」
そう、話を聞くくらいなら出来る。誰かに聞いてもらうだけでも気が楽になるってこと、あるもんね!
「……なんか、子どもに聞いてもらうってのも微妙な気分だな」
それはごもっともだけどね! けど、リヒトはありがとな、と私の頭に手をポンと乗せて、じゃあ聞いてもらおうかなと微笑んだ。
とはいえ、このまま執務室の前で立ち話をするのもなんなので、リヒトの提案で現在、階段を上っております。ゼェゼェと息を切らして……はいないんだなぁ! かなり体力がついたんだから! えへん!
このくらいは息切れしないのが普通、とかいう指摘は聞かないことにしている。褒められるポイントは多い方が幸せでしょ?
「着いた。ここ、来たことあるか?」
「わぁ……ううん、はじめて!」
そうして辿り着いたのは、なんと魔王城の最上階。小さな塔があって、そこが見晴らしのいい展望台になっているのだ。知らなかったー! せっかくなので、フカフカとした座り心地の良さそうな椅子に2人で並んで座る。私の足はまだ地面につかないのでブラブラさせています。もう少しだけ背が伸びればつきそうなんだけど、とても惜しい。
「この場所も、クロンに教えてもらったんだ。それで、最初に告白したのもここ」
「えっ? 告白したことがあるの?」
そうして関係ないことを考えていると、リヒトから思わぬ発言が飛び出した。反射的に問い返すと、もちろんというお答え。
「何度も好きだって言ってるんだけど……毎回振られてんだよなぁ」
「もうその一途さと行動力がすごいよ!」
とても元日本人とは思えない。恥ずかしがってなかなか言い出せないとか、そういうものなんじゃないの? それは私だけ? それとも年齢的なもの? でも諦めずに告白し続けるのは本当にすごいなって思うのだ。
「だって……アイツ見てると言いたくなるんだ。抑えきれないんだよ」
ふおぉ、恋してるよ、これが恋だ。残念なくらい私には気持ちがわからないけど、これが恋なんだって聞いててわかるもん。それにしてもリヒトったら、情熱的なんだなぁ。
「えっと、いつから? いつからクロンさんが好きなの?」
せっかくなので恋バナっぽくそれらしい質問を投げてみる。気になるしね! ドキドキ。
「最初から。俺がここに初めて来た時からだよ」
「一目惚れ?」
「ま、そうだな」
これまた私には経験のない現象だ。一目で恋に落ちるそれ即ち一目惚れ。うーん、どういう気持ちの変化なんだろう。見た目で恋に落ちるってことだもんね。よほどタイプだったのかな?
なんだか色々聞いてみたくなったので、私はやや身を乗り出し気味に話を聞き始めた。
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