子ども園


 クロンさんに連れられて、私は魔王城の外へと出ていた。外、といっても敷地内だから門の外にまでは出ていない。それと、なんだかキャッキャと騒ぐ声が聞こえる?


「着きました。ここは、子ども園になっているんです」

「子ども園?」

「はい。城下町に住む、100才以下の子どもたちが集まって、遊んだり学んだりする場所です。随分前にユージン様に提案されて、こういう場を作ったのです。場所は魔王城の敷地内ですし、安全面も完璧なんですよ」


 着いた場所はまさかの子ども園でした! 幼稚園? いや、大きな子たちもいるからどちらかというと学校みたいな感じかなぁ? なるほど、お父さんの提案か。場所もお父さんが父様に提供しろって言ったんだろうなぁ。


「朝、子どもたちはここに集まって、年齢に応じて様々な活動をします。その後、昼食を摂り、また少し活動をしてから日が高いうちに家へ帰ります」


 大きな子たちが小さな子たちの面倒を見て、家まで送ったりもしているんだって。それにより、上の子が下の子を面倒を見る、ということが当たり前になってるんだ。ふわぁ、すごい。もちろん、保護者が迎えに来ることもあるんだとか。そこは人それぞれってことだね。


「当初は本当に大変でしたよ。ある程度育った子ならまだしも……赤ん坊まで預かるっていうのですから。魔術が暴発したり、空を飛んでの脱走があったりで……」

「た、大変そう……!」


 前に、ミィナちゃんのお世話をしたからよくわかる。あれはたった1日だったから良かったものの、ずっとお世話を続けるのは本当に大変だと思う。世のお母さんやお父さん、先生たちには脱帽だよ!


「試行錯誤していくうちに、今の体制が出来上がったのです。保護結界魔術も完備した今なら、どれだけ魔力暴走を起こしても問題ないですよ」


 それはそれで怖いな!? さすが魔王城……お父さんプロデュースもすごいけど。


「それで、メグ様に頼みというのは……あそこにいる子のことなんです」


 そう言って、クロンさんは子ども園の建物近くに、ひっそりと丸まって座る1人の子どもを示した。深い青色をした髪がパッと目について印象的だった。後ろ髪だけサラリと長いようで、首の後ろで1つにまとめてある。一見、普通の人間の子どものように見えたけど……あ、あれ? なんだろう。違和感が……?


「彼の名前はウルバノ。そして、珍しい巨人族の子どもですよ」

「えっ、巨人族!?」


 続くクロンさんの説明に私は心底驚いた。巨人族……聞いたことはあるけど会うのは初めてだ。言われてみれば普通の子どもよりも大きいかな? といったところ。でも巨人、というほど大きい印象はない。あ、そっか。違和感の正体がわかった。

 他の子は獣耳や尻尾、鱗や触覚があるけど、あの子にはなにもないからだ。私たちエルフや小人族、ドワーフと一緒で、限りなく人間に近い姿であり、魔物型というものがないんだもんね。


「もっと大きいと思っていましたか?」

「あうっ、えっとぉ……そ、そうです」


 横目でチラリと私を見てそう聞いてくるクロンさん。ここは誤魔化しても意味がないので素直に白状した。すみません、勉強不足で。でもそんな私に、クロンさんはいいのですよ、と嫌な顔一つせず説明をしてくれた。無表情がデフォルトだけど、優しいのだ!


「巨人族は、よくアプリィの木よりも大きいと思われがちなのですが……普段はそんなに大きくはないのです。まぁ、他の人型の平均よりも頭5つ分ほど背が高くはなりますけどね。そして、アプリィの木より大きくなれるのも事実です。魔力によって体の大きさをある程度自由に変化させることができるんですよ、巨人族は」

「巨人族だけの魔術、みたいな感じですか?」

「そうですね。我々のような希少亜人がそれぞれ特徴のある魔術が使えるのと同じです」


 なるほどー、目から鱗だ。てっきり巨人族は常に大きいのが普通だと思ってたから。そうではなく、魔術によって巨大化できる種族だった、という。あそこで丸まっている巨人族という子も、他の子より大きめだな、というくらいでそこまで気にならない。亜人さんの中にも特に大きい人とかいるから余計にね。ニカさんがいい例である。


「えっと、それで、あの子がどうかしたんですか?」

「ええ、あの子は最近になってここへきたんですけれど……実は、孤児なのです」

「え……」


 話を聞けば、あの子の母親はあの子を産んだ後に体調を崩し、ずっと寝込んでいたのだそう。それが、最近ついに亡くなってしまって、あの子は親を失ってしまったんだって。そっか、母親が……なんだか私と境遇が似てるな。環の母も、メグの母も、幼い時に亡くなってしまったから。


「父親は巨人族ではない亜人だったのですけど……あの子が生まれる前に不運な事故で亡くなっていて。母親が倒れてしまった要因の1つでもあると聞いています」


 そっか、あの子にはお父さんもいないんだね。じゃあ、きっと……すごくすごく寂しいはずだ。


「まだ、母親が亡くなって半年ほど。あの子はまだ引きずっているようで、子どもたちの輪に入ろうとしないのです。だから、園で働く職員が心配していて……」


 うん、それは心配だ。私だって今初めてあの子の様子を遠目で見て、しかもまだ話を聞いただけだけど心配だもん。今はまだ無理でも、少しずつ自然に笑えるようになってほしいって願わずにはいられないよ!


「ですので、メグ様に1度、ウルバノとお話ししていただけないかと思って」

「うえっ!? わ、私!?」


 変な声出た! え、え、どういうこと? ですので、って言われても! どこをどうしたらその流れで私があの子と話すことになったのかな!?

 いや、お話することに否やはないよ? ただ、話しかけることは出来ても、それによってあの子が返事をしてくれるだとか、少しは元気になるだとか、そんな保証はないし自信もないから。

 わたわたと慌てる私に対して、クロンさんがクスリと笑みを溢す。あ、笑った……! 笑顔を作るのが超絶苦手なのに、こういうふとした拍子にこの人は笑顔を見せてくれるのだ。は、反則だよ! トキメキが止まらないーっ!


「あの子をどうにかしてほしい、というわけではないですよ、もちろん。少しは何か変化があればと期待はしてしまいますが、なんの反応も返されなくてもいいんです。ただ……ウルバノはメグ様より後に生まれましたし、巨人族です。なので……その」


 クロンさんは少しだけ言葉尻を濁している。どうしたのかな? 黙って続きを待っていると、意を決したかのようにクロンさんは言葉を続けた。


「この先、メグ様とは長く付き合っていけると思ったのです。良き友として……巨人族は寿命も長いですから」

「あ……」


 私のため、でもあったんだ。思いもよらなかった言葉に思わず固まってしまった。私は誰よりも寿命が長い。同じハイエルフであっても、私はまだ子どもだから他のハイエルフよりも長生きすることだろう。この巨人族の子と比べても、私の方が長く生きることにはなると思う。

 でも、少しでも長い間一緒にいてくれる存在っていうのは、本当にありがたいと思う。私が寂しさに潰れてしまわないように、って気遣ってくれたんだね。クロンさんなりの優しさが伝わってきて、心がじんわりあったかくなった。


「よ、余計なお世話だっていうのはわかってます! その、相性もありますし、仲良くできるとも限りませんし、あの子が立ち直ってくれるかも、という下心もあるにはあって……! で、でも私はっ」

「わかってる。クロンさん、大丈夫です」


 突然、両手を小さく振って慌て出すクロンさんを遮って、私は声をかけた。そう、大丈夫、ちゃんと伝わっているから。


「ありがとう……考えてくれたことが、すっごく嬉しい!」

「メグ、様……」

「それに、私も出来るならお友達、増やしたいって思ってたから。だから、お話してみます!」


 あの子は嫌がるかもしれないけど……と付け加えておく。だってだって、自信なんかないんだもん! むしろ、嫌われたらどうしよう!? という心配の方が大きいし。


「……ありがとうございます。ウルバノは、根は優しい子なのです。ただ、元々引っ込み思案気味ではあったそうですが。メグ様を突っぱねるようなことはしないと思いますから」

「うん、わかりました!」


 引っ込み思案かぁ。人見知りなところもあったりするのかな? 状況も状況だし、あんまりしつこくするのもきっとよくないよね? 程度によるかもしれないけど。

 ともあれ、少しでもこちらを見てくれたらそれでいい、くらいの気持ちで臨もう。返事はしてもらえない、って思ってた方がいいかもしれないね! 主に私の精神的ダメージを軽減するためにも! う、うわぁん、私だって拒絶されたらショックだもん、仕方ないでしょっ!


「えっと、じゃあ、行ってきてもいい、ですか?」

「はい、お願いします。職員にはすでに話を通してありますから。あとは、私がいると怯えさせてしまいますので、隠れて見守らせていただきます」


 怯えさせるって。あ、いや、うん。普通の子どもだったらわからなくもない、かもしれない。ごめんなさい! だって、クロンさんはその優しい性格がわかりにくいタイプだから! 顔に出ないうえに、笑顔を作るのが苦手な人だからね。仕方ないの。でも、私はそんなクロンさんが好きだよ!


 心の中でフォローしてから、私はゆっくりとあの子の元へと近付いていった。びっくりさせたくないから、気配は感じてもらえるようにわざと足音は聞こえるように歩く。うーん、近付いてみるとよくわかるけど、やっぱりこの子、大きいな。立ってる私と座ってるこの子の大きさがそんなに変わらないもん。さすがに、立ってる私の方がちょぉっとだけ大きいけどね!

 蹲ってるから顔まではわからないんだけど、今の私より年下、なんだよね? 私の成長が遅いから見た目もそうとは限らないけども。


「あ、あの……ウルバノ、くん?」


 観察はひとまずおしまい! 側にいることには気付いているはずだから、私は出来るだけ優しい声色を心がけてウルバノくんに話しかけた。

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