sideユージン


 クロンがメグを連れて行ったのを見送り、やれやれ相変わらずだな、と思わずため息を零した。


「なんだリヒト。まだ認めてもらえてねぇのか」

「……まぁ。でも、たぶん今じゃないんだと思うから」


 リヒトは、初めてこの魔王城にやってきた時にクロンに一目惚れをしたのだそうだ。あまりにもわかりやすいから聞いてみればあっさり答えてくれた。あの頃はこいつもまだ子どもだったし、可愛い初恋だと思って微笑ましい気持ちで見ていたんだが、どうもそれは本気であったらしい。今もずっと、変わらずに思い続けている。


「の割に、我慢できずに気持ちを伝えてしまうのであろう? 難儀なものよ」

「ぐっ、魔王様、それは言わないでくださいよ……!」


 しかも、その気持ちを本人にもぶつけてしまうみたいなんだよな。というか思ってることをつい言っちまうんだろうな。抑えきれないと本人は言うが、なかなか情熱的で嫌いじゃないぜ。その度にフラれてるらしいんだがめげない点も含めて根性あるやつだと思う。

 ……ま、それは正解だろう。クロンも本当はリヒトを好ましく思ってるだろうことは見てればわかるってもんだ。だが、クロンが断る理由もわからなくもない。なんてったって、リヒトはただの人間だからな。こればっかりは仕方ないが……クロンも素直になればいいのに、と思わずにはいられない。


「まぁ、今はそのことは置いといてやるよ。……先に話すべきは、メグのことだ」


 まだ変わりそうにない2人の進展は置いておくとして、さっさと本題に入らないとな。なんのためにここにきたのかって話だ。俺が切り出せば、アーシュとリヒトの顔色が変わった。


「……なんか、ずいぶん情緒不安定って感じがしました」

「そうだな。理由はわかるか?」


 リヒトが最初に口を開く。さっきメグと話してた時に感じたんだろう。あんな短時間でそれに気付いたか。よく観察しているな。


「はい。……なんとなく、ですけど」

「ならいい。その勘は当たってるだろうよ」


 メグは元々、あれこれ不安になってぐるぐる思考の渦にはまりがちなタイプだ。それは環の時からの性格だからこの先も変わらないだろう。

 だが、あいつのいいところは、それはそれとして自分で考えにケリをつけられるところだ。つまり、ウジウジ考えはするが、基本的に1人で解決しちまう。それがなんでも背負い混みすぎる悪い癖にもなってるわけだが、解決できる能力は素直にいいところだと言えるだろう。


 ただ、最近は将来の漠然とした不安みたいなものに押し潰され気味なんだよな。誰よりも成長が遅く、誰よりも長生きをするから取り残されていくような感覚が人より大きいのはわかる。その度に、それでも自分は自分なりに成長している、と言い聞かせているようだが、この不安がなくなることはきっとない。なぜなら、メグが最も恐れているのは、俺ら仲間がどんどん先に逝ってしまうことなのだから。


「想定していたより、随分と早いのだな……」


 それに加え、どうしようもない原因によってメグはどうしても情緒不安定になっている。本人はまだ全く気付いてはいないけどな。

 きっと今後はもっと悪化するだろう。成長過程で必ず訪れる、メグの人生で最大とも言える難関が立ち塞がっているのだ。そしてその壁は、目に見えるほど身近に迫ってきたと感じる。そして、その壁をメグは自分の力で乗り越えていかなきゃならない。


「どのみち今は注意深く様子を見る他ない。もうこれ以上待てねぇってなるまで待ってたら、間に合わなくなる恐れもある。俺らが帰ったらアーシュ、リヒトに全部話してやれよ」

「そうであるな……」


 だが、そのために備えはしてやれる。少しでもメグの力になれるように、いつでもサポートできるように準備はしておかなきゃいけねぇんだ。まだ間に合っていない気がするが、そうもいってられない。あとは、乗り越えられる実力を引き出してくれるだろうと信じるしかない。


「話ってもしかして……」


 色々と察してはいたのだろう。リヒトが真剣な眼差しで確認をしてくる。ああ、そうだ。


「ああ。お前が俺たち並みに強くならなきゃいけなかった理由だ」


 リヒトが魔王城に引き取られることになった理由。強くならなければならない理由。

 思えば文句も言わずによく死ぬほどの訓練に耐えてきたものだ。アーシュやクロンのシゴキだろ? 絶対やばい。なのに愚痴さえ聞いたことがないから、やっぱ大したやつだよリヒト。お前がそういうやつでよかった。

 リヒトはわかった、と一言呟くと、ゴクリと息を飲んでその瞳に覚悟の光を宿したようだった。


「とまぁ、この話はここでおしまいだ。あとは俺らが帰った後にじっくり聞いてくれ。さ、切り替えていこうぜ。一応、メグにはこっちが本題ってことになってるからな!」


 今、話をしてやることも吝かではないんだけどな。時間は有限。話し合わなきゃいけないことは他にもあるのだ。夜にでもアーシュに聞いてくれと丸投げしてやった。2人が微妙な顔をしているが知ったこっちゃない。


「そういうところは変わらぬな。慣れておるが」

「俺、今、覚悟決めたところだったのに……ま、いいけどさ」


 ブツブツ呟く2人のことを無視して、俺は話題を切り出すことにした。諦めろ。




「闘技大会? 特級ギルド同士でか」

「ああ。正確には上級ギルドも混ざってるけどな。実力的にはまったく問題ないだろ。で、そこにリヒトも参加しないか? 魔王城枠でも作って他にも2、3人代表者を出してもいいし」

「え、俺、ですか」


 名前を出されたリヒトは ポカンとした様子で聞き返す。ま、そうなるよな。話が突然すぎるし。


「それは構わないが、またなぜそんな話になったのだ?」


 アーシュの疑問も最もだ。というか、実は俺もまだ詳細は把握していない。ひとまず、俺の知っている情報を伝えておくことにした。


「簡単に言えば、町興しってとこだな」

「町興し?」

「ああ。まず、俺に相談を持ちかけてきたのはシュトルのトップ、マーラなんだよ」

「シュトルか。元特級ギルドネーモであるな。マーラというと、あのハイエルフの女性か」


 さすがは、魔王。上級ギルドとはいえしっかり覚えてるな。ま、アーシュはハイエルフの郷に行ったし、というか暴れたし、覚えていても当然といえば当然だ。


「俺も詳しい話はまだ聞いてねぇんだ。ただ、セインスレイをよくするために、イベントを開きたいっていうから。じゃ、闘技大会とかしてみるか? って安易に提案したら乗り気になってな」


 俺も軽い気持ちで提案したんだ。昔はオルトゥス内だけでたまに開催したから、それをふと思い出したってだけなんだけどな。あれはなかなか楽しかった。賭けは上限を食事代金までと決めてやったけど、それもそれで面白かった。ちなみにあの大会によってギルの強さが並外れてヤバイってことが知れたわけだが……ま、懐かしい思い出だ。


「だから、町興しか。そんなに寂れた土地だったっけ、セインスレイって」

「おお、リヒトはまだあちらの方には行ったことがなかったな。寂れた、というよりは、治安が悪いと言った方が正しいぞ」


 首をかしげるリヒトにアーシュが簡単に補足する。そう、あの国は本当に荒くれ者が多い。だからこそ、ネーモというキナ臭いことこの上ないにもかかわらず、腕の立つメンバーが集まったともいえる。モラルってもんがないくせに、というかだからこそかもしれねぇが、やたら腕っ節の強い奴が多い国なのだ。


 そんな中でギルドを立て直して上級にまであっという間に駆け上がったマーラには尊敬を通り越して恐怖を感じるね。さすがはハイエルフというべきか。あんなにおっとりとした美人だというのに、ハイエルフは見た目で判断してはならない。決して。


「ま、その辺をどうにかするために色々考えてるみたいなんだよ。そのために、特級ギルドの助力を、と頼まれたんだ」

「ふむ。しかし、オルトゥスはともかく、ステルラやアニュラスは協力するであろうか? メリットが無い限り、あの2つは動かぬと思うのだが……」


 アーシュの懸念は最もだ。だが、それを考えてないわけがない。あのマーラが! それを言えば、アーシュも目を逸らして、そうであるな、と一言漏らす。理解が早くてなによりだ。


「だからまずは、プレゼン……えっと、どういったイベントを行って、どんなメリットがあるのかを、各ギルドの代表者で集まって説明させてほしい、ってことだ。そこで一気に説明するからってんで、俺も詳しく聞いてねぇんだ。二度手間だからってさ」

「じゃあ、まずは合同会議? する場所とか連絡とかをしなきゃいけないってことか。そこで決まれば、闘技大会が開催されるってことですか?」

「そういうことだ、リヒト。だからお前にも会議に参加してもらいてぇんだ。魔王城代表として」

「我ではダメなのかっ」


 そりゃ、本当の魔王城代表はアーシュだけどよ……どう考えてもダメだろ。まったくこのポンコツ魔王め。ため息を零しつつ人差し指でアーシュの額を突く。


「……お前がいるとみんなが萎縮しちまって話し合いになんねぇ。それに、クロンが許しちゃくれねぇだろ」

「ぐぬぬ……!」


 人差し指に対して押し返してくるな、指が折れる。それに、そんなに睨んだところでお前が行けるかどうかの決定権は俺にはない。


「ってことで、俺からの話はこれで終わりだ。闘技大会に参加するかどうかは、マーラの説明を聞いてからでもいい。だから、合同会議には来てくれ」

「わ、わかりました」


 会議の日時や場所は、また連絡するということで話はついた。リヒトはまだどこか迷っているようにも見えるが……問題ない。リヒトは絶対に参加する。アーシュから例の話を聞けば間違い無いだろう。


 それによ、強い奴と戦う機会なんてこの平和な時代において滅多にないんだ。いつも決まった相手と訓練はしてるだろうが、ほかの強者と戦うのはなによりもいい経験になる。こいつは誰よりも強くならなきゃいけねぇんだ。

 大会で優勝すること。まずはこれが最低ラインだからな。これは試験にもなる。大会の意図がなんであれ、こういう機会は逃さず利用してこそ。……楽しみにしてるぞ、リヒト。

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