イベント


「特級ギルド合同会議?」


 ギルさんと愛を確かめ合っていたのを、冷めた眼差しで見ていたお父さんに一通りいじられた後、ようやく夕飯を食べ始めた私たち。いまだにどこか拗ねた様子のお父さんが、魔王城に向かう理由を食べながら話してくれた。食堂にいる人たちの生温い眼差しも居た堪れないけど、お父さんの嫉妬の視線もそれはそれで気まずいのでやめてほしい。お父さんのことだって大切なのは一緒なんだからっ!


「そうだ。上級ギルドからの依頼でな。話が進んで、いっそのことイベントを立ち上げようってな。そうなると、俺らの独断で動くのはまずいから、一度特級ギルドのトップが集まって会議を開こうってことになったってわけだ」

「それは、どんなイベントなんだ?」


 お父さんの説明は色々と端折られがちなので、ギルさんのように質問を挟まないとまるで話がわからなくなる。ギルさんもお父さんに慣れているのだろう、特に文句を挟むことなく自然と質問を挟んでいる。確かに、どんなイベントなのか気になるなぁ。そう思って返事を待っていると、口の中の食べ物を咀嚼し、飲み込んでからお父さんはニヤリと子どものように笑った。


「闘技大会を開く」

「「闘技大会?」」


 思わずギルさんとハモってしまった。闘技大会って、戦うってこと? えっと、誰と? 話についていけず疑問符を浮かべる私。お父さんの説明は続いた。


「そうだ。特級ギルド3つと、依頼してきた上級ギルドの計4つのギルドからメンバーを選出して、闘技大会を開くんだ。トーナメント式で最強を競う。魔術、体術、トラップ、なんでもありだ。個人戦もいいがチーム戦もいいよな。景品なんかも考えたいよなー」


 ウキウキと話すお父さんは本当に子どものようだ。というか脳内、楽しいことしか考えてなさそうで、もっと決めなきゃいけないあれこれをすっ飛ばしている気がする。戻ってきてー!


「特級ギルドの3つはともかく、その中に上級ギルドが混ざるのは実力的にどうなんだ」


 すると、ギルさんから新たな質問が。あ、確かに。実力差がありすぎても困っちゃうよね? そう思っていると、お父さんは問題ない、と手を振る。グイッとお酒を飲み干すと、上機嫌で口を開いた。


「その上級ギルドってのはシュトルだからな」

「シュトル……あ! マーラさんの? 依頼してきたのって、マーラさんだったの?」


 上級ギルドシュトル。最近メキメキと実力をつけているギルドで、100年以内には特級になるだろうと噂されている新しいギルドだ。というのもある意味当たり前。だってそのシュトルというのは、元特級ギルドネーモなのだから!


 黒に近いグレーな活動を続けていた特級ギルドネーモは、トップに立つハイエルフであり、私のお祖父ちゃんにあたるシェルメルホルンが身を引いた時に一度壊滅したのだ。私のせい、って言えるんだけど、オルトゥスは壊滅の機会を伺っていたから結局のところなるべくしてなったともいえる。

 その時、実力あるメンバーを野放しにするのは危険だしもったいない、ということで新たなギルドを立ち上げた人がいた。それが、シェルメルホルンの姉であるハイエルフのマルティネルシーラさん、通称マーラさんである。要するに、マーラさんのギルド運営の腕が半端ない、ということがお分かりいただけると思う。


「ってわけで、アーシュにも声かけてやろうかと思ってな。あいつのことだ、こういう楽しいイベントに我を誘わないとは、って拗ねられるとあとで面倒だし」


 父様……いや、うん、想像がつくよ。いつも仕事で忙しくてなかなかこっちにこられないって、手紙でもつらつらと書き綴っているもんね。絶対拗ねる。間違いない。


「それに、あいつんとこにいるリヒトの成長も見たいからな。……そろそろだし」

「そろそろ?」

「いや、こっちの話だ。ってなわけで、合同会議が始まる前に、あいつに言っとかないとと思ってな」


 合同会議の内容も闘技大会の詳しい話も、戻ってから重鎮メンバーで話し合いをするつもりだ、といってお父さんは話を締めくくった。というかさ、それもサウラさんに先に報告しといた方がいいんじゃ……? 魔王城から帰ってきてからすればいいだろ、ってお父さんは言うけど、そこから急ピッチで準備をしなきゃならないみんなのことを全く考えてないよね!?


「ギルさん……」

「……安心しろ。全部サウラに伝えた」

「父がいつもすみませんですよ……」


 さすがはギルさん。わかってらっしゃる。思わず娘として謝罪してしまった。はぁ、本当に、今聞き出せてよかったよ!!


 ──ふと、脳裏にとある映像が過ぎった。

 ギルさんとリヒトが戦う場面だ。あ、これ……前に夢で見たやつだ、と思い出す。細かい部分までは相変わらず思い出せないけど、たしかこれは予知夢。そしてピンときた。なるほど、これは闘技大会のことなんだ。それならギルさんとリヒトが戦っていても不思議ではない。そっか、二人とも出場するんだね。でも、魔王城にいってリヒトに会ったら、高威力の魔法は使わないようにって言っておかないと! 闘技大会であんまり本気を出されると会場ごと消えてしまいかねないもん。


 そう決意してひとり頷いたところで突然、悪寒が襲ってきた。思わずぶるりと身を震わせる。あ、あれ? 前にもあったよね、この寒気。確かサウラさんと一緒にいた時だ。その時と一緒で、今はなんともないけど、身震いするほどの悪寒が2回も続くと流石に風邪でもひいたかな、と心配になる。前の時から期間も空いているから大丈夫とは思うけど。


「どうした?」


 私が自分の両腕をさすっているのを見て、ギルさんが心配したように声をかけてきた。いけない、いけない。過保護なギルさんに見られたらこうなるのは当たり前のことだった。


「なんでもないよ! ちょっとだけ、寒いかな? って……」

「……それはいけない。風呂に入って早めに休むんだ。明日は魔王城に行くのだろう?」


 確かに、今はなんともないから平気! と余裕ぶって熱でも出してしまったら、明日魔王城に行けなくなってしまう。父様は悲しんで大変なことになりそうだし、リヒトに注意もできない。それは私も悲しい!


「腹でも出して寝てたんだろー」

「ち、違うもん! お父さんの意地悪っ」


 ちゃんと気をつけようと思っていたところへお父さんが茶々を入れてくる。いつもお布団かけて寝てるもん。寝相は……たまにベッドから落ちるくらいでそんなに悪くはないもん。今日はインナーをズボンにインして寝ようかな。仕方ないじゃないか! 子どもっていうのは寝相が悪い生き物なんだよう!


「はいはい。まぁでも……本当に、気をつけろよ」

「? うん。言われなくてもあったかくして寝るよ?」


 ポンと私の頭に手を置いたお父さんは、どこか苦笑を浮かべてそう言った。なんだか、他にも意味がありそうな物言いだったけど、気のせい、だよね?

 少し気になったけど、お父さんはじゃあまた明日の朝ここでな、と言って先に食器を片付けて立ち去ってしまった。あ、私、まだ食べ終わってない! ハッと気付いた私は慌てて夕飯を食べきるのでした。おいしー!




 おはようございます! 昨日はあれからすぐに夕飯を食べ終えて、食後の休憩を挟んでからギルさんとお風呂に向かい、上がった後に部屋まで送ってもらってぐっすり眠りましたよーっと。お風呂は当然、男湯と女湯は別々だからね! さすがに一緒には入れない。これは幼女の頃からのこだわりだ。私は中身は立派なレディなんだからっ。

 最近はお風呂も一人で入らせてもらえるようにはなったんだけど、時間帯的に人の多い時に入ったので、ギルドの受付にいるお姉さんたちとワイワイ入ったのだ。みなさん、スタイルが良かったので、精神的なダメージをくらったけどね。大丈夫、私はまだまだ伸び代がある……!


「お、メグおはよう。良く寝れたか?」

「おはようございます、お父さん! うん、ぐっすり寝れたよ!」

「腹出して寝て……」

「ないよっ! ちゃんとお腹しまったもんっ」


 朝食を摂るために食堂に向かうと、さっそくお父さんにからかわれた。もう、いちいちからかってくるんだから。こういうところ、昔から変わんないよねっ。プンプン。


「ギルもおはようさん。……なんだ、メグにしばらく会えなくて寂しいのか?」

「な……そんなことは」


 お父さんはひとしきり私をからかい終わると、今度は私の隣にいたギルさんに絡み始めた。もー。


「お父さん、ギルさんにまでそーいうこと言わないでっ。ギルさんは大人だもん! ちょっと私がいないくらいで寂しいとか思わないよ。ね、ギルさん?」

「あ、いや、まぁ……」


 私は片手を腰に当て、もう片方の手で人差し指を立ててお父さんに物申した。ほら、ギルさんだって反応に困っているじゃないか。


「あっはっはっ! メグ、お前がトドメ刺してんじゃねーか!」

「え? 私? なんでぇ?」


 だというのに、お父さんたら何がおかしいのか突然お腹を抱えて笑い出してしまった。もうっ、本当になんだっていうんだよぉー! 困ってギルさんを見上げると、ほんのり頰を染めたギルさんが目を逸らしつつも私の頭を撫でてきた。あ、あれぇ?


「そりゃあ、私はしばらくギルさんに会えないのは寂しいけど……ギルさんも、ちょっとはさみしい?」


 私は甘ったれだからね。すっかり甘やかされるのに慣れちゃっているから、やっぱり寂しいって思う。ギルさんは特に、だ。でも、もしかしてギルさんも少しは寂しがってくれるのかな? そうだったら嬉しいなー、なんて思いつつそう聞いてみると、ギルさんは困ったように眉を下げて口を引き結んでしまった。あ、やっぱりそんなわけないだろ、ってことかな。変なこと聞いてすみません。


「……少し、その、物足りなさは、感じる」


 と思ったら、小さな声でそんなお返事が! 物足りなさ。そっか、少しは思ってくれてるってことだね。もしくは私をかわいそうに思ってわざわざ言ってくれたか。いずれにせよ嬉しくてふへへと笑ってしまったので私は単純である。


「……相変わらず不器用なヤツだよ、ったく。さ、朝飯を食ったらすぐ出発だぞ」

「あれ? シュリエさんは?」

「あいつは後で合流する。先に用事を終わらせてから追うってさ」


 それって、お父さんが突然行くって言い出したから仕事の調整に追われてるんじゃ……! 合流したらシュリエさんにも深く深く謝ろうと決意した。

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