ドライブ
お父さんはよく仕事で遠出するからか、ギルドを出て行く時はいつもフラッとちょっとそこまで、みたいな感じで出て行ってしまう。その感覚でギルドから出ようとするお父さんを私は慌てて引き止めた。
「ま、まって、おとーさん!」
「あん? どうした、メグ。忘れ物なんかねぇだろ」
「あるよっ」
お父さんは軽く振り返ってそんなことを言う。そりゃ、必要なものは常に収納ブレスレットに入っているから忘れものって頭がないのはわかる。身一つで出かけられるからね! でも、大事なことを忘れているのである!
「ギルさんっ」
「メグ」
たたたっと駆け寄ってギルさんにダイブ! ギルさんも慣れたもので私を難なく受け止めて抱き上げてくれた。首筋にギュギューッと抱きついたら背中に回されたギルさんの手の力も少しだけ強まる。はふぅ、本当に居心地がいい。これだけでホッとする。
数秒間そのままギルさんを堪能してから身体を離す。名残惜しや、癒しのひと時!
「行ってきます!」
「……ああ、気をつけて。楽しんでくるといい」
「はぁい!」
今回はオルトゥスどころか世界でも最強の座に君臨するお父さんと一緒だから、ギルさんもまったく心配していない様子。魔王城に行けばもう1人の最強もいるしね。もちろん、私もまったく心配していない。
「……お前ら、ほんっとに仲がいいな」
「うん! ギルさん大好きだもん!」
ギルさんの腕からそのままお父さんに受け渡される私。あの、歩けますけど? でもどちらの抱っこも好きなのでされるがままにしておく打算的な私。お父さんは呆れながら言うけど、そりゃ仲良しだよ? 何を今更、である。
「……俺も、メグが好きだ」
けど、こうも直球な言葉を投げかけてもらえるのはとぉっても貴重なので、うっかりハートが射抜かれてしまった。しかもほんのり微笑み付き。ズキュン! イケメンの威力、なめてた! 顔に熱がー。
「……行くぞ」
「あう、い、行ってきますー!」
えへへとニヤけつつパタパタと手で顔を仰いでいたら、お父さんがどことなく不機嫌そうに変な顔をしながら私を抱えて外に出た。さては、お父さんもギルさんのイケメン力にやられたな? 仕方ないよ。お父さんも、普通の日本人基準で言えばかっこいいけど、この世界のド美形と比べちゃダメだ。それに、人は見かけだけじゃないんだから。ギルさんは中身もかっこいいけどね!
「あ、車で行くの?」
「ああ。俺の移動はいつも車だぞ」
「ふふっ、カケルくんに乗って2人でドライブなんて昔を思い出すね」
ギルドの外に出ると、お父さんは魔術で車を出現させた。思ったものを魔力で具現化させられるんだって。さすがは転移チート。主人公力半端ない。ちなみにカケルくんというのはお父さんの愛車の名前だ。実物ではないけど、それとまったく同じ形の乗用車で、環の幼い頃とかによくこの車で出かけたものだ。
「……! チャイルド、シート……!」
そして、助手席にセットされた見覚えのないイスの存在感に愕然とした。なんだろう、この打ちのめされた感覚は。いや、私は子どもだし? 身長は小さい方だし? 安全のためにも必要なのはわかっているんだけどさ。時折思い出される環時代の感覚がこのイスに座ることに屈辱感を感じている……!
「……っ、仕方ねぇだろ。お前は、ぶふっ、ちっせぇんだからよ……ぶはっ」
「笑いすぎ! 絶対わざとでしょ! 嫌がらせだぁっ、うわぁぁぁん!」
お父さんの悪ふざけだー! とポカポカ叩いてやった。お父さんは悪い悪いと私の頭を撫でて宥めてくる。許さないもん!
「笑って悪かったって! でも、安全のためにもこれは必要なんだ。いくら魔術があるからって俺だって万能じゃない。突然の事故ってのはいつ起こるかわかんねぇし、お前には少しの怪我だってして欲しくない。……俺も車の事故のせいでこの世界にきちまったわけだし、な」
「……そ、か。うん、わかったよ」
そうだよね。日本にいた頃だって事故っていうのは気をつけていてもなくならないものだった。自分が気をつけていても、巻き込まれたりとか災害なんかもあるわけだし。今は私も小さな子どもなわけだからきちんと言うこと聞いておこう。お父さんに悲しい記憶を思い出させてしまったし。私にとってもつらい思い出だ。
「でも、だからってこんなピンクでふわふわなチャイルドシートにする必要はないと思うんだけど?」
「可愛いからいいじゃねぇか」
こんなシートは日本にいたころでさえ見たことなかったけどね! 何気に可愛いもの好きなお父さんの趣味が全開である。ケラケラ笑いながらお父さんの手によってひょいとシートに乗せられた私。自分で乗れるのにぃ。あ、でも座り心地は抜群だ。お父さん、いい仕事した。
「さ、行こうか」
運転席に座ってドアを閉め、自分もサッとシートベルトをつけたお父さんはハンドルを握って魔力を流す。そうすることでエンジンがかかるらしい。自然に優しい……エコドライブ……。
「とんでもないスピードが出るし乗り心地も良くて便利だけど……目立つね?」
「まぁそこは慣れろ。この大陸中はこれで走り回ってるからだいぶみんなも慣れてきたけどな」
なんて心の強さなんだ! 娘の私はみんなに変な目で見られるーって気が気ではないのに。でもお父さんは昔っからそうだよねぇ。私が小学生の時に、家庭科の授業で作った歪なマフラーも平気でつけて会社に行ってたこともあったっけ。
なんだか、この車に乗ってお父さんと2人でドライブしていると、忘れかけていたあれこれを思い出しちゃうなぁ。そういえばあんなこともあった、こんなこともあったって。でも、どうやらそれは私だけじゃなかったみたい。
「よく夜中に車で出かけてさ、うまいラーメン屋探しに行ったよな」
「ふふっ、覚えてるよ。ボロボロの外観のお店を見つけて、お父さんがこういうところはうまいんだーって行って入ったの、覚えてる?」
「あーあれな! くっそまずかったよな!」
たしかにお店の見た目で判断しちゃだめだよね、ってことで私も渋々そのお店に入ったんだけど、ほんと、笑っちゃうくらいまずかったのだ。あの時は2人で顔を見合わせて苦笑いして、帰る時に車の中で今みたいに大笑いしたんだよね。
ああ、懐かしいなぁ。もうだいぶ忘れたと思っていたけど、意外と覚えてるもんだなぁ、と笑い合う。ほんと、まさかまたこうして、ドライブしながら笑い合えるなんて夢みたいだ。
「またこうして、メグとドライブしたかったんだ。思い残すことはねぇな」
「もう、死期が近いみたいな言い方やめてよっ」
「ばぁか、俺ぁまだまだ長生きすんぜ?」
「知ってるよ。というか……してくれなきゃ、いやだもん」
ただでさえ、私はみんなを見送る立場にあるのだ。どうしても。思わずお父さんの左袖をキュッと掴んだ。
「……そんな顔すんな。こりゃマジで当分の間は死ねねぇわ」
「うん……」
チラッと見上げたお父さんの横顔は、困ったように眉が下がっている。わがまま言ってごめんね、と心の中で呟いた。
あの後は、また楽しい話で盛り上がりながらの道中だった。変な雰囲気にして悪かったなぁと反省した私は、最近のギルドの様子や訓練の話なんかをお父さんに報告したのだ。基本的に毎日楽しいから、報告も自然と楽しい気持ちになる。お父さんも笑ってくれたから良かった。
そうこうしている間に、あっという間に魔王城に到着した。結構な距離だったと思うんだけど、楽しくドライブしていたから早くついたように感じた、とかでは決してないと思うの。絶対、尋常じゃないくらい早かった。そ、そんなにスピード出てたっけ? と不安になってしまう。
「あー……ま、ところどころ
近道、というワードにパワーを感じる。あれだ、きっとギルさんの影渡りみたいにワープみたいなことしてるんだ、という確信があった。でも気付かなかったけどなぁ。魔術の発動した気配に関してはかなり敏感になってきたと思ったんだけど、私程度ではまだまだだってことだね。思い知った。
「さ、こっからは歩いてくぞ。城下町を歩いて通るとみんなが声かけてきて面倒でもあるが、なかなか楽しいんだ」
「城下町の人たちも、魔王城の人たちも、みんな優しいから好きだよ!」
ここにきたのは結構久しぶりだけど、もっと幼い頃は割と頻繁に連れてきてもらっていたのを思い出す。乗り物に乗ったまま通過したり、空を飛んで直接魔王城まで行ったりが多かったけど、城下町の散策もさせてもらった。みんな私のことは知っているみたいで、チヤホヤと優しく接してくれるのだ。……お土産をたくさんもらってしまうのが、毎度申し訳ないなぁなんて思うんだけど。オルトゥス近くの街と歓迎っぷりが同じなんだよね。でも雰囲気は全く違うから面白い。
オルトゥス近くの街はなんというか、素朴な感じなんだよね。でも歩道は凹凸が少なくて歩きやすかったりお店の場所はわかりやすかったりで住みやすい街だ。
一方、この城下町は古き良き下町、みたいな印象だ。屋台が多く並んでいたり、細道が至る所にあったり。あと石畳ってところがいい雰囲気で個人的に好きだったりする。
「あ、ユージン様! それにメグ様まで!」
こうして一歩足を踏み入れた途端、街の人たちに声をあげられる私たち。いつものこととはいえ、やっぱり慣れないなぁ、この熱烈歓迎っぷり。弁えてらっしゃるからわっと人が殺到することはないんだけどね。そこのところはオルトゥス近くの街でも同じだから安心できるけど。
「よ、元気してるか? アーシュはサボりに来てねぇか?」
「ははっ、そんなの答え決まってるじゃないっすか!」
「あ、来てるんだね父様……」
明るく笑ってそう言う街の人たち。きっといつものことなんだろうな。お父さんもわかってて聞いたっぽいし、私も薄々察していたけど。肝心の父様は誰にもばれてないと思っているあたりが残念なんだよね。魔術を使って姿を変えればいいのにそうせず、相変わらず簡単な変装で街を練り歩いているのだろう。あんだけの美形がそんな鼻眼鏡程度で存在感を消せると本気でお思いか!? と聞いてみたくなるよ。ちなみに、鼻眼鏡を贈ったのは私である。いや、だってお父さんがこれも手紙と一緒に送れって言うから……。
「ま、クロンは大変だろうけど、止めようと思えばできるのにそうしないってことは大丈夫なんだろ。アーシュにとっても街にとってもいいことだしな」
「ええ、ええ、そうですよ。おかげで街は平和そのもの。魔王様が来られた日はより一層活気にあふれた街になるんですよ!」
そうなのだ。だから誰も文句は言わない。父様はいろいろとアレで残念な人ではあるけど、魔族たちに好かれるとてもいい王様なんだなぁ、と改めて実感した。
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※さて、ついに!特級ギルドへようこそ!本日発売日です!
ちなみに私の住んでるとこではまだ入荷してませんでした……悲しい。
書店で見かけた際は、是非ともメグたちをお家に連れ帰ってやってください!(*´∀`*)
よろしくお願いいたしますー!
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