魔王城

お年頃

※今日から12日間毎日更新祭りします!

発売まであと2日。いつも読んでくださっている読者様に感謝の気持ちを込めて。


少しでも楽しんでいただけますように!


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 ルド医師とお墓参りに行ってから5日ほど経った頃。日も暮れ始めてそろそろ仕事もおしまいという時、久しぶりにお父さんがギルドに帰ってきた。


「おかえりなさい、おとーさん!」

「おう、メグ! ただいま。……あー、癒される。娘最高」


 いつも通りマイ受付で仕事をしていた私は、いち早くお父さんの姿を見つけると、すぐに駆け寄ってジャンピングダイブを決める。お父さんはそのまま危なげもなく私を受け止めて、そのまま高い高―いである。それからくるりとその場で一回りをして、ギュッと私を抱きしめてくれるのだ。これがおかえりの儀式である。

 なんとなくやり始めたらこれが恒例になっちゃったんだよねー。私も素直に甘えられるから嬉しいんだけど。いつまで出来るかなー? 今のところ恥ずかしい! とは思わないけど、私にもいつか年頃というやつがやってくるのだろうか。環の頃は確かに恥ずかしかったはずなのに、今はその時のことを思い出す方が困難である。


「今回は、どのくらいここにいるの……?」


 そしてお決まりの質問を口にする私。だってお父さんたら本当に忙しくて、帰ってきてもトンボ帰りが当たり前だったりするんだもん。特にここしばらくはいつも以上に忙しそうだったから、会えても食事さえ一緒に出来ないのだ。さみしい、という気持ちが表に出てしまって、きっと今は涙目になっているだろう。こ、困らせるつもりはないんだけど、まだまだ感情のコントロールが甘い年頃なので許してほしい。


「あー、そんな顔すんな、メグ」


 私が泣きそうになっているのを見て、困ったように眉尻を下げて私の頭を撫でるお父さん。ごめん。でも、だって、もう二度とあんな思いはしたくないんだもん。死んでるかもしれない、でも帰ってくるかもしれないって思いながら待ち続ける日々は、もういやだ。


「大丈夫だ。今回は明日の朝までここにいる。それにな?」


 お父さんは私の頭を上に向かせて、いたずらっぽく笑う。どこか嬉しそうでもあるみたい。なんだろう?


「明日から、魔王城に行くぞ。メグ、お前も一緒にな」

「えっ、私も行っていいの!?」


 思いがけない予定を聞いて私も思わず顔を綻ばせてしまった。お父さんとのお出かけ! しかも魔王城! 魔王である父様やリヒト、それにクロンさんにも会える! 沈んでいた気持ちが一気に浮かび上がった。我ながら単純である。


頭領ドン、2人で行くのか?」


 そこへ、背後から現れたギルさんが話に入ってきた。いつの間に帰ってきたんだろう? ひとまずおかえりなさい、とだけ声をかけておくと、軽く微笑んでただいま、と答えたギルさん。うむ、仕事終わりでもイケメンである。


「今回はそうだな……シュリエにも声をかけるか。ちと大きなイベントを開催するから、その打ち合わせをしたい」

「イベント? 打ち合わせ?」


 お仕事ついでに魔王城に行くのね。あれ、それって私が付いて行ってもいいのかな? そんな疑問が顔に出ていたのか、お父さんはフッと笑みをこぼした。くっ、顔に出る癖、どうにかしたい……!


「相手がアーシュなら気にすることはないし、メグも久しぶりにアーシュやリヒトと会いたいだろ? それに、俺が限界。メグ成分が足りない」


 メグ成分て。まぁ、気持ちはわかるけど。お父さんとかギルさんとか、あんまりにも会えてなかったりすると、私も足りなくなるもん。主に気力が失われていくから、定期的に摂取せねばならないのだ。


 それにしても、確かに久しぶりだなぁ。手紙のやり取りは小まめにしているけど、直接会うのは本当に久しぶりだ。前に会ったのは……5、6年前だったかな? リヒトは人間だから、あの頃すでにアラサーで立派な大人になってたっけ。でも魔力が多いから、普通の人間よりはほんの少しだけ成長が遅いって言ってたな。今は30代半ばくらいの年齢だったと思うけど、見た目が変わっていたりするのだろうか。


 前の時も久しぶりの再会だった。そして、リヒトのあまりの成長ぶりに驚くとともに……切なくなったのを覚えてる。だって、私の中の時間は緩やかに流れているから。

 私の感覚としては、数ヶ月ぶりに会った知り合いが急成長していたように思えたのだ。だって、迷子になったあの時はまだ少年だったのに! 自分が大して成長していないから余計にその差に衝撃を受けた。


 どうしよう、おじさんになってたら。人間の年齢的にはまぁおじさんではあるんだけどさ。こう、また気持ちが落ち着かなくなりそうでちょっぴり心配。


「で、イベントについてだが、これは決まり次第ちゃんと知らせる。魔王城から帰った後すぐになると思う。だからそのつもりで予定を空けといてくれ」

「……いつものことながら、急だな」

「悪い悪い、でも、その程度の調整なら、余裕だろ?」

「はぁ……わかった」


 帰ってからすぐにオルトゥス会議ってことかな? 確かに急すぎるよ! みんなそれぞれ仕事を抱えていて忙しいんだから、もっと前もって知らせればいいのに!


「もう! それならそうと連絡くらいいれられるでしょっ! みんなに迷惑かけちゃ、ダメなんだよっ」


 お父さんに抱っこされた状態でプンスコ説教をするのはどこか締まらない。けど誰かが注意しなきゃダメなのだ。お父さんは行き当たりばったりなところが多いので本当に困る。自分はいいかもしれないけど、少しは周りの人たちのことも考えてくれないと!


「わかったわかった、可愛いなぁ、メグは。よしよし」

「むー! ぜんっぜん反省してないでしょー!?」


 私がこんなにプンプンしているのに、頭を撫でてニヤニヤしている。昔から怒ってても迫力がない、とよく言われたものだけど、この姿は余計にそうなのかもしれない。


「大丈夫だ、メグ。頭領のことはサウラが叱ってくれる」

「うっ……まぁた長い長い説教くらうなこりゃ」


 なるほど、サウラさんの説教か。それなら迫力も説得力も私よりずっとずっとあるだろうな。身体は小さいしあんなに可愛いのに強いサウラさん。憧れるぅ!

 叱られた時のことを考えているのだろう、お父さんはがっくりと項垂れた。諦めて反省しなさいっ。




 お父さんの腕からギルさんの腕にお引越しした私は、そのままギルさんといっしょに食堂に向かった。もう幼い頃とは違うんだから、自分で歩けるよ? と思いはしたけど、昔よりずっと抱っこでの移動の頻度も少なくなっていたので黙っていることにする。えへへ、ギルさんの抱っこはやっぱり心地いい。

 え、お父さん? 一連の会話を聞かれていたサウラさんにズルズルと引き摺られていったよ。受付にいたのに会話が聞こえていたんだ、と軽く身震いしたのは内緒だ。サウラさん、地獄耳……!


「……頭領が戻ってきたら一緒に食べるか?」

「うん! 久しぶりだもん。一緒に食べたい!」

「そうだな。なら、席だけ取っておくとしよう」


 ギルさんたら気遣いの出来る男だわー。一足先に食堂に着いちゃったけど、私がソワソワしているのを見逃さなかったようだ。本当にもう、もう、大好きです! ありがとうの気持ちも込めて、胸に擦り寄った。スリスリ。


「……こうしてメグを抱き上げるのも、久しぶりだったな」


 ギルさんはそんな私に合わせて支える力をほんの少し強めながらそう言った。ギルさんも久しぶりだって思ってたんだ。それなら素直に思ってることを言っちゃおう。


「うん! えへへ、ギルさんの抱っこは大好きだからうれしい!」

「……そうか。それなら、これからも遠慮なくさせてもらおう」

「え? 遠慮してたの?」


 意外に思ってギルさんの顔を見上げると、ギルさんは少し目線をズラしてやや照れたように告げた。


「……まぁ。メグも、そろそろ気にする年齢かと思ってな」


 キョトン、としてしまうのは仕方ないと思う。そんなこと思ってたんだ、という気持ちと、そうか自分は年頃なのか、と思う気持ち。いや、人間でいう7才頃っていうのは、確かに一気に内面が成長していく頃だ。それでも子どもなわけだけど……どうやら、私は人より成長が遅い分、内面もまだまだ幼かったようだ。


 あ、あれ? なんだかちょっぴり恥ずかしくなってきたぞ? でもギルさんに甘えたい! っていう気持ちの方が強いのは確かだ。ギルさんに限らず、お父さんや他の人たちにも。

 ……なんか、これ考えちゃダメなやつだ。モヤモヤする。うん、考えないようにしよう。今は、まだこのままでいい。自分の気持ちに正直になって、思い切り甘えておこうと思うんだ。だって、いつかは恥ずかしさが勝って甘えられなくなる日がくるんだもん。出来るうちに、後悔しないようにたくさん甘えるんだ!


「私は、まだまだみんなに甘えたいもんっ」


 なので正直に宣言しつつ、ギルさんの首に腕を回して抱きついた。ほらね、こうして抱きついても恥ずかしいとか気まずいとか思わない。ギルさんはあの頃から姿も変わっていないのに私はほんのり成長しているので、さすがにパパとは呼べなくなっているけど、大切な家族と思う気持ちは変わらない。


「わかった。……正直、俺も我慢していた」


 抱きしめ返してくれたギルさんから、どこかホッとしたような雰囲気が伝わってきた。なぁんだ、ギルさんも寂しかったのね! このハイスペックイケメンは、表情や態度に出ないからわかりにくいけど、実は寂しがりやなことを私は知っているのだ!


「でも、私のことを考えてくれて、うれしー! ありがとう、ギルさん」


 食堂でラブラブと家族愛を確かめ合う私たち。そう、ここは食堂。夕飯時の。


 生温い視線が集まっていることに気付いてそっと身体を離した。さ、さすがにこれはちょっと恥ずかしかったかも!!

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