アニュラスの頭


「ところで、なんで2人は言い争ってたんだい?」


 ルド医師が切り出すと、そうでしたと言わんばかりに女の子がポンと手を打って話し始めた。


「私たち、お父さんとお母さんがアニュラスで働いていて……それで、忘れ物を届けに来たの。でも出かける前にグートったら、入り口にその忘れ物を置いてきちゃって……」

「なっ、ルーンが持って行くよって言ったんだろ? 忘れたのはルーンじゃんか!」

「何よ! 私は家を出るときに言ったでしょ! ここに置いておくからねって!」

「そんなんじゃわかんねーよっ!」


 ふむ、なるほど。つまり、忘れ物を届けに来たはずが、その忘れ物を家に忘れた、と。それをお互いのせいにしてるってわけね。でも入り口に忘れるのすっごくわかる。私もよくやったよ……ここに来てからは全てが収納ブレスレットに入ってるからそんなことはないけど。便利すぎてダメになりそうだ。


「はいはい、事情はわかった。でもここで喧嘩してはダメだ。忘れたなら取りに行けばいいだろう? それとも、まずはギルドに入るかい?」


 私たちも、ちょうどアニュラスのギルドで昼食を食べようと思っていたんだ、とルド医師が2人を宥めてくれた。なんというか、さすがだ。雰囲気が柔らかいから2人を刺激することなく、やんわりと今後の動きを指示している。それも、決定権は2人に与えて。こうしなさい、ああしなさい、と言われるよりずっと言うことを聞きやすいよね。伝え方って大事だ。勉強になります!


「そ、そうですよね……よし、手分けするわよ! グート、あんたが忘れ物取りに行って! 私、この人たちにアニュラスを案内するから!」

「なっ、なんでだよ! 俺が案内するからルーンが取りに行けよ!」


 おっと、この流れはまたしても喧嘩になっちゃう!? どうしよう、とあわあわしていたら、予想外にも女の子の方が別にいいけど……と言い始めた。おや? 譲るのかな?


「でも……出来るの? グート、あの子の方見て」

「えっ……あっ、う……!」


 そう言って女の子は男の子の首を持ってぐるっと横を向かせた。それによって男の子の方と目が合う。条件反射的に笑ってみたら、またしてもフリーズしてしまった。あれぇぇぇ? もしかして、私の見た目がキラキラだから照れているのかな。私もシュリエさんに対して最初そんな感じだったもんね。なんだか懐かしい。でも大丈夫だ。美形は慣れる。……あ、慣れないかも。あの人たちはいつでも麗しい。


「ほら。こんなんでどうやって案内すんのよ! かっこ悪いとこ見せたくないなら、サッサと行ってきて!」


 女の子の言葉に説得力があったのか、男の子は悔しそうに了承し、トボトボとアニュラスとは反対方向に歩き始めた。哀愁が漂っている。なんだか可哀想になったので思わず声をかけた。


「あ、あの、グート、くん? 待ってるから、一緒にお昼食べない? えっと、ルーンちゃん? も一緒に……」


 声をかけたことで2人が同じ顔して目を丸くしているので、尻すぼみになっていく。なんだろう、迷惑だっただろうか。だってだって、同じ年頃の子とは仲良くなりたいじゃない!


「い、いいいいいいのか!?」

「え? うん。2人とは仲良くなりたいなって。私、同じ年くらいの友達って、いないから……」


 いてもどんどん追い越されていくんだけどね! だからこそ、こういう出会いは大切にしたいのだ。


「……俺、一瞬で戻ってくる」


 そう言って、グートくんが突如走り出した。クリーム色の犬のような獣型になって。え、そんなにー!? 私がポカン、としていると、ルド医師とルーンちゃんが笑い出した。え、なんで!? 私には笑いどころがわからない!


「えっと、結局、一緒にお昼食べる、でいいのかな?」


 よくわからなかったのでルーンちゃんに聞いてみると、彼女はご機嫌でもちろん! と返してくれた。ふう、良かった!


「私も、あなたと仲良くなりたいと思ってたの! だから、嬉しい!」


 そういって、クリーム色のツインテールを揺らして笑うルーンちゃんはとってもかわいくてトキめいた! 私も嬉しい! 挨拶をするべく、私は手を差し出して自己紹介をすることにした。


「私、メグっていうの。よろしくね」

「メグね。よろしく! あと、私もグートも呼び捨てでいいからね」


 私たちはうふふと笑いあって、握手する手をブンブンと振ったのだった。あう、ちょっと力が強いよぉー!




「あっちがギルド内のレストランになってるの。夜はバーになるんだよ」


 ルーンは私と手を繋いだままアニュラスの中を案内してくれていた。ルド医師はその後からニコニコと優しい笑顔でついて来てくれている。完全に保護者の顔だ。保護者だけども!


「お、ルーン。誰だい、そのミラクル可愛い子は」

「グートはいねぇのか?」

「お、どうしたどうした?」


 そうして歩いていると、アニュラスにいた人たちが次々に話しかけて来た。ルーンやグートはここで顔が知れているんだな。私がオルトゥスでみんなに話しかけられるのと同じ雰囲気だ。みんなからは気さくで優しいオーラが漂っている。


「えっと、オルトゥスのメグです! はじめまして……」


 注目されていたので思い切って自己紹介すると、さらに注目を浴びる結果となってしまった。思わずルド医師の白衣にガシッとしがみつく。すると、ルド医師は大丈夫というように私の頭を撫でてくれた。ふぅ、ちょっと安心。


「噂のエルフの子か! 魔王の子だよなぁ!」

「うっわ、マジで可愛い!! 予想の10万倍以上可愛い!!」


 そして巻き起こる歓声。な、なんで!? さらにしがみ付きながら見上げると、それに気付いたルド医師が説明してくれた。


「魔王の子がオルトゥスにいるっていうのは、この魔大陸では知らない人はいないってくらい有名なんだよ。普通、ギルドに子どもは所属してないから、メグがオルトゥスのって名乗った時点でみんなピンときたってとこかな」

「えっ、言ったらダメでしたか?」


 馬鹿正直に名乗ってしまったけど、私が魔王の子だとバレたら色々と迷惑かけちゃったり? そう思って慌てたけど、ルド医師は笑って首を横に振った。


「そんなことはない。きちんと名乗るのは良いことだし、オルトゥスの名を出せば牽制にもなるからね」


 そう言ってもらえてホッとした。やらかしちゃったかと思って焦ったよ。ふいー。


「メグって、そんなすごい人だったの……」


 ただ1人、ルーンは心底驚いた、とばかりに目を丸くしていた。いや、すごいのは親であって私じゃないからね! たしかに血筋はサラブレットだけど、中身は残念だから。色々と。くすん。


「あ、でも、変な奴とかに目をつけられたりしない!? こんな人目のある場所で不用心だよ! メグはまだ子どもなんだし!」


 それからハッとしたようにルーンは小声で注意を促してくれた。そ、そうだよね。危機感はなかったかもしれない。うう、反省。そう思ってしゅんとしていたら、ルド医師の口から思いがけない発言が飛び出した。


「魔王の子だからって特別にオルトゥスに置いてるわけじゃないよ。最初は確かに保護していたけど……今のメグはオルトゥスの一員として、実力も十分だ」

「えっ、じ、実力……!? すごい」


 その言葉に周囲がざわめいたけど、一番驚いているのは私だ。魔術の腕は上がっているとは思うけど、実戦経験はないし、オルトゥスの一員としての実力にはまだまだ程遠いよ! なので、言い過ぎだよう、とルド医師のズボンをツンツン引っ張って主張した。


「嘘だと思うなら、メグに攻撃をしかけてみるといい。ま、メグが対処する前に私が返り討ちにするけどね」

「意味なくない!?」


 にこやかに告げるその言葉に、ルーンが真っ先にツッコミを入れた。いや、その通りだよほんと。あ、でもそういうことなら……保護者が守ってくれるというのを入れたら、私は確かに最強かも知れない。ただし、それを実力と呼ぶのは私が認められないけどね!


「た、ただいま……はぁ、はぁ」


 と、そこへグートくんが戻ってきた。息を切らしていてかなり急いできたのが見て取れた。そ、そんなに急がなくてもよかったのに!


「すごい、グート。最高記録じゃない? やればできるじゃない!」

「うっせー、ぜぇ、このくらい、はぁ、なんともねーしっ」


 最高記録……いつもよりさらに速かったようだ。だというのに強がる様子はなんだか可愛い。男の子だから、可愛いは褒め言葉にならなそうなので黙っているけど。


「おや、話を聞いて来てみれば、グートとルーンと一緒にいるとはね」

「「父さん!」」


 そこへ、アニュラスの受付奥から長身の男性がやってきてそう声をかけてきた。なるほど、この人がお父さんか。

 人型だからなんの亜人さんかはわからないけど、クリーム色の髪色がそっくりだ。顔はあんまり、その……似てないからお母さん似なのかな? 双子が可愛らしい顔つきなのに、えっと……雰囲気が違うから、髪色が違ったら血縁関係を疑っているところだ。

 つまり何が言いたいかと言うと! めちゃくちゃ目つきが鋭くて強面なお父さんでした! わお、迫力ぅ。


「久しぶりだね、ディエガ。少し会わない間に子どもができていたなんて。水臭いね」

「お、ルドヴィークか! 久しいな。いやぁ、バタバタしていたからな。すっかり報告を忘れていたんだ」


 おや? ルド医師とは顔見知りなようだ。ずいぶん親しげだなぁ。少し会わないっていうけど、双子がこの年齢になるまで会ってないってことだから、結構な期間空いてるよ? まぁ、亜人の感覚なんだろうけど。これもまだ慣れない感覚だ。

 久しぶりの再会なのか、2人は握手をしながら嬉しそうに話している。


「魔王の子が来ていると聞いてな。その子か」

「ああ。メグというんだ。昼食をとってから挨拶しに行こうと思ってたんだけど……来てくれたならちょうどいい。メグ、紹介するよ」


 話の内容が私のことになったようだ。私は挨拶するべく一歩前に歩み出た。


「この厳つい人は、ディエガ。この子たちの父親で……」

「おっと、自己紹介くらいさせてくれルドヴィーク。初めましてメグ。アニュラスのヘッドをやってるディエガだ。お会いできて光栄だよ、魔王の娘、メグ」

「え、えぇっ!? アニュラスの、一番えらい人ってこと!?」


 その挨拶を聞いて、大変失礼ながら返事をする前に盛大に驚いてしまった。握手だけはしているけど、なんとも情けない! でもまさか最初からトップに会えるとは思ってなかったから仕方ないでしょっ。チラと横目で見たルーンが、いたずらが成功したかのような笑みを浮かべているのを見て、なんとなく悔しい気持ちになりました。ぐぬぬぅ。

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