獣車


 すんなり許可も取れたことだし、早速出発となりました。荷物の準備をしなくていいっていうのは楽だよね。着の身着のまま行けちゃうのは便利だ。


「頼んだぞ、ルド。何かあれば……」

「大丈夫だよ。なんなら影鳥つけるかい? まったく、心配性だなギル」


 そしてやはりというべきか、出発前にギルさんの過保護が発動しております。さすがのルド医師も苦笑いだ。嬉しいけどね! けど、心配する気持ちもほんの少しだけわかるのだ。なんせ、ルド医師とこれから向かうのはちょっと遠くの、南にあるナンレイという国。オルトゥスは魔大陸の東端にあるので、結構移動に時間がかかるのだ。つまり1泊しなければならない。ドキドキの外泊なのであーる! 私もさっき知ったんだけどね!


「いや、信用している。それに、何かあればわかる。良い経験になるだろう。メグ、ルドの言うことを聞いて……ルドから離れないように」

「はぁい! 大丈夫だよギルさん!」


 でも、影鳥はつけないらしい。おぉ、進歩してる。ギルさんが子離れの一歩を踏み出したみたいで私は感動しているよ! それはそれでちょっぴり寂しい気もするけど。


「……気をつけて行ってこい」

「うん! ……ギルさんっ」


 なので、出かける前にギュウッとギルさんの腰にしがみつく。私が抱きつきやすいように少し屈んでくれるギルさん、わかってるぅ! そうじゃなきゃ背の高いギルさんだもん、足にしがみつくことになってしまう。背が伸びたとは言え、まだまだちびっこいので。グスッ。

 でも、抱きしめ返してくれるギルさんの温もりは、本当に落ち着く。はふぅ。


「じゃあ、行こうか」

「はぁい! 行ってきまぁす!」


 元気をもらったところで、私とルド医師はようやくギルドを後にしたのでした! 別にすでにさみしいとかないもん! 人間大陸を旅したメンタルをなめるなよぉっ。




 さて、最初に向かったのは獣車乗り場である。獣車とは? まぁ要するに馬車の魔大陸版である。オルトゥスのあるリルトーレイの西側には獣車を貸し出す支店があるのでそこに向かっているのだ。馬車との違いは色々あるんだけど……一番の差は、獣の種類が豊富、ってところだろうか。馬ももちろんいるけど、空を飛ぶ獣や水陸両用の獣、とにかく速く走れる獣や力持ち、持久力のある獣など選り取りみどりなのだそう。でも支店だからその時どんな獣がいるかはわからない。みんな、途中で乗り継ぎしながら移動をしているからね。


 といっても、私も利用するのは初めてだったりして。見かけることはよくあるんだけどね。なのでこれも実は楽しみだったりするのだ。


「こんにちは」

「あーい! いらっちゃい、まちぇ!」


 こうして街から出て歩くこと30分ほど。辿り着いた獣車支店にてルド医師が声をかけると、建物の奥からパタパタと小さな女の子がやってきて挨拶をしてくれた。ふぉ! 私より小さな子どもだー! 舌ったらずってこんなに可愛いのね! ついつい感動してしまう。


「ふふ、メグ。覚えてないかい?」


 私が幼女にメロメロになっていると、ルド医師が微笑ましげに聞いてきた。え、覚え……? もしかしてどこかで会ってるのかな。そう思って幼女を観察してみる。

 頭には丸っこい耳が付いていて、尻尾は大きくてふわふわ。たぶんラクディの亜人さん。……あ!


「ミィナちゃん!?」

「ふえ? おねーちゃん、あたちのこと、ちってるの?」


 私が名前を呼べば、幼女はビックリしたように目をまん丸にして驚いた。その拍子に口からボフッと小さな火を吹いている。うんうん、間違いない! ミィナちゃんだ。

 20年前くらいかな、1日お姉ちゃんになってミィナちゃんのお世話をしたことがあったっけ。メアリーラさんと一緒にてんやわんやしながらあやしたのを覚えてる。


「あらあら、いらっしゃい。まぁ、久しぶりね! メグちゃん。ふふ、ずいぶんお姉さんになったわね」


 そして、奥からやってきたのはフォックルの亜人なミィナちゃんのお母さん。そうそう、覚えてる! 懐かしいなぁ。


「同じ国には住んでいるが、街は違うからなかなか会う機会がなかったね。特にメグはあまり街の外には行かないから」


 うっ、引きこもりですみません。でもでも、それは過保護な保護者のせいでもあるのよっ! けどそれも私が危なっかしいからだと思うけど。くうっ。


「私は買い物行く時に時々見かけていたわ」

「本当ですか? 気付かなかった……」

「ふふ、良いのよ。私も声はかけなかったもの。でもこうしてまた会えて嬉しいわ」


 おっとりと笑う女将さんは、ミィナちゃんに私たちのことを説明し始めた。赤ちゃんの時にお世話してもらったのよ、と。それを聞いたミィナちゃんは、ほっぺを赤く染めて嬉しそうに笑った。か、かわいーっ! つられて私も笑いかけちゃう。


「今日はどこかにお出かけですか? ここに来たってことはご利用でいいのかしら」

「ああ。ちょっとナンレイまでね。空を飛ぶ獣はいるかい?」

「ナンレイ……そう、もうそんな時期なのね。今回はメグちゃんも一緒に? ……そうね、とてもいいと思うわ。メグちゃんなら……」


 私がミィナちゃんと戯れている間に、ルド医師は女将さんと話を進めていた。遊んでばっかですみません。でも、だって、可愛いんだもん。本当に癒される。みんなが私にちやほやする理由がよくわかったよ。これは甘やかしたくなるわ、うん。


「ごめんなさいね、本当に滅多にないことなんだけれど、ちょうど今、空を飛ぶ獣がいないの。だから一度セントレイで乗り換えてもらえるかしら。特級ギルド『アニュラス』近くの支店で空を飛ぶ獣に乗り換えるか、特級ギルド『ステルラ』近くの支店で海を渡る獣に乗り換えるか、になるわ」


 どうやら空を飛ぶ獣は今いないみたいだ。だから乗り換える事になるらしい。ナンレイへ行くには少し海を渡らなきゃ行けないからね。


「わかった。それじゃあ、今いる獣で一番速い獣で頼むよ」

「それならチェートね。今連れてくるわね」


 チェートとは、チーターのことである。あくまでチーターに似てるってだけで、実際は違う気もするけど。連れてきてくれたそのチェートは、とても綺麗でしなやかな肉体美を見せてくれた。

 それにしてもチーターか。ちょっぴり怖い気もするけど、獣車の獣はみんなしっかり躾けられていて、魔術で契約もしているから暴れることはまずないので安心だ。日本では考えられないチーターとのスキンシップ。この世界でもこんな体験は滅多にないので、ここぞとばかりに撫で撫でしてしまう。うおー、サラサラな毛並みと筋肉質な触り心地が最高です!


「この子にするなら、アニュラスで乗り換えてくれると助かるわね。足はそれなりに速いけれど、そんなに耐久力はないの。アニュラスまでなら問題なく走れるわ」

「わかった。ではそのようにしよう。お代はこれでいいかい?」

「ええ、大丈夫よ。何か問題があれば、首に付いている通信魔道具に。一番近くの支店に繋がるわ」


 おぉ、獣車の仕組みはそうなっているのか。首輪には発信機みたいなものがついてるんだろうな。そのおかげで連れて帰ったりすることもできないのだろう。ほら、どこにでも悪いこと考える人ってのはいるからね。


「さあメグ行くよ。馬車に乗って。私は御者になるから」


 そう言ってルド医師は軽い身のこなしでひらりとチェートに跨った。白衣が舞う姿はなんだかカッコいい。ちなみに、白衣はルド医師の戦闘服らしいので、外でも着たままなのだそう。違うデザインとか、考えなかったのだろうか。

 私はまだ獣に乗る、ということができないので、素直にチェートに繋がれた幌付きの車両に乗り込む。小型なので、力はそんなにないチェートでも平気で引いてくれそうだ。というか、日本基準で考えちゃダメなんだよね、確か。この世界は動物たちも私の常識より遥かに身体能力が高い気がするから!


「きをちゅけてね! また、きてね!」


 私たちが乗ったのを確認し、ミィナちゃんが上目遣いでそんな風に声をかけてくれた。キュンとした。お姉ちゃんキュンとしたよ! 私は顔をヒョイと覗かせて、笑顔で答えた。


「うん、ありがとうミィナちゃん! また会おうね!」


 私がそういうと、ミィナちゃんはパァッと顔を輝かせて大きく手を振ってくれた。あーもー可愛い!


「メグも、みんなからいつもそんな目で見られているんだよ」


 走り出した獣車を操りながら、ルド医師に言われた言葉の説得力がありすぎました。でもそろそろ私も年頃なんだけどなー?




 街道を走る獣車は、私の予想を超えてかなり速かった。いくら獣車専用の道を走っているとはいえ、そんなに飛ばして大丈夫? ってくらい速い。これは、御者もかなりの技術が必要なのでは? と思ってルド医師を見てみると、なんてことない穏やか様子で手綱を握っている。

 ルド医師っていつも優しくて本当に穏やかだから忘れがちだけど……ギルさんやサウラさんたちからも信頼されているオルトゥスの重鎮なんだよね。その実力の凄さを、こんなところで垣間見るとは。なんだか新鮮だ。


 ビュンビュンと風を切って走っているはずなのに、私の乗る車両はあんまり揺れないし、風も感じないから、首輪にそういった魔術も埋め込まれているのだろう。本当に便利だよね。それがなかったら今頃、私はこの車両内でシャッフルされているところだ。

 次から次へと流れる景色を見て、新幹線を思い出す。どっちが速いかな? などと呑気に考えてしまった。


「お昼前には着くよ。着いたら昼食にしようか」

「はい!」


 たしかにこのペースならあっという間に着いちゃうだろうな。セントレイでのお昼ご飯かぁ。何か名産とかあるのかな?

 もはや旅行気分の私は、ニコニコと上機嫌でそんなことを考えながら外の景色を楽しんだ。

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