連休


 くぅ、今日もいい天気だ。窓から明るい日差しが差し込んでいるからね! うっかり寝すぎてしまわないように、いつもカーテンは閉め切らず、一部レースのカーテンのみにしているのだ。ちょうど起きる時間くらいに顔に光が当たるので、目覚ましがわりになっている。


「あう、身体が痛いー!」


 本来ならうーん、と伸びをして爽やかな朝を迎えているはずなんだけど、今日はダメだ。なんせ昨日はジュマ兄との訓練だったのだから。結構、何度も受けているのに、未だに翌日の午前中は筋肉痛に悩まされている。おかしいな、そろそろ身体が慣れてくれてもいいのに。けど、ピクリとも動けなかった初日に比べれば進歩したといえよう。


 そして、動けないのをあらかじめ考慮してか、ジュマ兄訓練の次の日はお休みの日となっている。サウラさんの計らいで。よくわかってらっしゃる……でも、お休みだからといって、ずっと寝てるのはもったいない! 昨日は夕飯を食べずに泥のように眠ったからお腹も空いてるしね! ぐぅ。ほら、鳴った。

 のろのろとベッドから降りた私はクローゼットに向かい、簡単に着られるワンピースをチョイスしてささっと着替える。今日のワンピースは紺色で、ちょっぴり大人っぽいデザイン。うふふ、お姉さんみたいでしょ。背伸びしたいお年頃なのである!


 こうして着替え終えた私が部屋から出ようとすると、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。何となく誰がきたのかはわかったけど、はぁいと返事をする私。


「メグ。動けてるか?」


 扉の向こうから聞こえてきたのは、心配そうなギルさんの声。あ、やっぱり。予感的中だ。ジュマ兄訓練の翌日は動けないことを知っているから、こうして来てくれるのだ。過保護だけど嬉しい。

 私はそっと扉を開けてギルさんを見上げると、笑顔で答えた。


「えへへ、ちょっとあちこち痛いけど……大丈夫!」

「……そうか」


 ちゃんと自力で動けるし、歩けたからね! 目元を緩ませたギルさんに向かって、今日もギルナンディオさん、と朝の挨拶をすれば、いつものように頭を撫でながら挨拶を返してくれました! うん、これこれ! これがないと1日が始まらなーい!




 ギルさんと二人食堂に向かうと、珍しい人物を発見したので思わず駆け寄る。白衣を着たままのナイスミドル、ルド医師である!


「ルドヴィークせんせー、おはようございます!」

「ん、メグか。おはよう。ちゃんと呼んでくれて嬉しいよ」


 うふふ、挨拶の時はきちんと名前を呼ぶって決めたんだ! だって、この世界の人たちって名前が横文字でしょ? それに、長い名前の人が結構多い。ずっとカッコいいなぁって思っていたのだ。愛称で呼ばせてもらえるのももちろん嬉しいけど、きちんと名前を呼ぶ機会も作りたいとかねてから思っていたのである。別に、噛まなくなったから嬉しくて披露してるわけじゃないんだからね!


「夜勤明けか」

「まあね。でも今日明日の2日間は、休みをもらっているんだ」


 ギルさんがそう尋ねると、これまた意外な答えが返って来た。ルド医師が連休ってなんだか珍しい気がする。1日休みを飛び飛びで取ってるイメージだったからね。知らないだけで休んでたかもしれないけど。オルトゥスはしっかり休日を取るようにっていう方針だからね。社畜などいないのだ……!


「もう、そんな時期か」

「……まあね。久し振りにゆっくりしてくるよ」


 おや? ギルさんは何か知ってるっぽい口ぶりだ。そしてどこか心配そうな表情に見えた。なんだろう? もしかして、毎年恒例の何かがあるのかな? 

 ……そういえば、毎年このくらいの時期にルド医師がどこかへ行ってるような気がする。そして、次の日に帰ってきたらみんなが盛大に出迎えるのだ。ちょっと不思議だったんだよね。


「この時期に、何かあるんですか?」


 今こそ聞いてみるチャンスかもしれない。気になるし、こてんと首を傾げて聞いてみる。でも、私はすぐに後悔した。だってルド医師の顔に、ほんの僅かに影が落ちたのがわかったから。

 だけど、ルド医師は隠さずに教えてくれた。私の頭を撫でながら、どこか切なそうな眼差しで。


「ああ。今日はね、私のつがいの命日なんだよ」


 そんな、衝撃の告白を聞いてしまったのだ。


 番……番って、パートナーみたいな存在って認識でいいのかな? 聞いたことはあるけど、詳しく誰かに聞いたことってないんだよね。でも、なんとなく大事な人なんだってことはわかる。そして、命日ってことは、ルド医師の大切な人はもう……そう思って思わずしゅんと眉も下がってしまう。


「そんな顔しなくていいよ。もう200年も前のことだし」

「で、でも……! 時間は関係ないよ! 悲しいって、寂しいって思うのは、どれだけ時間が経っててもなくならないもん」


 お父さんだって、1人でこの世界に飛ばされた後、私と再会するまでずっと寂しかったって言ってたもん。本気で辛かったって。あれだって、200年くらい経ってた。時間が経過したからって、寂しいものは寂しいのだ。大人だからって、我慢しなきゃいけないなんてことはないと思う。


「……そうだね。メグは優しいな。もちろんまだ悲しいさ。けど、メグまで一緒に悲しまなくていいんだよ。むしろ笑っていて欲しいかな?」


 それはごもっともだ。私までしょんぼりしてたらダメだよね! そう思ってにへっと笑ってみたけど、たぶんうまく笑えてない。おかしな顔になってるのがわかる。仕方ないでしょっ。私はついつい感情移入してしまいがちなんだもんー!


「私はね、そんな気持ちを忘れないように、毎年御墓参りに行ってるんだよ。彼女の好きだった花を持って、ね」


 でも、そんな私に優しく微笑みかけながら、ルド医師は教えてくれた。そっか、毎年お墓参りのためにお休みをもらってたんだね。

 けど、ルド医師の大切な人かぁ。どんな人なんだろう。


「私も、行ってみたいなぁ……」

「え?」


 しまったー! うっかり口に出てたみたいだ! バカバカ、私ったらなんて事を口走ってしまったんだ! 亡くなった相手とはいえ、2人の大切な時間の邪魔になってしまう。流石に私だって空気を読むよ!


「ご、ごめんなさい! そうじゃなくてー、ルドせんせいの番って、どんな人なのかなぁって思ったらつい……!」


 なのですぐさま謝りましたとも。本気で付いていきたいって思ったんじゃなくて、いや、行ってみたいとは思ったけど、邪魔をするつもりはないのだ。思わずあたふたとわけのわからない言い訳みたいなことをツラツラ言ってしまうこの口よ。


「ふふ、構わないよ。一緒に行くかい?」

「もちろん、大人しくギルドで待って……え?」

「シエラに、君のことを紹介するのもいいな、と思ったんだ。メグさえ良ければ、一緒に行こうか?」


 ところがどっこい、話は思わぬ方向へ! え、え? 今、一緒に行ってもいいって言った? やや混乱気味な私は思わずギルさんの方に顔を向けた。ギルさんもかなり驚いた顔してる。珍しい……。


「ルドが一緒なら大丈夫だろう。メグが良いなら、サウラにも交渉しよう」


 でも、ほんのわずかに考えたギルさんはすぐに答えを出した。意外にもあっさりと保護者筆頭のオーケーが出たぞ? ルド医師に対する信頼の深さがよくわかる。あのギルさんが、ルド医師なら大丈夫だって言うんだもん。本当に大丈夫なのだろう。でも、ほ、本当にいいのかな?


「え、えと、良いんですか……?」

「もちろん。可愛いうちの看板娘に、彼女も会いたいと言うはずだからね」

「じゃ、じゃぁ、一緒に行きたいです!」


 ルド医師の番だというなら、良い人に違いない。ルド医師にはとってもお世話になっているし、私もご挨拶したい気持ちはあるのだ。好意的に誘ってくれているみたいなので、ここは素直に意思を主張することにした。


「よし。そうと決まれば準備しないとね。荷物は……まぁ、メグの収納魔道具ならなんでも入ってるし大丈夫だろう。朝食の後に、サウラに話をしに行こうか」

「はいっ!」


 突然決まったお出かけの予定だけど、おっしゃる通り荷物の心配はまるでいらないので大丈夫。転移事故の後、それまで以上にあれこれ持たされているからね……今なら単身でたとえジャングルとかに飛ばされようとも数ヶ月は生き延びられるよ。むしろ快適な空間を作り出せてしまうほどだ。


 と、いうわけで。私たちは朝食を食べ終えた後、3人でギルドのホールに向かうのでした!




「ルドと一緒に? ……なるほど、いいわね。うん。いいわよ、行ってらっしゃい。メグちゃんは明日仕事の日だったけど、上手いこと都合をつけておくわ!」


 サウラさんの返事はあっさりとしたものでした。すごいな、ルド医師への信頼。まぁ、初期メンバーだっていうから実力も十分なのはわかっていたけれど。でも、戦闘職じゃないから誰かを付ける、とかあるかもしれないと思っていたのである。


「すみません、サウラさん。帰ったらしっかり働きますね!」


 とはいえ、その為に明日もお休みをもらうことになってしまったので、ここはきちんと言っておかねば。……ま、正直なところ、私が仕事してようがしてまいが、支障はまったくないんだけどね! あ、言ってて悲しくなってきた。


「ふふっ、メグちゃんのそういうところ、大好きよ! 一生懸命で、休みの分を取り返そうとするなんて、偉いわ!」


 と、褒められはするけど、たぶん社畜時代の癖が残っているだけだと思う。本当に、1人だけ休みをもらうことのハードルの高さったら! 居た堪れないし、その分働くんだよなぁ? という無言の圧力……ああ、恐ろしい。ぬるま湯での生活に慣れきった今、もうあの生活が出来る気はしない。


「何かあれば、俺がすぐに駆けつけるから」


 ポン、と私の頭に手を乗せて、ギルさんの頼もしい言葉を聞く。や、事実すぐに駆けつけてくれるからね。ちょっとピンチ! って時には、必ず。私が呼ぶ前に。一体、どういう原理なのだろうと実は不思議だったりする。


「メグが本当に頼もしくなったからこそ、だよ。だから私と2人でも出掛けられるんだ」

「え、そ、そう、かな?」

「そうよー! 今のメグちゃんの実力と、ルドという頼もしい付き添いだからこそ、私もすぐに許可が出せるの!」


 でも、そんな嬉しいことを言われたので私の疑問もすぐに吹き飛んでしまった。えへへ、私もちゃんと成長できてるんだなぁ。嬉しい!

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