ジュマとの訓練


 やってきました、訓練場! 初めてここにきた時は緊張したなぁ。確か、シュリエさんに連れられて、シュークリームを食べた思い出。……おやつを食べただけじゃないよ? 精霊が見えるようになる大切な儀式もしたんだからね!

 今でも覚えてる。世界がキラキラして見えた時のあの感動。あの日から、精霊が身近な存在となって、シュリエさんが私の師匠になったのだ。


 お父さんとか、ギルさんとか、ケイさんやジュマ兄、他にもたくさんの人が私に色んなことを教えてくれるけど、師匠と呼べる絆を持つのはシュリエさんだけだ。やっぱり同族っていうのも大きいと思う。本当は私はハイエルフだけど、細かいことは良いのである。


「お、メグ! 来たなー!」

「ジュマ兄! よろしくお願いします!」

「おう、今日も覚悟しとけー!」


 さてさて、本日の先生はジュマ兄である。いやぁ、最初は物凄く反対されたんだよね、ジュマくんを先生にするの。力の加減はできないし、私だからってあんまり手加減はしないし、何より容赦なく指示を出してくるし。およそ幼女に対する訓練を超えているってことで暫くは教わることが出来なかったのだ。


 でも……実は私は早くジュマ兄に教えてもらいたかった。なぜなら、他の人は優しすぎるから。みんながね? 私に優しくしてくれるのはありがたいんだけど、無茶なことは絶対させてくれないし、すぐ休憩させようとするしで、あんまり訓練にならなかったのだ。

 最もバランスの良い指導をしてくれるのが、お父さん。けど、お父さんはあれでもオルトゥスの頭領ドン。忙しいのでそう毎日訓練に付き合ってはもらえない。こればっかりは仕方ないよね。わがままも言ってられない。……けど、最近は訓練どころか顔も見てないので、娘は少々寂しかったりする。泣かないけどっ!


「んじゃ、まずは準備運動からするかー」

「はぁい!」


 というわけで、日替わりで先生が変わるんだけど、結構前からその先生の中にジュマ兄を入れてもらうことにしたのだ。私からサウラさんに頼み込んだことでようやく実現した。最後まで渋ってたけどね。

 だからというかなんというか、ちょっと私が擦りむいただけでジュマ兄が鬼のように叱られるのだ。むしろジュマ兄が鬼なのに! なんだか可哀想なので、私は出来るだけ怪我をしないように、と気をつけている。


「ちょっとの怪我くらいむしろした方がいいのに。怪我は勲章だよなぁ?」

「ちょっとの怪我くらい別にいいとは思うけど、勲章にはならないよっ」


 ただ、ジュマ兄本人が叱られても全く懲りないタイプなので、もはや気にするだけ無駄かな、とも思うんだけどね!


 お昼ご飯を食べた後なので、しっかり念入りに準備運動をしていく。30分ほど休憩時間があったから大丈夫だと思うけど、ジュマ兄の訓練は激しいからね。ここでしっかり身体を慣らしておかないと、後でキツイのだ。しかーし! ジュマ兄の訓練はその準備運動から厳しい。


「おいおい、もっと行けんだろ。あと10回!」

「うあ、これもう準備運動じゃなくないぃ?」


 知らない間に訓練に移行しているんじゃないかって思う。おかしいな、ついさっきまで屈伸とかしてたのに、なんでもう腹筋してんだろう? あと、いくら体力がついたっていっても所詮は子ども、腹筋もめちゃくちゃ頑張って20回が限界です。脳筋めぇぇぇ!


「おい、本気か? 腕立て、まだ5回だぞ?」

「プルプルするぅ……!」


 腕立てに関しては10回できたらいい方である。毎日訓練しててもこれなのだから、私は本当に魔術向きなのだ。肉体派にはどう足掻いてもなれない。ぐすっ。


「よし、じゃ訓練始めるぞー! あー……ちょっと休憩してからにすっか」

「そ、それで、お願い、しますぅ……」


 とまぁこんな調子なので、子どもの身体はジュマ兄曰く「ほんの僅かな準備運動」だけでヘロヘロになっています。足上げ腹筋で足を上げた瞬間、ポンと足を押されて下され、それでも床につけずに再び上げる、というあの魔の腹筋がかなり堪えた……ジュマ兄は私に何を目指せというのか。


 そうやって、脳内では文句を言うものの、口には出さない。だって、ジュマ兄の厳しい訓練を、と頼んだのは私なんだもん。文句を言うのはお門違いなのだ。なのだけど……あとほんの僅かでいいから、まだ子どもだと言うことを考慮してほしい! いつもこの段階で動けなくなってしまうからね! というわけで、これじゃ訓練にならないのでシズクちゃんに助けを求めるのだ。


「シズクちゃぁん……」

『主殿、今日はハードモードの日なのだな。いつものやつであろう? 任せるのだ』


 そう、ジュマ兄の時はいつもこうなのだ。シズクちゃんの、体力回復薬をほんの少しだけ振りかけてもらうことで、ようやく少し動けるようになるから。ほんの少しに止めるのは、全快してしまうのは訓練にならないからである。

 なので、立ってまた運動出来る、というだけで、疲労感は残っているという状態。クルリと大きな水色狼なシズクちゃんが一回転すると、私に薬の霧がかかり、回復される。ふぅ、これで大丈夫。


「シズクちゃん、ありがとう!」

『うむ、頑張るのだぞ、主殿』


 スクッと立ち上がった私は、シズクちゃんにお礼を言うと、再びジュマ兄に向かってお願いしますと頭を下げる。


「お、もういいのか? じゃ始めるぞ!」


 そうして、水鉄砲を構えてニヤリと笑うジュマ兄に身体を震わせるのだった。む、武者震いだしっ!




 それから数時間後、訓練場のアスレチックで、力尽きてびしょ濡れになって倒れている私がいた。あ、いつものことなので気にしないでいただきたい。


 ちなみにどんな訓練をしていたかと言うと、なんてことはない。アスレチックからは降りないという制限付きで、ひたすらジュマ兄の水鉄砲攻撃を避け続けるのである。当たらなければ濡れないというわけだ。そして今の私はびしょ濡れ。お察し頂きたい。


「じゃ、今日の訓練はこれでおしまいな! ちゃんと上達してるぞ、メグ! 今日は前半ほとんど当てられなかったしなー」

「そ、そお? ……なら、よかっ……」


 そして力尽きる私。パタリ。もう無理。顔上げて話すのさえ無理。意識までは失ってないけど、動ける気はしない。うははと笑いながら、私はジュマ兄に抱き上げられた。小脇に抱えられていた当初を考えると、ちゃんと横抱きにされているだけかなりの進歩である。ジュマ兄も、学習するのだと知った。


「ちょっと前まで、昼寝が必要なくらいだったもんな。そう考えると、すげぇよメグ。本当だぞ?」


 そうかな。そう言ってもらえると自信になるよ。正直、いつも惨敗だからこれに意味があるのかなって凹み始めていたところなのだ。目を閉じたまま、嬉しくて僅かにニマニマ笑ってしまう。


「お前は魔術以外はからっきしだろ? 他に攻撃手段も自衛手段もないからさ。いざという時、身体が勝手に反応して、攻撃を避けられるようにしてぇんだよ。攻撃さえ当たらなきゃ、どうにかなるだろ?」


 私を抱えて訓練場を出ながら、ジュマ兄はそんなことを言う。なるほど、この訓練にはそんな意図があったのか。私を狙い撃つジュマ兄はムキになったりしてるから、遊びの延長かと思ってた私を許してください。


「逆に言えば、お前は一度でも攻撃をくらったらやられちまうってことだ。色んな結界魔道具も持ってるから、そうそう命の危険にはならねぇだろうけどよ、それに頼りすぎちゃダメだ。場所や相手によっては、魔道具も正常に反応しなかったりするしな」


 ほんと、ここまで考えてくれていたのかと素直に驚く。いや、本当にごめん。いじめだーっとか思いながら訓練受けててごめんなさい! ごもっともすぎて反論の余地がありませんとも!

 私だって20年ほど前の人間大陸飛ばされ事件を忘れたわけではないのだ。あの時は物凄く悔しい思いをしたからね。もっと、力があればとどれほど思ったことか。


「今のメグなら、そこらの奴相手なら攻撃を避けられる。体力と筋力はねぇけど、身の軽さはかなりのもんだ。だから自信持てよー!」


 うはは、と笑いながら言うジュマ兄だけど、その言葉だけはどうも信じられない。だって、いつも惨敗なんだもん。ジュマ兄が相手なんだから当たり前だけどさ、自分がどの程度戦えるのかなんて、実戦でもしないかぎりわかんないから。

 でもそうだ、お父さんからの許可があるんだっけ。これはいつ実戦になってもいいように、気を引き締めねば! ジュマ兄の腕の中でほんの僅かに回復した私は、小さく両拳を握り締めた。




「ジュマ、またメグをこのまま連れてきて……」

「だってオレ、魔術使えねーもん」

「タオルで包むとか方法はいくらでもあるでしょう?」


 ギルドのホールに辿り着くと、私はジュマ兄からシュリエさんの腕に渡った。氷点下を思わせるシュリエさんのひっくい声にも臆すことなく、ジュマ兄はあっけらかんと笑っている。いつもながらすごいハートの持ち主である。


 シュリエさんに抱きかかえられた瞬間、ふわりと暖かな風が私を包み込んだ。そのおかげで、下着までビッショリだったのが一瞬で乾ききってしまった。柔らかなお日様の光の下、日向ぼっこをしたかのような心地よさだ。さすがはシュリエさんである。風の契約精霊ネフリーちゃんと、熱か火の精霊さんの合わせ技だろう。


「シュリエさん、ありがとー」

「このくらい、いいのですよメグ。でも、ちゃんとお風呂には入ってくださいね。身体の芯までは温められませんから」

「ふぁい……」


 優しい手つきでふんわりと私を包み込んでくれるおかげで、お風呂に入る前に寝ちゃいそうだ。ついつい、返事とともにあくびが堪えきれず、ふあぁ、と大きな口を開けてしまった。お行儀悪くてごめんなさい。


「おやおや。この調子では、今日もメアリーラに一緒にお風呂に入ってもらうよう頼みましょうか」


 クスクスと笑うシュリエさん。メアリーラさんにお風呂に入れてもらうのも、ジュマ兄訓練の時のお決まりと化している。なんだか申し訳ないけど、メアリーラさん本人は物凄く喜んでくれるし、むしろこの日は一緒にお風呂の日、と手帳に記載されているほどらしいので素直に甘えます。


「よろしく、お願い、しましゅー……」

「ふふ、お安い御用です。いつも愛らしいですが、疲れ切ったメグは、幼い頃に戻ったようでかわいいですね」


 だって呂律が回らないんだもんー。きっと今日は夢も見ずに寝てしまうだろう。夕飯が食べられそうにないのが残念だけど。空腹より睡魔に勝てない。これもいつものこと。

 なのでこのまま、夢現にメアリーラさんとお風呂に入り、甲斐甲斐しく御世話をされて、いつの間にかベッドに潜り込んで熟睡する。私の1日は、こうしてあっという間に過ぎていくのだ。おやすみなさーい!

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