sideラビィ2
生きる意味、ってなんだろうね?
最近、柄にもなくそんな事を考えるようになった。それもこれも、全部リヒトやメグ、ロニーの影響だろう。
「何しにきたんだいっ! この詐欺師っ! 二度とその面見せんじゃないよっ!!」
あたしは今、村のおばさんにそんな風に叫ばれながら、石を投げつけられている。額から血が流れようが、気にしない。頭をしっかり下げながら、その言葉も行為も受け止めていた。
「暴力行為はおやめください。今度は貴女を捕まえなければならなくなる」
「うるさいっ! あぁ、アンナ……辛かったろう、痛かったろう……娘はもっと酷い目にあったんだ! このくらいなんだっていうんだいっ!?」
石を投げつけるおばさんを、騎士団の人たちが取り押さえる。別に、止めなくてもいいのに。あたしは殺されたって文句言えないことをしてきたんだから。
ああ、でも。死ぬわけにはいかないんだよね。あたしはこの罪を、このちっぽけな生涯をかけて償っていかなきゃいけないんだから。
村の人たちから向けられる蔑みの眼差し、おばさんから向けられる殺意。そのどれも辛いというより、当然のものとして受け止められる。けど──
「でも……この人は、唯一、私に優しくしてくれたよ? ずっと……」
被害者の、あたしを擁護する言葉だけは、あたしの胸を深く抉る。
まったく、なんだってあたしを庇おうとするんだ。リヒトたちだってそうだ。ちょっと優しくされたからって、信用しちゃダメだってんだよ。
いくら優しくしたからって、あたしのした事は犯罪なんだから。結局は利用して、売り飛ばすんだから。
けど、辛くなきゃ償いになんてならないか。これが私への罰なんだと思えば、耐えるしかないね。
こうしてあたしは、今日も騎士団と一緒に、取り返した被害者たちを連れて他の村へと向かう。
あたしの今の仕事は、自分で騙して連れて行った被害者を、可能な限り取り戻して元の村へと送り届ける事なんだ。その際、罵られるのは当然で、保護した全ての人たちを帰すまで、この苦行は続く。
リヒトたちは、あたしに……ううん、あたしたち全員に生きろ、という決断を下した。あたしは、大体それを予想していたけど、甘いもんだねって馬鹿にしたものだ。
だけど、生きる意味を見出せないあたしにとっては、死ぬより辛い選択でもあった。
ゴードンたちはいいよ。まるで自動人形のように、指示されたことをこなししていくだけ。そこに良い感情も悪い感情もないんだから。それが、当たり前。
だけど時折すれ違うゴードンは、あたしを見つけると、何か言いたそうな視線を投げてくる。不満そうな、寂しそうな。そんな目だ。
まさか、ゴードンにも何かが芽生えた、なんてことは……ないよね?
それは、あたしには知り得ないことだけど……いつかまた、馬鹿馬鹿しい話を一度だけでも出来たらな、とは思うんだ。生きててくれて、嬉しいとも。あたしも大概、毒されてるね、これは。
「セラビス、面会の日取りが決まった」
ある日、あたしが寝泊まりしている場所へ、騎士の1人がやってきた。こいつはライガーと名乗り、あたしの面会担当なのだという。なんでも、メグには恩があるんだとか。いつの間にそんな伝手を得ていたんだろうねぇ。
「来月、リヒト殿が会いに来るそうだ。時間は限られている。話す内容を決めておくと良い」
「……ああ。ありがとうよ」
ここの騎士たちは、みんなあたしたちに丁寧だ。普通、犯罪者や奴隷には、もっと厳しく当たるもんだろ? 優しくされるわけでは決してないが、ちゃんと「人」として扱い、最低限の衣食住を提供してくれるんだから不思議だよ。食事なんかはリヒトと2人で暮らしてた時と変わらないし、3食出されるしね。準備しない分、楽なくらいだ。……まぁその分、他の仕事をさせられるわけだけど。
それにしても、面会か。あたしが最後にリヒトたちに会ったのは、事件の終幕の時。最悪の別れだったと思うんだけどねぇ。もう2度と、会うことはないと思っていたのに。人生ってやつは思うようにいかないもんだね。どの面下げて会えばいいってんだい。あの子たちは本当にあたしを追い詰めるのが得意なんだから。まぁいい。顔だけ見せて、さっさと帰ってもらえればいいだろ。
そう思ってたあたしは、まだまだリヒトのことをよくわかってなかったみたいだけどね。
「で、鉱山ドワーフには、転移陣を通る度に対価を支払わなきゃいけないんだよ。参るだろ? だから俺は考えたんだ!」
あたしがリヒトの待つ面会部屋にやってくると、リヒトはよぉ、ちょっと痩せたな、ラビィ? って当たり前のように話し始めた。まぁ座れよなんて偉そうに言ったかと思えば、聞いてもいないことをベラベラと喋りだす。こんなにおしゃべりな奴じゃなかったと思うんだけど?
「ロニーからの手紙を預かることにしたんだよ! そのために一度ギルドまで行かなきゃなんねーのが面倒だけど、ロニーやメグに会いに行ける口実もできたし、まぁいっかって! で、鉱山ドワーフ族長に取引したんだ。息子の手紙が欲しけりゃ通らせてくれって。めちゃくちゃ睨まれたけど、どうにかこうにか取引成立したんだ。俺、なかなかやるだろ?」
……本当に、なんでこんなにノンストップで喋り続けるんだ。
「魔王様にも褒められたんだよ。よくあのドワーフの首を縦に振らせたなって! クロンにもやるじゃないですかって言われたし。あ、クロンってのは俺の師匠みたいな人でさ、最初はクロンさんって呼んでたんだけど気持ち悪いからクロンでいいって、照れ隠しかなー? んなわけないか! あんな美人、今まで見たことないくらい綺麗な人なんだよ。ラビィにも合わせてやりた……」
「ちょっと待ちな、リヒト」
……ああ、そうか。
リヒトだもんね。そう簡単に、変わるわけもない。突然、お喋りな性格になったわけじゃないんだ。リヒトなりにあたしを──
「無理、しなくていい」
「……っ、ラビィ……!」
ー気遣ってくれたんだろ? 久しぶりに会ったあたしは、あの頃よりずっと痩せたし、顔色も悪くて。不安になったんだろ?
昔、あたしが病気で臥せってる時も、一度こんな風にお喋りになってたよね? 忘れてたよ。まったくあんたって子は。
「なんだよ、なんだよラビィ……もっと食えよ、もっと元気出せよ……そりゃ、無理かもしんねぇけど……そんなラビィ、ラビィらしくない!」
あーあ、泣かせちまったね。そろそろ成人も近い男がメソメソすんじゃないよ。本当に、世話の焼ける。
「あたしは、ラビィじゃなくて、セラビスだ」
「違ぇよ! 俺はセラビスなんて知らねぇもん。お前はラビィだ! なんだよ、セラビスって。変な名前っ!」
リヒトのあまりの暴論に呆気にとられたあたしは、つい吹き出しちまったよ。顔だけ見たら帰ってもらおうと思ってたのに。あーあ、完敗だね。
「ぶはっ、リヒト、あんた世界中のセラビスに失礼だよ! なんだい変な名前って!」
あたしが笑いだしたのを見て、少しぽかんとしたリヒトは、乱暴に腕で自分の涙を拭い、からかうように口を開く。
「ラビィには変だって言ったんだ! オシャレすぎるよセラビスなんてさ! もう名前、変えちまえよ!」
「あぁ、もう、勝手にしな」
結局、この後も中身のない、馬鹿みたいな話だけをして時間が過ぎた。貴重な面会時間だってのに、あたしもリヒトも馬鹿だよね。
でも、これでいいって思った。
「では、また面会の予約が入り次第、お伝えに参りますね。……ラビィ」
「! ……あぁ、よろしく頼むよ」
担当騎士、ライガーは話のわかる奴だね。その後、人のいる場ではセラビスと、2人の時はラビィと呼ぶ気の回しようを見せた。ま、それがなんだって話だけど。
さ、明日も、石を投げつけられに行こうじゃないか。
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