穏やかな朝


 んーっ、よく寝た! 今は、朝かな? でもとっても静かだからまだ朝早いのかもしれない。寝る時、手を握って癒してくれたレキは、今いないようだ。レキの癒しパワー本当にすごい。身体の怠さはまだ残ってるけど、目覚めがとてもいいもん。心がスッキリしているのがわかる。


 ゆっくり身体を起こしてみる。昨日上半身を起こしてお話ししてたのもあって、頭のフラつきはあまり感じない。けど、これ立ち上がったらフラフラしそう。リハビリが必要だろうなぁ。あ、前にもこんなことなかったっけ?


 とはいえ、暇である。もうひと眠りはする気が起きないし、少し身体を動かしてみようかな。

 ベッドの上で腕を伸ばしてストレッチ。足もググッと伸ばしてゆっくりほぐしていく。首を回したり肩を回したり。足首も回して膝を曲げたり伸ばしたり。


「少しあったかくなってきた!」


 血行が良くなってきたのかほんのり暑い。自分の身体を思うように動かせるようになってきたところだったから、この20日のブランクは痛いなぁ。だから気が急いちゃうけど……焦りは禁物だよね。

 でも、少しだけ歩いてみようと思い立って、ベッドからゆっくり降りてみた。あっ、やっぱり生まれたての子鹿のようだ!


「こ、これは、本当に予想以上に厳しいっ」


 ベッドにしがみつくようにして立っているんだけど、足がフルフルと震えてやばい。せめてベッドの端くらいまでは横歩きしてみようと足を動かす。たっぷり1分くらいかけてほんの3歩ほどの距離を移動した。そして再び元の位置に戻ろうとしたところで、ベッドにしがみついていた手の握力が限界に達する。


「あっ、わわっ……んにゃっ!?」


 手を離してしまった焦りで近くの何かを掴んだんだけど、掴んだものが悪かった。点滴はないわー。そりゃ一緒に倒れるわー。倒れる景色をスローモーションで見ながら、為す術なく盛大にガシャーンと音を立てて転んでしまったわけである。


「メグ!?」


 当然、近くにいたらしいルド医師が慌てて駆けつけてきたので、私はえへへと誤魔化し笑いを浮かべた。


「お、おはよーございます。えっと、こ、転んじゃった」

「メグ……まったく、お転婆だね?」


 呆れたような顔をしながらも、安心したようにほっと息を吐くルド医師。ほんとすみません……調子にのりました。怪我はないかい? と聞きながら、テキパキと片付けをするルド医師は、3人の父親以上に頼りになりそうなパパオーラを放っていた。

 これ以上父親はいらないけど、最も父親らしい父親になるだろうな、なんて考えちゃった。




 結局そのまま健康診断をしてもらうことになった私。その間、色々お話もした。レキはついさっきまで私の側にいてくれてたみたい。ルド医師が来たからちょうど交代のタイミングだったんだって。


「今のメグから目を離すことなんてできないよ。でも見事に、その見てない僅かな瞬間で転ぶんだから……油断できないなぁ」

「ごっ、ごめんなさい」

「ははっ、気にしなくていい。むしろこっちが転ぶ前に助けられなくてごめんよ。糸は張ってたんだけど、メグの異常を感知する用途だったからね。転んだ瞬間には間に合わなかったんだ」


 むしろ糸を張り巡らせて、転んでも大丈夫なようにクッションにすれば良かった、と呟くルド医師。あ、この人も過保護だった!


「……本当に、心配したんだ。メグがいない間、オルトゥスのみんなは仕事どころじゃなかったよ」


 もちろん、働かなきゃ回らないわけだから、皆さん仕事はこなしてはいたそうだけど、事務員はちょくちょく上の空になってミスが増えたし、依頼をこなす者たちは失敗はしないものの、泊まりの依頼は一切受け付けず、毎日必ず私が帰ってないか確認しに帰ってきたらしい。


「みんな、毎日メグの事を考えてた。辛い思いをしてないか、無事でいるかって。だから、血塗れのメグがギルに抱えられて帰ってきた時は、ギルド内が殺気で溢れて大変だった」

「ひえっ」


 治療はしたものの、着替えは私のブレスレットの中にしかないから、血塗れのままだったそう。うわぁ、申し訳ない。

 今思えば、戦闘服を着てれば怪我も抑えられたかなって思うけど……あれは人間の大陸では目立ちすぎて普段からは着られなかったのだ。逃亡中だったしね。捕まった後は魔力抑止されてたし、その後はたぶん気が回ってなかった。私はまだまだ未熟である。


「本当に、無事で良かった」

「ルドせんせ……」


 ほら、顔の腫れは完全に引いたよ、とルド医師は手鏡を渡してくれた。あ、ほんとだ。そして髪と目の色が戻ってる。着替えをしてくれた時に、メアリーラさんが一緒にネックレスを外してくれたのかな?

 ついでに手足の火傷も確認してみたけど、本当に綺麗になってる。結構、酷い火傷だったのにすごい。足の傷もちゃんと治ってるし、これならリヒトやロニーも綺麗に治ってるだろう。良かった。


「ギルには今連絡しておいたから、すぐ来ると思うよ。そうしたら、早めにここで朝食を摂って、それからリヒトくんとロニーくんの元へ行こう」

「! はい! ありがとうございますっ」


 2人とも、気が沈んでたりはしないかな? オルトゥスのみんなは優しいから、大丈夫だと思うけど。何より、早く顔が見たかった。


「ん、ギルが来たみたいだね。やっぱりと言うべきか、来るのが早い」


 クスクスと笑いながらルド医師は立ち上がり、仕切りになっているカーテンを開けた。奥の方からギルさんが来る気配がして、そわそわしている自分に気付く。私ってば本当にギルさん大好きだな!? いや、大好きだけど!


「よく眠れたか?」

「おはよーございます、ギルさん! ぐっすり眠れたよ! ギルさんは?」

「ああ、俺もゆっくり休めた」


 具合も良さそうで良かった、とギルさんは僅かに微笑む。やっぱりこのイケメンスマイルは何より私を癒してくれるよ……眼福、眼福。


「おはようなのです! メグちゃん、早起きですねぇ。朝ご飯、持ってきたのですよー」


 すると、見事なタイミングでメアリーラさんがやってきた。今日も元気な姿に私の方が元気になる。


「メアリーラ。君も今日は早く休みなさい。治療でかなり力を使っただろう?」

「ううっ、メグちゃんと語り合いたかったのですけど……でも、お言葉に甘えるのです」


 聞けば、私たちの傷はメアリーラさんが治してくれたという。不死鳥の力を使う事で、奇跡の回復が実現するんだって。でもそれはかなり疲れる事だから、滅多なことでは使わないんだとか。メアリーラさん……!


「メアリーラさんっ! 本当に、本当にありがとう!」

「ふふっ、力になれてとっても嬉しいのですよ? 不死鳥に生まれて良かったって、初めて思ったのです。こちらこそ、ありがとうなのですよ」


 なんて良い子なんだ、天使か……! 魔術とは違って自分の生命力を使うから、消耗するらしいんだけど……それを厭わないなんて泣けるよ! 元気になって、メアリーラさんも回復したら絶対にお礼をしようと心に決めた。今はゆっくり休んでね!


 こうして、メアリーラさんを見送ってから私は運んでもらった朝食を食べ始めた。ずっと点滴だったから、お約束のお粥だけど。しかもほぼ白湯の……はやくチオ姉の美味しいご飯が食べたいな。お土産のスープも渡したいしね!


 そのためにも、せっせと食べて、休んで。はやく元気にならなくちゃね!

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