医務室にて


 さて、ひとしきり笑われたところで話を戻してもらおうか。他にも聞きたいことはあるんだからっ! ぐすん。


「ああ、ごめんね。ふふ、久しぶりに笑ったよ」

「やっぱりメグちゃんがいるとオルトゥスが明るくなるのです! メグちゃんがいるから、みんな笑顔になるのですよ!」


 ルド医師やメアリーラさんがそんな感じフォローを入れてくれるけど、私のハートはすでに砕け散った後である。いいの、みんなを楽しませられたならそれで……

 とまあ、いつまでも羞恥に悶えていても仕方ないので、気になることを自分から聞くことにしよう。私のガラスのハートは割と簡単に復元できるのだ。


「あの、私の他に、子どもがあと2人いたと思うんですけど……」

「ああ、リヒトくんとロナウドくんだったよね。あの子達も今はうちに来てもらっている。それぞれ別室で休んでいると思うよ。2人とももう目を覚ましているし」


 なんと! 2人ともオルトゥスに来てたんだ! それを聞いてとっても安心したよ。リヒトも応急手当てをしてもらったとはいえ、かなり重傷だったし、ロニーだって火傷も酷くて魔力も枯渇してたから心配だったのだ。


「ど、どこにいるの!? すぐ会いに……」


 ベッドから身を乗り出す勢いで私がそう言いかけると、ギルさんが私の身体をそっと押し戻し、ルド医師が軽く首を横に振った。えぇー!?


「会いに行きたいんだろう? でも、もう1日だけ我慢だ。ドクターストップだよ、メグ。明日になって、検査をして、大丈夫そうなら案内しよう。なに、2人とも逃げ出したりなんかしないよ」


 ぐぬぬ、すぐに顔を見たいところだったけど、ドクターストップなら仕方ない。それに、ドクターモードなルド医師に逆らえる気がしない……!


「自分ではわからないかもしれないけど、メグ。君はかなり重傷なんだよ? 手足首の酷い火傷、殴られて腫れた顔、足なんかあと少し傷がズレていたら二度と歩けなくなるところで……やっぱり戦争が起きてもいいから消しておくべきかな」

「いつでも行くが?」


 怖い怖い怖い! 最初は私を諭すように説明していたルド医師だったけど、最後の方は表情こそニコニコしていたけど、背後にドス黒いオーラが見えたからね? 落ち着いて!


「だっ、ダメだよ! 平和がいいっ!」


 とりあえず慌てて2人を止めておいた。さり気なく、消し炭に出来なくて残念なのです、とか黒い発言を笑顔で言うメアリーラさんも怖い。


「ふぅ……メグがそう言うなら仕方ないね。まぁ、我々がいて傷痕が残るような事はないから良いものの。残っていたらメグが止めようが聞かなかったけど」


 優秀な医療チームでこれほど喜ばしいと思ったことはないよ! でも、そこまで心配して私のために怒ってくれるのは、正直嬉しい。


「つまり、怪我がそこまで治るということは、メグの自然治癒力を無理に覚醒させているようなものなんだ。だからメグは20日も眠っていたし、今もまだとても疲れやすい身体のはずなんだよ」

「眠っている間もずっと高熱が続いていたのですよ? このまま目を覚まさないんじゃないかって、それはそれはみんなで心配したのです! もちろんそんな事にはさせないのですけどっ」


 言われてみれば、たしかに上半身起こしているだけで少し目眩がするもん。頑張って戦ってくれたんだね、私の身体。そしてみんなも。


「ありがとう、ございます……助けてくれて」


 だから、少し頭がフラつくけど、しっかり頭を下げてみんなにお礼を伝えた。心配かけてごめんなさい。でも謝るより、感謝を伝えた方がいいよね?


「助けるのは当たり前だよメグ。特にメグは、オルトゥスのメンバーで、我々の家族なんだから」

「そうなのです! 家族は助け合うのが当たり前なのですよ!」


 うっ、泣きそう! いや、もう泣かないんだもん! ぐっと堪えてどうにか笑顔を作ってみせる。


「それでも、です! だって、嬉しいから! 本当に、ありがとう。信じてた!」

「メグちゃんんんんん!」


 私の言葉に、なぜかメアリーラさんが号泣し始めた。ああっ、泣かせちゃった!


「さて、そろそろ休みなさい。少しずつ体力を戻していこう」


 20日も寝てたんだから、身体も思うように動かなさそうだ。ああ、あんなに修行したのに! でも、次はすぐに出来るようになるはず、と信じよう。覚えたことは、忘れてないからね!


「んじゃ、今度は僕の番。ギルさん交代だよ。目覚めたらって約束だろ?」

「…………わかっている」


 レキがすっと私の側にきて、近くにいるギルさんにそんなことを言い出した。にしても、ギルさん嫌そう。ものすごく嫌そう。


「心のケアは僕の仕事! 別に、側にいたくているわけじゃないんだ。し、仕方ないだろ!」


 あ、そっか。レキの虹色もふもふパワーで癒してくれるんだね! それは楽しみかも。でも。


「側にいるの、嫌なの……?」

「うっ……!」


 照れ隠しかもしれないけど、もし本音だったらお姉さん悲しい!


「べっ、別に嫌じゃ、ないし……」

「まったく、素直じゃないのです、レキ!」

「メグがいなくなった時は、サウラに食ってかかるほど焦ってたのにねぇ?」


 モゴモゴと答えるレキに、メアリーラさんが呆れたようにため息を吐き、ルド医師が聞き捨てならない事を言った。なにそれ!? 詳しく!!


「サウラは頭に血が上ったギルに、しばらく仕事させなかったんだよ。そしたら、1番の適役なのになんで早く探しに行かせないんだってレキが……」

「ばっ……! 黙れ! 黙れよ!!」

「ルド、俺もその件については耳が痛い。やめてくれ」


 えぇー!? そんな事があったのならもっと聞きたいけど……レキは顔が真っ赤になりすぎてて、ギルさんは見るからに肩を落としてて、2人ともかわいそうなので突っ込まないでおく。あ、あとでこっそり聞いちゃおうかなぁ。


「2人とも反省しているようだし、いじめるのはこれくらいにしよう。つい長話してしまったね。さあ、メグ。今度こそ本当におやすみ」

「……うん、わかった」

「じゃあ、いい加減どいてギルさん」


 私が寝るためにぽふんとベッドに倒れこむと、呆れたようにため息を吐きながらレキがギルさんをどかした。意外と遠慮がない!


「随分な言い方だな……」

「だってこのやり取り何回め? メグが目を覚ます前からずっと言ってるでしょ。ほら、治療の邪魔」


 レキがグイグイとギルさんを押すと、ギルさんは渋々といった様子で立ち上がり、場所をレキに明け渡す。不服そうだ……


「それに、ギルさんだって休まなきゃダメ。メグが起きるまで、ずっとここにいるじゃん。ちゃんと寝てきて」


 えっ!? それって20日間寝てないってこと!? いくら超ハイスペックな亜人の中でもハイスペックなギルさんとはいえ良くない! 良くないと思いますっ!


「このくらいなんてことは……」

「ギルさん! ちゃんと休まなきゃ、めっ!!」


 ギルさんの言葉に食い気味に私は叫んだ。私のせいでギルさんが体調崩すんて絶対ダメだもん。きっと、本当にギルさんは大丈夫なんだろうけど、流石に20日間はダメ!


「……次、起きたら、一緒にご飯食べよ? だから、ね?」

「……わかった」

「どっちが子どもかわかんないね、これ」


 もっともな意見だけどそれ言っちゃダメなやつ! ギルさんはレキをひと睨みし、割と力を込めてレキの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。やめてよギルさんっ! という抗議にも知らんぷりだ。ギルさんたらお茶目。


「頼んだぞ、レキ」

「ん。……まかせて」


 こうして後を任されたレキはそっと私の手を握って近くに座った。ほわん、と暖かい何かが心に広がる。魔物型のレキの毛皮に埋もれた時のような幸福感。すごい、人型でも出来るようになったんだね。

 でもちょっぴり、あの毛皮も恋しいなぁなんて思いながら私は再び眠りについた。

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