当たり前


 ……んむぅ。なんだろ、ガヤガヤ賑やかな声がする。ん? 賑やかっていうか、大騒ぎ? いや、これは、ケンカ!?


「っ、ケンカは、ダメーっ!」


 ガバッと起き上がってそう叫ぶと、よく知った顔が一斉にこちらを向いた。え、あれ? ここってもしかして。


「め、め、メグちゃぁぁぁぁんっ!!」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃなサウラさんが私に向かってダイブしてきた。ひょーっ!? けど、着地寸前でひょいと誰かに腰を掴まれ、宙でもがくサウラさん。なにこれ、ちょっと可愛い。


 ああ、やっぱりここは。


「オルトゥス……帰って、きたん、だぁぁぁ」

「ああっ、メグちゃんっ!」


 寝起きに突然上半身を起こしたからか、まだ疲労が抜けきってないからか。私はそのまま後ろにポフンとベッドに倒れこんだ。ただいま、枕。


「いい加減にしないか! ほら、起きてしまっただろう!? 心配するのはわかるが、面会謝絶だ! 出て行きなさい」

「でも、もうすぐ目覚めるって聞いたから私たち……それに今、目を覚まして……」

「……出て行きなさい。いいね?」


 ルド医師が底冷えする声色で、有無を言わせないオーラを放ちながら、この場にいた全員にそう声をかける。全員がコクコクと無言で首を縦に振る様子は異様である。サウラさんを掴んだのはどうやらこの人だったみたい。

 ふと見回せば、サウラさんだけでなく、ケイさんやニカさん、マイユさんにカーターさん、他にもいっぱい来てくれていたみたい。シュリエさんもいたけど、扉付近にいるあたり紳士だ。あ、足元にジュマくんがひれ伏してる……


「ごめんね、メグちゃん。すぐ静かになるのですよ! もうっ、目を覚ます兆候があるなんて知らせなければ良かったのですーっ」

「あの人たち、全く言うこと聞かないから」

「メアリーラさん、レキも……」


 この2人は医療チームだからいて当たり前か。でも。


「メグ、もう少し休め」

「ギルさん……」


 ふわりと頭を撫でられる感触に顔を向けると、そこには大好きなギルさん。ギルさんだけは側にいることを許したんだってルド医師が言う。その方が、私も安心できるだろうからって。

 ちなみに、お父さんと父様は人間の大陸で事後処理中だそうだ。そっか……私、帰ってきたんだ。


「う、うぅぅぅー……!」

「メグ……!?」


 ボロボロと、涙が次から次へと溢れ出てくる。帰ってきた。帰ってこれた。本当に。

 信じていたし、帰るのを諦めたりは絶対にしなかった。だけど。


「うっ、ぐすっ、た、ただいまぁっ、オルトゥスぅぅぅ……うわぁぁぁん!!」


 今くらい、泣いたっていいよね? 私は遠慮なく大声で泣いた。側にいた人たちも、それを許してくれた。みんなで、頭を優しく撫でてくれた。メアリーラさんは一緒に泣いてくれたし、ルド医師も、あのレキでさえ少し涙ぐんでくれて。ギルさんが、優しく抱きしめてくれて。おかげで私は、ますます泣いた。


 当たり前の日常が、こんなにも嬉しい。

 この当たり前は、当たり前なんかじゃなかったんだ。

 私はこの当たり前を、ずっと守って行きたいと思う。そのために、もっともっと強くなろうと心に決めたのだ。だからたくさん泣いたら、もう泣かないよ。


 だから、今は幸せの中、たくさん泣こう。




 涙が落ち着いた頃、絶妙なタイミングでシュリエさんが紅茶を運んできてくれた。控えめなノックと来訪の理由を丁寧に告げたこと、それから人望もあってシュリエさんはすぐに通される。さすがだ。

 ああ、シュリエさんのいい匂いも懐かしいなぁ。また涙が出そうになる。こらっ私! もう泣かないんだってばっ!


「これを置いたらすぐに出て行きますから。ですが、その……少しだけ、抱きしめても?」


 もっちろんだよシュリエさぁぁぁん!! 私はむしろ自分からシュリエさんにダイブした。けど力が入らずベッドから落ちそうになる。おっと、と言いながら優しく抱きとめてくれたシュリエさんは、仕方のない子ですね、と言いながらもギュッと抱きしめてくれました。ああ、優しい。いい匂い。泣きそうになるのを堪えるのと、堪能したいのとで、私はシュリエさんの胸にグリグリと顔を押し付ける。


「……これは、理性を掻っ攫っていかれますね」

「耐えるんだぞ? シュリエ」


 シュリエさんの呟きに、呆れたように答えるルド医師。くすぐったかったかな? ごめんね、シュリエさん。


 その後、名残惜しくもシュリエさんは退出して行った。さすがは見た目は美女、中身は紳士である。

 私はまだまだ安静が必要、とのことで、お行儀が悪いけどベッドの上で紅茶をいただきつつ、私が寝ている間の話をルド医師から聞くこととなった。はふぅ、美味しい。握力もなくてカタカタとカップが鳴るから、ギルさんに飲ませてもらってるのは絵面が酷いけど。


「まず、メグ。君が気を失ってから今日まで、20日ほど経過している」


 続くその言葉に思わずむせて咳き込んだ。紅茶を吐き出さなかっただけエライ、私! ギルさんが背中をさすってタオルを渡してくれた。甲斐甲斐しい。その様子を見て、飲み終えてから話すべきだったね、とルド医師は苦笑を浮かべて謝ってくれた。いいの、気にしないで!


「その間、頭領ドンと魔王様は人間の大陸から戻ってきていないよ。というか、メグが目覚めるのを待っているんだ」

「私を?」


 話を聞くと、どうやらお父さんたちは、ラビィさんやゴードンの処罰を私に決めさせろ、と皇帝さんに交渉したらしい。それまでは処刑するな、って。そしてその権利を見事にもぎ取った、と。

 な、何してんのお父さん……!? いや、実際ありがたいけどね? 知らない間に処刑されてたら、立ち直れない。


「一応、女冒険者をこちらで保護できないか、っていうのも頼んでみたらしいよ。でも、さすがに重罪人を魔大陸へは連れて行けない、と断られたんだ。これは初めから無理だとわかっていたけどね」


 そっか、わかってても聞いてくれたんだね。その事に感謝だ。決まりごとに対してワガママは言えないもん。案外、先に無理難題を言うことで、私を待つという条件を受け入れやすくさせたのかもしれないし。うん、たぶんそうだ。


「だから、メグはまた人間の大陸に向かう事になる。もちろん、その時はギルも一緒だよ」

「もう決して側を離れない。信じてほしい」


 今度はギルさんと一緒に……それなら何も心配はいらない。でも、ギルさんはどこか不安げに瞳を揺らしている。責任感の強いギルさんのことだ、私から離れてしまった事に負い目を感じているのかもしれない。

 私はそっと、ギルさんの手を両手で握った。


「私、一度もギルさんを疑った事、ないよ?」


 ギルさんは一度目を見開くと、ふわりと貴重な笑みを浮かべて嬉しそうにそうか、と言う。


「なら、その信頼に答えよう。それが俺に出来ることだからな」


 2人で顔を見合わせながらふふふ、と笑い合う。ああ、幸せだなぁ。


「メグ……? なんだか、成長したようだね」

「ふえ?」


 すると、その様子を見守っていたルド医師が何かに気付いたようにそう告げた。成長? したかなぁ? 色んな経験したから、少しはしたと思うけど、そんな風に見えるのなら嬉しい。


「話し方が流暢になってるね。噛まなくなってる」

「えっ」


 ほ、本当に!? 言われてみれば、最近噛んじゃってウワァってなる事が少ない気がする。全くないわけじゃないけど……


 もしかしたら、実はもう噛まずに話せたりしたのかもしれない。噛み噛みだったのは、あれは……私の「甘え」の表れだったんじゃないだろうか。


 私はオルトゥスで、色んな人に優しくされて生活していて、甘やかされるまま流されてた。しっかりしないとって思ってても、思ってただけだった。甘やかされている生活が心地良かったから、自ら甘えてたんだ。

 だけど、今回は自分の力でなんとかしなきゃいけない状況になって、たくさん努力したし、生き延びるために色々考えた。そりゃ、他のオルトゥスメンバーに比べれば大した事はしてないかもしれないけど、間違いなく意識が変わったんだ。


 成長、したのかな。していたらいいな。

 また、甘やかされる生活に戻っても、甘えすぎないようにしよう。今度こそ「本当」に、自分でも気を付けて成長していこう。


 私は、オルトゥスのメグなんだから。


「今なら、呼べる気がする!」

「何をだ?」


 私が拳を握りしめて宣言すると、ギルさんが聞いてくるので私はニヤリと笑ってギルさんを呼ぶ!


「ギルにゃんディオ、さん……うぁぁぁぁなんでぇっ!?」


 今なら呼べると思ったのに! ルド医師が吹き出すと、メアリーラさんもレキも腹を抱えて笑いだした。ギルさんも遅れて肩を震わせている。いや、そこは一思いに笑ってくれ!


 甘えが完全にとれるには、まだ時間がかかりそうだ……うわぁん!!

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