sideユージン3 後編


 その容姿の整った少女というのはまず間違いなくメグだろう。


「他には黒髪の少年と、赤毛の少年だったな……つまりザハリアーシュ殿のご息女はこの黒髪の少女だとは思うのだが……」

「黒髪? メグは淡いピンクに輝く髪であるぞ」

「そのような報告は聞いていないな……黒髪黒目の少女だったと。では、人違いか?」

「メグの瞳は紺色だ」


 人違いか、と2人が思いかけたところでふと思い出す。確かサウラが言ってたことには。


「いや、あの時メグはマイユからもらった魔道具で髪と目の色を黒に変えてたって話だ。だからそれはメグで間違いないと思うぞ」

「そんな魔道具があるのか……魔大陸は本当に便利なんだな」


 皇帝が感心したようにそう言うが、これは一般的じゃないって事を言っておかないとな。


「いや、どこにでもあるわけじゃねぇぞ? うちのヤツらは趣味で色々作るから……」

「能力の無駄遣いであるな」

「……お前には言われたくねぇと思うぞ? アーシュ」


 メグの様子が知りたいからってカメラとかビデオみたいな魔道具をあっさり作りやがったし。そういう道具が日本にはあったと話すんじゃなかったぜ。まさか本当に作るとは思わなかった。


「まあ、つまり。転移した時は黒髪黒目の美幼女だったのはたぶん間違いない。だからそれはメグだ」

「……もしや、他の色にも変えられたりするのだろうか」

「好きな色に変えられるぜ? 貯めておいた魔力を使うタイプの道具だからな。魔力を流さなくても使えるし、この大陸でも問題ないだろうな」


 そう答えると、皇帝は考え込むように唸りはじめた。何か思うことがあったのか?


「……そんな事より、メグはどこにいる? 妨害が成功したなら、東の王城で保護したんだろう?」


 暫しの沈黙の後、痺れを切らしたようにギルがそう口にする。そりゃそうだ、メグの保護が最優先なんだから。……答えは知ってるけどな。皇帝は申し訳なさそうに眉根を寄せて口を開いた。


「……いや。保護できなかった」

「……なぜだ?」


 ザワリと空気が揺れ、ギルの怒りで部屋の窓がガタガタと音を鳴らす。けれど皇帝は冷や汗を流しながらも臆することなく正面からギルを見据えた。


「正確には、逃げ出されたのだ」

「逃げた……? メグが?」


 転移された直後、呆然とする3人の子どもたちに城の者が説明しようとしたらしい。だが、混乱したのか怖がらせてしまったのか、黒髪の少年の魔術により一瞬でみんな消えてしまったのだと皇帝は話してくれた。

 その黒髪の少年、只者じゃねぇな。転移の魔術だなんて、魔大陸の者ですら出来ない者の方が多いというのに。保有魔力も膨大なものだろう。自分の他に2人連れてたってんだし……大人になればギルにも迫るんじゃないか?


「その後もずっと追ってはいたのだが……それが余計に怖がらせる原因になっているのか、なかなか捕まらない。子どもだから簡単に保護できると思っていたのだが……どうやら手引きしている者がいるようなのだ」

「手引き?」


 そうだと頷きながら皇帝は護衛に目で合図をすると、1枚の紙を従者から受け取る。それから俺たちに見せてくれた。そこには、長い髪をポニーテールにした女が描かれている。


「女冒険者、ラビィ。人攫いだと噂されている」

「色んな町で見たよ、その手配書。やはり、そいつが攫った子どもってのがメグたちなんだな?」


 ほぼ間違いないだろうと話していた推測が確定された事で、俺を含めた誰もが殺気立つ。


「い、いや待ってください! 城からも逃げ出せたその3人が、人攫いから逃れられないのはおかしくないですか!?」


 うっかり護衛騎士を2人殺気で気絶させちまったところで、アドルが慌てたように声を張り上げた。お前のそういう冷静なところに、いつも助けられてるよ。実をいうと道中そんな話をしてた時も、同じ事を言って俺たちを宥めてくれたんだよな。俺は軽く息を吐いて気を落ち着かせた。


「……でも人質に取られてたり、脅されてたり、もしくはうまく言いくるめられてたらどーしよーもねぇぞ」

「共にいるのはこの女冒険者のみだと報告を受けている。実力は中の上程度とも調べはついているから、言いくるめられているのでは、と我々は思っているのだ」


 メグは素直だからな。簡単に騙されるだろう。というか環の時からそうだ。危なっかしいったらない。


「でもそんな頼りない女冒険者1人で、3人の魔力持ちの子どもをどこへ連れていくんでしょうか。間違いなく人攫いの組織が絡んでいるとは思いますけど……」

「組織の本拠地に向かう可能性が高いと考えている」


 きっと、メグたちはその女冒険者を信頼してるんだろう。女冒険者も目的の場所に連れていくために、子どもたちを懐柔しているんじゃないか? 反抗的な子どもより、信頼させて協力してもらった方がずっと楽だしな。


「このラビィという人物は、人の良い姉御気質な冒険者だったそうだ。活動拠点では評判が良かった。その事を踏まえると……」


 そいつは初耳だ。俺たちはてっきりその女冒険者は組織の人間だと思ってたんだが……


「……女冒険者も、何者かに利用されてるって事か」

「我々は、本人も自覚はない可能性もあると思っている」


 知れば知るほどくそったれな組織だな。単純にその女冒険者をボコれば済む話じゃなくなったってわけだ。


 俺たちがここに来るまでに仕入れた情報は、メグたちが東の王城に転移したであろうこと、そこから女冒険者に連れ去られたのだろう、というこの2点だった。

 だから、初めはこの国自体が腐ってきている可能性を考えた。だが実際は、ネーモが潰れた事により暴走した、非合法の人身売買を行う組織が大元だった。


 俺たちにも非はある。非合法の人身売買がなくなる事で、人間の大陸にまで影響が及ぶだろう事を失念していたからだ。


 ある意味この大陸に来ておいて良かったかも知れない。雑草は根っこまで徹底的に引っこ抜いておかねぇと。人を利用して自分たちは尻尾を出さない臆病者の組織か……絶対ぶっ潰す。


「我々は時折見失いながらも、常に見張りをしていたのだが……ある時からすっかり足取りを追えなくなってしまった。大まかな向かった方角や、組織の幹部らしき人物の名だけはわかるんだが」


 時折見失ったのか。そりゃすごいな。女冒険者がいたって、国から逃げるってのはかなり難易度高いぞ? 案外メグやドワーフの子、そして黒髪の少年なんかもいい仕事したんだろうな。


「その向かった方角の辺りを捜索中だが、まだ見つからない。だが見つかったとしても……我々が行ったのでは話がこじれる可能性がある。それに、魔力持ちの子の扱いがわからない。身内のゴタゴタに巻き込み、本来ならこちらから出向くのが筋ではあるのだが……」


 まあそりゃそうだよな。下手したらメグたちは、この国が敵だと思ってそうだし。そんな中、国の者が来ても余計逃げちまう。


「いや。そのつもりでここに来たし、最初はお前らを疑ってたしな。……悪かった」

「疑うのは当然の事だ。こちらの方こそ申し訳なかった。そして……正式に頼みたい。どうか、組織の暴走を食い止め、攫われた子どもたちを救出してくれないか」


 皇帝が改まってそう言うので、ここはアーシュに返事を任せるべく、目配せをした。アーシュは1つ頷き、それを了承する。


「もちろんだ。我らで全て解決してこよう。情報をもう少し教えてくれぬか」

「ではすぐに。……あまり、役に立たない皇帝だな、私は……」


 何から何まで頼んでしまって、もう頭も上がらない、と皇帝が苦笑したから、俺もニヤリと笑った。


「何言ってんだよ。最初から、俺には頭が上がらなかったろ?」

「ふ……そうだな」


 あー、これでまたこの国に貸しを作っちまったなー。正直何もいらないんだが。そうもいかない、とかなんとか言って引き下がってさ、あれこれ押し付けてきたりするんだろ……経験談だ。


「さて、向かった先だが……おそらく鉱山の方角だ。細かい場所まではわからないが」

「げ、まさかのすれ違いだった可能性があるな……」


 にしても鉱山か……メグにとっては唯一、帰還できる可能性のある場所だ。だが、非合法の取引をするのには確かに鉱山から近い方が良い。すぐ引き取って隠すも良し、さっさと引き渡すのも良しだろうし。拠点はその近くにある、って事だな。


「そして、組織の人物の名前は、ゴードンとセラビスだ。この2人の名前だけは掴んでいるが、立場まではわからない。それなりの地位にいるのでは、と推測しているがな」


 ゴードンに、セラビスか。よし、覚えた。骨も残らないと思えよ? 早速、鉱山へ急ぐか……くそ、逆戻りかよ!


 だがそんな時、思いがけない訪問者が俺たちの前に現れた。

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