sideユージン3 中編
「20年ほど前だったか……その辺りから急激に人攫いが増え始めた」
皇帝は、淡々と話し始めた。元々、裏で非合法な人身売買がされている事は掴んでいたが、潰せど潰せど商売を引き継ぐ者が現れるようで解決に至らずにいたらしい。組織はなかなかに巨大であり、人員が多い上に、どいつもこいつも黒幕が誰であるか知らない、ときた。
まるでトカゲの尻尾切りのように、下っ端を切り捨ててるみたいだな……頭を潰すしかないものの、その頭がどこにあるか長いこと掴めなかった、と皇帝は言う。しかもその頭ですら代替わりしている可能性もある、と。そこへ、20年ほど前からやけにそいつらの活動が活発になったらしい。
「それも、魔力を持った者が多く行方不明になったのだ」
「えっ、でもこの大陸にはあまり魔力持ちの者はいませんよね?」
皇帝の言葉にアドルが当然の疑問を投げかけた。すると皇帝は1つ頷く。
「数少ない魔力持ちの人間もそうだが……所有者がいる奴隷が拐われていったのだ。合法で所有していた者が訴えた事で明るみになった。調べれば、攫われた中にはどうやら非合法奴隷も混ざっている」
「む、奴隷が自ら逃げ出した、という線は?」
アーシュの問いは俺も思った。当然、こいつらもみんな思った事だろう。だからか、皇帝は考える事なく答えていく。
「ない事もないが、自ら逃げ出したとしても何も持たず、鎖もある奴隷が逃げ延びる可能性は低い。その後の生存の可能性もな。それに……」
「いなくなった奴隷の数が多かったのだな」
「その通りだ」
ふむ、と納得したように腕を組んだアーシュは眉間にシワを寄せながら、魔術があれば防げるのに、とかなんとか考えているんだろう。この大陸では魔道具も高価だしな。あっても連絡用の魔道具などがギルドやら城やらにあるくらいだ。魔力を自由に供給できる環境にもないし、難しいだろうな。
「な、なぜそんな事を……悪徳商法だとしてもリスクが高すぎるではないですか!」
アドルが信じられない、と言うように口を開く。売った奴隷を攫い、また売るって事だもんな。悪どいにもほどがある。それにバレれば商売自体、できなくなるし。だが……
「商売目的ではなかった……?」
ポツリと呟いたのはギル。やはりコイツは頭が回る。口数は少ないが、こういう時に的を射た発言をしやがる。まったく、頼もしい限りだよ。
「……その可能性が高いと、我々は思っている」
難しい顔で皇帝は唸った。20年前、か。心当たりがありすぎるな。
「おい、アーシュ。この問題はこっちにも落ち度があるな?」
「……どういう…………?」
俺の言葉に皇帝は軽く目を瞠った。俺がアーシュに目配せすると、アーシュは心得たと頷いた。
「うむ。実はその20年ほど前、魔大陸で活動していたキナ臭いギルドが一つ潰れたのだ。今は代替わりして一から出直している。合法の商売は扱っているが、非合法な商売は完全に無くなったと考えて良い」
キナ臭いギルドってのは当然ネーモの事だ。規模は小さくなったが、新しいボスのマーラの手腕は見事の一言に尽きる。メキメキ力をつけている人材派遣型ギルドだ。
だが非合法がなくなっただけで、これまで同様、人身売買も行なっている。重犯罪者を奴隷として人間の大陸に送らなければならないのだ。こういった仕事は、やはり必要だからな。
「……つまり、その為に魔大陸側からの魔力持ち奴隷の数が激減した、ということか……!」
「そういう事になる」
突如、魔力持ちの人攫いが増えた謎が解決した、と皇帝は深く頷いた。
「……一度話を戻そう。なぜ、魔力持ちの人材を集めたのか。我々は会議を経て、ほぼ間違いないであろう推測を立てた」
皇帝は、グッと両拳を握りしめる。俺たちは黙って皇帝の続きを待った。
「転移陣を起動させるためだ。我々はご存知の通り、ほぼ魔力を持たずに生まれてくる。持っていたとしてもごく僅かな事が多い。そんな人間が転移陣を起動させるのは困難だ」
「……そうであろうな。ただでさえ、転移陣はかなりの魔力を消費する」
「だとすれば、最初に転移させるのはどんな人材だとお思いか?」
続く皇帝の問いに、俺たちは揃ってハッと息を飲んだ。そうだ、そうだよ。そんなの、わかりきっている。
「保有魔力の多い者、か……!」
「そうして呼び寄せた者の魔力を使えば、何度でも転移陣が使える、って事ですか……!?」
「メグが、エネルギー源扱いって事かよ……!」
アーシュの言葉にアドルが続く。俺はあまりのメグの扱いを想像して、今にも怒りが爆発しそうだ。転移陣を発動させるために拘束され、ひたすら魔力を吸い取られ続ける……隣でギリッと歯を鳴らすギルの気配も感じた。
「……皇帝。お前たちはなぜ、転移陣を使うと推測したんだ。転移陣は、俺たちにとっては当たり前に推測出来るが、人間がそこに思い至るのは、不自然だ」
視線で射殺しかねないギルの口から発さられたのは、尤もな意見。確かに、俺たちにとっては誘拐の常套手段だしな。魔大陸内なら、どこへ誘拐されてもギルが瞬時に迎えにいける。だから問題ないとまったく対策してなかったのが悔やまれるが……と、今はそんな事考えてる場合じゃねぇ。
「……知っていたのだ。近いうちに、魔術陣が発動されるであろうことを」
「……なんだと?」
ザワリ、と室内の空気が揺れる。そろそろ、誰もが我慢の限界を迎えているんだ、当然かもしれねぇ。
「ま、待ってください! こ、皇帝陛下は……!」
後ろに控えていた護衛騎士がすぐさま皇帝の前に立ち、扉近くの騎士団長たちが臨戦態勢で構えた。そんな護衛なんざ、意味をなさないけどな。
今にもここで戦いが始まりそうだという雰囲気の中、皇帝が立ち上がり、前に立つ護衛騎士や騎士団長たちを軽く手で制した。
「やめろ、大丈夫だ。この方々はちゃんと見極められる」
そうして、真っ直ぐな視線で俺たちを順に見つめてくる。
「こちらに落ち度があったのは事実だが、転移陣を発動させたのは、我々ではない」
「どういうことだ?」
そのままの体勢で俺が問うと、やや言い辛そうに皇帝は口を開いた。
「……盗まれたのだ。誘拐が増えてきた時と同じ頃に、我が国の東の王城で管理していた、魔術陣に関する書物が、な」
その時は犯人の目的や正体はわからなかったが、と皇帝は続けた。後になって繋がったのだと言う。
「組織は、掻き集めた魔力持ちの奴隷を使って、何か魔術を発動させるだろうと考えた。それが転移陣だったとわかったのは最近だ」
「最近……?」
そうだ、と言いながら皇帝は再び椅子に腰掛ける。その様子を見て、護衛たちも下がったが、後ろではなく横に待機している。
「我々も、書物を盗まれて何も対策をしなかったわけではない。東の王城では、もしも何か魔術が発動された場合、それを阻害する魔術陣を用意していたのだ」
あらかじめ大量に購入した魔石で魔力を補給し、いつでも阻害の魔術が発動できるようにしていたらしい。人間の大陸の場合、大きな魔術が発動されること自体が稀だから出来ることだな。じゃなきゃ俺たちのようにちょっと大きめな魔術を使っただけで、阻害の魔術が発動しちまう。
「こうして、その時は来た。東の王城にて、阻害の魔術が発動したのだ。ちょうどその瞬間は、いつも城の代表者が集まり、挨拶と報告をしている時間だったという」
皇帝は両手を組んで膝の上に置き、俺たちを見据える。
「魔術陣の光が治まった時、陣の上に3人の子どもが現れた。その内の1人が……まだ幼く、とても容姿の整った少女だったと報告を受けている」
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