窮地

商品


 気付けば、私は暗い部屋にいた。意識がまだふわふわしてる。寝起きのぼんやりした感じより酷い倦怠感があるなぁ。……あ! そうだった!


「あ、痛っ!」


 突然、気を失う前の事を思い出して慌てて起き上がろうとしたんだけど……そもそも最初から私は起き上がっていたようだ。というか、両手を鎖で繋がれて壁に張り付いた状態である。首にも何かつけられているみたい。な、なにこれぇ!?


「メグ、気付いたか!」


 ハッと声のした方をむくと、心配そうな顔のリヒトと目が合った。少し離れた場所にいるリヒトは、部屋の中央付近に手足を拘束され、地面に座り込んでいる。その場からも身動き取れないみたいだ。

 よ、よぉし落ち着け私。まずは観察しよう。薄暗くてよく見えないけど、ここが室内なのはわかる。そこそこ広いみたいだけど……たぶん、ゴードンさんに薬を盛られたんだよね、私たち。だから、こうして繋がれているのはゴードンさんの仕業。良い人だと思ったんだけどな……


 んで、私は部屋の壁に繋がれていて、私の隣には同じように繋がれたロニーがいる。すでに目を覚ましていたようで、リヒトと同じく心配そうにこっちを見てたから大丈夫だよ、と伝えておいた。ちっとも大丈夫な状況ではないけどさ!


「ここ、どこだろう……」


 思わずポツリと呟く。きっとあの夢、だよね? それにリヒトだけ離れているのが少し気になる。

 でも、夢とは少し違うみたい。だってリヒトが絶望してないもん。でも、なんだか嫌な予感がする……あの予知夢は必ず訪れる未来だから。


「みんな! 気付いたんだね!」


 そんな時、タタッという駆け寄る足音とともに、聞き慣れた声がした。


「ラビィさん!」


 良かったぁ。助けに来てくれたみたいだ。なぁんだ。予知夢は外れたのかもしれない。……いやいや、まだ何が起こるかわからない。警戒はしておかないとね! でも、本当に良かったよう。


「ラビィ!? 良かった、お前は捕まってなかったんだな!」


 心配そうな顔でラビィさんはまずリヒトに駆け寄った。私たちに向かって、ちょっと待ってねと声をかけてくれる。気にしないで! 助けに来てくれただけで嬉しいもん!


「ごめんね……ゴードンが食事に睡眠薬を混ぜたみたいで。すぐに倒れたから、なかなか強い薬だったと思う。あんたたち、具合は悪くないかい!?」

「全然何ともないぜ! それより、ラビィは大丈夫だったのか? アイツはなんで薬なんか……それに、なんでこんな厳重に繋がれてんだよ俺ら」


 リヒトの前に膝をつき、ラビィさんはそっとリヒトの頰に手を伸ばす。それはとても優しい手つきで、リヒトを見つめるその瞳も柔らかく細められていた。


「……ラビィ?」

「元気なら、良かったよ」


 不思議そうに首を傾げたリヒトに、ラビィさんは一言そう告げると、そのまま立ち上がった。


「え? おい、早くこの鎖、外してくれよ」


 戸惑ったように言うリヒトに向かって、ラビィさんは満面の笑みを浮かべる。


「それは出来ないさ。……苦労して逃げ延びて、やっとの事でここまで連れてきたのに」


 続くラビィさんの言葉に、思考が停止した。きっとそれは私だけじゃない。ロニーやリヒトも、固まっているのがわかった。


「なに、言ってんだよ……こんな時に、冗談、か?」


 暫くして、掠れた声でリヒトが言う。その声で私は我に返る。冗談であってくれ、という願いを感じた。


「冗談なんかじゃない。あたしは、最初からアンタたちをここに連れてくるために行動してたんだよ。まったく……身体に不調があったら失敗するかもしれないって言ったのに、ゴードンのやつ。薬なんか飲ませて、あたしを信用してないのかってんだ」


 でも、ラビィさんの言葉はリヒトの願いを容易く打ち砕くものだった。最初から……? 私たちがリヒトと一緒に来た時から? それともまさか。

 ドクンドクンと、胸が嫌な音をたてる。


「ふふ、まだ信じてるのかい? 心配は確かにしたよ? でもそれは商品の心配さ。当然だろ?」


 商品……それは、私たちの事? ラビィさんは腕を組み、見下ろす形でリヒトを見つめ続けている。


「ま、それも仕方ないかもしれないねぇ。なんてったって、あたしはリヒトの、命の恩人だもんね?」


 命の恩人。それは、きっと事実だ。たぶん日本からの転移者であるリヒトにとって、ラビィさんはこの世界で唯一の家族ともいえる存在なのだ。だけど、だからこそ……この仕打ちは、ない。


「ガキの世話なんか、あたしはごめんだったんだよ。任務でなきゃ、誰が身元不明のガキの面倒なんかみるっての? それも、信頼させろって命令を受けてさ。報酬は弾んだから良いものの、なかなか大変だったよ。それもこーんなに長い間、さ」


 やっぱり、ずっと昔からリヒトは商品だったんだ……! ラビィさんの残酷な真実の暴露は止まらない。リヒトが魔力を持っている事を組織の者に報告した時、あまりにも大きいその力が暴走して手がつけられなくなる前に、信頼させるように命令されたって。逃げられないように、信頼という鎖で繋いだのだ、と。


「でも頑張った甲斐あって、素直なリヒトちゃんは、あたしの話を真実だと思い込んでくれた。城の内部は腐ってる。非合法な人身売買が黙認されてるって話さ」


 そうだ。確か転移されたばかりの時、リヒトが慌てて私たちを連れて城から逃げてくれたんだ。本当は、お城の人たちから逃げる必要はなかったって事……?


「アンタたちが東の王城に転移したって聞いた時は焦ったよ。思わず本気で心配したね」


 ラビィさんはリヒトの周りをゆっくり歩きながら喋り続ける。


「あたしの……これまでの苦労が水の泡になる! って。でも素直なリヒトちゃんのおかげで助かったよ。悪い城の人間から逃げてきたんだろ? あはは! おっもしろい! 助けてくれようとしてた人から逃げるなんてね! それも、とびきり高価なオマケを2人も連れてきてくれるなんてさ」


 そう言って私たちの方にチラと視線を寄越し、口角を上げてニヤリと不敵に笑った。


「あたしの言うことを、これっぽっちも疑わないなんて」


 ポン、とリヒトの頭に手を乗せたラビィさんは、そのままグシャグシャとリヒトの髪を乱す。


「ほんと、バカだね……バカだよ、リヒト」


 小さな声でそう言うと、髪を掴んでいた手で乱暴にリヒトを押し倒す。リヒトはされるがまま、その場に倒れ込んだ。身動きする様子が見えない。


「じゃあね。アンタたちはこれからここで、一生過ごすんだ。高価な商品は、売らずに大切に使わせてもらうよ。……長生きするんだよ?」


 そんなリヒトを冷たい眼差しで一瞥すると、ラビィさんは踵を返して部屋から立ち去ろうとした。ちょっと……待ってよ。私は、込み上げてくる怒りとも悲しみとも判別のつかない感情を、そのまま言葉にして叫ぶ。


「待って! そんな……嘘でしょ? あんなに優しくしてくれたのに! ラビィしゃぁぁぁん!!」


 怒るべきなの? 騙して酷いって。悲しむべきなの? 騙して、酷いって……

 だけど、ラビィさんは何も答えずに部屋の扉を開け、そのまま出て行く。そして最後に、扉を閉める直前に、振り返らずにラビィさんが言い捨てた。


「騙される方が悪いのさ。……騙す方が何倍も悪いけどね!」


 あははは、と高笑いしながらラビィさんは扉を閉めた。そのせいでその高笑いはすぐに聞こえなくなってしまったけれど。


 私たちの頭の中にでは、ラビィさんの高笑いがいつまでも響き渡っているように感じた。

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