お土産のスープ


 1階に下りると、すでにいい匂いが充満していた。というか、どこかで嗅いだことのある匂い。思わずスンスン鼻を鳴らしてしまう。


「あ、夕飯食べますかー? 空いてる席にどうぞ!」


 私たちに気付いた宿の女性が手で示しながらそう言い、パタパタと水を取りに奥へと向かう。私たちは部屋の隅の方の席につき、運ばれてくる水や料理を待った。すると、しばらくして先ほどの女の人が水をテーブルに置きながら上機嫌で口を開く。


「月に2度、この街で1番有名なレストランから夕飯を仕入れてるんだよ! お客さんは運が良いね! その日に当たるなんてさ!」

「レストランから? そりゃ楽しみだねぇ」

「何が出てくるんだ?」

「ふふーん、それはお楽しみ!」


 嬉しそうに笑った女性はそう言い残して厨房の方へと立ち去っていく。よほど自信があるようだ。でも普段自分たちで出す料理よりおススメするっていうのもどうなの? それほど有名なレストランだったりするのかな?


「あーそれはね。きっと彼女達も賄いで食べられるからじゃないかな」


 疑問をポロリとこぼすと、ラビィさんが苦笑を浮かべながらそう言った。なるほど。有名レストランの賄い食なら上機嫌にもなるわけだ! というかそんなにわかりやすくていいのか!?


 そうして運ばれてきた料理を目にした私は思わず言葉を失った。メニュー自体はステーキ肉に焼き野菜、具沢山のスープにパンというシンプルなものだったけど、私はこのスープに見覚えがあった。


「メインはこのステーキ肉だけどね。……実は1番のオススメはこのスープなのさ! あのレストランの顔とも言える看板メニューで、伝統的な味が代々受け継がれてるんだって! すっごく美味しいよ!」

「へぇ、そりゃ楽しみだねぇ。早速いただこうか」


 みんなでいただきます、と挨拶をしてまずスープに手を出した。気のせいじゃなければこれは……


「やっぱりこれ……!」

「ん? どうしたメグ」


 リヒトの声にすぐ反応出来なかった。だってこれは、紛れもなくレオ爺のスープの味だったんだもん……!


「う、ううん! しゅっごく美味しいね、スープ!」


 とりあえず簡単にそう返事をして、私は再びスープを味わう。懐かしい。ほんの少し前まで当たり前のように飲んでたスープがすごく懐かしく感じる。レオ爺が作り、チオ姉が受け継いだスープだ。

 でもなんで? なんでこれがここで味わえるんだろう?


 ……そう言えばウーラ、ってどこかで聞いたことあるような気がしてるんだよね。大都市ウーラ。えっと、どこだっけな。うーん、うーん……あ!


『儂は昔人間の国にいた時、ウーラという大都市で1番有名な店でコックとして働いとったんじゃ。懐かしいのぅ、30年前じゃったか。あの時の料理長は怖かったもんだ』


「ウーラ!」

「おわっ、なんだよメグ! 突然街の名前叫んで!」

「あう、ごめん……つ、つい!」


 驚いて文句を言うリヒトと、目を丸くしてこちらを見ているロニーにラビィさん。これは後で説明を求められちゃうかも。ひとまず、えへへと笑って誤魔化し、私は再び一生懸命ご飯を口に運ぶ。


 もう、私ったらいつも気付くのが遅いんだから。でも、今気付けて良かったよ。

 ここは、レオ爺がいた街なんだ。レオ爺が働いていたレストランの味に出会えるなんて、すごい奇跡。


 もしかしたら、人間の大陸に来たことは案外悪いことじゃなかったのかも。いや、悪い事件ではあるんだけど……こんな事でもなければ知らないままだった事も多いから。

 うーん、このスープ。どうにかしてチオ姉にも飲ませてあげたいなぁ。……よし。聞いてみよう。そう思い立って私は食事の途中だけど一度席を立ち、さっきの女性の元へと向かった。


「え、メグ?」


 その様子を3人がキョトンとした目で見ていたけど、止められる事もなかったので後で説明することにしよう。厨房方面は3人からも見える位置にあるからね! そのまま見守っていてもらう。


「しゅ、しゅみましぇん……」


 緊張からか、いつも以上に噛んでしまった。けど、さっきの女性がすぐき気付いて駆け寄ってくれた。


「あら、なあに?」

「あ、あの。今日のスープって、数量限定だったり、しましゅか?」


 特別にレストランから仕入れてるって話だし、数に限りがあるかもしれない。そう思って確認すると、スープは大量に作ってもらっているからお代わりも一回なら大丈夫だと教えてくれた。良かった!


「えっと、飲ませてあげたい人がいて……お、お金は払いましゅから、一杯分貰えないかなって」

「あー、そうねぇ。一応店に来たお客さんだけに提供するっていう決まりなんだけど……」


 うっ、そうだよね。誰にでもあげてたら商売にならないもんね……無理を言ってる自覚はあるし、ここは諦めよう。でも思わずしょんぼりしてしまう。くすん。


「まっ、ままま待って!」

「ふえ?」


 とぼとぼと席に戻ろうと後ろを向くと、慌てた様子で私を引き止めるお姉さん。心なしか顔が赤いけどどうしたのかな? とりあえず言われるがままに少しこの場で待っていると。


「お嬢ちゃん。えっとね、特別よ? ちゃんとお金を払ってくれるならいいって言ってもらえたの。でも、一杯分だけになるけど、いいかしら?」

「ほ、ほんとでしゅか!? 嬉しいでしゅ! ありがとーっ!」


 そっか、わざわざ聞きに行ってくれたんだね! 優しいっ! 嬉しくて思わずバンザイしてしまう。


「ううっ、可愛い……っ! じゃあちょっと待っててね。持ち帰れる蓋付きの容器に入れてくるから!」


 そう言って厨房の奥へと消えていくお姉さんを、私はホクホク顔で見送る。その間にポケットから出すように見せかけてお金を取り出しておいた。

 銀色のコイン5枚。ちゃんと人間の大陸で使えるお金だ。ふー、前にラビィさんが使っているのを見てなかったら魔大陸のお金を出しちゃうところだったよね! 危ない。


 お金の価値はどちらの大陸も変わらないんだけど、物価やお金の種類が全然違ったのだ。だから私はこの大陸では一文無し……だと思うでしょ?

 ところがどっこーい! 有能すぎる私の魔術機能付き猫さん財布はですね、魔力を込めれば人間の大陸のお金と両替出来ちゃうのだーっ! どうも、魔王城のにある換金所と魔術で繋がってて、登録された魔道具からなら換金出来るっていう仕組みになってるらしい。


 というか、猫さん財布を貰う時にギルさんも呆れてたんだよね。そんな機能、いつ使うんだよ、って。でもこのお財布は魔王さんから貢がれた物で、人間の大陸との貿易が盛んな魔王国では結構使う機会が多いんだそうだ。だから便利なのだぞー、と言われたけど。

 それも魔王国で商売する人だけでしょ、使うの……って乾いた笑いをしてしまったなぁ。だけどこうしてかなり役に立っているから、人生わからない。魔王さん、グッジョブ。


「はい、お待たせ!」

「ありがとーごじゃいましゅ! お金、これで足りましゅか?」

「3枚でいいよ。ふふ、毎度あり」


 お金を渡してスープを受け取る。器があったかいので両手で受け取り、席まで運んだ。それから、一度部屋に持って行くねという体で部屋まで戻ってから収納ブレスレットへ。これで、チオ姉には熱々のスープを飲んでもらえる。

 その時のチオ姉の喜ぶ顔を想像して、思わず笑みを浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る