さようならウーラの街
「うしっ、何とか大丈夫だ。けど多分、外出たら動けねぇ」
「大丈夫。僕が、背負うから」
「悪ぃな、頼むよ」
次の日、早朝から宿を出た私たちは南側にある門の周辺へとやってきた。人数が多いから、転移出来る距離も短いためだ。確実に街の外へと出るためには、少しでも門に近付いておきたいんだって。逃げる時も、遠くにいた方がいいしね。
「ちょうどあそこに馬車小屋がある。あの裏なら人目につかないからそこで転移しよう」
ラビィさんが小声で指示を出す。いくら早朝とはいえ、人が全くいないわけじゃないからね! 私たちは自然な様子を振る舞いながら馬車小屋へと向かった。コソコソしてたら逆に目立つのだそうだ。そりゃそうか。
「よし、リヒト頼むよ」
「わかった。みんな俺に捕まってくれ。……転移!」
膨大な魔力の放出。視界が歪んでいく。私たちなら気付かない方が不自然な魔力の放出も、人間たちは気付かないんだって。なんだか不思議だけど、環だった頃は私も気付かなかったんだろうな、とぼんやりそんな事を考えた。
そろそろ景色が変わる頃かな、と思った時。一瞬少し離れた位置に人影が見えた気がした。み、見られる! 焦ったけど今更どうしようもない。景色が完全に見えなくなる寸前、私はそこに来た人と目が合ってしまった。
「わっ……!」
次の瞬間、そこは舗装された道だった。リヒトの転移先は人のいない場所を選ぶだけで、細かい場所指定は出来ないみたいだ。つまり、目立つ道でも人がいなければそこに転移される。
要するに今は、私たちを隠すものは何もない。隠れる場所がどこにもない、ということである!
「リヒト、大丈夫かい?」
「あー、無理ー……ロニー……」
「うん、乗って」
いつも着地に失敗する私をラビィさんが抱っこしてくれていた。そして足元ではリヒトがぐったりと座り込んでいて、そのすぐ隣にロニーが背を向けてしゃがみ込んでいる。大変そうなところ申し訳ないけれど、私はさっき見た事を報告しなければ。
「転移する時、人と目が合ったの! 一瞬だからハッキリとは言えないけど……たぶん、昨日会った騎士さんでしゅ!」
「! それはまずいね……早い所ここを離れなきゃ。ロニー、走れるかい?」
「まかせて」
そうして、ラビィさんは私を、ロニーはリヒトを背負って走り出したけど……先を見ても隠れられるような場所はない。いくら遠くに逃げていたとしても、姿が見つかったら追いつかれてしまう。きっと馬で来るだろうし……
そう考えた私はラビィさんの背中で収納ブレスレットのウインドウを出した。何か、役に立つ魔道具は……あ、あった!
「ちょ、ちょっとだけ止まってくだひゃいっ、痛っ!」
揺れる背中で叫んだので思わず舌を噛んだ。痛い! でもまぁ、聞こえたみたいで2人とも止まってくれた。
「こ、これぇ、吹きかけるとしばらく
いつも以上に噛み噛みで涙目なのは許してほしい。けどどうにか伝わったようで感心したようにラビィさんが口を開く。
「そんなものまであるんだねぇ……魔大陸ってのは」
「ラビィ、でもきっと一般的じゃ、ない」
「ああ、さぞ高価なんだろうねぇ……」
遠い目になりながら2人は話す。ひ、否定は出来ないけどね!
「けど、これはスプレータイプだし、たくさんはないから、すぐなくなっちゃう。でも今が使う時かなって……」
「……いいのかい? 使っても」
「必要な時に使うのが1番なんでしゅ!」
そもそも、こういう機会でもないと使わないのだ。宝の持ち腐れとはまさにこの事。今使わないでいつ使うの? という感じなのでガンガン使いましょう!
「そうかい。ありがとうね」
「ううん! ラビィさんも、いちゅも助けてくれてありがとうなんでしゅよ!」
本当に申し訳なさそうに言うものだから、私の方こそお世話になってるよ、という事をアピールだ! それからせっかくおんぶされてるので、そのままの体勢でラビィさんと私の頭からスプレーを振り撒いた。次にロニーとリヒトにもプシューっとな。よし、これでオッケー!
「……なんか、変わったように思えないんだけど」
不思議そうにラビィさんは自分の身体をあちこち見ている。それからロニーやリヒトも観察しつつ首を傾げていた。あ、そっか。ラビィさんは普通の人間だから、見えないのか!
「ちゃんと、魔力の膜が見えてるから、大丈夫でしゅよ!」
「へぇ、魔力を持ってれば見えるものなんだねぇ」
「そのうち、私たちの事も見えなくなるでしゅよ! だから、これで……」
そうして取り出したるは……なんと、透糸蜘蛛の糸! ルド医師から貰ったのであーる! 今はただの白い糸だけど、魔力を流すと見えなくなるのだ。この糸を私たち4人の腕に結び付けていく。簡単には切れない上に、結んだ者が切れろと思えばすぐ切れるようになっているのだ。ほんと、すごい。
「これで、見えなくても離れ離れにならないでしゅ。あと、音はどうしても聞こえちゃうから、静かな場所では気を付けなきゃダメでしゅよ!」
「何でも有りだねぇ。ああ、本当にみんなが見えなくなってきた。じゃあ、あたしが先頭を歩くから、ついてくるんだよ?」
そして、何かあった時は糸を引っ張る事、と決めて私たちは歩き始めた。走らなくていいから私も降ろしてもらって歩くよ! リヒトはまだロニーの背中でグッタリしてるけど。
あ、魔力回復薬飲ませてあげるの忘れてた! でも今は見えなくなってるので渡せない! 私って本当にこういう所抜けてるなぁ……ごめんね、リヒト。でも、薬飲んでも怠さは残るし、無理して歩くって言い出しかねないから、これで良かったかもしれない。休憩場所に着いたらすぐあげようと心に決めた。
その状態で少し歩き進めた時だ。背後から馬の駆けてくる音が聞こえてきた。思わず振り返ると……あぁっ、やっぱり騎士さんだ! しかも3人くらいいる!
先頭を走るのはあの時、怪我を治してあげた騎士さん。すごく怖い顔してる……やっぱり私たちを追ってるのかな……
「カイザーさん! どこにも見当たりませんよ!? 本当に外に逃げたんですか!?」
「私は消えていく所を見たのだ! 恐らく魔術を使ったのだろう! 見当たらないからと油断するな!」
そんな叫び声を聞きながら、目の前を走り抜けていくのを私たちは見送った。よ、良かった、スプレーかけておいて! 実は今の今まで効果もどれほどなのか心配だったけど、これで証明されたし。いや、ケイさんから貰った物だから間違いないとは思ってたけどさ!
「やっぱり、見られてた……」
「気にするんじゃないよメグ。おかげでこうして対策出来たんだから」
そうだよね。むしろ気付けて良かった! 胸を撫で下ろした私たちは、騎士さんたちが去って行った方とは違う方向へと足を進めるのだった。
さようなら、ウーラの街。レオ爺の思い出の街だから、ゆっくり見て見たかったけど……それは贅沢ってものだ。少しでも立ち寄れて良かったと思おう。
次に立ち寄るのは、いよいよ鉱山前の町だ。それまで、何日も歩く事になるから、修行も頑張るぞ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます