危機的状況


 私たちの心配をよそに、ラビィさんは夕方日が落ちる前に何事もなかったかのように帰ってきた。ホッとしたけど……ラビィさん!? そ、そ、その髪……!


「あー……なんか指名手配されてたから、切っちゃった」


 なんと、ラビィさんのポニーテールがなくなって、肩につかないくらいまで短く切り揃えられていたのである。変かな? と頭を掻きながら照れたように笑うラビィさんは、気に病んでるような様子は感じられないけど……


「えっ、わっ、メグ?」


 なんだか何も言えなくなって、思わずラビィさんの腰にギュッと抱き着いた。リヒトやロニーだって何も言えずに呆然としてる。


「ラビィさんは、なんにも悪くないでしゅよ!!」


 謝るのも違う、お礼だって違う。同情も違うし怒るのはもっと違う。なんて言えばいいのかわからなくて、そんな事しか言えなかった。

 この世界は、人間の大陸でも短い髪の女の人もいるわけだし、髪を切るという事が重い意味を持ってるわけじゃないと思うけど……それでも、変装するために長くて綺麗な髪をバッサリ失うっていうのは何だかモヤモヤする。ラビィさんだって気にしてるわけじゃないだろうけどね? それでも。それでもだよ! しがみつく腕の力をついつい強めてしまった。


「あー……そんな顔をさせたくはなかったんだけどねぇ……」


 ラビィさんは今、きっと困った顔で微笑んでる。そうして私の頭を撫でるんだ。慰められているのがなんで私なのかなぁ。ラビィさんは、強いなぁ……


「髪なんてすぐ伸びるし、気にするんじゃないよ。ほら、ちょうどメグとお揃いだろ?」


 かける言葉でさえ、こんなにも優しい。


 私が出来る恩返しは、きっと無事に家に帰り着く事だ。そして。


「ラビィさん、無事に私が魔大陸に帰れたら、一緒に魔大陸に行こ? 私、ギルドのみんなにお願いしゅるから!」


 腰に抱き着きながら顔だけを上げて私はそう言った。指名手配までされちゃって、ラビィさんは人間の大陸で顔を隠しながらコソコソ生きなきゃいけなくなる。そんなの、ダメだもん! 私たちの為に犠牲になるなんて、絶対ダメ!


「……ああ、そりゃ魅力的なお誘いだねぇ。考えておくよ。ありがとうね」


 ラビィさんの瞳が、ほんのり濡れているように見えた。だから、どうにかお父さんたちの説得をしよう、と私は決意したのだった。




 リヒトたちの部屋に集まった私たちは、ラビィさんからの報告を聞いていた。……私の報告? リヒトの密告により叱られましたとも。静かに怒るラビィさんはとても怖かったです……! ううっ、二度としませんーっ!


「どうやら、東の王城から派遣された騎士たちは、真っ直ぐこの街に向かっていたようだね。色んな村を経由してたあたしたちに、あっという間に追い付くのも無理はないって話だよ」


 ここは大きな街だから立ち寄る可能性が高い、という判断だろうとラビィさんは考察していた。あとは人員が多い、ということ。色んな方向へ数名ずつ騎士を出してたんじゃないかって。この国はとにかく広いし、捜索に出せる人もそれなりにいたんじゃないかってラビィさんは考えたみたい。

 それについての感想は、そんなに!? だった。たかが子どもを見つけるのに東の王城はそこまで本気になるのか、って。それほど転移陣を使うのにお金や労力や魔力を消費したって事なのかな。本気を感じ取って身震いしたよ。


「悪い報せはまだある。どうやら、あたしたちの捜索には他の王城からも騎士が派遣されてるね。つまり、東の単独行動じゃないって事だよ」


 続く悪い知らせには、リヒトもロニーも顔を青ざめさせた。きっと私も似たようなものだろう。それほど衝撃な報せだったんだもん。


 だって、それはこの大きな国そのものが、私たちの敵になるって事なんだから。


 魔力を持つ貴重な子どもを手に入れようと計画しているのは、トルティーガ国の意思って事だ。許されていない、犯罪者以外の人身売買を、国が裏では認めてるって事じゃないか。


「そんな事があって、いいの……!?」


 思わずそう漏らした言葉に、ラビィさんが腕を組んで唸った。


「もしかしたら、売買目的じゃないのかもしれないね」

「売買目的じゃない……? それなら一体何のために俺らを狙うんだよ。国がここまでやるなんて……」

「だからこそ、だよ」


 リヒトの反論に、ラビィさんは食い気味に告げる。


「人身売買のためだけに、ここまでやるとは思えないじゃないか。損害は大きいだろうが、それだけで子ども3人を取り戻すために、騎士団を動かすとは思えないんだよ」


 確かに……一理ある。それほど貴重な存在なのだ、と言われればそうなのかな、と思わなくもないけど……騎士団をたくさん動かして私たちを手に入れて、それで採算が取れるのかと言えば、無理なんじゃないかと思うし。


「きっと、あんたたちを手に入れて、やろうとしている事があるんだ。それが何かはわからないけど……ただ売ろうとしてるんじゃなくて、何かをやらせようとしてるんだよ、きっと……!」

「何かって……?」


 リヒトが眉根を寄せて疑問を口にすると、黙っていたロニーが口を挟んだ。


「魔術を使う、何か、だ」


 魔術。そうだ、きっとそう。じゃなきゃそもそも魔力持ちを選んで転移させたりしないもん。それも、かなり魔力を使う事だ。だって、少しでも魔力を持っている子ども、だったらもっとたくさんいてもおかしくないから。それこそ、魔大陸からたくさん転移してきたはずだ。


「それなら国は俺たちを、というより……大量の魔力を欲しがってるって事だな」

「そう考えるのが、1番正解に近い気はするね」


 私たちの間に暫し沈黙が流れる。のほほんと旅をしながらここまで来たけど、実際は思っていた以上に危機的状況だったんだ。

 でも、でもね?


「出来るだけ急いで、鉱山に向かうっていうのは、変わらないでしゅよね?」


 そう、目的はやはり変わらない。通るルートを気にしたり、これまで以上に注意する必要はあるだろうけど、要は一刻も早く鉱山に辿り着ければいいのだ。……もちろん、それで、魔大陸に行けるかはわからないけど、ロニーがいるなら少しは匿ってもらえるかもしれない。


「そう、だな。ここの騎士たちがラビィにもメグにも気付かなかったんだから、変装の意味はあったって証明もされたわけだし」

「うん、変わらない。何も」


 リヒトとロニーが私の意見に同意してくれる。元気を出そうと、私は笑顔を心がけて微笑む。


「ふふ、頼もしいねあんたたちは! よし、そうと決まれば食堂が混む前に夕飯食べて、早めに寝る! そして早朝にはここを出ちまおう。リヒト、魔力は回復しそうかい?」

「んー、まぁなんとか。最悪メグには薬をもらうかもしんねぇけど……」

「大丈夫でしゅ! 毎日飲み続ける、とかでなければ身体の負担も少ないでしゅから!」


 それでも続けて飲む、というのはあんまり良くないから、もし飲むなら今回限り、と約束。しっかり食べて寝れば回復してるかもしれないからね! いわば保険である。


 私たちは今後の方針と意思を確認し合い、早速夕飯を食べに下の階の食堂へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る