人攫い
「そうか、じゃあ今は親御さんはいないんだね……困ったな」
私のなんちゃって幼児な説明を聞いて納得してくれた様子の騎士さんは、だからこそ弱り果てたというように眉尻を下げている。
どうやら私があげた薬はこの地では聖水と呼ばれ、一部貴族や王族が使うようなとても貴重な物という認識だったらしい。あ、やっぱり?
「碌に信じもせずに飲み干してしまった、俺は馬鹿だな……返せるものが今手元にないんだ」
あ、疑いもせずに飲んだのは確かに馬鹿だと思います、はい。でもお返しに関しては正直要らない。あれは魔大陸に戻ればいくらでも作り出せる物だから……私たちとの価値観の違いってやつである。もちろん、シズクちゃんにがんばってもらったからこそ出来上がった物だけどね?
「お返しなんて、いらないでしゅ」
「何を言ってるんだ。そういうわけにはいかないだろう」
ですよねー。この人真面目そうだもん。けどなぁ、何とかして早く部屋に戻りたいんだけど。だってラビィさんと約束したのに私ったら外に出ちゃったんだもん……!
「じゃ、じゃあ、内緒にしてくだしゃい……」
「内緒?」
交換条件としては、私にとって今一番重要な事である。この街にいる間目立つわけにもいかないからね!
「私が、そのお薬をあげた事……目立っちゃうと、危ないからって言われてるんでしゅ」
「ふむ……確かにこんな高価なものを幼子が持っていたら、良からぬ者たちに狙われかねないな」
お、なかなかいい感じかな? それならお返しはそれで、なんて言おうと思ったんだけど。
「しかし、それを黙っているのは当然の事だ。君に危険が降りかからないように努めるのは普通だろう? お返しにはならない」
手強い! そんな事より早く部屋に戻りたいのにぃっ! うーむ、と困った顔をしていたのだろう、騎士さんはクスリと笑って私の頭に手を置いた。撫でられてる?
「子どもと言うのは純粋でいいな。本来ならこのまま同行者も一緒に付いてきてもらって礼をと言うところなんだが……」
おっと、それは困るよ!? 目立つのは本当に洒落にならないのだ。内心ヒヤヒヤしてしまう。
「今私は不審人物を追わなければならない。人探しの任務もあるしな」
「人探し……?」
何となく、嫌な予感がした。ドッキン、ドッキンと胸の音がうるさくなっていく。ま、まさかね?
「ああ。探しているのは子ども3人なんだが……黒髪の少年と、赤茶で髪の長い少年。それから黒髪の、君くらいの幼い女の子なんだが……飛び切り整った顔立ちだと聞いている。君も驚くほど整って顔立ちだが、赤毛だもんな」
せ、セーフ!! いや、弱アウトじゃない!? うっわぁ、この人、まさかの私たちを追ってる人だ! 東の王城から派遣された騎士さんなのかな? うわぁ、うわぁ、顔が引きつりそうになるのを抑えるので必死だよ!
「ああ、そうだ。ついでだから見ておくといい。その子どもを3人連れ去った人攫いがいるようなんだ」
人、攫い……? ヒュッと喉の奥が鳴るのを感じる。騎士さんは胸のポケットから1枚の紙を取り出して、それを開いて見せてくれた。そこには……
「ラビィと名乗る女冒険者だ。もし見かけたら近付かずに我々に連絡してくれ」
紛れもなくラビィさんの似顔絵だった。人が描いたものだから、何となくの雰囲気しか伝わらないけど、長い髪をポニーテールにしているところとか、勝気そうな目とか、そばかすとか……特徴をよく捉えていてラビィさんを知る者が見たらすぐにそうとわかる絵だった。
なんで? ラビィさんが人攫いだなんて……私たちを助けてくれているのに、そんな扱いになってるって事……? 違うのに。ラビィさんは悪い人なんかじゃないのに!
でも、それを言うことは出来ない。子どもの発言力なんて当てにならないもん。私やリヒト、ロニーがいくら言ったところで、君たちは騙されていたんだよ、って諭されるのがオチだ。
悔しい。悔しいけど今は我慢だ。そして、ラビィさんが誰にも見つかることなく、早く帰ってきてくれることを祈るばかり。ドクンドクンとうるさい胸の音を抑えながら、私は騎士さんにわかりました、とだけ返事をした。
「ああ、それから。やはり礼はしたいからな。もし何か困ったことがあったら、騎士団にいつでも来てくれ。東の騎士団、ライガーの名を出してくれれば、どこの騎士団でもすぐに聞いてくれるだろう。事が深刻であった場合には必ず私が駆け付けて、君の助けになる事を誓う」
騎士さん、ライガーさんはそれだけ言うと、今礼をする事が出来なくて本当にすまない、とまた謝罪をしてからすぐに走り去った。私はその後ろ姿を複雑な気持ちで眺める。
助けになるっていうなら、私たちを追うのをやめて欲しい。ラビィさんを捕まえようとするのをやめて欲しい。ラビィさんは、すごく良い人なのだから。
ライガーさんは私たちにとって敵になる人だけど、あの人はたぶん、悪くない。上から指示を受けて動いているに過ぎないんだから。怪我を治してあげた事も、後悔はないよ。人助けだもん。
『人間というのは腹の中で何を考えているのか分からない種族なんじゃ』
また、脳内でレオ爺の言葉が繰り返される。そうだよね、あの人だって人間。一般市民でまだ幼い「私」だから親切にしただけで、立場が変われば態度も変わるのかもしれない。
だけど、やっぱりライガーさんも良い人なんだろうなって思っちゃう。甘いかな? 甘いよね。わかってる。でも、信じたくなっちゃうんだもん。
……ううん、今はそんな事考えている場合じゃない。ラビィさん、早く戻ってきて……! 私はそう祈りながら急いでリヒトたちの部屋へと向かった。
「ばっ、かやろぉ! 危ないことすんなっ!」
「ほへんはひゃいっ!」
そして現在、リヒトの部屋にて今しがた起きた事を正直に伝えれば、やはりというべきかリヒトに怒られた。すごく怒られた。反省してるからほっぺぐにぐにはもうやめてぇっ! 助けを求めるようにロニーに視線を送る。
「今回は、メグが、悪い」
「あうっ……」
ロニーにも怒られてしまった。リヒトに叱られるより心にクる……!
「……ったく。無事で良かったぜ。ほんと、心配かけんな……」
「良かった、本当に……」
ほっぺから手を離したリヒトが、心底安心したというようにそう言い、ロニーも眉尻を下げて言う。ああ、心配してくれたんだ、2人とも……それがわかったから、ほっぺの痛みとは別の種類の涙が滲んだ。
「ほんとに、ごめんな、しゃい……ぐすっ」
1人で勝手に動かないで、2人に相談すれば良かったんだ。なんで私は自分勝手に動いちゃったかな。ワンマンになるところ、まだ直ってないんだ私。深く深く反省した。
「ん。わかったんならもういい。だから泣くな」
リヒトが微かに微笑んでそう言い、ロニーがハンカチを出して私の涙を拭いてくれた。
私たちはふふ、と笑いあって、リヒトもロニーも怒ってごめんと謝ってくれた。謝る事なんてないのに、2人とも優しいなぁ。
人間の大陸に来ても、こうして家族のように接してくれる人たちと出会えて、私は本当に幸せ者だって、すごくすごく思った。
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