メグの奮闘
周囲の人たちは遠巻きに見ているようだ。関わりたくないと思う人、手を差し伸べても何も出来ないから戸惑う人、そして大多数はあの騎士さんの鬼気迫る様子に怯えているように見えた。
だって、あの人結構深い傷を負ってそうなのに立ち上がって、向かう気満々なのが見て取れる。傷を負った部分の服を破き、その布を利用して傷口を抑えているけど……多分刃物で切りつけられたのかな、血が止まる気配はない。
……宿のすぐそばだし、少しくらい、大丈夫だよね?
わかってる! 目立つようなことをするべきじゃないってことは! でも、でも、あんなに深い怪我してるのに何もしないで見てるなんて出来ないよ。もしかしたら救助が後で来るかもしれないけど、もし来るのが遅かったら? その事で後遺症が残ってしまったり、最悪死んでしまうような事があったら。
流石に死にはしないかもしれないけど、あの人は見た目から言って間違いなく騎士だし、今後の仕事に影響を与えてしまう。風邪が長引いて数日休んでしまった時の、あの居たたまれなさ……かなり昔なのに未だにありありと思い出せてしまうほどのトラウマである。
私には、あの怪我を治す手段がある。そして、怪我を負った人を、私は見てしまったのだから。
「……ごめんね、シズクちゃん。少しだけ、頑張ってもらえるかなぁ?」
助けない、という選択肢はないのだ。私は耳飾りを触りながら水の精霊、シズクちゃんに声をかけた。
『大したことは出来ぬが、主殿の頼みならば聞くのだ』
すぐに返ってきた頼もしい声に僅かに微笑む。でもやっぱり少し弱々しい声だ。私は収納ブレスレットから小さな空き瓶を取り出した。
「この小瓶に、癒しの水を溜めて欲しいの。出来る分だけでいいから……」
『その程度なら問題ないのだ。早速作るのだ』
本当は直接癒しの霧を吹きかけた方が効くんだけど、あんまりしっかり治してしまうと怪しまれてしまうのと、そもそも魔術を使ったりなんかしたら大騒ぎになってしまう。だから、元々持っていた癒しの水という事にして使おうと考えたのである。
シズクちゃんは、耳飾りから出てきて姿を現わすと、その場でくるんと一回転。水色の尻尾がふわりと私の頰を掠めて着地すると、私の手にあった小瓶には、癒しの水が満たされていた。
「が、がんばりすぎだよシズクちゃん! 大丈夫? 辛くない?」
『大丈夫、なのだ……でも、暫くは動けぬのだ……』
きっと、私のために少し無理をしてくれたんだ。私は感謝の気持ちを込めて、少しだけ艶のなくなってしまった毛並みに抱き着く。それからそのまま、私の魔力を渡した。
『ああ、心地良いのだ主殿。この魔力が空気中に消えぬよう、妾は魔石に戻ろうぞ』
「うん。本当にありがとう。ゆっくり休んでね」
それだけ言うと、シズクちゃんは耳飾りの魔石に戻っていく。久しぶりに抱きしめたけど、私も癒された。はぁ、側にいるのに精霊たちとスキンシップ出来ないのはやっぱり寂しいなぁ……
っと、いけない。今はこの薬をあの騎士さんに持って行ってあげなきゃ! そう思い立った私はもう一度窓の外を確認してから、そっと部屋を出たのだった。
そしていざ、宿の外に一歩出てみたものの。
「私に構わなくて良い! いつも通り過ごしてくれ!」
と、つい今しがた騎士さんが周囲の人たちに声をかけてしまったものだから、近付くタイミングを逃している私です……!
騎士さんの言葉により、立ち止まって様子を見ていた人たちも、ゆるゆると移動を始めてその場から去っていってしまった。今やこちらを少し気にしては通り過ぎていく、いつもの路地となっている。それに鬼気迫る様子は近くで見るとやはり迫力が違うから、見て見ぬ振りをする人多数なんだと思う。事勿れ主義とはまさにこの事……!
しかぁし! オルトゥスメンバーなメグさんを舐めてはいけない! なんてったって本物の鬼の殺気を感じた事すらあるんだもんね!
ジュマくんってば本当に血気盛んだから、すぐ殺気飛ばすんだよね。とっても迷惑だけど今だけは感謝だよ。あれに慣れてしまった私にとって、騎士さんのあの様子は超不機嫌なレキくらいの迫力でしかない。……超不機嫌なレキも怖いけどね。要するに近寄るのも吝かではないって事である。よぉし、いざ!
「あ、あにょ……」
「ん……?」
それでも噛んでしまうあたり残念な私である。いや、でも騎士さんはこちらに気付いてくれたから良しとしよう、うん。
「えと、これを……」
「ん? なんだい、これは……?」
突撃しにきた割にうまく言葉が出てこない私。頑張れ元社畜。絞り出せ言葉! とりあえず持っていた小瓶を騎士さんに差し出した。
「ケガ、してるから……あの、これで治るから、使ってくだしゃい!」
「え……? まさか聖水!? いや、そんな筈はないか……」
私が説明すると、一瞬驚いたように目を見開いた騎士さん。でもすぐに否定した模様。それもそうか。多分この地では怪我をすぐに治す薬とかもかなり高額っぽいもんね。魔大陸でさえ、専門の人や一部の人しか癒しの力は持ってないんだもん。
……はっ!? これってもしや、人間の幼女が持っていたら明らかにおかしい物だったりして!?
「気持ちがとても嬉しい。お嬢さん、どうもありがとう」
内心で動揺してたら、思いがけず騎士さんが笑顔で受け取ってくれた。意外と子どもに優しい人だ……ってそうじゃない! 効能に気付いたら怪しまれ──
「え、なっ……こ、これは!?」
止める間もなく騎士さんは小瓶の中身を一気に飲み干してしまった。えぇーっ!? というか少しは疑おうよ!? いや、疑ったけどそうじゃなくて、もし毒入りとかだったらどうすんのさ! 盛らないけど! いくら相手が幼いからって、悪い大人に頼まれて毒を渡したってこともあるかもしれないのに! ……ひん曲がってるかな、考えが……
「き、君、これはもしかして、本物の聖水なのか!? ただの痛み止めかと……血は止まって痛みも……う、うっすら傷も塞がっていないか!?」
あぁぁぁ、なんかもう手遅れ! そしてほんの少しなのに素晴らしい効能だよ! 流石シズクちゃん! って言ってる場合じゃない。よぉし、こうなりゃ腹を括ろうじゃないの! 私は口を開いた。
「パパたちから、貰ったの。もし怪我をしたら、使いなしゃいって。だから、よくわかんない……」
ザ・子どもだからわかりません、アゲイン! ふふふ、私は何もわからない幼女……メンタルがゴリゴリ削られていくのはきっと気のせい……!
「あ、そ、そうか。まぁそうだよな……すまない。取り乱してしまって」
危機回避ーっ! よくやった私! よし、じゃあ私はこれでー……と思って立ち去ろうと思ったんだけど。
「ああ、待ってくれ。それでもこれがかなり高価な物である事は変わらないだろう?」
そっと手を取られて引きとめられてしまった。あーまーそうですよねー! どうしよう?
「お礼をさせてほしい。お家の方はいるかい?」
ひょえーっ! そうだよね、私も聞くと思うよそういうの! いやいや、慌てることなかれ。今こそ予め決めていた設定を活かす時。私の中の女優、目覚めよ!
こうして私は心まで幼女になりきって、辿々しく、田舎から出先の父親の元へと向かう途中の、良いとこの出のお嬢さん設定を騎士さんに説明したのだった。ああ、メンタルがぁ……
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